愛奈の言う通り翔馬は強くなっていた。それこそ一月前とは比べ物にならないほどに、まるで別人のように。
低級の業呪など相手にならなかった。それを受けてようやく彼は自分の成長を実感した。だが彼はそれで油断するような甘い性格はしていなかった。追い詰められた生物はどのような行動に出るかは分からない所がある、窮鼠猫を嚙まれないように彼は気を引き締めたのだが…
「…流石にこれは聞いてないな…。」
彼の後ろにはボロボロになり倒れ伏しているクラスメイトの姿。彼自身もかなり消耗しているのか、息が荒い。それでもまだしっかりとした足取りで立ち、戦場を見据えている。…そして彼の睨むその先には業呪がいた。
狼のような出で立ちに人を容易に裂くことが出来る牙や爪。…一月以上前の入学直後の課題の場に現れた業呪…上級業呪と全く同じ種類の業呪だった。しかし今回はそれが一体ではなかった。
三体だ。かつて彼を襲った同じ種の業呪が三体いた。一人で彼と彼の幼馴染の葵を残して全滅させた恐ろしい業呪が三体もいた。…状況はまさに絶望的だ。しかしまだ彼は闘志を失っていなかった。
「…はぁ…はぁ…」
圧倒的だ、上級業呪は。彼がまだ立てていられるのはひとえに彼が愛奈に力を引き出されたからだ。以前とは比べ物にならないほどの力を手に入れた。だがそれでもこれらに届くことは出来なかった。それでも、彼はあきらめなかった。
「驚きましたね…石動君がこれほどまで強かったとは…。」
「お褒めに預かり光栄ですよ…宮島先生。」
翔馬の他に一人だけ立っていることが出来る人物がいた。彼女は宮島恵子…翔馬たちのクラスの担任であり、18という若さでプロの祓呪師になるほどの天才…なのだが、気が弱く生徒たちとも歳が近いため教師というよりは友人のように見られている…。しかし彼女の実力は本物で上級業呪3体相手にしても消耗はすれどまだ余力を残している。
しかし彼女と翔馬、二人では目の前の三体の業呪相手に決定打を与えることを出来ずにいた。それでも引き下がりはしない。
「…時間を稼ぐ…。」
目的を突き詰めれば時間稼ぎだ。上級業呪を倒せなくとも時間を稼ぐことは出来る。既に救援要請は一番足の速いクラスメイトが行った。
「…こういうのは教師の役割だというのに付き合わせてしまって、すいません、石動君。」
「…こういう時は助け合うべきですよ…それより、来ますよ。」
翔馬は構えた。これまでの攻撃も苛烈なものだったが更に激しくなる予感がした。思わず刀に込める力が強くなった。
業呪が駆け出す。後ろの生徒たちの方に行かせるわけにはいかない。翔馬は以前よりも飛躍的に向上した瞬発速度で駆け出し、業呪の足元へ潜り込んだ。
そして生来の怪力で足を切り裂き、一気に減速させる。そのまま追撃はせず、駆け出して来た二体目の業呪に対応する。巨体からは考えられないほど恐ろしいスピードを繰り出してくるが、それは愛奈の速さには及ばない。翔馬は爪による引き裂く攻撃を跳び、回避する。そしてそのまま業呪の腕に刀を突きさした。鋼鉄にぶつけたような金属音が鳴るが彼はそのまま無理やり力で差し込み、思い切り業呪の腕を引き裂いた。これにより腕を無くした業呪は後ろに下がる。その隙に翔馬は刀を突きだし、業呪の目を抉る。十分にダメージを与えられたことは確認したがそのことにより一瞬判断が遅れた。
そして三体目の業呪が彼に接近し、その喉仏を食いちぎろうとしたが…業呪の顔に矢が突き刺さり、動きを止めた。一瞬そちらに目を見やるが矢を射た援護に感謝しつつ彼はそのまま攻勢へ。
矢の刺さった業呪へ彼は空中で舞ったまま首へ刀を突き刺した。そしてそのまま慣性を利用し力いっぱいに引き裂き、ようやく首を落とした。そして首の落とされた業呪は再生することなくそのまま倒れ伏した。死骸を踏み台にして、翔馬はクラスメイト達の前に戻る。
「…ようやく一体…。」
「正直私にしては上出来な方かと思いますよ…。」
恵子は確実に消耗していた。射るのに消耗する体力量は彼には計り知れないが負担はかなり重いのではないだろうか。
「…あと二体、やれると思いますか?先生。」
「…仕留めれても私たちが相打ちになると思いますよ。」
「でも退き下がれはしないでしょう?」
「勿論。」
刀を握る力が強まる。今の彼はおそらく今までで一番強いだろう。何故ならば彼の後ろには彼の家族がいるからだ。再生を終えた業呪が再び駆け出してくる。それと同時に翔馬も駆ける。二匹の業呪が回り込み翔馬を包囲するように囲む。そして異なる方向から爪が振り下ろされる。片方を避ければその片方が当たる。その窮地に彼は避けることをせず、刀で前方の業呪の爪を持ち前の怪力で無理やり受け止め、そのまま力をかける。背後から爪が来るが前方に踏み出すことでぎりぎりで避ける。しかし完全には避けきれずに背中に嫌な感覚が当たる。掠り傷だが出血するには十分な鋭利さだ。
だが彼は止まることない、そのまま前方の業呪に踏み出す。爪と刀がぶつかり合い金属音のような音が響く。そして彼は刀に全ての力をかける。ぎちぎちと鳴っていた音が決壊し、業呪の爪が切り裂かれる。
翔馬は咆哮し、踏み出した勢いのまま刀を振り、爪から手、手から腕と刀を進めて切り裂き、首元まで進めた。勢いよく振られた刀は摩擦で発火しながらも首に到達し、業呪の首が宙に舞った。
倒れ伏したことも確認せず、彼はそのまま残り一体の業呪に意識を向けた。どうやら残り一体の業呪は恵子が引き受けていたらしく、素早さで翻弄し、飛び回りながら業呪に矢を射てる。だがじり貧で決定打にはならない。すぐさま援護に向かうために翔馬は駆け出す。距離にして三十メートル。数秒で間に合うはずだが…
「きゃっ!?」
飛び回っていた恵子が、足をつかまれそのまま地面へ叩きつけられる。どうやら動きのパターンを読まれて見切られたようだ。…業呪にこれほどの学習能力があるなんてと感心している場合ではないが翔馬は心の片隅で思った。そしてそのまま恵子に止めを刺すべく、爪が振り下ろされるが翔馬が介入し、爪を刀で受け止めてそのまま鍔迫り合いのような形になる。再び力のリミッターを外し、爪を弾く。そしてそのまま体を引き裂こうとするが…
「…ぐっあ!?」
唐突に体に激痛が走る。衝撃は横っ腹から来た。飛ばされながらそちらを見ればそこにはさらなる絶望が待っていた。…さらに三体の上級業呪が現れた。
「…詰みか…」
木に叩きつけられた彼は頭部から血を流しながら立ち上がろうとするが血が想像以上に流れてたことで上手く立ち上がれない。精一杯抗ったつもりだがどうにも彼は及ばなかったらしい。
「…畜生。」
確実な死が目の前に歩み寄ってくるのに彼は悪態の言葉を吐いた。せっかく今まで積み上げてきたものがここで終わりになると考えると無念で仕方なかった。
咆哮を上げながら業呪が突進してくる。そしてわずか数メートル手前まで差し迫った時に、死を覚悟した。
―――――次の瞬間崩れ落ちたのは業呪だった、目の前に衝撃が走り、業呪の体を駆け巡ったかと思うと圧壊し、崩れ落ちた。
「…間に合いましたね…無事とは言えないでしょうが…。」
そしてふらふらの翔馬の前に立つ小柄な人影、その姿に彼は安堵を覚え、膝から崩れ落ちてしまった。
「…先輩。」
「よく頑張りましたね、石動君。大金星ですよ…後は任せてください。」
そして翔馬は確信をしながらその人物を見た。…冷泉寺愛奈だ。
「まだここで死なれてしまったら困りますからね…。」
残り二体の業呪。愛奈は駆け出すと生徒たちを襲おうとしていた業呪の前に回り込む。そして業呪の一撃を薙刀で受け止めると、そのまま鍔迫り合いに勝ち、蹴りで業呪を後退させてしまう。怯んだところにすかさず追撃し、抵抗させる暇もなく頭部を槍で貫いた。そのまま下に振り下ろし、頭部から股にかけてまで体を引き裂いた。
間髪を容れずに恵子を食らおうとしていた業呪の前に回り込み、その顔を片手で掴み、阻止する。そのままあろうことか鋼鉄並みの強固さを持つ上級業呪の顔を片手で砕く。砕けた直後に薙刀で胴体を真っ二つに切り裂き、最後の業呪を倒した。
この間、わずか30秒の出来事であった。それを見ていた翔馬は乾いた笑いを漏らしていた。
「…まだまだ遠いな…ははっ…。」
止血する気力もなく木に寄り掛かったまま彼は独り言を漏らした。そんな彼のもとへ全ての業呪を片付け、救助隊を呼んだ愛奈が近づいてきた。
「…止血しますから抵抗しないでくださいね。」
躊躇うことなく愛奈は自身の服を破くと持ち合わせていた消毒液につけた後、翔馬の頭部から止血していく。的確な応急処置により意識がハッキリしてきた翔馬は視界が安定してきて呂律もちゃんと回るようになってきた。
「普通ならば意識を保てないほどの重症の筈なのですが、石動君は私の思う以上に頑強なのですね。」
「まぁ…昔からケガの治りは早い方でしたね…。掠り傷なら二日くらいで治ってましたけれど…いや、これ関係あるのか…?」
「恐らくあると思いますが…いえ、そんなことよりも直ぐに救助隊が来ます、一番重症なのは貴方ですからとりあえずここに寝かしたままにしておきますね。」
足の止血をしている愛奈はしゃがむ体勢になる。ちらりと魅惑の部分が見えそうになるが、翔馬は動かない首で必死に視線を逸らした。しかしそれもすぐに衝撃に変わった。
「…先輩、その火傷は…。」
愛奈はスカートを破き、止血に使っていたがそれのせいで彼女の太ももから膝にかけてまでの痛々しい火傷の跡が露出してしまった。
「ああ、これですか…?随分と前に業呪との戦いで付けられてしまったものですよ。傷は塞ぎましたが跡までは治らなく…。」
―――――――お前が代わりに死ねば良かったんだよ化け物が!!!
「……。」
「…先輩?」
愛奈は急に黙り込んでしまった。表情も何処となく暗くなった。しかし翔馬に声をかけられたことで直ぐにその様子は消えた。あまりにも一瞬のことだったので錯覚でもしたかと思うほどだった。
「…いえ、それで跡が残ってしまい皆さんに見せるようなものでもないと思い隠していました…気分を害しましたか?」
「…俺はそんなことで不快には思いませんよ。…それに何度も救われた恩人にそんなことを思う方が失礼ですよ。」
翔馬は首を横に振る。その程度で忌避するほど彼は偏見はない。ケガなど誰にでも持ち得るものだ。と現在進行形でケガしている翔馬は独白する。
「…まだ貴方に死なれては困りますからね。間に合ってよかったですよ。」
「それは俺を利用するため、ですか?」
木に寄り掛かるような状況ながらも翔馬は軽口を発せれるだけの余裕が戻ってきた。愛奈は目を閉じ、数秒黙った後に首を横に振った。
「勿論それも私の最終的な目的としてありますが、それ以上に…友人を助けたいと思うのは当たり前のことですよね?」
そして愛奈は手を差し伸べた。彼女の背後からヘリコプターの音が聞こえてくる、救助隊が到着したようだ。
「…そりゃあ、そうですね。」
手を握り、彼女に支えられ…翔馬は生還した。