無限の蒼穹に雷鳴は轟く IS× THUNDERBOLT 作:サンボル好き
ヒロイン追加します。
「……困った」
一人慣れ親しんだ英語で呟く独り言。ルーブル通りの洒落た小道にある小さな喫茶店、そこで軽食をつまみながら、その視線の先にあるのは携帯端末で表示するとある記事。
「……」
パリ市より伸びるローカル鉄道で起きた脱線事故。
「……はぁ」
予定された陸路、フランス北東の港町、カレーへと赴くつもりだった。そこについてからはフェリー船でドーバー海峡を越えてイギリスのフォークストンに着く。
「…復旧の目処は立たない。車でも借りるか?」
幸い路銀は山ほどある。鉱山で務めた数ヶ月間、元々使い途がなかった蓄えの上に給与体勢の改善で多額のボーナスが入ってきたのだ。
飛行機を使えば手っ取り早いが、しかし考えようによっては
「…!」
端末に表示される通話のマーク、その宛先は
「……セシリア?」
「はい。もうそろそろフランスに着く頃と思いまして、パリはいかがですか、ダリルさん」
「パリか、それは……」
空港について、空いた時間に寄った美術館、更にはその道中で目にしてきた古き良き街並み。石造りに刻まれた彩りに満ちた文化の文様
ひとえに、その感想は
「…正直言って、想像以上だった。俺は芸術の価値には疎いけど、この街の空気はきっと忘れないはずだ」
生きている間、もう決してみる事は叶わないモノに目を通せたのだ。その経験だけでも
「ふふ。…しかし、そんな旅路も隣に麗しいレディがいない事は少し残念ですわね」
「あまり言わないでくれ。異国の地で一人寂しく泣きそうだ。ただでさえ、今は立ち往生しているのに」
「……事故のことですか?」
「ああ。脱線事故で……陸路の生き方は変更しないと。まあ、手持ちならバスを使って地道に北へ行くのが一番だけど」
「あら、こちらに気を使って急ぐ事はありませんわよ。」
「……?」
「意外でございました?確かに少しでも速くお会いしたいのも事実ですが……今ダリルさん、楽しんでらっしゃいますわね」
「……ああ」
見透かされた。少し割高になるが航空機を使えば今日中にでもイギリスだ。
しかし、せっかく訪れた異国の地を、俺はまだ堪能したいと心の奥ではそう口にしている。最初にいた場所を卑下するワケじゃないが、ここはまさしく地球の文化彩る美しい都だ。長らく宇宙生活で閉ざされていたこの身には、自らの好奇心を抑えるブレーキが正常に動かすことは容易ではない。
「……まあ、本音を言いますと…後しばらくはそちらで観光をしていただくのは、こちらとしても都合が良いのです」
「?……それは、何かあったのか」
「……こちらの都合です。多忙になる故に、盛大に迎える用意が整いません。ですから、ダリル様においてはゆっくりと旅路を満喫されてもかまいません。どうせなら、こちらは二の次ぐらいに羽を伸ばしながら来てくださいまし」
「……そうか。なら、主賓は遅れて入場する方が都合の良い…そういうことで良いかな」
「ええ。…その時には、私手ずからお作りした料理で歓迎いたしますわ」
その発言と同時に、電話先の奥から何かが砕け散るような音が響く。咄嗟にセシリアがチェルシー!…と、呟いた事からそのイメージが想像できる。チェルシーさんがモノを割るなんて、何か動揺するような事でもあったのか
「もう、急に驚かせないでくださいまし。……あ、失礼」
「いや、別にいい。じゃあとりあえずそっちに着くのはどのみち数日先になるみたいだ。到着する前日には連絡を寄越す。それでいいかな」
「ええ。では……また」
「ああ。………さて」
通話を終えて。これからの予定を……
「……どうする、かな」
異国に来て、俺の場合はたどり着く場所がある故に、何よりも必要なのは移動手段だ。
「レンタカーは、いや返却はできない。ならバスかな」
端末を覗き、近くのターミナルの路線をチェックする。周囲に気が向かないそんなタイミング、だが
「!」
「…すまないが。それは俺の鞄だ」
反射的につかんだ自分の旅行バッグを持ち去ろうとする少年。目深にかぶった帽子故に表情が見えないが、どうやら気づいたことに驚愕が隠せないでいるようだ。
「えっと……Je ne vais pas appeler la police, alors s’il vous plaît donnez-moi le sac.(警察は呼ばないから、バッグは返してくれ)」
「!」
たどたどしく伝えるフランス語。どうやら意味はくみ取ってくれたようだが
「……ッ!!」
早口で何かを行ったと思いきや、彼は俺のバッグを抱えて走り出す。
「!?……クソ、待て!!」
群衆に逃げ込む少年を追いかけ、俺は足の痛みを感じながらも走り続ける。
異国で油断していた自分も間抜けだが、だからといってこのまま荷を捨てるわけにはいかない。
「……金目の物だけじゃない、あれには」
シガレットケースに入れたあの人の形見、それがこの身から遠のくことが異常なまでに危機感を募らせる。
「待て、おい! 怒らないから、荷物を返してくれ!!」
「……ッ」
うろ覚えのフランス語を使う余裕すらない。必死に地の英語で叫びながら俺は彼を追いかける。
現地民や観光客の多い往来の中、さらに荷物で足取りが重い少年の足なら義足でも追いつける。
「……あっ!?」
「逃げるな。話を!」
裏路地に入ったタイミングで俺は彼の襟元を掴む。掴まれてなお逃げようとする少年に引っぱられて
「うわっ!!」
「!?」
掴んだ襟元を払おうとして、少年と俺は向かい合ってそして
「!」
キャスケットが落ちて、その容姿が露わになる。
重力に身を引かれながら、俺は冷静にその少年を、いや
「……へ!?」
「……」
…女の子、なのか
セシリアよりも少し濃いめのブロンドヘアー、アメジストクォーツを連想させるような瞳、叫んだ声が高いのはその性別故で、そんな分析を冷静に浮かべていると
どさあっ…!
「!」
大きな音を立てて、俺は彼、改め彼女の上に倒れ伏せる。
というか…
「あぁ、その」
「うぅ」
偶然にも、それはいつかに見たジャパンコミックで見たボーイミーツガールのワンシーンにそっくりな構図だった。
「あっ……その」
「……ぅ」
「えっと、俺は荷物を返して欲しいだけで」
「ひっ!……ごめん、なさい」
地面に組み伏せてしまった少女は、なんともまあ……ひどく、罪悪感を感じさせる涙目で、俺の顔を見上げていた。
「……えっと、どくけど……逃げないでね」
「!」
「身構えないでくれ。脅しじゃないから」
しかし、話が進まない故に俺は彼女を無理やり起こす。
「とにかく、俺は荷物だけを……ていうか君、英語話せるの?」
「えっと……まあ、はい。」
「……みたいだな。結構流暢だし」
「……もう、いいですか」
「なら、荷物を離してくれないか」
「……ブンブン」
「いや、そんなに拒否られても」
「……うぅ」
「……泣かれても」
さっきまでの逃走劇が嘘のようで、薄汚く薄暗い裏路地で二人、何故か向かい合ったまま気まずい空気がそこには流れている。
……はぁ
スリをされて、なぜこうも自分は……。まず警察に通報するとか……いや、それは急ぎすぎか。事情があるかもしれないし……一応、聞いてみるか
「なあ君、なんで俺の」
だが、その瞬間…背後の方向から聞こえるけたたましいサイレンの音が
「!」
少女の表情が凍る。今すぐにこの場を去りたいと、腕の拘束を振りほどこうと暴れだす。
「離して!」
「いや、俺は通報なんかしていない!ちょっと落ち着け、ほら!」
「…ッ」
押し付けるように端末を見せる。通話履歴の番号には通報を意味する三桁の数字はない。すべて国際電話の番号だけだ。
「なあ、だから落ち着け。きっと、これはべつの」
「……食い逃げ」
「?」
「あなた、さっきの店でお金払ってないでしょ。だから、警察は貴方を追いかけてるの!私だって警察は勘弁したいから、離して!!」
「!?」
……食い逃げ、いや、俺は
「…くそ、でもそれは……っていないし!!」
幸い、荷物はそのままに、少女は目の前から姿を消していた。
「…おい、なんだよ」
散々振り回されて、その後駆け付けた警察に俺は連れまわされ、結局自由の身になるころにはとうに日が暮れていた。
〇
「くそっ!」
義足の足でゴミ箱を蹴り飛ばす。らしくないとはわかってはいるが、しかしこのやりきれなさは晴らしようがない。
「はぁ、散々だ……本当に」
フランスに来た初日目、すでに夜更けでこんな時間に宿を取ることなどできるのか
「はぁ、全部これもかれもあの娘のせいだ」
次あったら義肢の指でフルパワーのデコピンをかましてやりたい。真剣にそう考えてしまうぐらいにダリルの精神は疲れ切っている。
宿を取ろうにも、パリの宿泊地の大方がすでにブッキング済みの表示、さすが観光の目玉都市とあるだけあってそう簡単に宿は見つけられないようだ。
「……」
周囲を見渡す。昼にはびこる観光客も鳴りを潜め、街中を出歩くのは現地民が大半で、そんな彼らがダリルの横を通るたびに
「……はぁ」
通り過ぎる者たちの奇異の視線。袖口から見える義手がそう思わせるのか
「まあ、これが普通なんだよな」
前の職場に、更には元の世界、慣れた環境ですっかりそう言った視線の存在を完全に失念していた。
そして同時に、忘れていたかつての危機感が胸中に沸き上がる。
「下手な宿は、取れないな。」
とにかく、歩く通りは人ごみの多い明るい場所、今使う義手と義足は前世界で使っていたものに近い簡素な三本指のタイプ、昼間は少女だからよかったが、大の大人に組み伏せられればまず勝ち目はない。あらためて、自分のハンディキャップのリスクを理解させられる
「……止めよう。とにかく、飯を食って、次に安全な宿だ」
今更肉体の不備に愚痴をこぼしても仕方ない。大通りの中、俺は感じの良さそうな店に足を踏み入れる。
だが
「くっ!」
「ーーーーッ!!!」
うちはよそ者お断りだ、帰ってくれ!……流ちょうなフランス語柄故に聞き取れなかったが、その感情に込められたメッセージだけは伝わってくる。
「……まったく、腕が付いてるだけでそんなに偉いのか?」
入る店のことごとくがこんな対応だった。店員が女性ばかりで、なぜか俺が店に入ろうとするとあからさまに門前払いをする。
その後の店もことごとく同じで、何度も尻や背中に土をつけられていく
「……クソッ!」
ついぞ疲れた俺はその場で尻もちをつき、壁にもたれてただ毒を吐いていた。
「これじゃあ鉱山街の都市の方が数倍ましだ…!」
旅先の疲れがピークになり、そこに空腹やらストレスが重なれば人間荒んでしまっても仕方ない。
動かなければならない、ここに居続けても何の解決にもならない。そんなことは重々承知だが、積もった負の感情が足腰の力を消失させる。
「あぁ……ツイてない。本当に……」
「……hey!」
「?」
急に話しかけられる。声の主の先は俺のすぐ隣で
「おい、あんた」
「……?」
…英語、今俺は英語で
声の先を見る。自分を見下ろすのは老人で、スキットルを片手になんとも気持ちよさそうな様子で俺に話しかけていた。
「なあ、店の前で何があったか知らなんだが、あんたは客か……それとも」
「……客だったら、どうするんだ」
「別に、うちは飯屋だからな。金さえ払えば飯は食わすさ……で、どうするんだい」
「……」
ふと振り返り、今まで自分が持たれていた壁を見る。確かにそこにはネオンで薄暗く書かれた店名と、その横にある食器とカトラスのイラスト
「…飯屋か、ここは」
「ああ、そう言うちょろうが。で、あんたは飯を食うんか、食わんのか」
「……飯か」
開いた扉から香る多様な食材の風味、疲れ切った肉体が急激に栄養を渇望し、その証と言わんばかりにうねり声のような轟音が胃の淵から響く
「…返事はいらんの。はよ入れ、青年よ」
「……メルシー」
すさんだ精神も空腹の前では素直にならざるを得ない。重い足取りながらも店内に入る。そこは狭く、いかにもなアンティーク調で、まさに老後の趣味としてひっそりと経営していますといった感じを思わせる、そんな意匠の小さな食堂だった。
……まあ……やっと飯にありつけるんだ。とりあえず、宿はそれからだ。
だが、とは言うモノの、このアル中真っ盛りな爺さんが果たして飯を作れるのだろうか?
ひとまず、テーブルに座り。俺はメニュー表を片手に今日の献立を決める
「あの、ここのおすすめは……?」
「……」
「あの、爺さん」
「……ぐぅ」
「……寝てる。」
器用に椅子に座ったまま眠り更けている。起こそうにも眠り更けている老人を起こすのは忍びない故に、さてどうしたものか
取り合えず直接起こした方が良いと、ダリルは席を立厨房へと足を進める。
だが、その時
カランコロン…!
「ごめんお爺さん。遅くなっ……げぇッ!?」
「!……おまえ、は」
入り口から現れた金髪の少女、昼間に見たその意匠と同じ、そしてその顔は間違いなく
「……君、あの時の」
「……人違いです。」
「……」
その瞬間、俺の思考はクリアーになった。
最低限の動作、一切の無駄のない動きで、俺は彼女の前に握った手を突き出し
渾身の力を込めて、そして
ビシッ!!
「――……ッ!!?!?」
「…ふぅ」
その鼻っ面に強烈なデコピンが炸裂した。
今回はここまでで、新ヒロイン登場です。フランスって言ってたから予想した方は多いと思いますが
設定はだいぶ脚色で、正直バックボーン調べても大したネタ出てこなかったんでかなり魔改造します。いちおうキャラクターの根本的な性格、心情は変えず、あくまで環境や、出来事が変わった場合のIF仕様です。