どうも、東京聖城学院高等部生徒会執行部会長冷泉寺愛奈です。長い。こんな身でも会長というのは伊達じゃないから滅茶苦茶忙しいです。というわけで主人公こと石動翔馬君へ稽古を付けたとしても、どうしても空き時間を見つけてやらなければならないから都合よく見積もっても週一でしか直接は指導できない。ぶっちゃけ重要なのは彼の自主練である…サボらねえよな?
「会長、先月行った三送会で使用した予算の仕様書を出せと、再三の催促が会計から来ていますが…。」
「既に提出済みです。難癖をつけている暇があったならば自分たちの仕事をしてください、と突っ返しておいてください。」
「会長、学園祭に一般人の入場が出来るか出来ないかという問い合わせが殺到しています。まだ半年以上先だというのに…。」
「例年と変わりなく一般公開していますと答えてください。去年から変更することは特にありません。」
「会長、先週の業呪討伐試験の際の試験監督が査問を拒否しております。自身に非は無いと。」
「非がないのならば出ても大丈夫なのではと問い返しておいてください。あまりぐずるようならば祓呪師協会へ掛け合うとも。」
「……フフフ」
忙しい。そりゃあとんでもなく忙しい。変な笑い声が出てくるくらいには忙しい。この学院において生徒会というのは生徒の自治組織としての側面が強い。というよりもある程度の権限を持つ。そのために色々な組織から睨まれてるのが現状だ。正直煩わしい。鬱陶しいだけである。いい年したプライドだけでろくに能力のない無能どもが嫉妬するだけ時間の無駄だ、恥ずかしくないの?
などと嘆いても仕事が減るわけではない。いつものことながら第二の人生は多忙というのはよくわかる話だ。まあでもこういう土台があってからこそ今の地位が築けているわけで、これを欠かしたら今の生徒会長としての立場も多分危うくなる、逃げるわけにもいかないだろう。
「…はぁ。」
一瞬だけ手を止めるがそれくらいは許してほしい。辟易しているとつい何となくで目をやった先に見覚えのある人間がいた。そうだ、俺は彼女を知っている。
…この世界、恐らく『宵に踊る碧炎』というゲームはギャルゲーというより恋愛シミュレーションゲームである。それゆえにいわゆる攻略対象もいる。この世界において生きる人間のためそういうのはどうかと思うが、ゲーム上の話では仕方ない。便宜上攻略対象と呼ぶことにする。さて、その攻略対象だが…
一人目は最初から攻略可能な主人公の幼馴染である『立華葵』。小学生から同じクラスで仲が良くなり家も近所の典型的幼馴染。主人公の過去に関しても密接に関わっておりそもそも最初から好感度が高いからよっぽど嫌な選択肢を選ばない限り彼女とのエンドではバッドエンドにはいかない。死にゲーと名高いゲームでも彼女のルートは一番難易度が低めだ。本人の出自は完全に一般の家庭の出。東京聖城学院に入ったのも主人公が心配だからという一心で自身が死地に飛び込む献身的な娘だ。使用する武器は弓、ユニット性能は回避と攻撃と命中が高めだが防御や体力は低いというもの。
二人目はいわゆる同級生ヒロイン。主人公とはクラスが同じになる『
三人目は上級生のヒロイン。主人公たちより一つ上の先輩の『
四人目が教師のヒロイン。ちょうど新任の教師で19歳と年若い。名前は『
そして五人目のヒロインが敵側の少女であり、唯一主人公が敵側に回るルート。名前は『カナ』。黒幕に付き従う存在で彼をパパと呼ぶ。というよりも他のルートでは実質的にラスボスとして出てくるような存在であり大体のルートでは主人公と敵対する。しかし彼女のルートでは主人公がある理由から黒幕側に付き、傷のなめ合いのように関わっていく…のだがこのカナは冷泉寺愛奈殺害の張本人。つまり俺にとって一番警戒するべき相手なのだ。本人の身は半分ほど業呪に堕ちており戦闘ではその凶暴性を露わにして素手や生成した爪を使う。ユニット性能は攻撃、素早さは高いが防御と体力、回避は低い、やられる前にやれ的なキャラ性能をしている。
さて…そして見覚えのある人物とは。
「扉は開いていますよ。鷺沼さん。」
鷺沼麗華だ。俺と同学年、同クラス。そして中等部の頃から因縁がある人間。
「…っ…。」
だがいつもは階段の目立たない場所を好む彼女がこんな人に目立つ場所に来るとは何事だろう。目的は十中八九俺だとは思うけれど。
しかし彼女は何かを言う前に姿すら見せず帰って行ってしまった。結局何がしたかったのだろう。
「…会長?」
「いえ、何でもありません。このまま考えていても堂々巡りですから。目の前の難題に取り組みましょう、天宮さん。」
「はい、会長。」
訝しい視線を向けてきた天宮副会長の追及をのらりくらりと躱し作業を再開するがそれでも彼女のあの行動には気になる。こちらから接触しようとしても彼女はずっと避けてきた。けれども今日、彼女は確かな意思を持って俺に接触しようとしてきた。…いや、俺ではなく冷泉寺愛奈にか。記憶こそ取り戻したが今でも正直俺は自分と冷泉寺愛奈は別のモノに思えてくる。この体が自分の身体だというのにいつまでも違和感は消えないものだ。
「…はぁ。」
そんな夕方下がりの出来事は記憶の片隅から流されて行ってしまった。
―――――――
時間は夜。学院近くの公園に今日も今日とて、冷泉寺愛奈は石動翔馬への指導を行っていた。
「石動さん、貴方の動作が大振りになるのは攻撃前の動作に一瞬躊躇があるからです。貴方、自分自身の力が強いことの自覚は?」
「…ありますよ。日常でもマグカップを砕いてしまうこともありました。…そこまでくれば流石に自分の力が強いということは自覚してます。」
「自覚しているのならばわかる筈です。貴方の力を全力で振るえばかなりの威力になるでしょう、その結果を想像してしまい無意識のうちに減速をしてしまい、それが一瞬の躊躇という形になるのでしょう。」
彼女の説明は理論的だ。彼自身が理解していなかった彼の心情も読み取ったうえで正確な解決策を導く。
「というわけで当初の予定通り貴方には瞬発力を身に着けてもらいます。こちらを用意しました。」
翔馬に手渡したものは発泡スチロールで作られた模造刀のようなものだった。
「これは…柔らかいですね。」
「ええ、実際の模造刀では痛みが伴いますから、まずはということで。…さて石動さん、貴方には瞬発力を身に着けてもらいますと言いましたが具体的にはまず私が貴方にどんどんと打ち込んでいきます。貴方は反撃を考えずにまずはそれを受け止めるか、避けるかのどちらかに専念してください。」
「は、はい…分かりました。」
「それではあまり時間も多くありませんので始めましょう。構えてください。」
翔馬が発泡スチロールの柔らかい模造刀を構える。そして愛奈も構え…刹那、愛奈の構えた模造刀が翔馬の首元へ当たっていた。
「………え?」
簡単なことだ。速すぎるのだ、愛奈の剣閃が。
「呆けている暇はありませんよ。まだ続きます、迎撃してください…出来るのならばとなりますがね。」
一度模造刀を引っ込めた愛奈は再び神速の剣技が翔馬の顔面当たる、発泡スチロールのため痛みはあまりないがそれでも驚愕を隠せない。
「…速すぎる。」
「どんどん行きますよ。」
そこから一時間。翔馬は彼女に剣を打ち込まれ続けた。あまりにも速いため抵抗も叶わず迎撃どころかそもそも捉えることすらできなかった…が、一時間後。
彼は察知することが出来た、空を裂く音が。
「…っ!!」
そして彼は顔を逸らし、突きが入った模造刀を躱した。
「…おや。」
それには愛奈も連続で叩きこみ続けてきた手を止めて、少し笑った。
「やはり石動さん、貴方、とても筋がいいですよ。私の想定では察知はできても避けるのにはもっと時間がかかると思っていました。しかしまさかたったの一時間で避けることすら出来るとは…素晴らしい成長速度です。」
「…いえ、正直今のはまぐれというか…あまり実感が。」
「おや、納得がいきません、か!」
その瞬間、愛奈は不意打ちのごとく、模造刀を翔馬に突き出した。やはりその速度は常人では捉えることが出来ない。
「…くっ!?」
しかし翔馬は反応を示した。手に握っていた同種の模造刀でその一撃を防いだのだ。
「不意打ち染みたことは申し訳ないと思いますが…これでもまだ納得できませんか?」
「…いえ。」
だがしかし、翔馬は自身の力に驚きを隠せていなかった。
「俺にこんな力が…。」
「あなたの潜在能力の高さは私が保証しますよ。さて…今夜はこのあたりで終わりましょう。これ以上は明日への支障も出ますからね。」
そして彼女は撤収の作業を進めている。そんな彼女に翔馬は問いかけた。
「あの、冷泉寺会長。」
「はい、何でしょうか。」
「こうやって俺の指導を付けてくれることは嬉しいです。それに俺にとっても得しかないんですが…どうしてそんなにも親身に俺に教えてくれるですか?」
「……。」
愛奈は少し考えているようで沈黙したがやがて返答をした。
「以前にも言いましたが死なないため、でしょうね。打算なくやっているわけでもありませんし私には私の目的があります。私が貴方を強くするのはあなたを利用するため、と言ったら怒りますか?」
「…いえ、俺も強くなることを望んでいますから…真っ当な取引だと思いますよ。」
「…ありがとうございます。少しばかり罪悪感を感じていましたが…これからもお互いのために良い付き合いでいましょうね。石動さん。」
そうやって笑う彼女はいつもの何を考えているかを隠す笑みではなく…酷く悲しげに見えた。