それは随分と後になってから聞いた話。
「愛奈さんがあまり強くない…ああいや、実力とかじゃなくてこう、精神的にって話ですよね?…いつ気が付いたって聞かれれば…そうですね、たぶん一年生の6月くらいには気づいていたと思います。…ただ、あの時の認識は無敵の人って感じだったから気のせいだと思っていたと思いますけれどね。」
…そんなに私はポーカーフェイスが下手だったかな?
「多分傍から見れば完璧だったと思いますけれどね、俺と一緒の時だと何故か気が緩んでいたんで。最初は気が付きませんでしたけれどね、ああ、でもそう考えるとそのころから愛奈さんにとって俺は特別だった、ってことですかね?」
…それは否定しないけれど調子に乗らないこと。翔馬は。
「はは、手厳しいですね。…でもどんなに仮面を被っても隙間からは見えるっていうこともあるんですよ。愛奈さんの場合はカリスマ性や冷泉寺っていう箔がそれを覆い隠していたんでしょうね。」
…それを翔馬が剥がしてくれたってことになるね。
「俺はあくまできっかけに過ぎないと思いますけれど…殻を破ったのはほかならぬ愛奈さん自身だと俺は思いますよ。」
…何だか見透かされているみたい。
「愛奈さんの事なら、お見通しですよ。」
…翔馬、今日は夕食のおかず、一品引くからね。
「え、酷くないですか!?」
…うるさい…君はそんなに私をわかってるのに、私が君の事を分からないんじゃ不公平じゃないか。
―――――――
はいどうも東京聖城学院高等部生徒会執行部会長の冷泉寺愛奈です。相変わらず長い肩書だなと思います。いや、早いね時間が経つのは。もう7月である、あと少しで夏休みだ。いつの間にか二か月も経っていたんだなと思うと同時に早いと感じるしそれに焦りが湧いてくる。
焦る理由は至極単純なことだ。俺こと冷泉寺愛奈が死ぬのはゲーム中の時系列で言うと10月。学園祭の日に、死ぬ。つまるところもともとそんな余裕があったわけではなかったが現状ではもっと余裕がないわけだ。とはいえ俺だって大人しく死んでおくつもりはないからこそ主人公こと石動翔馬を鍛えているんだし、布石も幾つか打っている…のだが、正直言えばまだまだ弱い。ぶっちゃけこんなんじゃ死の運命から回避できないし、物語が大きく動くのはその学園祭の時からと言ってもいいわけだし、まだここら辺だと本編シナリオは大きく動かず、平和な学園生活が進むだけだ。何かしら行動を起こさねば生きられないというわけか。
…と、思うまでは良かったんだが正直に言えば変に動くのは危険でありまくる。というのもここは死にゲーみたいな世界である、迂闊な行動こそそれこそ死ぬのでは?と不安になってしまう。とはいえ布石が足りないのは事実。何かもう一捻り加えたいとは思うのだが…。うん、たぶん結論は出ないんだなと俺は思う。
―――――――
「お疲れ様です、本日はここまでにしましょう。」
「…はぁ…ふぅ…ありがとう…ございました…。」
肩で荒い呼吸を整える翔馬。時刻は10時。彼らが居るのは最早日課となったおなじみの運動場である。
「しかし…やはり石動くんの成長速度には驚かされるものがありますよ。」
「まだ…掠らせるくらい…ですけれどね…。」
彼らのここ最近の特訓の内容は翔馬が愛奈に対して攻撃を当てれるにすることだが、この特訓を始めて三回目の現在で、翔馬は愛奈に対してずっと躱されていた攻撃を少しずつだが当てれるようになってきた。
「上出来ですよ。貴方が強くなってることは最早疑いようもないことです。何時かは追い抜かされるかもしれませんね。」
「まだまだ遠く感じますよそれは…。」
膝をついていた翔馬が復帰し、立ち上がった。愛奈が時計を見て呟く。
「まだ少しばかり時間が余っていますね、少し話でもしませんか?」
「…俺ですか?気の利いたことは返せないと思いますけれど…。」
「大丈夫ですよ、私も面白い話が出来る自信はありませんので。」
何時のも人を食ったような笑顔だが些細な変化が合ったことを翔馬は見逃さなかった。
「冷泉寺は1000年も続いてることもあってその家系図も網目のように複雑なものになっているんですよ。だから私にも年の離れた従兄弟や又従兄弟も多くいるんです。」
愛奈は世間話代わりに自分の身の上の話をし始めた。
「沙耶は…ああ、この前会った私の側仕えの彼女の事です。」
「流石に覚えていますよ…。」
ましてやその人物が彼の護衛をしているというのだから翔馬は彼女の存在がしっかりと記憶に残っていた。
「沙耶も私とは親戚関係なんです。再従姪孫という関係で、随分と血のつながりは薄いですが一応、彼女も冷泉寺の血を引いてるんです。」
聞きなれない単語が出て来たが翔馬はいったんそれについて考えるのはやめることにした。それとは別に話が進む。
「石動くんが驚くような話はこれからですが…。」
「俺が、驚く話ですか…?」
翔馬は眼を丸くした。彼女の一族の話を聞いていたが随分と変わってきてるではないか。
「石動くんのクラスの担任をしている宮島先生ですけれど。」
その言葉を聞き翔馬は脳裏に自分たちの担任の若い教師の顔が思い浮かんだ。
「彼女も私の…いえ、冷泉寺の血筋の者です。彼女は19で大学院を卒業するほどの秀才だというのは知っているかもしれませんが、私は恐らく彼女本人の努力と環境がそうさせたと思っていますよ。」
「………親戚?」
「親戚です。とはいえ血のつながりは殆ど無いようなものであり、彼女が冷泉寺に連なる人間であるという事を知ったのもつい最近ですけれどね。」
…翔馬は確かに驚いた。そんな関係があったのかという事もだが、冷泉寺という家はどれだけ広がっているのかという予想以上の大規模さにも、だ。
「分家の数を正確に数えたわけではありません。…しかし恐らく50を超えるほどの分家はあるでしょうね。」
「…多いですね。」
「千年という歴史は伊達ではないという事でしょうね。」
愛奈は結論付ける様に話す。そしてそのまま考えるような合間を置き、また話を続けた。
「千年という時間は何かを歪ませるには十二分な時間だったと思います。石動くんは冷泉寺の家訓を知っていますか?」
「確か…前にそんなことを言っていたような気がします…。」
翔馬が頭を捻り思い返すのは二か月ほど前の事。確か、そんなことを聞いた覚えはあった。
「…ダメですね、流石に覚えていません。」
「それも無理はないでしょう。…冷泉寺の家訓は『至上であれ』という言葉です。」
「…至上。」
そこから語り始める彼女の顔はあまり明るくはなかった。
「…どのような事においても常に最高であれという家訓なのですが。…千年も経つ内にその家訓は捻じ曲げられ、曲解され…今では一番であることが当たり前という考えになってしまったんです。」
「…それは…。」
確かに、現状の彼女は確かに家訓の通り『至上』であるかもしれないが、彼女はそれを喜んだ様子はない…と翔馬は思う。
「私はやがて冷泉寺を継ぐことになりますが…」
やがて彼の顔を見すえて、愛奈は言葉を続けた。
「石動くん、私の誓いとしてこれから話すことを聞いていただけますか?」
「…俺には荷が重いような気がしますけれど…。」
「何かを背負わせようというわけではありません。多分、この誓いを誰かに聞いてほしいだけなのだと思います…冷泉寺に関わらない人間に。」
「…それならまぁ…聞きますよ。」
あまり彼は気乗りはしなかった。他者の物を背負い込む人生というのは流石に御免被る人生だった。だが渋々と言った形だが彼は承った。
「ありがとうございます。…私は冷泉寺をやがて継ぐ人間です。そして継いで一番最初にやろうということはもう決めてあります。」
「…それは?」
目を閉じた愛奈におそるおそるといった様子で翔馬は尋ねる。
「至上であれという冷泉寺の家訓を無くします…そして冷泉寺が千年間で作り上げて来た傲慢と怠惰をすべて壊します。」
千年、それを人間が繋げていくには重みも長さも十分すぎる。千年間繋げて来た物には千年間分の人間の思いや感情が込められていることだろう。それはもう、膨大に。
確かにこれは彼女の一族には話せないことだなと翔馬は思った。よりにもよって彼女は千年間、伝え続けられた伝統のある家訓をすべて壊すと言っているのだ。そんなものを彼女の親族や親戚には言えないだろう。
「…至上であれという家訓は最早呪いのように冷泉寺の一族を縛っています…それならば私はそんなものは壊した方が良いと思うんです…二度と私のような思いをする人間が出ないためにも。」
…最後の方の言葉で更に暗くなった表情を翔馬は敢えて触れることはなかった。
「…聞いてくれてありがとうございます。私にとって一つのケジメが付けられたような気がします。」
「ただ聞いていただけですけれどね。…まぁ役に立てたなら良かったです。」
それから愛奈は何時までもこんな話をしていてもあれですからと話題転換を図る。翔馬は何かを思い出したかのように話を始めた。
「先輩、少し質問良いですか?」
「…?答えられる範囲内でならば構いませんが。」
「プライベートに関わるような質問じゃないです…最近、先輩の周囲にいる様になってから気が付いたんですが、先輩は学園に居る中で良く見られているという事に気が付いていますか?」
「そうですね…立場上視線を集めている自覚はありますが、慣れていることですね…。」
確かに彼女は存在するだけで視線を集めるが…この話はそういうことではないのだ。
「…羨望とか憧憬とかそういう視線じゃないんです。ずっと観察するような視線を感じるんです…何かを見定めているような値踏みしているようなそんな視線を。」
表情が変わる。そうなってくると話が変わってくる。
「…石動くん、その視線の主を見たことはありますか?」
「いえ…ありません、ただ…心当たりはありますね。」
「心当たり、ですか?」
「もう数週間前の話ですが…俺と同じくらいの背丈の金髪の女生徒が走り去るのを見たことがあるんです。その時はちらりとしか見えていませんでしたけれどそれくらいしか心当たりは…。」
「…金髪の女生徒…その人物の学年とかは分かりますか?」
「…すいません、そこまでは…でも上履きの色で見るなら一年生ではなかったと思います。」
愛奈が再び長考する動作に入る…が、意外と早く次の言葉を紡ぐことになる。
「まさか…鷺沼さん…?」
彼女自身も自信はなさそうだがその観察している女生徒に思い当たった。
「…まだ確証はありませんがもしかしたらですが、その生徒は私の知っている人物かもしれません。」
「…それが先輩の言っていた『鷺沼さん』ですか?」
「…鷺沼麗華さん。…彼女が私を見ていたのならばそれ相応の理由があります…だから納得も行きます。」
ふぅと息を吐く愛奈、そして苦渋に満ちた顔で言葉を続けた。
「…以前、見たことがありましたね。私の足にある火傷を。」
「…はい。」
こくりと翔馬は頷いた。太ももから膝下まであるような酷い火傷の跡だった。それは衝撃を与えるには十分なもので流石に彼は忘れてはいなかった。
「鷺沼さんは…私があの火傷を負うきっかけになった人です。…そして…私は…彼女に恨まれています。」
「……。」
翔馬は無言で聞き続けていた。わずかに震える声を絞りながら愛奈は告げた。
「―――――――私が…彼女の妹を殺しました。」
そこに人を食った笑顔はない。あるのはただ、深い後悔のみだった。