「しかし、どうして冷泉寺の本家に俺まで行くんですか?」
「今回ばかりは翔馬君も無関係というわけではありませんから。あの傷の業呪…そしてあの男との関連性、それを恐らく父が全てとは言うつもりはありませんが一端を知ってるはずです。私としても今回は直ぐに情報共有と行きたいです。」
「俺としてはありがたいんですけれど…俺、完全に冷泉寺の部外者ですよ?そんな人間が本家に入れるとか思えないんですが…。」
「あら、そこまで融通が利かないというわけではありませんよ。冷泉寺は然るべき来客には相応の対応がありますから。頭が固い一族であることは否定できませんが、それでも礼節を欠くほど無礼な一族でもありませんよ。」
「…ですが当主と会うとなると流石に話は別では?」
車中。高速道路を走る冷泉寺家の車の後部座席で愛奈と翔馬は会話していた。愛奈はメガネをかけて書類に目を通しながら、翔馬は退屈そうに車窓を眺めながら。
「確かに全くの無関係が当主と会うのは難しいでしょう。しかし、私は冷泉寺家次期当主という座ですから。その程度の意見を握りつぶす程度の権力は持ってます。」
サラリとおっかないことを言う愛奈に翔馬は前々から思っていたことをぽつりと漏らしてしまった。
「…前々から思っていましたけど愛奈さんって結構したたかですよね。」
「否定はしませんよ。使えるものは残さず有効活用する主義ですし、権力は飾りじゃないですから。」
「…確かに使ってこそなんぼですけれど。」
愛奈はおとなしそうな顔をしているがその内はかなり野望を秘めている。野心も中々の物で権力の使い方というものが上手かった。人の上に立つべくして生まれた存在かと時々思ってしまうほどだ。
「しかし、良く面会する時間を確保できましたね。」
「確かに父は多忙な人ですが年中全て飛び回っているというわけではありません。30分ほどの短い時間ではありますがあの人にとっての30分はかなり価値の高いものなのでしょうね。…あまり実感はありませんが。」
一方父親のことを語る愛奈の歯切れは悪い。翔馬はすぐにその原因を察し、謝った。
「すいません、愛奈さんは、実家の事が…」
「ええ、苦手です。大嫌いと思うほどには。」
「…すいません。」
「謝らなくていいですよ。話の流れ的にこうなることは予想できていましたから。それに言い出したのは私の方ですから。」
しかしそれきり愛奈は語ろうとはしなかった。それもある意味当然かと翔馬は思う。けれども彼にとっては。
「…それでも、家族が…親がいるっていうのはまだマシなのかもしれませんね。」
翔馬の影を落とした言葉が続く。その話題は彼にとって特大の地雷になるのだ。
「別れを告げたくても告げられなくなることもありますから。…部外者の俺が言うのは何様のつもりかと思いますが、それでもやはり話せる内に話しておく…ってことは、必要なのかもしれませんね。」
「…ええ。理解しています。理解しているからこそ、私は彼らが嫌いなのですが。」
その立場も、生き方も、存在も、全てが理解できるからこそ、愛奈はどうしようもなく冷泉寺が嫌いなのだ。
「誰も嫌とは言わない、それは義務や責務がしがらみとなって冷泉寺を縛っているからでしょうね。せめて、私は――いえ、今は言うのはやめておきます。」
「…愛奈さんの必要なものって何なんですか?」
「まだ内緒です。この本心はそう簡単に明かすものでもありませんから。」
悪戯染みた笑みを浮かべた冷泉寺愛奈は、更に悪戯染みた仕草で指を口の前に当てるのだった。
「…しっーですよ。」
…その仕草に思ったより翔馬はクラっと来た。この人のこういうところは本当にずるいというのは石動翔馬の談である。
―――
「…着きましたね。」
京都市街を進んだ先には巨大な邸宅が待ち構えていた。翔馬は身構えてこそいたがやはりこの大きさには驚いていた。
「…大きい屋敷だろうとは思っていましたが、本当に大きいですね。」
「何せ、千年以上続く屋敷ですからね。流石に時代に応じて改修は加えてますから今の時代でも不便なく過ごせますが…何処か古風な雰囲気はあるでしょうね。」
愛奈の説明通り、冷泉寺邸は平安の世から続く和屋敷の趣を残している。この場だけタイムスリップしているようだ。ただし、これまた愛奈の説明通り、改修は加わっているようで、所々文明の利器の影がチラホラと見て取れる。
「日本の城郭は素晴らしい文化ですが、時代に合わせて様式が変化し、そして現代では機械などが付けられているものも普通になってきましたからね。……冷泉寺の屋敷もその類いです。尤も、文明の利器を嫌うものも居なくはないのですがね。」
苦笑する愛奈。流石に今の時代にそれは時代錯誤でしょうと苦笑いしつつ言葉を漏らした。
「愛奈さんは、こういう科学の結晶に抵抗はないんですね。」
「そうですね、幾ら生まれたのが古風な家とは言え、この時代に生まれたのですから今更文明の利器に頼ることに抵抗はありませんよ。…さあ、お目通りはかなっていますから参りましょう。」
そして愛奈は重い扉を開き、翔馬を招き入れた。
入り、そして歩くと数歩でその歩みが止まった。…そこには数人の女性がいた。
「良くぞお帰りになりました、愛奈様。」
「ご苦労、お父様は既にいるわね?」
「ご当主様ならば既に。」
「分かったわ、下がって結構よ。」
「はい。失礼いたします。」
「…今のは?」
「女中です。…新寺の者と言えば分かりますか?」
「…新寺…新寺沙耶さんの?」
「はい、沙耶の『戸籍上』の親族です。今のは当主である父の側仕です。」
「…本当に凄いものですね。」
「…我ながら何度見てもそう思いますよ。では行きましょう。私が先導します。」
住む世界が違うとでも言わんばかりの語気が宿った翔馬の言葉に愛奈も否定せずそのまま冷泉寺本家の廊下を先導する。
長い。それが翔馬の感想だった。廊下が長い。先が見えない、こんな建造物が存在するのかと思うほど長い。
「言ってしまえばある種の宮殿のようなものだと思っています。私は。もう少し実用性が高ければ良いのですが…」
はぁと悩みの種を漏らす愛奈。その様子に翔馬も愛奈がげんなりとしてることを察していた。
「広ければ良い、というわけではありませんからね。」
「そうですね…広くても利便性が劣るのは少し考えものかもしれません…」
長い廊下を歩き数分。ようやくたどり着いた一際大きい部屋の前。その襖の前に立ち、愛奈は一度翔馬と目が合った。
「この先に居ます。冷泉寺の当主が。…私の父が。」
再度目線を交差する。頷き、愛奈はその扉を開け放った。…中は至って普通の造りの和室だった。…しかし部屋の奥まで行くには少し距離がある。愛奈が歩み始める。翔馬らも少し恐れおののきつつも二歩半下がり追随する。最奥に一人が待機してるのが見える。その人物こそ当主であるということを翔馬はマジマジと理解した。
愛奈が部屋の前半部分で止まると用意されてる座布団へと着席した。どうすればと戸惑ったが愛奈に目線で指示され彼女の隣に座ることとなった。
「…挨拶は省略させて頂きます。何分、急を要する条件なので。」
愛奈が座ったらさっさと口を開き、話をはじめた。今まで顔が隠れていた男の顔が明らかになる。
「……!?」
翔馬は思わず声が出そうになったのを息を呑んだ。…その人物はかつて学園で遭遇した愛奈の叔父を名乗る人物だったからだ。どうして?という疑問が口に出るよりも先に愛奈は話を進めてしまう。
「先日、業呪を引き連れる男が聖城を襲撃したのは報告の通りです。そして私はその男と交戦した時『感応』を発現させました。」
「……?」
翔馬の耳に聞きなれない単語が入る。向こう正面の男…冷泉寺仁蔵も少し眉をひそめた。
「私が見た記憶では私に良く似た女性、襲撃者…そして貴方の若かりし姿でした。…ここまで言えば察するでしょうがお父様。…あなた様と彼は、どのようなご関係ですか?」
そこに家族への親しさなど微塵も感じさせない言葉。普段以上に冷徹な愛奈に翔馬は強い違和感を覚える。
「…まず初めに一つ。お前が見たその光景に間違いはない。愛奈よ。」
ようやく仁蔵が口を開いた。愛奈は愛奈で女性の正体には見当がついていたようだ。
「…お聞かせ願えますね?」
「嗚呼。お前が見たその女の名は、『
愛奈は黙っている。養子の話である時点で察しはある程度ついていたので本番はここからだ。
「そして男の名を…『
仁蔵は視線を愛奈に見据えた。そして、言葉を続けた。
「お前の実の父親に当たる男だ。」
……流石にその言葉を前に愛奈も驚愕を隠せなかった。
────
…まさかまさか明かされる衝撃の真実に愛奈ちゃんびっくり。…いや、流石に困惑隠せないわ。俺もこれには。
「…嘘ではないのは理解しています。しかし…信じがたい話ではあります…」
いや、これ。本当にこれ。…けど何処か納得行くだよなぁ…
「あの男が『父』というのなら…感応が発生したのも頷けます。」
あ、感応っていうのは冷泉寺に遺伝する能力で、冷泉寺の真髄が継承であることから相手の記憶を覗き見たり思念を理解したり、血の繋がりが深い相手ならば相手なほど共鳴が起こる力のこと。これによって記憶の引き継ぎとかが出来るから冷泉寺は1000年も続いてるわけ。
「…真実だ。お前が私の妹とあの男の間に生まれた子であることは私がこの目で確認した。」
…つまりお父様は本来は叔父上ってわけだ。…教えてもらおうじゃないかどうやってそうなったのかをな。
「…多く語ることなどない。22年前に冷泉寺閃奈はこの家を出奔し、神崎樹と共に駆け落ちをした。」
…oh…まさかの駆け落ちパターンか…俺を産んだ母親よ…
「…そして16年前。私は出奔した妹を連れ戻すため潜伏先に赴いた。…そしてその潜伏先で既に事切れていた閃奈と泣き出しているお前しかいなかった。」
…つまりどういうことだ?
「…状況の証拠だけの推論だが神崎樹が閃奈を殺したというのが見立てだ。その神崎樹は16年前失踪した。私が知っている事実は以上だ。」
…話は終わりと言わんばかりに仁蔵は押し黙った。ここからは質問をしても良いのかとアイコンタクトをしてみる。否定も肯定もしない。なら遠慮無く聞くとしよう。
「16年前に私を保護したと言いますが、一つだけ理解できません。私を養子にしたまでは理解できます、曲がりなりにも血縁が近いのはお父様でしょうからそれは…しかし、何故沙耶を追いやり私を嫡子にしたか。それだけが理解できませんね。」
…仁蔵の顔がピクリと動いたのが俺には見えた。やはり思うところはあるようだな。
「冷泉寺は常に至上であるべし。あの娘よりお前の方が才に溢れていた。それだけの話だ。」
「…まだ生まれて間もない赤ん坊に良くわかりましたね?」
「分かるさ、分かるとも。」
何か含みのある言い方だがこれ以上は答えるつもりはないのかあとは堂々巡りになるだけなのは目に見えている。この事実を知れただけでもかなり進展があったと見込むべきなのだろう。あとはとっとと退散しよう。
「…ではお父様、私はここで。」
「…ああ。」
立ち去る。…だが翔馬はまだ少し残ってあの人と対面している様子だった。
─────
「存外と早い再会だったな、石動翔馬君。」
「…まさか貴方が先輩の『お父様』だったとは…騙されましたよ。」
「だが嘘は言っていない。あの娘は私の姪であり血縁上に私が叔父であることには間違いない。」
詭弁だなと翔馬は脳内で吐き捨てるがどうにも彼の中で愛奈に語られた父親像とこの人物は一致しない。翔馬は何となくだが隠された本音に気付いていた。
「私から語られることも多くはない。この家はあまりにも、窮屈すぎて縛られている。」
仁蔵は何処か心を圧し殺した意味深な発言だけを残した。
「もう行きなさい、これ以上は愛奈を怪しませる。」
「…そうですね…失礼します。」
翔馬も愛奈の後を追い、部屋から退出しようとする。最後に一度振り向くと
「…約束は必ず果たさせて貰います。」
一礼し、退出していった。…仁蔵は誰もいなくなった部屋で飾られている絵を見ながら呟いた。
「漸く、これで真斗様の悲願も叶うのか……」
それは誰にも漏らすことの無いただの独り言であった。