生徒会長の生存戦略   作:しが

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今回はいわゆる準備回です、どんどん伏線をはりはりしていく回です。


弐拾.対話するもの達

――――最初から気に入らなかった。

 

 

彼女は天に愛されていた。人から愛されるだけの端正な容姿を。誰をも引き付けるカリスマ性を。誰も寄せ付けない圧倒的な才能を。彼女に足りないものは何一つなかった。

 

生まれてきてから今に至るまで彼女に足りないものは何一つがなかった。自分に欠けていたものを全て持っていた。それどころか、ただでさえ足りなかった自分から奪っていった。憎かった。憎くて堪らなかった。全部、全部壊してやりたいとそう思うことすらあった。

 

 

何時もヘラヘラと何を考えているか分からないその薄ら寒いにやけ面を引き裂いてやろうとかと何度も思った。けれど結局自分では彼女に勝てないことなんて最初から分かっていた。何故なら、彼女と私には生まれた瞬間から天と地の差ほども言える絶望的な才能の格差があった。こちらが一歩進む努力を成し遂げたかと思えば彼女は悠々と十歩は進んでいった。どれだけ追いかけても追いつけないほど圧倒的な差。そういうものを簡単に彼女はやり遂げ、そしてこちらに無自覚に、無意識に見せつけてくるんだ。それがどれほど腸煮えくり返るほどの想いだったか。いや、そんな簡単な言葉で表せるほど陳腐な感情ではなかった。憎しみすら超えたその感情は最早羨望の域だった。

 

 

「どうかしたの、やはりまだ傷が痛むのかしら。」

 

 

彼女に悪意はない。含みや企みを見せることはあっても彼女は悪意を炸裂させたことはない。まるで汚れたことに生まれてこの方近づいたことのない無垢な赤ん坊のように。それでいて彼女はとても計算高かった。穢れを知らない癖して穢れを利用するのがとても上手かった。本当に、何もかもが腹に立つ人物だった。

 

 

「やっぱり怪我が痛むのなら先生を呼んできましょうか?」

 

 

…そんなんじゃない。そんなんじゃないんだよ。お前には分からないだろうが怪我だとか、痛みだとか。そんな陳腐なものじゃないんだよ。けれど彼女はそれを理解できない。他者を利用する事は本当に上手な癖にこいつには人の感情は理解できない。…何故なら自分の感情すら理解してないからだ。自分を理解できない人間が他人を理解する事なんで出来るわけがない。

 

 

 

「…痛みではないの?それなら良いんだけれど。」

 

 

だというのに、何でだ。…何でお前はそんなにも愛されているんだ。

 

 

「あ、そうそう。果物を持って来たのだけれど私が剥いてあげるわね。」

 

 

 

…ああ、本当に憎たらしい。憎い、そして羨ましい。けれど、それでも私は…。

 

 

 

 

『憎イダロウ?ナラバ全テヲ奪イ尽クシテシマエバイイ。オマエニハソノ権利ガアル。』

 

 

…私は。

 

 

 

――――――――

 

 

 

夏休みももう終わり遂に新学期が迎えた9月。皆がアイディアの出し合った文化祭に向けて着々と準備が進められていく中、翔馬は生徒会の仕事の合間を縫いながらクラスの方の出し物の準備を手伝っていた。

 

 

「笠霧さん!この段ボールを置く場所は何処に!」

 

 

「石動さん、ええとそれはあちらの方に!」

 

 

「分かった!」

 

 

クラス委員の笠霧燐の指示を受け翔馬はもっぱら重い物を運びまわっていた。こういう場においても普段持て余し気味の彼の怪力は役立つのだった。荷物を置き一息ついている翔馬。荷物が一段落というところに水が当てられた。

 

 

 

「…葵か。」

 

 

「お疲れ様、翔馬。」

 

 

その少女は彼の幼馴染でありクラスメイトである少女、立華葵だった。葵は手に持ったスポーツドリンクのペットボトルの一個を翔馬に渡し、隣に座った。翔馬はそれを受け取りながら。

 

 

 

「ああ、サンキュ。」

 

 

「いいのよ、別に。あんたも最近色々飛び回っててお疲れみたいだしね。こんくらいでしか労われないもの。」

 

 

「いや、ありがたいよ。昔からお前の気遣いには助けられる。」

 

 

あの対話以来、どこか翔馬と葵の間には心の距離というものが出来ていた。今までの関係がかなり密接だったものに対して翔馬は家族にも等しい少女から少しずつ離れてきていた。表面的には良好な関係に見えたとしてもそれは、どこか危ういものに他ならないのだ。

 

 

「で、どうなの?生徒会の仕事は。」

 

 

距離を感じているのは葵だけだった。翔馬としては今までと何ら変わりない距離だとそう思ってるのだが、しかし彼女は生まれてきてしまった溝を確かに感じていた。

 

 

「どう、か。基本的にはやっぱ肉体労働だからなぁ。他の人たちに比べたら随分と楽だとは思うよ。」

 

 

「そっか、翔ってば力仕事は本当に得意よね。」

 

 

「自分で言うのもあれだが、結構な馬鹿力だからな。適材適所っていうか適正というか。ああ、でも最近は書類仕事も少しずつではあるけど受け持ってるな。」

 

 

「ええー?あんたそういうのは死ぬほど苦手じゃなかったの?」

 

 

「そう言っても生徒会の仕事って滅茶苦茶多いから、人を遊ばせておく余裕がないんだよ。確かに苦手意識はあるけどな。」

 

 

「ほんと、大変よねぇ。高等部の運営を全部受け持ってるから教職員も強く口出ししてこないんだろうけどさ。その仕事が全部生徒会に回ってきてるってことでしょ?」

 

 

「流石に10割ではないぞ…?精々8割くらいだからな?」

 

 

「似たようなもんでしょ、そこまで来たら。それで、頭脳労働とか座り仕事が苦手な翔はどうやってその仕事をやってるわけ?」

 

 

翔馬はその話題になると少しばかり顔色が変わったような様子となった。僅かな変化だが葵は見逃さなかった。

 

 

「会長に教えてもらってるよ。あの人、人に物を教えるのが上手いのは知ってたけれどまさか書類仕事とかまで教えるのが上手いとかは分からなかったな。でも本当に効率を上げるのが上手で…」

 

 

嬉しそうに語る翔馬。いつの間にか彼の瞳には冷泉寺愛奈が映るようになっていた。むしろ殆ど彼女しか映っていないのかもしれない。明るくなる彼の顔に比べ葵の顔はどんどんと暗く、落ちていく。しかし翔馬の眼にそれは見抜けない。

 

 

「…葵?」

 

 

「どうしたのよ、そんな怪訝な顔して。」

 

 

「いや、急に静かになったから。どうしたんだ?」

 

 

「別にー。朴念仁に教えてあげることなんてなーんにもないわよ。」

 

 

「…本当にどうしたんだよ。」

 

 

不機嫌になっているのは流石に彼でも分かる、しかし原因はさっぱりと分からないのが石動翔馬という人間だった。頭の中がクエスチョンマークで埋め尽くす翔馬に対して葵は悪戯っぽい笑顔になり

 

 

 

「ま、そうね。いつかは教えてあげるわ。それじゃ、そろそろ準備に戻るわ。」

 

 

「おい、葵?」

 

 

何も分からなさそうな翔馬を置いて葵はさっさと出し物の準備に戻ってしまった。

 

 

「…本当、何なんだ?」

 

 

対し翔馬は半ば呆然と呆れているようなものだった。そんな翔馬にため息を漏らす一人の男がいた。

 

 

「お前、ほんっっと女心が分からないなぁ…」

 

 

「…藪から棒になんだよ、大輝。」

 

 

彼のクラスメイトにして友人、桐沢大輝だった。呆れ果てた顔をしながら諭すように言っている。

 

 

「立華さんだって女の子なんだぞ?」

 

 

「そりゃそうだろ、葵が男に見えるわけないだろ。」

 

 

何言ってるんだこいつみたいな表情をしている翔馬に大輝は本当にこいつ重傷だなみたいな表情で返した。

 

 

「まぁいいや。…それより翔馬、今度の文化祭までにとびっきり良いものが出来るから待ってろよ。」

 

 

「何の話だ?」

 

 

「そいつは内緒だ、だが直ぐに分かるさ――。」

 

 

意味深な言葉ともに去っていく大輝、対し翔馬はどいつもこいつも何なんだと何も理解できない表情をしていた。またしても何も知らない石動翔馬(15)。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「…何で翔を奪っていくの。」

 

 

…私にとって欠けてはいけない存在。家族とかそういうことを超えて、もっともっと欠けたらダメな存在。ももう一人の自分って言っても良い存在。

 

 

それを奪うなんて誰であっても許されることじゃない。例えそれが生徒会長だろうと、冷泉寺家の令嬢だろうと、学園最強だろうと、絶対に許されないこと。なのに何で奪おうとしてるの。

 

 

 

…憎い。許せない。

 

 

『ソウダ、モット怒レ。オマエハ怒ルベキダ。』

 

 

翔を奪うあの女も、私から離れていく翔も、全部許せない、憎い。

 

 

『ダカラコソ奪ウノダ。奪ワレルナラバ奪ウノダ。』

 

 

―――奪う。あの女から、翔を―――翔馬を。

 

 

 

『ソウダ、ソウスレバオマエノ元カラ永遠ニ離レナイ。』

 

 

私が…

 

 

 

『奪い去ってしまえ、何を迷う必要がある。お前はずっと報われない想いをしてきたじゃないか。それをぽっと出の小娘に奪われて良い理由があるか?』

 

 

…そんなの、そんなの許さない。

 

 

 

『だから奪ってしまえ。離れていくのならばもう二度と離れてしまわないように自身の手にしてしまえばいい。簡単な話だ。』

 

 

…確かにそうだ。そうすれば私は。

 

 

『何も心配する必要はない。私がお前を導いてやろう。さぁ身を委ねるが良い。』

 

 

あぁ、そうだ。そうすれば…

 

 

「『どうして私はこんな簡単なことに気づかなかったんだろう…』」

 

 

…深く深く堕ちていく。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

「…あら、貴方から姿を見せるなんて珍しいこともあったものですね…鷺沼さん?」

 

 

冷泉寺愛奈はその夜、森に居た。そしてもう一人彼女に対面するものが居た。…対面する彼女は何時にも増して太々しい表情をしていた。

 

 

 

「…相変わらず不気味な顔だね。」

 

 

「申し訳ありません、これが生まれつきなもので。」

 

 

言葉だけ聞けば一触即発。しかし声音はそんなものではなかった。複雑な感情が幾つも絡まった複雑な声音。それが対面する少女、鷺沼麗華の口から出ていた。

 

 

 

「お礼参り、というやつでしょうか?」

 

 

「勘違いしてもらっちゃ困る。アタシはそんなもんのためにあんたを呼んだわけじゃないんだ。」

 

 

「おかしいですね、私は随分と貴方に恨まれていると思ったのですが。」

 

 

あくまですっとぼけるような愛奈に対して麗華はその色々な物が込められた視線を向ける。目つきの悪い彼女から繰り出すその目力は思わず視線を背けたくなるものだったが愛奈は目を逸らさずに向き合った。

 

 

 

「ああ、憎いさ。まだ憎いさ。全然憎いよ。けどそれでもケジメは付けておくべきだと思ってんだよ。」

 

 

「それは、つまり貴方は私に何をしたいんでしょうか。」

 

 

「全部分かった上で言ってるのがホントに性質が悪いなアンタ…。」

 

 

憎々し気な視線を送る麗華に対して愛奈はどこ吹く風だ。ため息を吐きながら麗華は改めて。

 

 

 

「…あんたは憎いしまだ恨んでる。けどアンタがアタシを助けたのは事実…一生消えない傷を負ってまでね。だから…そいつはその、ありがとうございました。」

 

 

麗華は3年越しについに礼を述べた。それは翔馬との対話を通して心境の変化があったか、それは果たして最後まで分かるものではない。しかし彼女は少なくとも憎悪と決別しようとしてることは分かった。…愛奈は少しだけ待ち、口を開いた。

 

 

 

 

「…私は復讐するな、とは思いませんよ。」

 

 

「え…?」

 

 

「復讐は何も生まない、という言葉は確かにその通りかもしれませんがそれでも当人はどうしよもなくその憎悪を持て余すものです。…それの捌け口は復讐でしか取り除けない。だから復讐は起きるんです。私はそれを否定する気はありません。」

 

 

「…アンタ、正気?」

 

 

「正気ですよ。貴方が復讐を成そうというなら私はそれで構いません。」

 

 

復讐者と復讐対象の会話ではない。確かに麗華の言う通りに些か正気とは思い難い。

 

 

「ただ、私も殺されてやるわけにもいきませんので返り討ちにしますけどね。」

 

 

「いやそれどうやっても不可能じゃん。」

 

 

「無抵抗で殴られる人間が居ます?」

 

 

「それはそうだけどさ。」

 

 

そして復讐はすぐに不可能となった。愛奈に対して力押しで勝てるわけがない。

 

 

 

「…復讐なんてやめろという綺麗な言葉を言うつもりはありません。…けれど、鷺沼さん」

 

 

「……。」

 

 

愛奈は麗華の眼を見てはっきりと告げた。

 

 

 

「復讐に正当性なんてありません。結局己のエゴに過ぎないんです。だから正しい復讐なんてないんです。…間違えてでも復讐は正しいとは…それだけは思わないでくださいね。」

 

 

それでは夜道に気をつけてと愛奈は立ち去って行ってしまった。麗華は一人残され木に寄りかかり呟いた。

 

 

 

「…そんなことはアタシが一番良く知ってるよ。」

 

 

人を呪わば穴二つ。結局復讐は連鎖を引き起こす。ただそれだけのものだと麗華は良く知っていた。

 

 

 

――――

 

 

そして今日もカレは夢を見る。

 

 

 

―――わたくしはやがて呪いとなり災厄を振りまくでしょう。それが器として生まれてしまったわたくしの定め。

 

 

―――どうしても定めは変わらぬのか…

 

 

―――変わりませぬ。だから、せめてわたくしが災いを振りまく呪いとなる前に、業を背負う前に、貴方様の手で…

 

 

―――…我らはただ共に居たかった。

 

 

―――それは許されぬことでしょう、そういう必定の元に生まれてきてしまったのです、わたくしも、貴方様も。

 

 

 

 

――― だから、せめて最後は、真斗様が。

 

 

――― 藍子…。

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