石動翔馬は退院した。その常人離れした回復力を以て医者たちの出した結論よりも早く退院したため他のクラスメイト達を心配させたが本人は至って健康で既に完治しているため、何処吹く風だった。身体の調子も戻ったため鍛錬の再開を愛奈に頼んでいた。
そしてそんな復帰後、初回の鍛錬で一区切りが付くと報告する事柄があったようで、愛奈は休憩の最中に話を始めた。
「どうにも引っかかる事があるために個人的に以前の上級業呪の襲撃について調査を依頼してみました。今、その依頼結果が私の手元にあるのですが…。」
勿論、翔馬としてもあの襲撃事件には興味や関心があるためその話に反応を示した。
「あの事件、先輩はどう思いましたか?俺には出来すぎた話に思えるんです。上級業呪が複数であの場に現れたというのは偶然には思えないんです。」
「同感ですね、低級の業呪が群体で活動するという事例は過去にもありましたが上級業呪に関しては今回の例を含めて全くのゼロだったというわけではありませんがあまり無い事例でした。業呪が出る時点で安全という言葉が相応しくないかもしれませんがあの森は低級の業呪しか発生が確認されていない比較的危険度の低い場でした。しかし中級ですらなく上級の業呪が、しかも複数体…こうなってしまえばデータも形無しですが、中々きな臭い感じです、もっと大きな何者かの思惑があるように思えてきます。」
愛奈は調査結果と自身の推論を交えて話す。
「今回出現した業呪ですが…所謂『人狼型』の業呪でした。これ自体の目撃例は多く、世界でも数多に存在する上級の業呪ですが…。これが複数体で行動するというのは今までで報告されたことはありませんでした。そもそも上級に分類される力は一体一体が持つ力が強力なためあまり群れるという行動をしない…と分析されています。」
「しかし…でもあそこでは人狼型が五体も居ましたよ?」
翔馬が疑問を呈する、特例の特例にでも遭遇してしまったのだろうか。
「勿論、統計の確率で言えばデータに無い事態は起こるということはあります…が、それでもやはり五体というのはどうにも出来すぎた事と思えますね。業呪でも人でもない…何か第三者の思惑がこの結果を招いた…というのが私の推論です。確かな証拠もないためこれ以上突き詰めることも出来ませんが…。」
愛奈の推論を簡潔に纏めれば要するに、上級業呪が5体という数で行動していたのは誰かの意志であるという可能性だが…。
「業呪を操れるような何かがいるということでしょうか?」
「業呪に関しては人類が深く理解しているとは到底言えません。私たちの想定を超える何かが居てもおかしくない…あくまでそのような可能性があるという話です。今ではただの荒唐無稽な話ですからね。」
しかしそう話す彼女の口振りは何処か確信めいた響きが含まれていた。翔馬は彼女にさらに話を聞くことにする。
「もし仮に、業呪を操れるような者が居たとしてあの場に上級の業呪を複数集めて何をしたかったんですかね。」
翔馬は彼女の推測に則るような形で更に話を展開させていく。愛奈は少し考えた後に「これも推測に過ぎませんが…」と話し始めた。
「その誰かが邪魔な何者かを排除するために送り込んだか、若しくは祓呪師という存在が邪魔なために若い芽を摘むために送り込んだか…目的の人物を誘い出すために業呪を置いたか…でしょうかね。」
そしてそのまま愛奈は模造刀を収めて、翔馬に向けて話を続ける。
「もし、誰かを排除するためにあそこに業呪を送り込んだとしたらその目的は…多分、石動くん、貴方です。」
愛奈は翔馬の顔を見据え、そうハッキリと告げた。聞き間違いなど無いように断言した。
「…俺が、ですか?」
「ええ、そうです。石動くん、貴方が特別な『何か』を持っていることは最早疑いようがありません。生まれつき持っていた怪力、潜在能力の高さ、成長速度の速さ、頑強さや治癒力の高さ…。貴方が特別な才能の持ち主であるという事はもう石動くん自身でも自覚していると思います。」
「…はい。」
翔馬は頷いた。自分の力に酔うような人間ではないがそれでも彼は自分が他人とは違うという事をこの一月で大いに自覚した。いや、正確に言えば愛奈によって認識させられた。
「大変申し訳ないとは思いますが、一度貴方の身辺を洗いました。」
そう告げる彼女の顔は居心地が悪そうに思えた。…翔馬は彼女から教えを受けるようになって色々な彼女の側面が見えるようになって来た。
「大丈夫です…俺も自分の事なのに分からないことは沢山ありますから。」
「…そう言ってもらえると助かりますよ。結果として貴方は…実に普通の人生を歩んでいましたね。出生も祓呪師の家系でもなく、最初は誰かの落胤かとも思いましたがそうでもないようです。貴方の御母堂の実家、良仙家も特段おかしいこともなく。…だからこそ疑問が出てくるわけですが。」
彼の出自は特別なものではなく、それこそ普通に誰もが持ち得るような生まれで彼の異常な能力の高さに繋がるようなものはない。
「血筋ではないとすれば貴方が突然変異のごとく有り余る才能を持って産まれてきてしまったか…。全ては憶測の域ですが、現に貴方が特別なものを持っていることには違いありません。業呪を操る何者かにとって貴方の持つ才能が目障りという事も考えられます。今はまだ表沙汰にこそなっていませんが貴方の才能がもしも広まればそれこそ貴方の身を狙うような者も出てくる…と私は考えています。」
「…俺の身を、狙うですか?」
「それほどの希少性を石動くんは秘めているんです。…今回は間に合いましたが何時も私が貴方を助けられるとは限りません…早急に貴方の力を十全に引き出せるように鍛錬のメニューを少し変えることにします。構いませんよね?」
「…大丈夫です。強くなることは俺には必要なことですから。」
愛奈の許可を求める視線に翔馬は頷いた。元よりこれらは彼らの間の取り決めで決まっていたことだ。
「それと…ここからは少し話が変わりますが。」
と言葉を区切り、愛奈は話題を転換した。翔馬は黙って聞いている。
「貴方が狙われているという可能性を考慮すると少しでも駆け付けやすい環境に居るべきだと結論付けました…そこで、石動くん。」
何かを鞄から取り出した愛奈はその視線を上げると翔馬と目を合わせ、問いかけた?
「貴方、生徒会に興味はありませんか?」
そして笑顔で告げた。
「…え………………え?」
突然の問いに翔馬はフリーズした、予想もしていなかったことに彼は固まった。…そして数秒で復帰した。
「…ちょ、ちょっと待ってください、先輩。…どういうことですか…?」
彼が困惑するがそれは最もなものだ。誰だって突然そんなことを言われれば困惑するだろう。しかし愛奈はそれを予想していたかのように回答を用意していた。
「同じ組織に属している方が何かと居る距離も近くなるため貴方にもしもの事態が降りかかったとしても対処できる、と思ったのですが…。」
翔馬は複雑な思いである。愛奈は翔馬よりも背は低く、一見可憐な少女だ。とても強そうとは思えないだろう。だがその実彼女の実力は現在の翔馬より数段高く、この学園で勝てる人間は教師を含めていないだろう。確かに彼女に守ってもらえるのならばよっぽどの事態でもない限り大丈夫だろう。しかし守られるという事に複雑な気持ちを感じずには居られなかった…がそれよりも。
「確かにそれはそうですけれど…。でも生徒会なんて俺みたいな一年生は…」
「私が会長になったのは去年から…つまり一年生の時ですよ。聖城学院には学年によって生徒会に入れない、という事はありません。」
彼女が生徒会長になったのは入学してからわずか数か月後。しかも支持率は殆ど十割だったと聞く。愛奈は話を続ける。
「それに現在、生徒会は庶務の枠が空席です。庶務を務めていた人物が病院に長期入院しなければならない事情がありまして。結局その人は聖城学院を中退してしまいました。それからは年度の移り目という事で多忙もあり、庶務は未だ空席のままでした。」
何ともご丁寧な事に空席があるという。ここまで整っていると彼もお膳立てされているのではないかと疑い始める。
「勿論、石動くんの自由意思にお任せします。強制するような力は私にはありませんから。」
「…でも、先輩。俺みたいな人間が生徒会に入れるとは思えません。そもそも他の生徒が信任してくれるか…。」
自己評価は低いが彼の言っていることは的を射ている。生徒会長が目をかけているとはいえ彼はただの一生徒で、しかも新入生だ。他の新入生や上級生は認めるだろうか?
「それに関しては大丈夫です。生徒会役員は二つの方法で任命されるのですが…一つ目は生徒たちの投票によって指名される生徒会選挙。…そして生徒会役員に万が一、空席が出た場合、それを埋めるために『指名権』が生徒会長にはあります。これは生徒会長が直々にその役員となる人を指名するだけですが…私にはその指名権があります。これでも生徒会長ですからね。」
太鼓判を押して来た。これも生徒会長の特権だろうか。
「生徒会での経験も決して損にはなりませんよ。…貴方に不利益がある話ではありませんが…石動くんは受けてくれますか?」
そして彼女が渡してきたのは申請書類だった。あくまでまだ目の前に出すだけ、後戻りは利くだろう…だが。
「もしも生徒会に入れば、この指導の機会も増えますか?」
「…?はい、恐らくそれは。共に行動する時間も増えるので予定も作りやすいかと。」
「…それと、先輩の事はもう疑うつもりはないですが…。他の生徒会の人は…強いですか?」
その質問に愛奈は一瞬目を丸くしたが、すぐに細めて頷き、答えた。
「ええ、会長の私が保証します…精鋭揃いですよ。今の貴方よりも全員、強いです。」
愛奈の答えに満足したのか、翔馬は笑い、書類を受け取った。
「俺でよければよろしくお願いします。…冷泉寺先輩。」
「…!…ありがとうございます。…私の我儘に付き合っていただいて。」
差し出された手を握り、二人は握手をした。
―――――――
勝ったな。風呂入ってくる。
ここで主人公君が死ぬような事態があったらぶっちゃけそれは俺の死を意味する。俺が死亡フラグを打破するにはもう彼をとことん強く鍛えるしかないがここまで来たらもう勝ったなと確信するね。それに順調に強くなってるようで何よりだ。このまんま中盤で終盤の君を超えるほど強くなって俺を死亡フラグから救ってくれ。
しかしきな臭いと言ったのは間違いない。俺はこのゲーム世界での黒幕はしっかりと知っているがそれの仕業かもまだ確信はない。というよりも黒幕に主人公である彼を知る術はないはずだ。そもそもこんな序盤から行動は起こさないはずだ。
どうやら俺の行動によって俺が知る世界からは完全に違ってきてるように思える。こっからは慎重に事を見極めていかないとぶっちゃけ何時死ぬかも分からなそうだ。当面は主人公君を鍛えるとして俺も、黒幕関連の事を調べておいた方が良いかもしれない。まだ疑惑でも、だ。
―――――――
その日、彼は夢を見た。
『―――さま!―――明様!!…私は…生まれ変わってでも貴方に会いに行きます…だから…また会いましょう…。』
その声は聞き覚えがなく、そして酷く懐かしい声だった。
立派にヒロインムーブしていることを彼はまだ知らない…