生徒会長の生存戦略   作:しが

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拾壱.少しの休息

「…戻りましょう。この森に何かが居たことを報告しなければ。」

 

 

 

「……。」

 

 

 

消滅していく業呪、否――――村山という男だった身体を見ながら愛奈は感情を抑えた声で、翔馬に声をかけた。…翔馬は無言で洞穴から立ち去って行った。ショックで言葉を無くしているのだろう。それほどまで、先ほど見た光景は悪い意味で衝撃的なのだろう。愛奈も感情を抑えてこそいるがその胸中は確実に複雑なものであるだろう。

 

 

 

 

「…先輩。」

 

 

「…はい。」

 

 

「業呪が…業呪が人間だったのならば俺たちが今まで狩ってきた業呪は…。」

 

 

「…人、だったものなのでしょうね。…恐らく、全てが。」

 

 

「…っ…!」

 

 

彼の顔がうつむく。その真実は残酷なものには十分すぎる。

 

 

 

 

「…業呪と化した彼らを救える手立てを私たちは持ち合わせてない…だから…彼らを終わりにさせてあげることが一番の救いだと…思いますよ。慰めにもならないでしょうけれども…。」

 

 

愛奈は彼を励ますような言葉を言っているが彼女の表情も暗い。人間はそう簡単に割り切れるほど完璧な生き物としての構造はしていなかった。

 

 

 

「この事実は…恐らく世界の根幹をすら揺らがしかねない事実。恐らくまともに取り合われないでしょう…それに…。」

 

 

「先輩は…!」

 

 

「……。」

 

 

 

「先輩は業呪が人間だとわかっても、業呪を倒す…いえ、殺すんですか!?」

 

 

「殺します。」

 

 

愛奈は翔馬の瞳を見て確かに答えた。その返答に一分の迷いは見受けられなかった。

 

 

 

「…どうしてですか…。」

 

 

「業呪の正体が人間であれ何であれ、業呪が人を襲い、食らう存在には変わりありません。たとえ元が人間であったとしても業呪を放っておけばそれ以上の死者が出るんです。…だから、殺します。」

 

 

恐らく彼女の意志に揺らぎはない。それは信念として確立しているものだった。

 

 

 

「そこに私情を挟むつもりはありません。業呪が人間の敵であるという事実が変わらない限り、私は業呪を殺します。」

 

 

哀れみも悼みもない、ただ義務を果たすだけという機械的な意志だけがそこにはあった。しかし翔馬は…。

 

 

 

「…俺には…どうすればいいのか分かりませんよ…。」

 

 

「…それは当然の反応です。…でも、もう…後戻りが出来ないほど私は業呪を殺しすぎだ。だから…。」

 

 

 

その様はまるで彼女が自分で言い聞かせているようにも、翔馬には見えた。

 

 

 

「…帰りましょう。兎に角彼らの所在は知れたのです、報告しなければ。」

 

 

 

「…そうですね。」

 

 

言葉も少なく翔馬は返事をすると、立ち上がり洞穴を跡にしていった。帰り道に愛奈は翔馬に話を続ける。

 

 

 

「…恐らく、今回の事は報告してもまともに取り合われないと思います…それにもしまともに受け取られたとしてもこの事実は表になるべきではない。石動くん…内密に、お願いできますね?」

 

 

「…………。」

 

翔馬は一度目を閉じ、顔を俯かせるとふぅぅぅと息を吐き、自身の顔を叩いた。

 

 

 

「正直、まだ呑み込めない点も沢山ありますし、理解できないこともありますけれど…俺は今は先輩の判断を信じます。何が正しいのかも分かりませんけど…先輩を信じますよ。」

 

 

そして改めて愛奈と視線を合わせるとその言葉を彼女に向けた。

 

 

 

「…ありがとうございます。私もこの事実について全く触れない、というつもりはありません。…ただ、今はまだその時ではないという事をわかってください。」

 

 

…そしてようやく彼らの長い夜が終わった。

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

激動の夜から二日後。金曜日の放課後に、翔馬は愛奈から一つの誘いを受けていた。その内容は『紹介したい人がいる。それも兼ねて今夜にお茶でもいかがでしょうか』という物だった。特に断る理由もなく、それに彼女の言う紹介したい人という事も気になったために彼はその誘いを受けた。

 

 

そして招かれた先というのは彼女の寮の部屋だが…。

 

 

 

 

「…でかいな。」

 

 

…そう、彼女は生徒会長である。生徒会長をはじめとする生徒会役員には特権が与えられる…が、その中でも彼女は生徒会長。故にその特権の恩恵を受けているのか、彼女の寮の部屋は他の寮部屋と比べると明らかに大きかった。というよりも談話室をそのまま部屋にしたくらいの大きさだった。明らかに一人の生徒に与えられる部屋ではない―――が、それも彼女の持つすべての力であるからだろうか。

 

 

血筋、家柄、能力、カリスマ性。どれをとっても規格外。もはや彼女の力は学生という身分には収まり切れないほど強力なものとなっているのかもしれない。

 

 

 

などと翔馬は扉の前で唸っていた…時に彼の前の扉…つまり愛奈の部屋の扉が開いた。少しぶつかりそうになるが彼が後退することでそれはなかった。扉を開けたのは彼の見知らぬ人物だった。

 

 

 

 

 

「…愛奈様がお待ちです。」

 

 

見た目通り物静かな女性はそれだけを告げると部屋の中へ戻っていった。翔馬もいつまでも廊下に突っ立っているのもあれだなと判断したため扉を開けてもらい中に入る…が。

 

 

 

 

「…ようこそ、石動くん。良く来てくれましたね。」

 

 

確かに愛奈は中で待っていた。…翔馬は一瞬、彼女の姿に見ほれた。今の彼女は私服なのだろうが…。

 

 

 

「おや、どうかしましたか?」

 

 

「いえ…ただ、少し珍しいなと。」

 

 

彼女の私服は…和装だった。翔馬はそもそも普段の彼女の服装は制服か戦闘服くらいしか見たことはなく、私服を見るのは初めてだったがまさかそれが和装とは夢にも思わなかった。

 

 

 

「幼いころから私はこのような似た格好で育ってきました。冷泉寺は千年も続く家ですからどうしても趣向というのが昔寄りになってしまうんです。とはいえ私もこれが今は一番落ち着く格好ですし、嫌いではないですよ。」

 

 

「…なるほど。」

 

 

確かに本人が納得しているならばそれは悪いことではないのだろう…と翔馬は勝手に結論付けた。そして扉を開けた人物にちらりと視線を向けていた。

 

 

 

「ああ…そうでしたね、紹介にお呼びしたのに紹介しなければ意味がありませんね。…以前、貴方には護衛を付けているという事をお話ししたと思いますが彼女がその護衛に充てている人です、沙耶、挨拶を。」

 

 

 

「新寺沙耶です…以降、お見知り置きを。」

 

 

愛奈に促された彼女は翔馬に対して自己紹介と挨拶をした。翔馬も思わず反射的に会釈を返してしまう。悪いことではないが。

 

 

 

「沙耶は冷泉寺に代々仕える家の出身で、私の側仕えです。3つ、年上なのですが彼女は姉弟子でもありまして、私にとっての姉代わりでもありました。」

 

 

そう語る愛奈の表情は何時もの胡散臭い笑みではなくただ純粋に楽しそうな笑顔だ、それほどまでにこの人物は彼女にとっても信頼に当たる人物という事だろう。

 

 

 

「…お戯れを…、愛奈様はすぐに私など抜かしたではありませんか。」

 

 

「確かに貴方を追い抜いてしまいましたが…それでも私は貴方から教えられたことは忘れてませんよ。あのきっかけが無ければ私がここまで来ることはありませんでしたよ。だからあなたには感謝しています、沙耶。」

 

 

「…愛奈様。」

 

 

招かれた翔馬そっちのけで彼女らは会話を始めてしまう…が、愛奈はそれに直ぐに気が付き、話を戻した。

 

 

 

「…おっと、失礼。ともあれ、石動くんの護衛には彼女を付けています。普段から存在は見えないとは思いますが彼女の眼は大抵のものは捉えられるので護衛としては申し分ないと思いますよ。」

 

 

「…それは有難いんですが…もしかして俺の全部、見られているんですか?」

 

 

翔馬はそれが気になって仕方なかった。彼も年頃の人間だ、全て見られていたとなると死にたくなる。

 

 

 

「…そこはご心配なく。私はあくまで貴方に眼で見ていますが傍に居るわけではありません。…それに何を視るべきか、視ないべきかは弁えておりますので。」

 

 

「沙耶の祓術はとても精度が高いんですよ。それと見ているというのは多分比喩表現だと思いますよ。」

 

 

「…はい、実際に見ているわけではありません。ただ石動さんの周囲に護身を張っているだけです。」

 

 

…翔馬はその説明を聞いて安堵した。要するに沙耶は翔馬の事を監視しているわけではなくバリアを張っているだけとのことである。そのバリアが破られるような事態があると彼女がそれを危機として察知するらしい。

 

 

 

「さてこのような話は終わりにして…お茶にしましょうか。」

 

 

 

ようやく本来の目的に入れると言うように彼女は翔馬に着席を促した。席に座ったことを確認すると愛奈は目配せした。

 

 

 

「お願い、沙耶。」

 

 

「かしこまりました。」

 

 

沙耶は別室へ消えていった…その最中も愛奈は翔馬に話を振る。

 

 

 

「どうですか、生徒会での仕事というのは。まだそれほど経過してませんが慣れてきましたか?」

 

 

「ああ…それは大丈夫です。今のところは昔から似たようなことをやってきてたので。」

 

 

「それならば良いのですが…分からないことがあったら言ってくださいね、貴方を引き込んだのは私ですからその務めはしっかりと果たさせてください。」

 

 

「ありがとうございます、そんな事態にならないように全力は尽くしたいですがもしも俺の力が及ばなかった時は、頼らせていただきます。」

 

 

そうこう話しているうちに沙耶が戻ってきた。お盆の上にはちゃんとカップがあった。

 

 

 

「お待たせしました。」

 

 

「ありがとう、沙耶。」

 

 

「ありがとうございます。」

 

 

恐らく沙耶が淹れたであろう紅茶は素人目に見ても美味しそうだった。

 

 

 

「この色合い、それに温度…相変わらず見事な手前ね、沙耶。」

 

 

「恐縮です。」

 

 

愛奈も翔馬と同じ感想なのか、それを淹れた沙耶に称賛の言葉を送っていた。翔馬は感謝しつつ、紅茶に口をつける。同じく愛奈も飲もうとする…のだが。

 

 

 

「……。」

 

 

中々愛奈は口を付けようとしなかった。

 

 

「…会長?」

 

 

「はい。どうかしましたか?石動くん。」

 

 

 

「いえ…その、飲まないんですか?」

 

 

「ああ…飲みますよ。せっかく彼女が淹れてくれたのですから。ただ…。」

 

 

「…?」

 

 

「いえ…何でもありません、頂きましょう。」

 

 

彼女の顔には何処となく焦りの色が混じっているように見えた。

 

 

 

「…愛奈様…まだ…熱かったでしょうか?」

 

 

 

「…いえ…それは…そんなことは……。」

 

 

しどろもどろになりながらやがて彼女はあきらめたように目を閉じた。そして息を吐き…

 

 

 

「…いいえ、嘘をついてもしょうがないわね。…沙耶、お願い。」

 

 

 

「畏まりました。」

 

 

沙耶は愛奈のカップだけ持ってそのまままた部屋を出ていった。…翔馬ははーんと察した。愛奈と翔馬の目が合うが彼女は頬を赤くうっすらと染めて目を逸らした。

 

 

 

「…なるほどなぁ。」

 

 

「…何を納得したのですか、石動くんは。」

 

 

「いえ、何でも。」

 

 

翔馬はそのまま知らん顔で紅茶を飲み続けた、愛奈は咳ばらいをして、話を続けている。

 

 

 

「昔から好きだったんですよね、その紅茶は。沙耶が淹れてくれたものが私にとって一番の味でした。香りも悪くないでしょう?」

 

 

「そうですね…。とてもおいしいです。俺は紅茶とかは疎いんですけれど良い茶葉を使っているんでしょうね。」

 

 

また沙耶が戻ってくる。沙耶は再び愛奈に紅茶を渡した。

 

 

「ありがとう、手間かけさせて。」

 

 

「大丈夫です。愛奈様。」

 

 

愛奈は今度は時間をおかずに普通に飲み始めていた。

 

 

 

「懐かしい…この感じ。」

 

 

無意識の内にか漏れ出た呟きは誰かが反応を示すことはなかったが…沙耶は無表情だった顔が緩んだように…翔馬は見えた。一瞬の事だったので気のせいかもしれないと思った、が。

 

 

 

「さて…少しばかり今後の事を話しましょうか、石動くん。」

 

 

「…はい。」

 

 

紅茶を飲み終え、彼女の雰囲気が一転した。その変わりように翔馬は思わず居住まいを正した。

 

 

 

「我々の知った事実は恐らく秘匿されるべきもの。業呪は有史以前から存在しているという話もあるので恐らく世界のどこかにはあの事実に辿り着いたものも居ると私は考えています…けれども…それが表沙汰になってないという事は…。」

 

 

話し始める愛奈だが翔馬は沙耶が気になってしょうがないようだ。

 

 

 

「…ああ、沙耶の事ですか?彼女は大丈夫ですよ、私が死ぬまで話すなと言えば永遠に口を閉ざしているような人なので。」

 

 

「…それなら良いですけれど…。」

 

 

とはいえ愛奈も直接は言わずぼかしている。

 

 

 

「…ともあれその事実に至った人間は居ると思われます。しかし表沙汰になってない以上、恐らくその事実は抹消され続けてきたのでしょう。…身の危険を増やす必要はありません、今はまだ絶対に明かさないでください、良いですね?」

 

 

「…はい、俺は先輩の判断を信じますよ。」

 

 

「ありがとうございます。」

 

 

改めて愛奈は翔馬に礼を述べた。物分かりが良い人間で助かるという事だろうか…。

 

 

 

 

「…用件はこのような所ですね。石動くん。まだ飲んでいきますか?」

 

 

話も終わったところで愛奈は翔馬にお代わりは要るかと聞いてきた。

 

 

 

「…いえ、気持ちは有難いんですが、俺はそろそろお暇させて貰いますよ。」

 

 

「あら…そうですか。残念ですが止める理由はありませんからね、お疲れ様でした。」

 

 

 

「…お茶、ご馳走様でした。新寺さんも美味しかったです。」

 

 

それから彼は急くように部屋を出ていった。まるで何かを焦っているかのように。

 

 

 

「沙耶、お代わりを貰えるかしら?…………うんと、冷やして。」

 

 

「喜んで。」

 

 

 

彼女はその後も紅茶を楽しんだ…が。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――先輩は、紅茶の味も…匂いにも感想を言わなかった。

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