生徒会長の生存戦略 作:あにめ
有史以前から人類を食らう恐ろしい化け物がいた。
肉を食いちぎり、生き血を吸い、骨を砕く。怪物は人を蹂躙し、食料として糧として、襲い続けた。
勿論人類もただでやられていたわけではないが、異形の怪物は人類の範疇を超えるものであり、手の付けられないもので、結局幾重の人間が食われてきただけだった。
そして1000年前。人類は突然とその異形の怪物に抗する手段を手に入れた。その力を行使すれば人類は怪物に対抗し、ただ食らわれなくなるだけでなく、その怪物を狩ることすら可能となった。その力は千年経てば人類にとって周知の物となり、人類は怪物を退ける戦士を生み出していた。
「危ない!!」
異形の怪物がその黒く濁った爪を振り上げる。少年が覆いかぶさる形で少女をかばうがその鋭利な爪は少年ごと少女を容易く貫くだろう。もはや彼らの命もここまで、と思われたその時…
一閃。衝撃が走り、怪物の爪が腕ごと斬り落とされる。少年たちの前に一人のこれまた年若い女性が舞い出て彼らを庇うようにその華奢な身体には似合わない得物の槍で怪物を薙ぎ払った。
「下級のものしかいない…と思っていたけれど、上級が紛れ込んでいるだなんてとんだ失態でございますね―――。でも間に合って良かったです。…少しお待ちくださいね。」
――――片づけますから。
少女はそれとだけ言えば得物の槍――薙刀を構えて、そのまま怪物の首を刎ね落とした。その動作に躊躇いはなく怪物は消滅していった。
「試験監督は減給もの、ですねこれは…立てますか?」
少女は倒れている少年に手を差し伸べた。
「これが…学園、最強の力…。」
人々を食らう異形の怪物を『業呪』。そしてその業呪を狩り、人々を守る存在のことを『祓呪師』、と人々は呼んだ。
そしてこれは祓呪師を育成し、輩出する学園―――『東京聖城学院』…の生徒会長の中の人の生存戦略である。
…やっべー、こいつ主人公じゃん…死亡フラグじゃねえのか…?
―――――
『宵に踊る碧炎』
それは大人気ゲームメーカーから発売された恋愛シミュレーションゲーム…所謂ギャルゲー&ノベルゲーである。ハードな世界観からなる重厚な物語と攻略ができるヒロインと過ごす日常が穏やかでギャップにやられる人がいるが、その高低差がたまらなく日常と非日常の明確な線引きが出来ているということで好む人もいる。
また主要キャラがバンバンと死ぬゲームであり、フラグ管理を怠ればヒロインであろうとも主人公であろうともどんどん死んでいくのである種の死にゲーでもありこまめなセーブが必須と公式にも言われる程だった。
いわゆる攻略対象も幼馴染、同級生、後輩、上級生、教師、そして敵側の少女と無難なところが取り揃えられており学園ものだからこそ出来る日常の学園イベントなどもあり、萌えゲーとしても評価は高かった。
そんな成功を収めた作品であったがそんな中で一人の登場人物が出てくる。公式サイトにも名前が掲載され、カウントダウンボイスも存在したりと発売前ではメインキャラの一人のように扱われ、攻略対象でもあるかのように扱われていた登場人物だ。
名前は『
物語の序盤にて主人公たちは低級の業呪を討伐するという課題を課せられ、それに参加するのだがなぜか上級の業呪が乗り込んできて主人公とその時選んだヒロイン以外を残して全滅という危機的状況に陥る。その時にあれほど苦戦した上級業呪を一撃で叩き伏せてしまうという圧倒的実力を見せて登場したのがこの
次に登場するのは中盤であり、その時に黒幕ともいえる存在が登場し、学院を襲うのだがその時に愛奈はその黒幕と交戦することになる。最初の内は慣れない攻撃に苦戦しつつも善戦し、黒幕も彼女の腕を称賛するが…そして死ぬ。
それはもうあっさりと死ぬ。黒幕より強い黒幕のペットに横槍を入れられて死ぬ。しかも死に方は四肢を切断され藻掻きながら息絶えるという美少女にやってはいけない死に方である。最強格として登場してから二度目の登場であっさり死ぬ様からネット上では彼女を指して『即死会長』という不名誉な渾名をつけられてしまった。唯一その場で生き残るルートもあるのだがそれは主人公がヒロインに敵側の少女を選んだルートである。その後敵側に回った主人公と交戦するのだが主人公とその敵側の少女の連携で倒され、その身を業呪に喰われながら死ぬというもはやどのルートに行っても救いようのないキャラだった。どうやっても死ぬ、死ぬ、死ぬである。
どんなルートに行っても必ず死ぬのでデッドエンドがある主人公を除いたキャラクターの中でぶっちぎりの一位で死亡率がトップである。こんなのってあんまりである。ちなみに公式は救うつもりはないらしくのちに発売されたファンディスクでもしっかり死んだことになっている。公式ノベライズでは出番が増やされていて主人公と交流する様もあるのだが死ぬ。しかも絶望的に死ぬ。ノベライズがだめならコミカライズはどうかとなるとこちらは逆に出番がカットされ最初の姿も見せずに学園襲撃で死ぬ。姿がなく死ぬ。どう足掻いても死である。
そして俺は…俺は…非常に、誠に、不本意に…冷泉寺愛奈になってしまったのだ。夢か現か疑ったが、どうやら現の方であったらしく、俺は絶望に包まれた。
「あかん、このままじゃ死ぬう…」
記憶を取り戻した四年前から俺は死なないために行動を開始した…のは良いのだがさっそく俺は壁にぶち当たることになった。当然のことながらこの物語は主人公を中心に起こることになる、のだが。彼らと関わると死亡率も高く跳ね上がる可能性がある。ならばいっそもう生徒会長とかなるのやめるかとも思ったが親の意向が強く最強であれという家訓に則らなければならないらしく無理であった、ならば主人公たちと関わるのをやめるかと思ったがそもそもゲームでは関わらなさ過ぎて死んだ。つまり関われば死ぬ可能性は高まるし、関わらなければそもそも普通に死ぬだけらしい。詰みである。
主人公たちと関わるか関わらないかは慎重に決めていたが意図せぬ所で関わってしまいもう不可避だこれ。つまりこのまま接点がなければ俺こと、冷泉寺愛奈は死ぬしかないのだ。
「…会長?」
深く考え込む俺に声をかけたのは長身のクールな美少女…いや、美人の勢いにも入ってくるほど美しい少女だった。彼女は…
「ええ、問題ないですよ。少し考え事がありまして…時間を割きすぎましたね、申し訳ありません。天宮さん。」
天宮花音。生徒会副会長を務める人物で―――物語のサブヒロインとも呼べる人物である。ここでもあったわ、主要キャラとの関わり。
「珍しいですね、会長がそれほどまで深く考え事とは。」
「そう…ですね、いつもは即断即決をしていますがこればかりは重要な局面ですのでじっくり考えたいと思います。ただ…今はする時ではないので後々、この仕事を終えてから考えることにしましょう。」
「はい、会長。」
そのまま机に向き合いながら俺は仕事片手に考えごとを続けていた。このまま主人公たちと関われば死亡フラグに飛び込んでいくがそれでも確定した死からは逃れられるはずだ。覚悟を決めて俺は主人公たちと関わっていくことを決めた。
…しかしゲームでもこういう展開があったらおもしろかったかもな。即死会長という不名誉な渾名で呼ばれてはいるがキャラ人気は悪くなく人気投票でも10位に入るなど割と健闘していて人気のある方なのだ。冷泉寺愛奈というキャラは。
そうと決まれば俺は行動するのみ、先ほど副会長にも語ったように即断即決あるのみである。
―――――――
日はすっかり落ちた10時。学院は既に門を閉じており校舎内に残っているのは宿直だけという時間。学院近くの公園にある広場で少年は一人そこにいた。ただいるだけではなくがむしゃらにトレーニングに励んでいるようだった。
少年の名は「石動翔馬」。中の人から言わせればいわゆる主人公に値する人物である。石動少年は東京聖城学院の一年生。入学したてでまだ一週間しか経っていない。しかしいきなり人が死ぬ場面に直面し、ショックを受けた。その場面に居合わせた幼馴染の少女もショックで寝込み、復帰するには時間を要すると言われていた。石動少年は助かりこそしたものの自分の無力さを痛感し半ば駆られるように鍛錬に励んでいた。
そんな夜の公園に声をかける一人の少女が。
「自主練、というのも構いませんが限界を超えてしまってもあとは毒になるだけ、ですよ。」
彼は腕立て伏せする動作を止めその人物を見て、驚愕で目を丸めた。
「……冷泉寺…会長…。」
「こんばんは…それと、先ほどぶり…ですかね?石動、翔馬さん。」
それは今日の昼間に彼の危機的状況を助けた恩人…生徒会長、冷泉寺愛奈だった。意外な人物の登場に目を見開いて驚いた彼だったが慌てて居住まいを正したがそれは彼女によって制止された。
「ああ、お構いなく。突然訪れたのは私です。そう恐縮する必要はありません。」
「わ、分かりました…ありがとうございます。会長。」
冷泉寺愛奈は座るでもなくただその場に立ったまま話を始めた。
「…当事者でない私が言っても無責任にしか聞こえないかもしれませんが…今日のことは貴方の胸中、お察しします。」
彼女は多忙な身分だ。生徒会長という職務もそうだが彼女自身優秀な祓呪師であるため戦いに飛び回ることも多いらしく自由時間が取れることはあまり多くないという。その数少ない自由時間を使って彼女はここに来たのだ。
「お辛い、ですよね?」
「い、いえ。そんなことは…。」
「嘘はつかなくても大丈夫です…人が亡くなっているのに堪えない、ということはありませんよ。」
彼は彼女に胸中を完全に見透かされていた。彼女の言っていることは事実だ。彼は昼間に殺されてしまった人々のことを引きずり続けている。恐らくそれはこれからも。
「割り切れ、などという薄情なことを言うつもりはありません。…ただ、これが祓呪師の本質なのです。殉職率3割。退職率6割。祓呪師は一見華やかで優雅な世界かもしれませんが業呪との戦いでは人はあっさりと死んでしまいます。…今ならば降りる、という選択もできますよ。」
それは傍から見れば無情な宣告である。お前は向かないのならばやめた方がいい。そういわれているようにも捉えることができる。それは彼女が気遣ってのことだが…
「…大丈夫、です…。俺には、俺に…は…退くことができない理由があるんです。」
石動少年は強い意志を宿らせた瞳でそう答えた。その瞳を見た彼女は一瞬関心したような表情を見せたがすぐに考え込むような動作に変わった。
「…あの、会長?」
「…勢いで言ってみたはいいが…いや…でも…。」
ぶつぶつと何かを論じているようだがそれは彼の耳に届く声量ではなかった。そして何かを結論付けたのか彼女は顔を上げ彼の顔を見ていった。
「金曜日の、8時。この公園に来られますか?」
「えっ?多分大丈夫だと思いますけれど…。」
「必ずしも来いというわけではないですが…多分あなたの助けになれると思いますよ。そこは貴方の自由意思にお任せしますが。」
「は、はい…?」
突然の提案に彼は困惑するが彼女はそれ以上は語ろうとはしなかった。
「さて…もうこのような時間です。寮に戻った方が良いと思いますよ。」
「は、はい。…わざわざありがとうございました、会長。」
「私はお礼を言われるようなことはしていませんよ。これも生徒会長の務めですから。では、また会いましょう。石動さん。」
彼女は礼をするとそのまま去ってしまっていった。彼はしばらく現実感を感じず痛みで現実に回帰するまで呆けていた。
この公園での鍛錬は謂わば攻略対象が確定するイベントであり、フラグとなるイベントであった。そして彼女はそれをド忘れしていた。つまり…この世界においてヒロインは…。