デート、という言い方には語弊があったか。しかし要するに…
「ここが―――。」
「ええ、ここが破呪鉱を鍛えられる日本で唯一の鍛冶場――――『江田島製鋼所』です。」
要は今日のこのお出かけは…主人公こと彼の強化イベントの一つに過ぎないのだ。俺が言うのもあれだが翔馬はかなりドキッとしたことに違いないだろう。
どうも東京聖城学院以下略。なんかこうやって語るのも久しぶりのような気がする。
祓呪師には業呪を祓うための専門の武器が存在することは既に周知の事実だろうが、古くからその武器の大元となる金属である破呪鉱を専門に鍛えることができる鍛冶師が存在するのだ。というよりも日本にもこの製鋼所にしかその拠点はなく破呪鉱はかなり貴重な物であることも相まってこの江田島製鋼所ではそれはもうひっきりなしに回っている。まぁそれはそうである、重ねて言うが破呪鉱を取り扱えるのは日本ではここだけなのだから。
「皆、忙しそうにしてますね…。」
「ええ、日本中から注文が来ていますし、それに職人の数もあまり多くはないと聞きます。」
「…その忙しい時に来ていて大丈夫なんですか?」
翔馬は随分と気まずそうに聞いてくる。気持ちはわからんでもない。繁忙期に来客が来るもどかしさは俺も普段の仕事で経験済みだ。とはいえ、俺にはコネがある。
「申し訳ないと思わないわけではありませんが…ただ大丈夫かと聞かれればそれは大丈夫です。翔馬君は私の家名を忘れたわけではありませんよね?」
「…そうでしたね、先輩も冷泉寺でした。」
何故なら俺にはコネというよりもそれを超えた権力があるからなのだ。権力はあるのならばそれはもう使うしかない。
「私は冷泉寺の名を嫌ってはいますがそれでも使えるものは何でも使うというのが信条です。折角役立つのに使わないのは勿体ないでしょう。」
「…確かにそれはそうですけれど。」
あ、こいつ絶対したたかな人だなとか思ってるな。残念ながら俺は清廉潔白な完全無欠な生徒会長ではないのだ。割と結構腹黒いのだ。
「しかし本当によかったんですか、愛奈さん。…俺に刀を一つ打つというのを通してしまって。」
「問題ありませんよ。私にも専門の刀工が付いてます。私の『氷楼』を打ったのもその刀工です。」
ちなみに氷楼ってのはメインウェポンのあの薙刀の事な!!
「翔馬君の力が強いことは最早明白なことです。貴方の握力に耐えられるようなものは最早既製品では無理だということは前々からわかっていました。…この間の戦いで鈍らになってしまったでしょう?」
「それは…はい。」
彼の刀はもう使い物にならないのだ。どちらにせよ新しく打つ必要はあった。ならばここは良い装備を与え、彼の強さに更に貢献してもらうとしよう。そう、これも俺の生存戦略の一つ…。我ながら完璧だ、完璧か?
「ああ、居ました。…彼が私…もとい冷泉寺お抱えの刀工。」
――――――――
「彼が私、もとい冷泉寺お抱えの刀工。」
愛奈が差したのは一人没頭している白髪の初老くらいの男性か。鍛え抜かれたのが分かる体躯と手には古傷やら肉刺やら色々あるのが一目でわかる。
「桐沢兼弘さんです。」
桐沢という姓に少し聞き覚えがあった翔馬だったがその男性が振り向いたことでデジャヴやら既視感やらは何処かに消えていった。
「ん?…おお、愛奈様。いつの間にいらっしゃって。」
桐沢氏は愛奈の声に反応し、その声の主を視界に入れた。そして礼儀正しく一礼すると愛奈も親しげに話し始めた。
「こんにちは、兼弘さん。相変わらず凄い集中力でしたね。」
「来ていたのなら早々に声をかけてくださると助かるんですがね。いやあお恥ずかしいところを見せました。」
桐沢氏は如何にも職人らしい風貌なのだがかなり年下であるはずの愛奈に対しても礼節を以て接していることからかなり思慮深く大人らしい人物のようだと翔馬は推測する。
「いえ、貴方の神業には私も感心していますよ。それと…こちらが私の後輩で今日の刀を打ってもらう手筈の石動翔馬くんです。」
「おお、そちらが今回の。」
「…石動翔馬です、よろしくお願いします。」
握手を求められたので翔馬は礼儀正しく握手をし返す。そして会釈をしていると。
「…ふうむ、これまたとんでもない使い手を連れてきたものですな、愛奈様。」
桐沢氏は握手をしただけで翔馬のことをある程度見抜いてしまう。これには翔馬も驚きを隠せない。
「流石の慧眼ですね。だからこそ貴方にしか打てないという確信もありました。」
「純粋な膂力なら愛奈様以上ですかね、こいつは生半可な耐久じゃ直ぐに鈍らになっちまいそうですね。」
「…分かるものなんですか?握手をしただけで。」
翔馬の半信半疑ともとれる怪訝な態度に桐沢氏は訳有り気に呟く。
「手ってのはその人間がどんな武器の振り方をしてるか、どんな技を繰り出すのか、そんな情報が一番素直に表れてる部位なんでね。自分みたいに武器を打って来ただけの人間にはそれほど難しいことでもないんですぜ。」
審美眼とでも言うべきなのか。芸術に触れ続けてきた人間はいずれ、芸術を判断するだけの眼を得ることがある。それに似たようなものか、武器を打ち続けてきた人間はやがて武器に関して、その人がどのようなものなのかを見極めることが出来る眼を得る。そんな審美眼がこの桐沢氏にはあるようだった。
「兼弘さんならば問題ないとは思うのですが、彼は馬鹿力と言ってもいいほど膂力が強いです。彼の膂力に耐えられる刀を打てますか?」
「愛奈様、自分の腕を見くびってもらっては困りますよ。氷楼は自分の人生の中での最高傑作と言っても過言じゃなかったですが、そいつに劣らない仕上がりにして見せますよ。」
「…だ、そうです、翔馬君。これから刀工に関してのあれこれを始めてもらいますが異論はありませんか?」
「はい。俺もこのまま武器がないっていうのは流石に不味いと思いますから。タダで出来るっていうのは渡りに船なんですが…けど、愛奈さん、良いんですか?」
翔馬が恐れるは値段である。今回の武器作成、愛奈が自腹を切って翔馬に対して贈与するという形になるのだが如何せん冷泉寺お抱えの刀工の特注だ。お値段もさぞ馬鹿にならんことだろう。翔馬は一市民のためその値札は見なかったが潜在的にその値段を恐れていた。
「確かに高いと言えば高いですが、問題ありませんよ。私には払える値段ですので。」
「……。」
翔馬は言葉を失うしかなかった。彼女は学生の身だが一体すでにどれだけの権力や財力を得たのか気になるが聞いてしまったら不味いことになるかもしれないので黙った。とはいえ彼女の好意、無下にするわけにもいかないので翔馬は頷いた。
「分かりました、そっちは深く考えないことにします。ただ…本当にありがとうございました。」
翔馬は改めて頭を下げ礼を述べた。愛奈はあっけらかんとした様子で。
「それにこれは私のためでもありますから、ね?」
…利用すると言っているようなものだがそれでも翔馬はこの恩義に報いないほど薄情な人間ではないのだった。
「お二人さん、そろそろ終わりましたかい、終わったなら早速始めやしょう。」
桐沢氏は静観していたが一段落がついたところで時間は有限だとパパっと作業に取り掛かり始めてしまった。
翔馬はやはり桐沢氏に対して既視感を覚えていた。桐沢という名字の知り合いが彼には一人いるが、その友人と似ているような気がしたがやはり聞き出そうというやる気は起きなかった。
訂正、聞こうとは思えなかった。何故なら作業に没頭する桐沢氏の気迫は凄まじいものでこれを邪魔することは出来ないと彼は本能的に悟ったからだ。
――――
その後、江田島製鋼所を後にした愛奈と翔馬は帰り道を歩いていた。そんな中、河川敷に差し掛かったところで愛奈は思いついたように言った。
「少し、寄り道をしてもいいですか?」
「構いませんが…。」
こんな場所で何をするのだろうという訝し気な視線を躱しながら、愛奈は河川敷に降りて行った。夕刻近い河川敷では小学生と思わしき子供たち数人が遊んでいる。そして翔馬は後を追うように河川敷に降りると愛奈は移動販売のクレープ屋の前にいた。何かを話しているようだが川の音や子供たちの声、街の喧騒に紛れて話している内容までは聞こえない。
翔馬がクレープ屋までたどり着くと愛奈が声をかけてきた。
「折角ですから翔馬君も何か食べますか?」
「え?俺もですか?」
「ええ。」
愛奈の視線が刺さる。…断りにくい雰囲気だ。そもそも翔馬は中々愛奈に対して強くは出られない。普段稽古、修行に付き合ってもらっているし、師匠的な存在でもある。それに恩人であることも加味して愛奈に対しては強く出られない。…まぁ断わるようなものでもないかと自己完結しクレープ屋に視線を向けた。メニューを眺め
「じゃあ、バナナクレープで。」
「バナナクレープですね、ここは奢りますよ。」
「そんな、これくらいなら俺が…。」
「良いですって、ここはひとつ先輩らしいことをさせてください。」
流石にこの程度の金額なら翔馬でも払えるのだが愛奈は一度決めると中々退かない性質があるので翔馬は先輩のメンツを立てるために折れることにした。そして暫くしてクレープが出来上がり、愛奈と翔馬はそれぞれのクレープを手に、階段に座った。
日没が近い時間というのもあって赤みがかった空が彼と彼女を照らした。
「しかし愛奈さん、どうしてこの河川敷だったんですか?」
翔馬はごく普通の疑問を口にした。
「時々利用するんです、ここは。…一人になりたい時に黄昏ているんです。」
愛奈からの返答はこの場が彼女にとって大切な場の一つになっているということ。
「色々と責任がある立場なのでたまに一人で考えたい時もあるんです。」
「その時に使うのがこの河川敷ということですね。」
「そうです、ここでは学院の生徒とは滅多にすれ違いませんから。」
何か感慨深げに愛奈は呟く。普段は一人でここで思考に耽るため誰かと話すことが新鮮らしい。
「しかし…翔馬君にはやはり改めて言っておきたいですね。」
改まったような言葉遣いで愛奈は翔馬に向き直る。
「恐らく翔馬君も理解していると思いますが私たちは相当根深い問題のかなり核心の位置に辿り着いていると思います。」
「…俺もそれはそう思います。」
翔馬は同意するようにうなずく。
「普通じゃ知ることもないことをこんなにも知ることになり、もっと大きな物に近づいている予感はするんです。」
「同感ですね、何者かに仕組まれたことだとしてももう今更退くことは出来ませんが。これからは前の業呪が比べ物にならない化け物が出てくるかもしれません。それでも…貴方は付いてきてくれますか?」
「…決めたことです。どんな結末だろうと…俺は貴方を信じますよ、愛奈さん。」
強い意志の言葉に愛奈は僅かな微笑を零し、一言呟いた。
「……本当、ありがとよ。翔馬。」
風の音に流されたその声は翔馬の耳に届くことはなく。愛奈は立ち上がった。
「さて、時間も良い所ですから、そろそろ寮に戻りましょう。」
「…?分かりました。」
愛奈が何を言ったか分からず翔馬は首を少し傾げたが帰ろうという言葉に応じ、立ち上がった。
――――
そして今日もカレは夢を見る。
女性はベッドの中で一糸纏わぬ姿をしながらも隣の男に語り掛けている。
「そうだね、正直に白状するけれどあの頃は私が最も気を張っていた時期だと言ってもいい。」
「それはやっぱり死の危険が香っていたからなのか?」
男は枕に乗せた頭を動かさずに視線を女性に向ける。
「まぁそれもあるね。誰だって自分の明確な死が迫っていると知れば焦るだろう?でも完璧な生徒会長でもいなければいけなかったからストレスも結構すごかったよ。けれど君のお陰で大分楽になったんだ。」
「俺があの頃何かできてるとは思わないが。」
「君が協力してくれたことに意義があったんだよ。今思えば君を完全に信頼するようになったのはそのころだったかな。君はどうだい?」
「俺は…正直良く覚えてないな。いつ頃からかこの人についていこうって思ってたから。」
「ふーん、そういうものかい。まぁ結果的に君はあの頃の私の清涼剤となっていたわけだ。もっともまだ意識は良く分からなかったがね。言うならば信頼できる仲間くらいのラインだったかな。」
「…手厳しいな、愛奈は。」
「仕方ないだろう?出自が出自だからね。」
「じゃあ異性として見てくれたのは何時だったんだ?」
「それは――――――――」