生徒会長の生存戦略   作:しが

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伍.普通の日々、若しくは騒動の序章

「そう言えば石動くん、今度五月の月末課題があるようですね。」

 

 

 

「ええ、まあ…はい、良く知っていますね、先輩も。」

 

 

 

石動翔馬が冷泉寺愛奈から指導を受け始めて一ヶ月と二週間が経った。既に暦の上では五月の中旬。新入生たちも新たな環境に慣れ始めていた頃だった。

 

 

 

 

「お見事です、もう既に9割は対応できるようになってますね。今の貴方の反応速度ならば低級の業呪では相手にならないでしょう。」

 

 

 

「…はぁ…ふぅ…ぜぇ…」

 

 

相変わらず息を切らしている翔馬だが彼が指導を受け始めた時に比べればその持久力も格段に向上していた。既に二時間ぶっ続けで剣閃を躱していた。そして愛奈が休憩を挟んで世間話を始めた。

 

 

 

「水ですけれど飲みますか?」

 

 

「あ、ありがとうございます…。」

 

 

息切れしつつもしっかりとした足取りで立った彼は彼女から水を受け取り、そして飲み干した。

 

 

 

「今の貴方の実力ならば今月の月末課題は苦戦することもないでしょう。どれほど強くなったかを確かめると良いと思います。」

 

 

 

「…今一実感が湧かないんですよね。反応が出来るようになったとしても、まだ自分からは一撃も入れられてませんから…。」

 

 

 

数回前から愛奈は指導の方法を変えた。翔馬が愛奈の剣閃に大方対応できるようになったころ、反撃を含めて指導をするようになった。しかし愛奈の剣閃は恐るべき速度なので現在の彼は防戦一方、一撃も彼女に当てたことはなかった。

 

 

 

「壁が大きすぎるだけで俺がまだどこにいるか分からない…多分そんな感じなんだと思います。」

 

 

翔馬の言う壁は愛奈のことである。愛奈を目標にするには壁が高すぎて、彼は今自分が何処まで登ったのかが分からない。だから自分の成長を実感することが出来ない。

 

 

しかしその言葉に愛奈は首を横に振った。

 

 

 

「十分、いえ十二分に貴方は成長していますよ。私が保証します、自信を持ってください。」

 

 

そう、確かに彼は強くなっている。というよりも1年生が身に着けていい実力ではなくなってきてる。彼の潜在能力は間違いなく愛奈以上。そしてそれを引き出すのはその愛奈。彼の実力は1年生の中ではもう比肩する存在は居なくなるだろう。

 

 

 

「…そう、ですね。身体の方は本当に身軽になった実感があるので、強くなってるんでしょうね。」

 

 

翔馬は自身の手のひらを見つめながら答えた。元々遅いわけではなかったが音にも迫る愛奈の速さを見てると自信喪失してしまうがそれでも彼もまた日進月歩の勢いで速くなっていた。

 

 

 

「はい、ですから低級の業呪など恐れるに足りませんよ。今の貴方の実力を見極める良い機会と思って挑むと良いのでないでしょうか。」

 

 

彼女との会話もだいぶ弾むようになってきた。元々事務連絡程度の言葉しか交わさなかったが今では雑談に応じてくれる。大分軟化してきたように思える。

 

 

 

「…しかしまだ信じられませんよ。俺にこんな力が眠っていたなんて。」

 

 

石動翔馬は平凡に育ってきた少年である。ごく普通の両親のもとに生まれごく普通の生活を送っていた。…しかしある出来事をきっかけに彼は強さへの渇望が無限大とも言えるレベルで膨れ上がった。しかし気持ちばかりで彼は自分にこれほどの素質が眠っていたことに驚きを隠せなかった。

 

 

 

 

「これは受け売りなのですが…。」

 

 

愛奈は模造刀を仕舞いながら彼に向かって説く。

 

 

 

「人は普段力にセーブをかけているそうです。3割ほどの力しか使うことが出来ないと。…そして無我夢中になればそのリミッターが外れ、自身の思っている以上の力が発揮されるらしいです。」

 

 

そう言った事例は聞いたことがあった。窮地に陥れば驚くほど強い力を出すことが出来る…そういうようなことを。

 

 

 

 

「火事場の馬鹿力…。」

 

 

人はそれを火事場の馬鹿力と呼ぶ。つまり人には自身の想像だにもしない力が眠っているということだ。

 

 

 

「石動君の場合、その眠っている力…潜在能力が常人の物に比べて遥かに優れているのでしょう。そして私が貴方のその力を少しずつ引き出していっている…今はまだ一端に過ぎませんがね。」

 

 

 

「…これでまだ一端か…。」

 

 

何処まで行けるのかここまで来たら彼は試してみたくなってきた。

 

 

 

 

「あれ、翔?こんなところで何してるの?」

 

 

 

 

鍛錬を終えた翔馬に声をかけてくる人物がいた。その親し気な様子から彼に近しい人物だとわかる。

 

 

 

 

「…葵か、いや自主練を終えた所だ。」

 

 

 

「相変わらず熱心だね…ってそっちに居るのは…。」

 

 

 

彼の幼馴染、葵は翔馬の近くにいる人物を見て顔色が変わった。それもそのはず、学院の生徒なら知らない人物はいない。

 

 

 

「こんばんは、立華葵さん。こうしてご挨拶するのは初めてですかね?」

 

 

 

「…冷泉寺会長?」

 

 

 

「はい、東京聖城学院高等部生徒会執行部会長、冷泉寺愛奈です。初めまして?」

 

 

 

それから数分、葵は固まった。脳が情報量の暴力にフリーズしたのだ。復帰を要するのに数分かかったがそれでも何とか現実へ回帰した彼女へ翔馬はこれまでの経緯を掻い摘んで説明した。

 

 

 

 

「はぁぁぁぁ!?あの会長から直接教えを受けている!?」

 

 

「葵、少し声を落とせ。もういい時間だ。」

 

 

 

「あっごめん…。」

 

 

そうして声を落とす彼女は本質的に良い子なのだなと愛奈は他人事のように考えていた。

 

 

 

 

「しかも一ヶ月以上前からって…どうして教えてくれなかったのよ?」

 

 

「冷泉寺会長には熱心なファンも多いからな…。無縁なトラブルを避けるためには内緒の方が良いって決めたんだ。」

 

 

「いやでも私には言ってくれても良かったんじゃ…。他言する気なんてないし…。」

 

 

 

「悪い…火種は一つでもない方が良いと思って…。」

 

 

翔馬は気まずそうに視線を逸らす。家族のようなこの少女に隠し事はあまり気が向かなかった。そんな彼に助け舟を出したのが愛奈だった。

 

 

 

「石動くんへそう提案したのは私ですよ、立華さん。彼をあまり責めないでやってください。」

 

 

 

「いえ、会長、その責めているわけでは…ただ…。」

 

 

葵としては驚愕が何より勝っている。あの学園最強が翔馬に手ほどきをしていたという事実に。

 

 

 

「…悪かった、葵。秘密にしてたのは…ごめん。」

 

 

「…ううん、私も責めてるわけじゃない。ただあんまり隠し事は…しないでほしい。」

 

 

 

「…ああ。俺もお前に嘘はつきたくない。」

 

 

 

完全には納得しないだろうがそれでも今この場で葵は受け入れてくれるだろう。一件落着ということだ。そんな二人を見ながら愛奈はいつもの真意を隠す笑みを浮かべている。

 

 

 

「…何を見てるんですか、先輩?」

 

 

 

「いえ、こういうのが家族なのだなと。そう思っただけですよ。」

 

 

ニコニコと笑うその顔の下の気持ちを察することは出来ないがそれでも彼女が今考えていることはあまり良いことではないなと翔馬は感じた。

 

 

 

 

「…というか葵、なんでお前は外にいたんだ?」

 

 

 

「…ん?ああ、私は…帰り道。」

 

 

 

「こんな夜遅くにか?」

 

 

 

「…まぁやることがあったから。それと夜遅くは翔馬も人の事は言えないからね。」

 

 

 

「…そ、そうだな…。」

 

 

また彼女に弱みが出来てしまったと、後に彼は頭を抱えることになった。

 

 

 

「まあさすがに私は戻るわ。翔もほどほどで帰ってきなさいよ。」

 

 

葵はそのまま寮まで足を進めていった。おそらく何もせずにそのまま帰るだろう。頭をガシガシと掻きながら翔馬は参った顔をしていた。

 

 

 

 

「石動くんも彼女には弱いようですね?」

 

 

「…ええ、まあ。お恥ずかしながら…アイツとは家族みたいなものなんで。どうしても強く出れないんですよ。」

 

 

ニコニコと笑みを張り付かせた愛奈。何処となく愉快そうに見えた。

 

 

 

「『家族』、ですか…フフ。」

 

 

「…先輩?どうしたんですか?」

 

 

 

「…いえ、意外と貴方は鈍感なんだなって思っただけですよ。」

 

 

 

「…????」

 

 

彼の周囲には疑問符がたくさん浮かんでいた、彼女の真意を理解できなかったようだ。

 

 

 

 

―――――――

 

 

『冷泉寺を名乗る以上、お前は至上でなければならない。』

 

 

4年前の噎せ返るほど暑い夏の日、冷泉寺家の当主、冷泉寺仁蔵は無感動に告げた。

 

 

 

『冷泉寺は千年続く伝統ある家だ。我らが開祖より千年。その掟が破られたことはない。故にお前が冷泉寺である以上、お前は至上でなければならない。我らの顔に泥を塗ることなど許されはしない。』

 

 

 

仁蔵が言葉を投げかけているのはまだ10歳を過ぎたばかりの少女だった。彼女は正座の姿勢を一ミリも崩さず、綺麗に背筋を伸ばし、微動だにしない。

 

 

 

 

『御当主様もお前には期待しています。呉々も、その期待を裏切らないように、精進をしなさい。』

 

 

そしてその後ろに追従するように言葉を投げかける女性。…冷泉寺真菜。仁蔵の妻だ。

 

 

 

『もしお前が至上でなければお前は冷泉寺を名乗るのを辞めるのだ。お前を娘と、見ることはなくなる。』

 

 

『やることはただ一つ…至上でありなさい。』

 

 

 

ああ…この家は…この家は

 

 

 

 

『はい、お父様、お母様。』

 

 

 

 

―――――――この家は牢獄だ。

 

 

 

言葉遣いは直ぐに矯正させられた。少しでも男言葉を漏らせば数日は食事が出てこなかった。反省文を…何枚、いや何百枚も書かされて二度とするなと誓わされた。二回目以降はもっと増えた。

 

 

 

所作も直ぐに体に覚えこまされた。華道、茶道、琴…どれも役に立つとは思えないがそれでも覚えさせられた。

 

 

 

少しでも弱音を吐けば座敷牢に閉じ込められた。食事は一日に一回の薄い重湯だけ。何度も鞭を打たれ、許しを乞い続けた。それが一週間続いてようやく解放されて、それから出てくる食事が更に薄くなった。

 

 

武術も修めさせられた。ノルマが達成するまで、食事も睡眠も、それどころか私語も許されずまるで嘲笑うかのように目の前で食事の様を見せつけられた。終わっても出されたのは普段家の者が食べているようなものに比べればゴミみたいなものだ。

 

 

学業においても至上でなければ許されはしなかった。たとえ一問間違えただけでも、それでクラスの中でトップだったとしても、まるで拷問のような『反省会』が待っていた。反省会がどれくらい続いたか、思い出したくもない。

 

 

友人と呼べるものも居なかった。友人を作ろうとすればいつの間にか離れていった。恐らく本家の連中が手をまわしたのだろう、そんなことすら平然とやってのける人間たちだ。

 

 

 

今ならばはっきりと言える。あの家において冷泉寺愛奈は―――ただの道具だった。

 

 

 

愛はない。慈悲もない、それどころか道具にかける気持ちすらない…おそらく彼らにとって冷泉寺愛奈はただの刀に過ぎないものだ。道具が感情を持つことは…赦されなかった。

 

 

最初から私は、ただの道具に過ぎなかった。…彼らにとって冷泉寺愛奈は娘…いや血を分けた人間ですらなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

――――ちょう

 

 

 

 

「会長」

 

 

 

…現実に回帰する…。今のは…白昼夢?

 

 

 

「どういたしましたか、会長。」

 

 

「ああ。いえ何でもありません天宮さん…少し呆けていたようです。私としたことが集中が欠けていましたね。」

 

 

 

時刻はお昼。いつも通り俺は生徒会室で仕事を片付けながら食事をする。もはや慣れすぎたルーチンワークだ。

 

 

 

「会長、お疲れではありませんか?」

 

 

「ああ、いえ。大丈夫ですよ、天宮さん。この程度大した事でもありません。気を遣わせてしまい申し訳ございません。」

 

 

…弛んでるな。気を引き締めなければ。

 

 

 

 

そんな矢先、廊下で誰かが走る音がして、その足音が生徒会室の前で止まった。そして勢い良く生徒会室の扉が開かれた。

 

 

 

「何者ですか、ノックもせずに入室してくるとは。」

 

 

 

天宮副会長がその誰かを咎めるが…その女生徒の様子が尋常じゃない。

 

 

 

「貴方は…笠霧燐さん、でしたね。どうか致しましたか?」

 

 

 

「はぁ…はぁ…突然の非礼は重々承知で失礼いたします!至急、会長にお伝えしたいことが!」

 

 

 

彼女は笠霧燐、ヒロインの一人で主人公のクラスの委員長だが…。

 

 

 

 

「月末課題の場に…上級業呪が複数、現れました!!」

 

 

 

 

 

 

――――――なるほど既に運命は狂っていたらしい。

 




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