生徒会長の生存戦略   作:しが

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拾伍.その歩みは止まらない

冷泉寺の真髄は『継承』である。

 

 

次代から次へ、受け継がれそのようにして彼らは進み続けてきた。そして千年間、我らはその歩みを止めてこなかった。さぁ、千年だ、千年もの間我らは待ち続け、歩み続けてきた。その悲願を今こそ果たすべき時だ、さぁ答え合わせを始めよう、冷泉寺の全てを懸けたたった一つの答え合わせを。

 

 

全て総て懸けて始めよう、我らに宿願を、悲願を、念願を。さぁ行け愛奈よ、お前が我らの望みをかなえる先駆けとなるのだ。そうすれば自ずと我らの道は進むであろう。千年の歩みより更に向こうへ。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「お父様、態々お越しいただいたのは大変光栄ですが、このような場では碌な御持て成しが出来ず、申し訳ありません。」

 

 

聖城学院学生寮、愛奈の部屋。そこには部屋の主である愛奈と彼女の側仕え、沙耶。そして一人の来客が来ていた。壮年に入りかけた男性のように見えるが一方で肉体は衰えなど微塵も見せずに引き締まったものとなっている。…白髪交じりの黒髪と鷹の双眸を持つこの男こそが、愛奈の父親、冷泉寺家現当主、冷泉寺仁蔵だった。

 

 

 

「構わん。元よりここには寄り道程度の用だ。娘が息災にやっているかを見に来ただけだ、大層なもてなしは不要だ。」

 

 

その声には感情は籠っているようには思えず、ただ何かの義務に縛られているだけだ。愛奈はそれを見透かした上で、かつその考えが見透かされたことを承知の上で返す。

 

 

 

「私は何の問題も御座いませんよ、お父様。元より学生の身ですので忙しいと言っても所詮学生の話です。お父様の当主の務めのように忙しなく飛ぶような多忙さは御座いませんので。」

 

 

それは娘から父親に渡す言葉だろうか。いや、違う、それを愛奈はとっくのとうに理解していた。だが彼女に相容れるつもりはなかった。親子関係は既に隔絶した物になってしまっていた。

 

 

 

「そうか、ならば構わん。ただ幾つかお前に伝えるべきことがあって縫うように尋ねた。」

 

 

「聞きましょう。」

 

 

それは親子というより、当主と次期当主、ただ義務だけで成り立っている関係…そう、ただのビジネスパートナーのような関係だった。

 

 

 

「本家の老人たちの動きが活発になってきている。何を企んでいるかは分からないがお前に火の粉が降りかかるかもしれん。」

 

 

「もしも降りかかる火の粉があるならば私は全力で払うだけですよ、例え、それが冷泉寺の核であってでも。そう言っているのはお父様もご承知の上だと思いますが。」

 

 

「そこに異論はない。ただ用心しておくことに越したことはない。それともう一つだ。」

 

 

仁蔵が言葉を区切る、愛奈も頷き、言葉の続きを促した。

 

 

 

「業呪が、関東で見られていた業呪の多発地域に居たはずの業呪が忽然の姿を消した。上級業呪だけではない、中級、低級…そして雛もだ。」

 

 

「…もぬけの殻という事ですか?」

 

 

「ああ、そうだ。一切合切、消えていた。行方を追わせてはいるが痕跡はゼロだ、調査結果は芳しくないだろう。このような事例は初めてだ、何かの兆しのような予感がするが…ともあれ業呪関連のことは気を払っておけ。」

 

 

「肝に銘じておきます、わざわざどうもありがとうございました。お父様。」

 

 

 

「伝えるべきことは以上だ、私はもう発つ。」

 

 

「おや、相変わらず多忙ですね、お父様…沙耶、お父様のお見送りをお願い。」

 

 

 

「畏まりました。愛奈様。」

 

 

それまで沈黙を保っていた沙耶は愛奈へ一礼すると仁蔵の傍に立ち。

 

 

 

「こちらへ、御当主様。」

 

 

「…ああ。」

 

 

仁蔵は立ちあがり、彼女の部屋から出ていこうとする。ただその直前に愛奈に向かって振り返る、そして一言、沙耶には聞こえないように唇を動かすように出ていった。部屋のドアが閉じた時、愛奈の顔は驚きの色に染まっていた。

 

 

 

 

「『無茶するな』…?…あの人が私の心配をした…いや、そんなまさか…。」

 

 

愛奈は有り得ないことだと顔を横に振った。彼女の知る父親はまさに冷泉寺の人間ともいえる人間。幼いころから信用には値するような人間ではなくその能力だけは認めていたが人間性から考えてそんなことを言うような人間には思えなかった。何と言ったか、彼女は頭を悩ませていた。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

一方、石動翔馬はその日、生徒会の仕事であちこちを移動していた。会長である愛奈が来客の対応とのことで彼女が欠けた生徒会室はてんやわんやの大騒ぎと化していた。書類作業に不慣れな翔馬はいつも通りあちこちを飛び回る仕事をしていた。そんなこんなで出先で一仕事を終え、生徒会室に戻ろうとしていた彼だったが、ちょうど寮の前を通りがかった時、愛奈の従者と見知らぬ男性が共に居るのを目撃してしまった。そんな様子が気になって彼は足を止めてしまった。…男性と沙耶が何かを話していたが沙耶は一礼し、深く頭を下げると男性はそのまま寮の前を跡にする…。そして沙耶は寮内に戻って行ったが、男性は翔馬の方へ近づいてきた。何かしら訳アリのように思えるが彼は極力関わらないことを選択する、すれ違う直前に会釈をし、すれちが…

 

 

 

「ああ、そこの君。」

 

 

すれ違えなかった。彼の目論見はものの見事に打ち砕かれた。よりにもよって名指しで指名してきたのだ、間違えるはずもないし無視も気まずいし許されない。

 

 

 

「え…?俺、のことですよね?」

 

 

「ああ、そうだ、君だ。少し尋ねたいことがあるのだが、良いかな?」

 

 

翔馬は葛藤する。厄介事の匂いしかしないし、出来るなら断りたい。だが相手は来客、そして翔馬は生徒会役員。生徒会役員の腕章を付けている時点でもはやそれからは言い逃れできないし、生徒会役員は生徒の見本となるべき存在なので来客の対応も彼の職務の一つだ、と瞬時に結論付けた。

 

 

 

「はい、大丈夫です。尋ねたいことというのは?」

 

 

「難しいことを聞くつもりは無くてね。…お手洗いの場所は、何処かな?」

 

 

拍子抜けした答えに、思わず翔馬はすっ転びそうになったが何とか持ち直した。…そして彼はその男性をトイレに案内した。

 

 

 

 

 

 

 

「いや、すまない。助かったよ、私が居た時代とは校舎の造りがかなり違っていてやはり記憶の通りの場所に無かったよ。」

 

 

 

「お力になれたのなら幸いです。」

 

 

翔馬は帰りたかった。だけれど生徒会役員としての義務が帰るのを全力で立ち塞いでいた。勇気を出せと自らを鼓舞していた。

 

 

 

「しかし…良い生徒会を有しているようだな、今の聖城学院は。」

 

 

あろうことか男性は世間話を始めてしまったが翔馬は義務感をグッと胸に営業スマイルで対応する。

 

 

 

「ありがとうございます。これも全て冷泉寺会長が先導に立って僕たちを導いてくれているお陰だと思っております。」

 

 

営業スマイルも営業スマイルだが男性はそれの様子を気に留めた様子はない。だが不思議と見抜かれた気持ちになる。

 

 

「『冷泉寺の明珠』と呼ばれる冷泉寺愛奈会長の事だね?彼女の噂は遠い地に居る私の元へも聞こえてくるが、どうかな。君は、彼女の下で仕事をしてみて。噂に名前負けをしていると思ったことはあるかな。」

 

 

 

その質問に翔馬は思わず少しムッとした…が、直ぐに表情を整えた。

 

 

 

「身内贔屓のように聞こえてしまうかもしれませんが冷泉寺会長は噂以上の方ですよ。自分はあの人に会えて、冷泉寺会長から教えを受けれて…愛奈先輩の下で働けて幸運だったと思いますよ。身内贔屓でも構いませんが、それが俺の正直な気持ちですよ。」

 

 

営業スマイルは崩れたが彼のその発言にその男性は満足そうな表情で聞いていた。とはいえあまり表情は動いていたないため傍目からでは分からないだろうが、それでも男性は笑っていた。

 

 

 

「なるほど。君ほど愛奈を慕ってくれる後輩が居るならば私の心配は杞憂だったな。愛奈の本質を見ず血筋や実力だけで愛奈を畏敬する。そのような輩ばかりだと思っていたが…ああ、君のような者が一人でも居るならば彼女への心配は杞憂だな…。」

 

 

男性は愛奈の血族なのかと翔馬は疑い始めていた。先ほど彼女の側仕えである沙耶と話していたことも考えると愛奈の親戚か何かと考えていた、が…その男が翔馬に声をかけてきた。

 

 

 

「石動翔馬くん。」

 

 

「は、はい!?…ってどうして俺の名前を…?」

 

 

「それはもう意味のない質問だよ。」

 

 

答えるつもりはない、と男性は明確に意思表示をし、その上で言葉を続ける。

 

 

 

「愛奈は皆の思うように頑強で、何事にも動じない性格ではない。彼女はとことん一人で抱え込み、それを何とかするだけの力があるために誰にも頼ることが出来ない。至上であるということに誰よりもこだわっているのは他ならない彼女自身だ。…だが愛奈にも頼れるような人間が出来た。君の事だ、石動くん。こちらから一方的に頼んで申し訳ないとは思う、だがそれを承知で聞いてほしい。」

 

 

男の鷹の双眸が翔馬と合う。その眼光で人を殺せそうなほど鋭い。だが…それでも。

 

 

 

 

「愛奈を支えてやってほしい。彼女に今必要なのは本音を漏らせる相手だ。そしてそれは君以外、居ない。だから石動くん、愛奈の事をよろしく頼む。」

 

 

彼は頭を下げた、翔馬は慌て焦りつつも答える。

 

 

「俺は愛奈先輩に返しきれない恩を受けているんです。誰に言われずとも俺は愛奈先輩を支えたいとそう思っています。…これが解答じゃ不満かもしれませんが。…俺にできるなら、愛奈先輩を支えさせてください。」

 

 

翔馬の言葉はその後にだから頭を上げてくださいと続き、男性は翔馬の言葉に満足したのか頷いた。

 

 

 

「あの…失礼ですが、貴方は?」

 

 

翔馬は訊かずには居られなかった。目の前のこの男性が愛奈の親族であることには疑いがないが、愛奈の話によれば冷泉寺は分家が五十を超えるようだ。ということは愛奈に近しい存在なのだろうか。

 

 

 

「私は…彼女の叔父だよ。姪というだけあって彼女のことはまだ可愛い子供だ。だからこそこのような回りくどいことをしたんだ。」

 

 

 

なるほどと翔馬は得心した。叔父ならば愛奈を気に掛ける理由は分かる。だからこそこんなに回りくどい手段を選んだのか。

 

 

 

「私のことは夏の幻だったと思ってくれて構わない。だが、愛奈の事だけはよろしく頼む。」

 

 

 

「…はい、お任せください。俺も愛奈先輩へ恩を少しでも返したいので。」

 

 

 

男性が去って行った。翔馬は一人残ったが…生徒会室に戻らなければいけないという事を思い出して超速で駆け出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…翔。」

 

 

その彼の様子を看板越しに見つめていた影が有ったことはこの時は『彼』だけまだ知らない。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

「翔馬君、今日はお疲れ様でした。申し訳ありません。途中で抜けてしまいまして。」

 

 

「大丈夫です、体力的にはまだ余裕があるんで…。」

 

 

生徒会業務が終了した。生徒会室には愛奈と翔馬だけが残っていた。

 

 

 

「…翔馬君、また近日に調査が私に下されるかもしれません。」

 

 

 

「それは、祓呪師連からですか?」

 

 

 

愛奈が唐突に振ってきた話題、それは翔馬に関わるものだった。

 

 

 

「そうです。また業呪に異変があったようですね…その時は調査への同行をまたお願いするかもしれません。」

 

 

「それは構いませんがやはり俺じゃ力不足な気がしますよ…。」

 

 

「大丈夫です。貴方の実力は研ぎ澄まされたモノですから、恥じることはありません。貴方程の強さがあれば私も冷泉寺の本家に紹介したいくらいですよ。」

 

 

 

「冷泉寺の本家…ということは愛奈先輩の家族ですか?」

 

 

それは愛奈が何気なく漏らした本当にたった一言。だがその発言は少し問題発言だった。

 

 

 

「あの…愛奈先輩…あまりそういうことは言わない方が良いかと思いますよ…。」

 

 

 

未婚の女性が家族に男性を紹介する、その意味が表すこととは。…愛奈も思い当たったのか、顔を伏せた。

 

 

 

「え、えっと…そのような意味ではないですよ?」

 

 

「分かっていますけれど気をつけてください…。」

 

 

 

「と、とにかくですね…詳細はまた追って連絡します。…ではまた、翔馬君。」

 

 

 

 

そそくさと逃げていく愛奈の耳は赤くなっていた。

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