どうも東京聖城学院高等部生徒会執行部会長冷泉寺愛奈です。長い肩書を名乗るのは趣味です、まぁそんなことはともかく。
冷泉寺愛奈の死というのはゲーム的に表すのならば文化祭イベントということになる。そう、10月の14日だ。10月14日にこの聖城学院の文化祭が行われ、そして業呪を大量に率いた黒幕の男が現れ、愛奈と戦い、そしてラスボスとなるカナに愛奈が殺害される。冷泉寺愛奈という学園の最大戦力を失った聖城学院は業呪の攻勢に晒され、壊滅のピンチを辿るが生徒会役員と主人公…石動翔馬とヒロインの奮戦により、業呪は何とか撃退され、ここで初めて黒幕と翔馬たちの因縁が生まれるというのがその周辺を囲む物語の流れだが…。
結論で言えば俺はその流れを粉々に破壊したい。そもそも死にたくないのが第一だが、かといってこの場を離れるとまず間違いなく聖城学院は破壊され、生徒たちは殺害されてしまう。故に俺はそもそもここを離れるという選択肢を選べず、それでいて生き延びねばならないという難易度がハードを超えたプロフェッショナルに遭ってる気分だ。いくつかの布石を用意こそしているがやはり本命は主人公こと翔馬を鍛え上げることだろう。彼はどのヒロインのルートでも終盤にはそれこそ黒幕程度は歯牙にもかけないほど覚醒し、ラスボス相手にも単騎で食い下がれる実力に至る。とはいえラスボスには完全に覚醒した終盤の翔馬でもとどめは刺しきれないがそこはヒロインたちと協力して討滅するという流れだ。
というわけでその潜在能力の塊みたいな主人公を現在進行形で指導し、鍛えているんだが…
「…どうかしました、愛奈さん。」
きょとんとした顔でこっちを見る翔馬、流石主人公、ギャルゲー主人公は顔が見ることはあまりないが顔が良い。
んでもって俺が感じてること。
「やはり、君は成長がとても早いですね。三ヶ月ですが…私が君に指導をしてまだ三ヶ月ほどしか経っていませんが最早君の伸びしろがどれほどあるかは予想が付きませんね。」
思ったことはこいつチートだわってこと。主人公補正だが何だか知らんがこいつやっぱおかしいわ、成長チートだわ。なんか不公平に感じるくらい成長チートだわ。
「…俺は強くなれてますか?」
「その成長の実感はぜひ、自分自身で感じてみて下さい。」
あと無自覚なのもなんかムカつくわ。いや、別にいいけれど、こいつが強くなればなるほど俺の生存率は上がるし、良い事なんだけれど。いやでもムカつくわ。俺がここに至るまでどんくらい研鑽してきたかを考えると世の中不公平だわ。
「君ほど才に恵まれ、愛されたというのもあと100年は出てこないと思いますね、私は。」
「…愛奈さんも一般視点から見れば十分才に愛されてると思いますよ。」
ふむそういう考えもあるのか。まぁ、それは事情が知らないから言える視点なのだろうな…俺はそういう黒い考えが自分自身に眠っているのをこの時には理解していなかった。
そしてその黒く、薄暗い考えは後に、多大な苦難を齎した。
あの時、自身の闇に気付けていたのならば「私」は彼をあれほど苦しい目に遭わせずに済んだかもしれない。いや、それは最早過ぎ去ったこと、結局それは今となっては虚しい願いでしかない。
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「ねぇ、翔。」
翔馬は夏休みに入っても生徒会としての務めがあるため、奔走している中、珍しく休日となった彼の元に一人の少女がやってきた。
「ん?葵か。なんかこうして話すのは久しぶりだな?」
「まぁそうだね。最近ずっと生徒会の仕事頑張ってるみたいでさ、様子を見に来たけれどどんな感じ?」
「どんな感じって言われてもな…別に体力なら余ってるくらいだし問題はないな。」
「そっか…それならいいんだけれど。」
少女は立華葵。石動翔馬のクラスメイトにして幼馴染だ。そんな葵の様子が何時もと少し違うという違和感に彼は気が付いた。
「ねぇ、翔はさ、今なんか大丈夫?」
「何か大丈夫って言われてもさっぱり分からないぞ。そんな抽象的じゃ流石に俺でも伝わらない。」
「…あ、うんごめんね…。」
葵が顔を伏せる、一連の流れに彼は首を傾げた。普段の彼女ならば考えようもないほどの行動に激しい違和感を持つ。
「ねぇ、翔。」
葵は彼が強烈な違和感を覚えていることをわかっているのか、いないのか、ともかく普段の明朗快活な彼女からは考えられないほど穏やかな声で翔馬に言葉を投げかけていた。
「おじさんとおばさんが…亡くなってさ、もう五年が経ったけれどさ。」
確かにその話題は明るい声音で語るような事でもないだろう、だがそれでも彼は目の前の彼女の違和感を拭いきれない。
「翔は…まだあの業呪を追ってるの?」
「…そんなの…当たり前だろ。俺は…アイツを殺すためだけに強くなりたいんだ。」
瞬間、翔馬の声が影を帯び、底冷えした。その場にいた葵は凍り付いたような錯覚を覚えた。
「俺は…アイツだけは俺の手で。」
それこそが彼の原動力、彼が強さを求める理由の全て。彼は両親を五年前に亡くした。その死因は何を隠そう業呪により殺害されたこと。
「あの傷の業呪だけは俺が…。」
「ねぇ…翔、あの業呪がもう討伐されたっていう風には考えないの?」
「…いや、それはないんだ。」
彼は首を横に振った。
「秘匿されていたならそれまでだけれど、無いんだ。業呪の討伐記録は全てデータベースに残される。特に上級の業呪はその痕跡や特徴もかなり詳しく残される。…あれは上級業呪だ。だけれどデータベースにそれが討伐された記録はない…あれはまだ存在してるんだ。」
その彼の眼は最早病的とも言えるほど執着が染み付いて見えた。そんな彼の様子に葵は心配の視線を向けていた。
「翔…本当に無茶だけはしないでよ。」
彼女の心配は心の底から来るものだった。彼女は彼の知らぬ彼の事を知ってしまった。それを話すことはない、だが彼女の心配はそこから来るものだった。あの日、業呪を跳ね除けた紛れもない石動翔馬自身を見てから、立華葵の心配は止まらなくなった。
「無茶?それは大丈夫だよ。むしろ最近は充実感すら感じてるんだ。」
黒く底冷えした声音ではなくなった。普段の彼の明朗快活な声音だ。葵が聞き慣れている声、それを見て元に戻ったのと嬉しそうに葵は翔馬の顔を見た。確かに彼は笑顔だった。
「あの人の教えを受けてどんどん強くなっていく実感が湧いてくる。今まで無力だった自分が昨日の事のように思えるようになって…あの業呪の体を引き裂ける日が近づいてると考えるとそれだけで充足感が湧いてくるんだ。」
確かに笑っていたがそれは笑顔とは程遠かった。いや、付き合いの浅い者が見ても彼の表情は笑顔に思えるだろう。だが、相手が今回は殆ど家族のような関係の少女だった故にその歪みは直ぐに見抜けた。
「昔からさ、翔は一度決めたら突っ走る癖があったけれど…」
彼女の目が確かに翔馬を見据えていた。僅かに怯えの感情すら含んだその視線を彼は真正面から受けていた。
「…今の翔は、ちょっと怖いよ。」
その言葉を翔馬は自身の脳裏に何度も反芻させることとなった。
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「怖い…怖いか…。」
夜、自主練を終えた翔馬は何時もの広場に腰掛けながら昼間に言われた言葉をずっと反芻していた。脳裏にはその言葉だけがずっとずっと響いていた。
その言葉はまさに青天の霹靂とも呼べる言葉だった。ほかならぬ幼馴染で家族のような彼女に告げられたその言葉は彼に衝撃を与えるには十分だった。
「どうかしましたか、こんな時間まで外で。」
そんな翔馬に声をかける人物の存在があった。声の主は言うまでもない
「…愛奈さん。」
冷泉寺愛奈その人だった。後ろには彼女の側仕え、沙耶も居た。愛奈は今日一日、学園を出ており、他所へ行っていたようだった。
「隣、失礼しますね。」
彼が座っていた隣に、愛奈が座る。沙耶は彼らの視界に入らない後ろに隠れた。
「何かを悩んでいるように見えましたが、お話しくらいならば聞けますよ。」
「…。」
翔馬は愛奈に対して心を既に許してはいた。彼女には計り知れない恩があり、良くしてくれる彼女の事を慕っているからこそだが…だがそれでも話してもいいのか、彼の心には逡巡が生まれ…そして振り切った。この気丈な先輩ならば彼の望む答えを返してくれるかもしれない。
「愛奈さんは…俺の原動力が復讐だって言ったら…どう思います?」
笑顔だった愛奈の表情は変わる。茶化すような話ではないと彼女は瞬時に理解した。
「それは貴方のご両親のことでしょうか。」
「…そう言えば愛奈さんは俺の事を調べてたんでしたね。」
「…その節は申し訳ありません。」
愛奈は以前、翔馬の事を徹底的に洗った。だから当然、彼の両親が既に他界していることも知っている、業呪に殺されてしまったという事も。
「俺が強くなりたいと願う理由はそれだけなんです。ただ強くなって父さんと母さんを殺した業呪をこの手で八つ裂きにしたい。恨みを晴らしたい…そういう復讐心だけが俺にとっての原動力でした。」
「…なるほど、それが君の根底に抱えるものですか。」
彼は語る。その惨劇を。
「父は…父は業呪から俺と母を逃がすために向かっていきましたよ。祓呪師でもなかった父は勝てるはずも無いとわかっていたでしょう…残ったのは片腕だけでした。母は俺の手を握って走っていました。でも業呪の遥かに人間を超えた身体能力に追いつかれ、俺を守って…そうです、最終的に左足だけ残っていました。そうやって俺の尊敬した両親は一瞬で命を奪い去られたんです。当然のように俺は復讐を誓いましたよ。」
控え目に言って悲劇と言っても良い体験だろう。彼の心に闇を作るには十分すぎる出来事だった。
「…愛奈さん、俺が、怖いですか?」
最早病的ともいえる執着、それは常人を引かせるには十分すぎるほどの歪み。けれども目の前にいる彼女は常人ではない。
「いいえ。」
愛奈は翔馬の手を握った。両手でその大きな両手を包み、目を見て言った。
「それはとても人間らしい感情です。仇を取りたいと願うその心は恐らく誰でも持ち得るもの。ただ大半の人間はそれを諦観の感情で流してしまいます。…私は貴方を怖いとは思いません。」
目を見据えた真っ直ぐな言葉。普段、人を食った笑みを浮かべる彼女はここぞという時はふざけない。真摯に向き合う。
「貴方が仇を取りたい、というのならば私がそのお手伝いをしましょう。」
「…私怨ですよ?」
「貴方に協力を要請している以上、私が貴方の要請に応じるのは務めだと思っておりますから。」
「…頑固ですよ?」
「構いませんよ、意志を貫くのは大事な事ですから。」
彼女は彼を肯定した。そして握っていた両手を放し、何時もの人を食った笑顔に戻った。
「夏場とはいえ、冷えますよ。戻りましょう。」
「……そうですね。」
ワンテンポ置いた後、彼は立ち上がった。
「…さて、翔馬君。以前お話ししたと思いますが、業呪が丸々消えてしまうという出来事が起こったことは覚えてますね?」
「…はい。愛奈さんが調査を依頼されるかもしれない奴ですよね?」
「そうです。その依頼ですが遂に私の元に来ました…そして多分、これは貴方にも無関係ではないはずです。」
「…どういうことですか?」
「業呪がすべて消え去る前、一人の祓呪師によるタレコミがありました。…『傷つきの業呪』を見たという目撃情報が。」
「…!」
「…貴方には義務はありませんが、どうしますか、翔馬君。…来ますか?」
「…行きます、行かせて貰います。」
そして彼の瞳が再び狂気を纏った。それは注意しなければ分からない些細な変化。
「業呪の正体について戸惑いが無いと言えばウソにはなりますが…それでも俺はあの業呪を殺したくて仕方ありませんよ。」
最早、彼は止まらない。否、止められない。亡き父と母が叫ぶのだ、殺してしまえと。
「…沙耶、彼の監視を怠らない様にお願いしますよ。」
「…承知いたしました、愛奈様。」
死なれては困る、故に彼女は先手を打つことにした。