「ええ、今回の騒動は流石に裏で全て処理するのは不可能でしょう。特級区域の業呪が全て駆逐されてしまったという事は世論、特に業呪に関わる祓呪師は誤魔化すことは出来ませんよ。」
『では、どのようにするつもりかね、態々真実を大っぴらに公開するとでも言うのか。』
「それをしたらどのような混乱が起こるかなど貴方も十分理解しているでしょうに。秩序や大義は失われ、この国は千年前に逆戻りするでしょう。そんなことを貴方が許すとは思えませんし、何よりもこの国のためではない、そうでしょう?」
『良く分かってるじゃないか。それで、君はどうすると言うのだ。』
「既にカバーストーリーは完成していますよ。『長年、人類を追い詰めて来た業呪達が巣食う特級区域は、祓呪師の賢明な殲滅作戦により年々と数を減らして来た。そして人類側の【最終兵器】である冷泉寺愛奈が特級区域入りを果たし、苦戦はあれど物の見事に業呪の親玉を仕留め、特級区域を解放し、関東特級区域は元の安全な森に戻った。これも全ては祓呪師の奮戦と勇猛のお陰である』。都合が良いのか悪いのか、真実を知るであろう人物はもう全部あの森で朽ち果てました。ああ、二人いましたが。ですが彼らは私にとって都合の良い駒です。何をすべきかは理解しているでしょう。そうして大々的に祓呪師連が広報すれば終わり。もう既に手筈は整っていますよ。」
『随分と手の早いことだ。ただの小娘が随分と老獪に育ってくれたものだ』
「これでも家の中ではまだ小娘、ですけれどね。それにこの世界においては貴方より私、いえ私たちの方が影響力は強いのですよ。」
『千年かけて張り巡らされた蜘蛛の巣か。おぞましいものだ。』
「その悍ましいものに助けられていて随分な物言いだと思いますよ、貴方様?」
『それもそうだ。では手筈は任せたよ。しかし君も油断ならない策謀家だね。自分自身すら余すことなく利用するその魂胆、何処までが計算ずくかな。』
「さぁ、何のことか、私には計りかねますよ。ただ一つ言えるのは私は自分の能力を誰よりも理解している、それだけでしょう。」
『…嗚呼、本当に油断ならないな、君は。』
「いつか寝首を掻かれるかもしれませんね。何て、軽い冗談ですよ。ええ、それでは。また連絡いたしますよ。――――笹沼内閣総理大臣。」
カチャッと彼女は受話器を置いた。そして窓の外にある曇り空の景色を見ながら独り言を誰に聞かせるまでもなく小さく呟いた。
「…くだらない。」
――――――――
冷泉寺愛奈は先日の業呪との戦いにより負傷した。直ぐに病院に運び込まれ、怪我の状況を確認しそのまま入院した。石動翔馬にはその怪我の内容が伝えられていた。
両足の粉砕骨折、複数個所の骨折に、脱臼。そして何より筋肉が一部ちぎれていたともある。良くもその状況で生きているのかが不思議と言われた方だった。常人では普通に死んでいる。特に激痛も常に走っていただろうに彼女は一言も痛みを漏らさなかった。大した我慢強さと翔馬は関心した。彼も多少は負傷したがせいぜい打ち身程度だったので応急処置だけで十分であり、翌日には彼の持ち前の回復力が発揮し、普通に動くことは出来ていた。愛奈は入院していたはずなのだが…そして彼が生徒会室に辿り着くと。
「会長、祓呪師連から再三の説明要求が届いています。」
「先方にお伝えなさい、既に公式の解答は済んでいる、これ以上説明できることは何もないと。」
「会長、業呪研から今回のサンプルの納品を依頼されていますが。」
「承りました。とりあえず天宮さん、今は保留中ということだけお伝えしてください。まだ時ではありません。」
「承知いたしました。」
…入院していたはずなのだが。
「あの、かいちょう…。」
「岸田さん、お願いしていた件ですか?ならば私の方にデータを送っておいてください、確認の上、お返ししますので。」
「わかった…。」
会計の岸田透の舌足らずな言葉でも意図を十全に汲み取って捌いて行ってしまうその姿は翔馬がここ最近見ているものだ。…ほかならぬ冷泉寺愛奈がそこにいた。
「………」
翔馬が呆気に取られてると愛奈は視線だけ彼に寄越した。流石に無傷とは行かないのか体の至る部分に包帯が巻かれてたりガーゼがあったりするがそれでも普段と変わりない速度で仕事をこなしていた。
「おはようございます、石動くん。今日は少し遅れて来たようですが昨日のケガは大丈夫ですか?」
『石動くん』。それは彼女の生徒会長としての呼び方だ。つまりいまは完全に業務モード。しかし翔馬は納得が行かなかった。
「それはこちらのセリフです、会長。…病院に居たはずでは?」
「今朝までは確かにいましたよ。ただ、自負するつもりでもありませんがこの学院は生徒会長なしには回りませんからね。」
確かにと翔馬は納得してしまった。自治権の強い聖城学院の高等部では生徒の代表という形の生徒会にかかる負担は非常に大きい。翔馬が生徒会に所属し数か月たっているが多忙さは折り紙付きだ。トップダウンの組織であるためその中でも特に生徒会長にのしかかる負担はさらに重い。冷泉寺愛奈抜きではこの学校は回らないと言えた。それこそ一日も抜けるわけにはいかないほど。それならば以前一日抜けていたことがあったがそれはほかの役員の奮励努力のお陰である。
「重傷だったと聞きましたがもうそんなに動けるんですか?」
筋肉断裂と聞いたが愛奈はもう普通に動いている。普通は歩けないような怪我であることは間違いないのだが…
「私もあなたほどではありませんが傷は治りやすい体質なので今朝には動けるようにはなっていました。流石に完治するほどではありませんが、少々『ズル』をしてしまいました。」
「…ズル?」
悪戯っぽく微笑む愛奈はそれ以上は何も言わなかった。曰く企業秘密とのことだった。
「私の事は構いません。この怪我ならば一週間程度で戦闘に復帰できます。それよりも今後の事を少し話し合う必要があるでしょう。今日の21時に私の部屋へ来ていただけますか?」
「はい、分かりました。とりあえず今は生徒会の仕事をすれば?」
「ええ、それで構いません。早速ですがこの決済済みの書類を校長室へとお願いします。」
「分かりました。…しかし本当にいつもと変わりませんね?」
「慣れていますから。ふふっ、慣れというのは恐ろしいものですね。」
しかし翔馬は思う、それは貴方だけですよと。人間が慣れたから出来るのではない。彼女が冷泉寺愛奈だから出来るのだ。
――――――――
時刻は20時58分、翔馬はいつぞやの愛奈の部屋に来ていた。ノックをすると部屋の中から返答が来た。
「鍵は開けています。どうぞ。」
愛奈の言葉に翔馬は答え、部屋に入る。部屋の中に入った翔馬が一番最初に見たのは幾つかの書類を広げている愛奈だった。部屋着ではなく制服を着ていることからおそらく学校から戻ってすぐに始めていたらしい。
「すいません、今は沙耶が居ないので来客用の対応をすることができませんでして。」
「いえ、俺は構いませんが。そういえば新寺さんはどうしているんですか?」
「沙耶は昨日の戦いで足に重傷を負っています。命に別状はありませんでしたが大事を取って入院してもらっています。その間は貴方の護衛が手薄になってしまいますが…。」
「問題ないですよ、俺も数か月前とは比べ物にならないくらい強くなってるんで流石にある程度なら自分の身は守れると思います。」
「それはそうですね、あなたの強さはもう疑うものでもないでしょう、翔馬くんの強さならばそうそう心配はないでしょう。」
『彼女以外ならば』という言葉は愛奈は出さずに次の言葉を繋いでいく。
「来客への対応が疎かになってしまう非礼は詫びたいところですがそうも言ってられないのが私たちの現状です。あまり時間もないので本題に入ることにしましょう。」
「はい。」
愛奈は書類を見るのを止めないがそれでも翔馬との対話を始めている。翔馬に着席を促し昨夜の話を始めた。
「昨夜の業呪、便宜上『共食い』とでも名付けましょう。」
安直なネーミングではあるが実際これ以上ないほどのネーミングなので翔馬は異論無く話を続ける。
「共食いをしたあの業呪は状況証拠の推論になりますがおそらく特級区域の業呪を全て喰らい尽くしとても強力な業呪へと変貌していました。」
「愛奈さんから見てもそう思いますか?」
「ええ、私も沢山の上級業呪を狩ってきましたがあれに勝るものを見たことがありません。私の遭遇してきた中で最強と言っても過言ではないんでしょう。」
「貴方にそこまで言わせる業呪ですか…。」
何故あの時に勝てたのだろうと疑問を抱く翔馬だったがその要因が彼自身であることを彼はまだ理解していない。
「少々の憶測は入り混じりますが私の仮定としてはやはりあの業呪は共食いをして強くなったのでしょう。つまるところ業呪は共食いをすることで更なる強さを得ると…。」
「しかし今まで業呪が共食いすることなど聞いたこともありませんが。」
「以前も言いましたからね、業呪を私たちは完全に理解しているとは言い難い。例の発生条件もありますので私たちは本当に業呪に対しての理解が足りていなかったようです。」
「…それもそうですね。」
翔馬は言葉なく沈黙してしまった。人間が転じるという衝撃的な発生方法、共食いすることで強化される未知の存在。
「しかし」
愛奈は言葉を続けている、確信はないがどこか納得めいた表情をしながら。
「例え話になりますが、業呪を一つのコンピュータとして見立てたとして『共食い』という行動はプログラムはないのだと思います。」
「それが今まで人類が業呪の共食いを知らなかった理由ですか?」
「はい、業呪に共食いというプログラムはない。しかし何者かが共食いというプログラムを追加したとしたらそれはあの行動に説得力があります。」
「それが愛奈さんの以前言っていた業呪を操るもの…ですか?」
「…まだ確証はない推論の段階ですが点と点が線で繋がってきた気がしてきました。」
こちらでも引き続き調査は続けますと愛奈は言葉を一旦そこで打ち止めした。そして話題を変え
「しかし今回『傷の業呪』の成果はありませんでしたね。」
「それは、そうですね。」
元々翔馬は両親の仇である傷の業呪を追ってあの森に飛び込んだようなものだったが今回は色々大変なことが起こった末に傷の業呪は有耶無耶に終わってしまった。大変な想いをしたのは翔馬も間違いなく同じだったためあまり思い出さなかったがそう言われると途端に徒労に終わった気がしてきて疲れてきた。要は気持ちの持ちようなのだがずっと張っていた緊張の糸が切れたとも言える。
「翔馬君には謝らないといけませんね、あなたをここに誘い込んだのは私ですし、徒労に終わったどころかあんなことに巻き込んでしまって。」
「いえ、確かにガッカリしたとはいえ別に愛奈さんを恨んではいませんよ。最初から駄目で元々と思っている節もあるのでそう簡単に辿り着けるとは思ってません。まぁ、これからも地道に探していくつもりです。」
翔馬はあらかじめ断わる様に言ってきた。この事で愛奈の事に感謝はすれど恨みはしないと。
「しかし埋め合わせはしなければなりません。」
愛奈は少し考え込むような動作をした後に。
「今度の日曜日、時間はありますか?」
「え?日曜日ですか?…確か、予定は入れてませんでしたけれど。」
翔馬の返答を聞き、愛奈は少し微笑みながら言った。
「私とデートをしましょう、翔馬君。」
いつもの人を食った悪戯っぽい笑みを浮かべて。
――――――――
そして彼は今日も夢を見る。
-----様、わたくしをどうか殺してください。貴方様は使命を、役割を全うしてください
成らぬ!-----!!私はお前の居ない世界など…意味など
いいえ、貴方様はやらねばならないのです。…どうかこの世界を、わたくしの愛したこの世界をお願いいたします。
どうしてもなのか…
どうしてもです。すでにこの身は呪い、存在することが許されぬ身。ならば他ならぬ貴方様に祓って頂けるのならばわたくしは…
…すまぬ---- お前を一人になどさせぬ…必ずまた会おうぞ
はい、貴方様。来世でも必ず-----
それは彼の知らない記憶。されど酷く物悲しく、そして切ない記憶だった。