無限の蒼穹に雷鳴は轟く IS× THUNDERBOLT 作:サンボル好き
結構長文の内容ですので、気長に読んでくだせえ。
状況を振り返ってみよう。
昨日、俺はどうやらやけ酒を決め込み、その結果このメイドさん(現在ジャージ装備)、名称チェルシー嬢にそれはもう盛大にぶちまけてしまったようで。結果、この俺ダリル・ローレンツは今よりさらに借金を膨らましてしまうことになったらしい。
だが、そこまではいい。不運と罪悪感で押しつぶされそうになるが、それでも脳内で処理できるだけましだ。
つまり何が言いたいかというと、そんなことより今目の前に突きつけられたこの現状に誰か説明をしてくれ!
「ダリルさん、あなたを当家の執事にヘッドハンティングします!!そうすれば、弁償は帳消し!!どうです、いかがですか!!!!」
「………いや、無理だけど」
「!!!?!?!?」
執事、俺が……。
執事、庶民育ちの俺でもその概念ぐらいは知っている。いわゆるお貴族様に仕える燕尾服を着たナイスミドルか好青年のみ許された仕事だ。
「…あの、それはさすがに冗談だろ。おれなんかがそんな」
咄嗟に出る言葉はやんわりとした拒否だった。少なくとも彼女の居場所はとても華やかで日の当たる場所だ。こんな体の俺がまず役立てるとは思えない。
「そ、そんなことありませんわ。仕事だって最初はみんな初心者です!それこそ、チェルシーが執事たるものをしっかりと教え込んで差し上げます!!」
「……いや、だからってそんな。俺は今の仕事でも十分に……」
「き、給金だって今よりずっと好待遇です!ダリルさんの義肢は本社の試験品をローンで購入したと聞いています。その負担だって我が家に努めるならもっと安く且つ良いものにできます!!」
「いや、それは……さすがに悪い。俺はこの手足で十分「では!!……えっと、それなら」………。」
先ほどから落ち着きがない。どこかあせっているような……まるで、子供のダダのようで
…いや、彼女の場合はまだ子供なんだよな。身を乗り出して気持ちがいっぱいで、どうしてそんなに…君は
「……セシリア」
「!!……はいっ」
返事はしていないのに、名前を呼んだだけでこんなにも目を見開いて答えを待っている。
…ああ、辛いな。
この子は優しい。良かれと思ってこんなにも必死に訴えてくれている。けれど
「セシリア。 嬉しいけど、君の願いは辞退する。俺はまだここから離れそうにない。」
「……どうしても、ですか」
「?……ああ。俺はまだここで働くつもりで……その」
「………。」
「あの、セシリア……」
「……わかり、ました。すみません、わたくしのわがままに」
「いや、いいよ。こっちも、せっかくの依頼を断って、すまない……と思う。」
たがいに謝り、頭を下げる。どうしてか、間違ったことは言っていない。けれど
……俺は、どうしたかったんだ。
いや、そもそも。何故彼女はこんなにも俺にこだわるんだ?恋慕、いや違う……もっと、別の
「…………」
「……チェルシー。少し席を外します。ダリル様の面倒を見てあげてくださいまし。」
そう言い、セシリアはそそくさとその場を去ろうとする。手を伸ばし呼び止めようとしたが、一瞬垣間見えたその色のない表情に俺はかける言葉を失ってしまった。
「………」
「……ダリル様」
ふと、自分の目の前まで近づいたチェルシーがすぐそばでベッドに腰掛ける。
「……どうぞ。横に腰掛けてください。」
「………」
ショートカットの茶髪、メイドらしい上品さと奥ゆかしさを合わせたようないで立ち。年齢は16と聞いたが、正直年齢以上に大人らしい魅力にあふれていて、こんなに近い距離にいるとさすがに目の毒だ。
「……あの、何か」
美人を前に緊張、それも大きいが、加えて自分はこんな美しい女性に盛大にやらかしてしまったのだ。世が世なら極刑も辞さない所業であろうに
「あの、昨日は本当に……」
「……怒っている。そう見えるのですか」
「………いえ、その。あくまで一般論というか」
……マズイ、相当に切れているぞこの人!!
歴戦のスナイパーと称されたダリルも、こうも接近されて追いつめられてしまえば何もできることは無い。いよいよ極東に伝わる古来よりの謝罪方法を試そうかと本気で思案した時
「ぷふ……。」
「え、あの…チェルシー、さん?」
「いえ、すみません。あんまり真剣に悩んでいましたので、つい噴き出してしまいました。」
「………へ?」
何故かわからない。いったい何がツボにはまったのか、その表情は硬い冷徹な仮面が砕け、軽く手を口にやりどこか控えめに柔和な笑みをこぼすただの年相応の女性の姿がそこにはあった。
「チェルシーさん。あなた、もしかして」
「ええ。別に、そんなに怒ってなどいません。確かに驚きはしましたが、もとはと言えばお嬢様の下手な介護にあります。主人の失敗をこうむるのでしたら、嘔吐の一回ぐらい、別に何ともございません。」
「はあ。…いや、でもメイド服が!」
「あれは出まかせです。当家は確かにオーダーメイドですが、それは単に屋敷で既製品を仕立て直しているだけで。売値にしても既製品と大差ありませんので、弁償なんてのは出まかせです。」
「………。」
理路整然と語り続けるチェルシーの言葉。確かに言われたおかげで理解は進んだが、それはむしろもう一つの疑問をより大きく膨らませていく。
「じゃあ、セシリアはどうして……からかってとかじゃ」
一瞬、チェルシーの表情が曇る。すぐに言葉がすんでのところで止まるが、やはりめったなことを言うものではない。
「えっと、その……彼女、本当に俺なんかを執事に?」
「……ええ、それは本当です。あなたが望みさえすれば、お嬢様は本当に採用する気でした。」
「……そうか。けれど、やっぱり俺には……」
俺にはできない。そう口にしようとした時
「ダリル様……」
「!」
義手には神経が通ってない。だからすぐには気づかなかった。いつの間にか、チェルシーさんは俺の手をつかみ、その落ち着きのある美貌に一筋の涙が降りていた。
「……チェルシー、さん」
「聞いてくださいダリル様。お嬢様は、あの娘は……!」
〇
「よう、ダリル」
「班長、貴方も来たんですね」
翌日。ダリルが足を運んだ場所は鉱山のとある一角。日のあたる地上プラントのとある箇所に置かれた大きな石碑、そこに書かれた名前は
「ああ。ちょうどいい酒が入ってよ、逝った奴にはみんな酒好きだ。だから…な。」
そう言い、班長はオレンジがかった高級酒を惜しげもなく、石碑の前の土にドボドボと流し込む。この石碑はつい先日立てられたもので、その下にはあの日の襲撃で命を失った仲間たちの亡骸が埋まっている。
ここに努める者の多くが傷痍軍人をはじめとした曰く付きの人間だらけだ。故に、故郷に連絡を待つ者がいる方が珍しく、帰る地のない者たちは一様にこの石碑の下に埋葬されている。
「もう、すっかり昔のことですね。あれだけ、大きな戦いがあったはずなのに」
花を添える。義手を合わし、犠牲になった仲間たちに哀悼の念を込める。
「ああ、そうだな。どんなことがあっても、人は前に進まなきゃいけねえ。生きているならなおさらだ」
「………。」
「そういやあよ。ダリル、お前さん聞いたかい?」
「……何をですか。」
「いやな、フィッシャーの奴よ
あいつ、ここを辞めるってよ……。」
「………へっ?」
フィッシャーが辞める。そんな話、俺は
「聞いてねえってか。いや俺もついさっき知ってよ、なんでも故郷のイギリスで軍役に戻るってよ。」
「軍に……そうか。でも、それなら納得だ。」
ここで暮らしてずっと、俺はフィッシャーといつもくだらない話に興じていた。その中で、あいつはよく軍にいた頃の話を楽しげに話していた。心残りがあるのだろう、けれど義手と義足のせいでそれがかなわない。そう、あいつは嘆いていた。
……そうか。なら、良かった。
「…フィッシャー、せめて一言ぐらい残せよな」
「ああ。けど、それでいいと思うがな。あいつは自分の居場所に戻ったんだ。ここじゃないどこか、それがあいつにとっては元の古巣だったんだろう」
「……。」
「……で、ダリル。お前さんはどうする?」
「……俺、ですか」
「ああ、お前さんだって、ずっとここで燻ぶってるわけにはいかんだろ。」
「……くすぶっている、ですか?」
…けど、俺に行くところなんて
「……俺はまだ、ここを離れるつもりはありませんよ。フィッシャーの分の仕事もしないといけませんし、それに他の皆だってまだッテ!?」
「バカ野郎!何いっちょ前に心配ばっかしてんだ。俺はお前自身に聞いてんだ!!」
「……!!」
突然、言葉を遮るように拳で頭を小突かれた。殴られたことぐらい士官学校でなんどもあったが、この人の拳はそのどれよりもきつく痛みを感じる。
「…なあ、ダリル。お前さん、本当は帰る場所があるんじゃねえのか」
「!!」
…帰る場所。そんなのは当然ある。けれど
「……俺はもう、帰れません。いえ、帰る道はないんです。だから」
「だから、ここでただ無為に働き続けるってか。それじゃあ駄目だ、ダリル。お前さんはまだ若い、なら歩みを止めたらダメだろ。」
「……けど、俺にはいく当てなんて「だったら、あのお嬢さんの誘いに乗ればいいじゃねえか」!!……なんでその話を」
「なんでって、そりゃあ俺が聞かれたからな。お前さんのこと、義肢のローンも全部伝えてやったよ。」
「………はあ、なるほど。ようやく合点がいきました。」
セシリアがやけに俺の内情に詳しいのは、どうやら事前に念入りな聞き込みをしていたからだろう。だけど、態々聞き込みまでするとは
「なあ、ダリルよ。……お前さん、何でためらってるんだ。」
「それは……どういう」
「お前さんの過去に何があったかは知らねえ。簡単に覆せねえ問題かもしんねえ。けど、それで何もしないで立ち止まるぐらいなら……」
「……。」
「あの娘のこと、お前さんが守ってやったらどうだ。」
「!!」
場所は変わって宿舎に移る。
結局、あの後ダリルは班長の言葉に最後まではっきりと回答することができなかった。言葉を濁し、曖昧な返事のまま逃げるように自室へ逃げ込んだ。
相方のフィッシャーがいなくなり、二段ベッドは上のきしむ音が無く静かで居心地がいいはずなのに、どうしてかその静けさがやけに耳に障る。
ずっと頭の中から離れない。昨日と今日、俺は未だに答えを…
「……俺が、セシリアの元に」
昨日のことだ。チェルシーさんが言ったこと、その時の言葉が鮮明によみがえる
⚪
……あの娘を、どうか助けていただけませんか?
「……どうして、ですか」
彼女は俺の手を握る、ひたすらに絞り切った声で願いを口にした。
「…あの娘はとても頑張り屋で、両親が亡くなったことに文句ひとつ言わず、一年間ここまでやってきたのです。今回の事件、あの子は表立ってことを企んだ上役を次々に処分いたしました。中には親しい関係の人もいます。叔父のロバート氏も止めましたが、それでもあの娘は、セシリア・オルコットは強行しました。」
「……そうか。あの事件のあとにそんなことが。」
「ええ。 結果的に見ればお嬢様は頭首として成功しました。ですが、あの娘はずっと無理を続けているのです。弱い所を見せまいと、常に危うい状態で歩き続けているのです。だから」
気が付けば、彼女の目からは一筋だけでなく、次々に大粒の涙が流れていた。冷静沈着で、感情を漏らさない彼女がここまで感情的になるとは
「ですから。今回の我が儘は……あなたが快諾する事を私は望んでいました。ダリル様ならあの人の支えになるのではと、だからあの娘も必死なのです。言葉にはしないだけで、貴方が来てくれることを、信頼にたる人がそばにいて欲しいと
ダリル・ローレンツが傍にいてくれることをッ……あの子は本心から願っているんです!!」
⚪
……セシリア、君は
おれは再びスカウトされた。けど、情けないことに未だに色好い返事は出せていない。彼女たちが滞在するのは明日まで
「………。」
求められる、その思いははっきり言って嫌ではない。彼女についていき、イギリスという新天地で何かを始めるのなら、それはきっととても良いことなのかもしれない。
「………」
けど、俺は本当に決めてしまっていいのだろうか。
この世界に来て、未だに考え続けているけど、まだ答えが出ない。
そんな出口のない思考に陥って、ずっと脳内で同じ質問を繰り返している。そんな時
Ririririri
「!」
端末に着信がかかる。通話をオンにし、耳に当てて流れてきたのは
「ダリル、ダリルか!!」
「!!……フィッシャー、お前」
「いやな、班長から話は聞いてるだろうけどさ。やっぱ、一言ぐらい言っておきたくてな」
「ああ、本当にそうだ。急にいなくなってこっちはびっくりしたよ。軍に戻るんだっけな」
「ああ、伝手があってな。軍用にEOSを導入するからってよ人材不足っつうから今がチャンスってな。……そんでよ、実はお前さんにもだな」
「……?」
「お前さん、軍に来ねえか?」
「!!」
「無理にとは言わねえ。お前さんだってやりたいことはあるだろうしな、まあ興味があったらいつでも連絡してくれ。それじゃあ達者でな」
「……。」
その言葉を最後に通話が途切れる。言いたいことだけ言っておいて、まったく勝手な奴だ。
「……こっちの気も知らないで、よく言ってくれるよ。」
軍に戻る。それも一つの選択肢なのだろう。荒っぽい仕事をしたいか、と聞かれればそれはYesよりの答えが出るに違いない。
「……」
ふと、ダリルは思い出したかのように、ベッド下に収納した木箱を取り出す。
埃を被った蓋を開けると、そこには元の世界で身に着けた私物が詰められている。特注のノーマルスーツにカーラの付けた義肢のパーツ、そして
「……」
木箱の奥、シガレットケースを取り出す。鉄製の箱を開くと、その中身は
「……カーラ」
出撃前、カーラが手渡した髪留めの紐、この地に来て、失くさないようにと、こうして箱にしまい厳重に保管したのであった。
「……帰る場所も、目指す場所だってあるのに。みんな好き勝手言ってくれるよ。」
それだけ、今の自分が心配に見えるのだろう。あの闘い以来、俺はすっかり何かを失って……いや、きっと失った何かに気づいたんだ。
理由は結局何だって良かった。戦場の中でしか味わえないあの高揚感を、彼女を守るため、仲間の命を守るため、そんな背景さえあれば俺はなんだってよかったんだ。と思う
だから、今俺が感じている空しさは、きっと言ってしまえば物足りなさなんだろう。
「そうだ。だから止まれない。本当は止まりたくないんだ。」
前に進む、この世界でしかできないことを、俺は求めている。けど、それは…あの世界を、サンダーボルト宙域に残した皆を置き去りにしてしまうのではないか。
「……セシリア」
Riririririri!!
「……またか」
再び煩くわめく端末に手を伸ばす。
……フィッシャーか?たく…
「もしもし、誰だ、こんな夜更けに「…ダリルさん」……!!」
不意に耳に響く透き通る声、その持ち主は
「君、俺の番号まで聞き出していたのか」
班長、あんたどんだけ人の個人情報ばらすんだ。
「あの、迷惑でしたか……?」
「……いや、構わないよ。君の声は聴くのは嫌いじゃない。」
「!!……そ、そうですか。いきなり照れますね…って、要件はですね……!!」
「……。」
「明日、少しだけお時間をいただけないでしょうか?」
〇
―翌日
「……。」
慰霊碑の前に立つ白いワンピースの少女、その手には花束を持ち、石碑に備え犠牲者に祈りをささげている。
「どうか、安らかに……」
「……お嬢様、そろそろ」
「ええ、わかっています。……ですが、あと少し」
セシリアは祈りをささげる。イギリスに帰れば当分この国に訪れることは無い。多忙なスケジュールを持つ身として、このひと時ぐらいはただ犠牲者の為に祈る時間を取りたいと、珍しく、セシリアはチェルシーにわがままを通したのだった。
「………セシリア、あまり気に病まないでくれ。君は、十分やったんだ」
「……いえ、祈るぐらい。それぐらいしかできないですが、それでも」
「……。」
気が付けば、ダリルはセシリアの横に立ち、花束を添えて自分と同じように祈りをささげていた。
「………なあ、セシリア。」
「……はい。」
儚くて、吹けばたやすく手折れてしまいそうで、けれども彼女は強く美しく、誇り高い姿を見せてくれている。
チェルシーさんの言う通り、やはりそれはどこか危うげで、きっと本当は誰かが傍で支えなければ真っ直ぐ咲き誇り続けられない。あれはそういう花なのだろう。
「………」
きっと、彼女の周りにはこれからも危険が起こる。付け狙う敵は多い、故に信用できる味方が少しでも欲しい、チェルシーさんの願いはそんな親心からだし。それは短い付き合いしかない俺にさえわかってしまう。
けれど、それでも俺には……
「セシリア、聞いてほしいことがある。」
「……はい。聞かせてください」
全てを、彼女には…初めからこう言うべきだったのだろうか。
「……嘘に聞こえるかもしれないけど、俺はこの世界の住人じゃないんだ。」
「………それは、何かの比喩ですか?」
「…そうだな。そう受け取ってくれて構わない。とにかく、少しだけ聞いてくれ。俺が前にいた居場所の話だ。」
そこから、俺は淡々と自分の過去について語っていた。宇宙世紀のこと、MS、ジオンと連邦、そうした用語は濁して、俺は彼女に自分がなぜ戦争に身を投じ、そこで何をして何を失ったか、気づけば懺悔室の独白のように次々と口から言葉が飛び出し続けた。
「……。」
「……俺は、帰る場所がある。けど、もうそこには戻れない」
「……そう、ですか。あの、本当にもう、戻れないのですか。その、カーラさんという方は……貴方を、ダリルさんを」
「待っているかもしれない。けど、もうそれを確かめるすべは今の俺にはない。」
ああ、そうだ。もう戻れないのだ。ずっと認めたくなかったけど、それを認めれば、俺は
「…俺は、選択するのが怖かったんだ。ずっと考えないようにして、そうしないと別のいろんなことで上書きされてしまいそうで……あの日を、あいつらのことを過去にしたくなかったんだ。」
そうだ、だから俺は……
「……一緒に、行けないのですね。」
「ああ。気持ちは本当にうれしい、けれどすまない。」
そう言い残し、俺は彼女たちに背を向けていた。これでいいと、そう言い聞かせながら俺は鉱山へ足を進める。
…そうだ。これで……もう
「待ってっ!!!?!?」
「!?」
「ダリルさん、私は…貴方に……!」
「………。」
…すまない。俺は君の頼みを引き受けられるような男じゃないんだ。未練に引きずられて、ずっと動けないでいるだけなんだ。
だから、君が何を言おうと俺はその先の言葉を断るしかできない。
「セシリア、俺は……君と行くことは「……て……欲しい」
「わたくしはダリルさんに 心の底から、笑って欲しい!!!!!」
「――……ッ!!?」
「ダリルさんが言いましたのよ! 理不尽に打ち勝って、心の底から笑いあおうって……けど」
「……セシリア、何を」
「今のあなたは、心の底から笑っていない!!それでいいのですか?あなたは、ここに居続けて本当に笑うことができるのですか!!?」
「……いや、ちょっと待ってくれ。何で急に俺の話になるんだ。来て欲しいって話は」
「それは……それもわたくしの願いですが! けど、今のダリルさんを見ていたら、わたくし放っておくことはできません!!」
「!!……待ってくれ、俺は別にここの暮らしには」
「不満は無いのは知っています。ですが!本当にこのままでいいのですか!!」
強い目だ。俺の中の葛藤を、矛盾を、彼女は外側から無理やりにメスを入れてくる。
「……いったい、何が言いたいんだ。別に、俺の過去を君は知らない。すんでいる世界が違うんだ!! 価値観の相違なんだ!!」
口調が吐き捨てるように悪くなる。わかってはいながら、自分の中の負の部分をつい彼女に対して言葉のとげで吐き出してしまう。
けど、それでもセシリアは
「……!!」
「…なんで、そこまで」
「…………同じ、だからです。」
「!?」
「わたくしにも、取り戻せない過去はあります。けど、どんなにそう思ったって、私たちは今を生きているんです。なら、進むしかないじゃないですか!!!」
「……進むしか、ない」
「ええ。わたくしにはダリルさんの慕うカーラさんも共に戦った仲間のこと、それはもう知ることができないのでしょう。けど、もし今のダリルさんをその人たちが見たら、きっと同じことを思うはずです!!」
「………」
彼女は俺の作り物の手をそっと握り。しゃがれた声でつぶやいた。大粒の涙が頬を伝い、白い肌を赤子のように真っ赤に晴らしながら
「過去にしたくない、その気持ちはわかります。けれど、それでも……」
「……。」
そこから先の言葉はなかった。俺の胸板に顔をうずめ、彼女は吐き出すように感情を吐き出し、その顔をくしゃくしゃに涙で濡らしていた。
……取り戻せない過去 君も……同じなんだな
「……セシリア、ありがとう」
何度も悩んだ。葛藤して、苦しんで、ずっと考えないように蓋をしてきた。
けれども、もういいのではないだろうか。
…カーラ、もし君が今の俺を見たら。君は、何を思うのかな。
「……はは」
「…ダリル、さん」
「……なんだか、もう吹っ切れたよ。」
…もともと最初から行く当てはないんだ。だから、どこで何をしようと変わらない。それなら
帰る場所はない。けれど、前に進むことはできる。自分にしかできないことを、俺が俺でいられる新しい居場所を見つけるために、まずはこの一歩を踏み出そう。
……この世界に来て、最初にいた場所がここでよかった。ここは居心地が良かった、けど…ここにいるだけじゃ、きっと見えないものがある
「…もしかしたら、ここはスタート地点だったかもしれないな。なら、次を目指さないといけないな」
「ダリルさん、もしかして……」
「ああ。実は、そろそろ別の就職先を探していたんだ。けど、この手足で働ける口なんてそうそうないだろ。いや、本当に困ったな」
おれはそう、わざとらしく振舞ってみた。それが思いのほかおかしかったのか目の前にいるセシリアだけでなく、少し離れたチェルシーさんまで笑みを浮かべていた。
「ふふ、では…そんなダリルさんにとっておきの仕事がありますわ」
いつの間にか涙は晴れ。彼女は優雅に、その手を俺に差し出した。
「ダリル・ローレンツ、貴方を当家の執事として正式に雇うことを依頼します。」
「……ああ。」
俺は彼女の手を取り、その前でひざまずいた。言われたわけでもないけど、自然にこうするのがふさわしいと、どこかそう感じてしまったのだ。
「……また居場所を求めてさまようかもしれない。それでも、いいかな」
「ええ。ダリルさんがそう思うなら……ですが」
「!」
「そう簡単に行かせたりしません。 わたくしが、全身全霊をもって あなたの居場所を提供します 最高待遇ですことよ……!!」
「はは、それはいいことを聞いた。」
「……お嬢様、そろそろお時間が」
「……せっかく人が決めてる時に…。 では、ダリルさん。しばらくすれば追って連絡が届きます。その時には」
「ああ。次あうときはイギリスで、かな。セシ……いや、もうお嬢様か、それとも頭首様と呼んだ方がいいかい?」
彼女は俺にとっての新しい上官になる。この危なっかしいお偉いさんを、俺は陰で支えなければならない。存外、パイロットぐらい大変な仕事になるかもしれないな。
「……」
「?…どうしたんだい。急に無口になって」
「……別に」
「?」
「こうして、二人の時は……セシリアで構いません。というか、命令です」
「………!!」
つい顔をそらしてしまった。彼女の本音が、そのいじらしい表情に、俺はつい面食らってしまった。
…落ち着け。相手はまだティーンエイジャ―だぞ、ほら奥を見ろ。チェルシーさんのにらみで我を取り戻すんだ。
「………ああ、そうだな。けど、公私はちゃんと使い分けるから、そのつもりで……。」
「!!……ええ。では、そうしていただけると、助かります。」
二人だけの時間、どこか気まずくなりうまく目線が合わせられない。」
「……お嬢様。そろそろ戻らないとフライトに」
「ああ、そうですわね。では、また」
「……ああ、そうだね。じゃあ」
これ以上惜しむと互いに動けそうにない。どこか尻切れの悪い終わり方で、セシリアはチェルシーに手を引かれその場を後にした。後に残されたのは慰霊碑の前に立つダリル一人。
「……」
ふと、ダリルはおもむろに懐からケースを取り出して開く。
「……カーラ」
その中の髪留めを取り出す。少し劣化して、引けばすぐに千切れそうな物だが。きっとこれが俺にとっての最後の楔だ。あの世界の記憶が、彼女と過ごした証が、この小さな髪留めに溢れんばかりに込められているのだとするなら。
「……」
そっとケースを閉じ、懐に収める。過去を振り返るのは一度小休止だ。
「……さて、荷造りと退職手続き。やることは意外と多いし。これから大変だな。」
そうぼやいてはいるが、どこかその足取りは軽く、ダリルの顔には以前までの満たされなさはとうに消え去っていた。
こうして、ダリル・ローレンツの歩みはひとまず終局を迎える。しかし、一つの演目が終わればすぐに、また別の物語が動き出す。舞台を変え、少しだけ登場人物を入れ替えるだけで、彼ら彼女らの物語は依然続いていくのだ。
そのストーリーの果てに何を掴むのか、それとも何かを失うのか。
その答えは、当事者たちにしかわからない。であれば、我々傍観者は待つしかないのだ。待って、けれどもその先にはきっと
その旅路に、どうかよりよい未来があらんことを
第一章~Fin~
次回より第二章が始まります。