無限の蒼穹に雷鳴は轟く IS× THUNDERBOLT    作:サンボル好き

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アルベール・デュノアは実はいい人、そんな現実(原作設定)は認めない。


失った日

 最後に覚えているのは街の明かりと、口の中に残るショコラの甘さ。寒さと温かさが入り混じるきらびやかな街の中、祭日をともに歩むあの人の姿を、もう一度見たい。

 

 ずっとほしかったのはつながりだった。失った熱を、誰かに思われることの慈しみに、私は飢えていたんだ。だから、こんなお別れは嫌だ。きっと、私は悪い子だから、あの人が立つ日にどうしようもなく駄々をこねていたことだろう。

 

 泣きじゃくり、べそをかいてでも、きっとすがった。

 

 あの、鉄の手のひらを強く握って、もう私は離したくないんだと、その眼をまっすぐ見て叫ぶ。きっとそう

 

 会いたい、あの人に

 

 

 生まれて初めての、私の大事なお兄さんに

 

 

 

 

 

 

「うぅ、あぁああッ!!!?!?!?」

 

「お、おい……落ち着け!」

 

「どうする、睡眠導入剤を「止め給え、その必要はない」

 

「……ッ!!」

 

 座席に括り付けられた拘束がからだに食い込む。

 

 その上、両手足には電子ロックの拘束手錠が付けられ、その様子はまさに囚人の搬送だ。自分の横には大の大人が目を光らせ、その武骨な手が上から押さえつけるように身動きを抑え込む。実際彼らはこれ以上暴れられて怪我をさせたくない意志なのだが、シャルからすればそんなものに違いはなく、全ては自分を不当に拘束する理不尽だけだ。

 

 訳も分からず、目を覚ませば街中から変わり、そこは遥か上空の上、飛行機か、ヘリコプターか、自分は空を飛ぶ乗り物によって、見知らぬ場所へと連行される。その事実だけはすぐに理解する。そして、そんな理不尽を働いた悪の権化は、今自分の目のまえに

 

 拘束されたまま、男は名乗った。

 

 自分はアルベール・デュノアだと。そう、その人物こそ、シャルが自分の父親ではないかと疑念を抱いていた人物だ。

 

 事実を前に、まずは驚きを隠せなかった。しかし、すぐに感情は驚嘆から怒りへと変容していく。その冷たい目が全てを語っていた。世に言う父親の愛など全くなく、ましてや情人ほどの善性も感じない。

 

 ストリートと繁華街、はては中流層や富裕層の人間をつぶさに見続けたシャルだからこそ、その眼はありきたりな事実を端的に示した。

 

 アルベール・デュノア、間違いなくその男は言い逃れのできないぐらいに、人でなしの悪人であると。

 

 

 

 

  × × ×

 

 

 

 

「…そろそろ、話ができると思ったが」

 

「……うぅ、がぅ!」

 

 座席に固定されたままのたうち、シャルは目の前の男をにらみつける。

 

 ブランド物のスーツを纏ったいかにもな紳士然とした男性。しかし、少女、シャルロットにはこの男が、いや、実の父親と名乗る、このアルベール・デュノアという人間に、腹の底から溢れる憎悪をむき出しに曝す。

 

 しかし、男は涼しい顔で、そんな娘の抵抗を一蹴する。 

 

「これではまるで狂犬だ。ひどい環境で育ったのか、嘆かわしい」

 

「……ッ!!」

 

 

 お前がそれを言うのか、そう叫ぶも言葉は猿轡に吸われ、響くのはくぐもった奇声だけにしかならない。

 

 アルベールの言葉は続く。

 

「本題に入らせてもらう。子供の癇癪に構っているほど、私は暇な身ではない」

 

 

 横に座る男たちがアルベールの手ぐせから支持を受け取る。おそるおそる、シャルの口にまいた猿轡を外す。

 

 

「!?」

 

「意外か?…どのみち、ここで抵抗しても何の意味も無い。快適なフライトを楽しむ以外、今の君にできることはないと思いなさい。」

 

「…………ッ」  

 

 悔しいが、その言葉は正論だ。

 

 依然自分は拐われた身だ。たかが猿ぐつわが外れたところで、自分には何もできない。

 

 冷静になる。冷えた頭で、まずは何を優先すべきか

 

「……」

 

……目的、聞かないと

 

 呼吸を整える。先ほどとは変わり、落ち着いた表情で今一度向き合う。

 

 圧し殺した感情を喉奥に追いやる。

 

 

「……叔父さん、一体僕をどこに連れて行く気かな」

 

「叔父さんとは、ずいぶん他人行儀だな。血はつながっていることは示したはずだ」

 

「へぇ、それってさっき見せた小難しい書類のこと。あいにく、実の娘をヘリで拉致る親を、世間は実の父親なんて認めないはずだけど」

 

「…そうか、なら、それは世間違いだ。比べる価値観が違う、大事の前には些事にもならない」

 

「些事?…本気で言ってるの」

 

 シャルの問いかけに、アルベールは淡々と答え続ける。しかし、そのどれもが聞くに堪えない傲慢な理屈だ。否定したい、だが、それをするには何もかもが足りない。

 

 

…本当に、この人が父親なの

 

 

「……なんで」

 

 納得がいかない。

 

「なんで、あなたみたいな人が……私の!」

 

 自分のもとを去った母親、そして残る父親もこんな理屈の通じない、最悪の上塗りだ。

 認めたくない。認めてはいけない。こんな男が父親だなんて、そんな救いの無い結末は、あっていいはずがない。

 

 

 

「……認めなかろうと、私は君の父親だ。そして君は私の娘だ、シャル。君は私の、デュノアに必要な人間だ。それをまず理解しろ」

 

「…どうせ、ろくでもないことなんでしょ」

 

「それを決めるのは私だ。……君は指示に従えばいい」

 

「……ッ!!」

 

 話にならない。出会ってまだ一時間もたっていないが、すでにシャルにとって目の前の父親は最悪の男だ。 

 

 突然、自分はここに連れ去られた。その上、わけもわからない目的のために、どうしてこんな目に合わないといけないのか、数奇な運命を呪いたくなる。

 

 けど、今は自分のこれからよりも、何もかもが途中のまま自分を連れ去ったことに、シャルにはそれが到底我慢できない。

 

 

「………そんなに、あの男が気になるのか?」

 

 

「…知ってるんだ」

 

 

「報告には上がっている。君が住んでいたパリから外れて、妙な外国人と行動を共にしていると、あれはなんだ?個人的な付き合いでもあるのか?」

 

「何?…娘の身辺がそんなに気になるんだ。別に不純異性交遊はしてませんよ、関係の無い・だ・れ・か・さ・ん」

 

「……」

 

 強気に、あくまで態度は変えず、シャルはアルベールに口を利く

 

 所詮自分は13の少女でしかない。スラムで磨いた逃げ足やスラングもここでは通用しない。目を覚まして、自分は地上から遠く離れた乗り物の中に乗せられている。

 

 

…けど、だからって靡いたりしない。絶対、こんな奴に

 

 

「…仮にあなたが父親でも、私は従わないよ。本気で父親になりたいなら、ちゃんとしたやり方があるじゃん!…こんな、私は認めないよ。力づくでも無理だから、舌を噛み切って死んでやるから!!」

 

「……」

 

 口を開き、その小さな舌をアルベールの前に晒す。軽く舌の根元を噛んで見せ、シャルは自分の覚悟を示すべく虚勢を張る。当然、噛み切る根気などあるわけがない。だが、それでも恭順の意を示すぐらいなら、例え鞭を打たれようと意地を張る。その意思を示すために、シャルは虚勢を張り続ける。

 

「……はぁ、随分と、威勢のいい性格のようだ」

 

「ろう、ふははってわはっら…ん、もう諦めて。あなたに、私の生き方を好き勝手にさせない。」

 

「…そうだな。今は虚勢でいいが、この先本気で死なれたら私も困る」

 

「そう、なら「あぁ、だからそうさせないために、私は君に示さねばならない」

 

 

「……ッ?」

 

 

「……言っていることがわからないか。だが、安心したまえ」

 

 そう言うや、急にシャルの体に瞬間的なGが触れた。

 

 体が前のめりになり、思わず舌を噛みそうになる。揺れの原因は停止、この載っている乗り物が急停止した。そして

 

「!」

 

「…着陸する。目的地ではないが、今の君には必要な時間だ。」

 

「…なに、するつもり」

 

「不安になることは無い。私は父親だ、娘の為に、そうさな」

 

アルベールが動き出すと、横の黒服たてゃシャルの拘束を解き、その手にかかる手錠以外は全て解かれる。

 

「!?」

 

「ついてきたまえ、外に出よう」

 

「……ッ」

 

「安心しなさい。君の為に用意した、面会の時間だ。」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ました時、手足の感覚が無かった。

 

 顔に触れる地面の冷たい感触や、周りの嘲笑の声、環境の情報はいくつもあるにもかかわらず、真っ先に気を向けるのは手足の確認だった。状況は最悪だが、どうしてか思惟は冷静に、俯瞰であたりを分析しだす。

 

 

…掴まった、みたいだな

 

 

 あの時、最後の車を止めて、俺はシャルをすくったはずだ。けど、そいつはシャルじゃなくて、シャルを偽装した別の人物。忘れようがない、その顔、あぁ、思い出すだけではらわたが煮えくり返る。

 

 

…偽装、カモフラージュ?…なんでそんな技術が中世にあるんだ。わからない、クソッ!!

 

 

 先の無い手で地面をたたく。これほど、怒りを抱いたのは何時ぶりだろうか

 

 

「あら、だいぶご立腹みたいね」

 

「!」

 

「もう、なによ、そんな殺意たっぷりで見つめて。お姉さんたぎっちゃうじゃない、替えの下着あるかしら?きゃははッ!!」

 

「…ミラージュ、お前」

 

「…もう、可愛そうね、義肢が無くて起きれないみたいで。ほら、起こしてあげるわ」

 

「……ッ」

 

 そう言い、ミラージュは俺の首根っこを掴み、近くのコンテナのようなものに背をもたれさせる。

 

 背に感じるんぶい痛み、どうやら気を失ってる間によほどやられたようだ。

 

「……くっ」

 

「怪我、大変ね。まあ、あれだけ派手にやったし、報復は仕方ないわね。あっ、あたしは何もしてないからノーカンね」

 

「……ッ、あの子の、皮をかぶっただけでも、俺はお前を殺したいぐらいだ!」

 

「…ふふっ、物騒ね。シャルロット・ローランだっけ、随分と熱心ね。あなた、よっぽど財閥の令嬢に好かれやすいとか、生まれる場所間違えたわね。」

 

 そう、冗談めいてミラージュはぼやく。その言葉、短い一文に、ダリルの意識は急変する

 

「……待て、そうだシャルは…お前が、騙して……あの子は、どこだ!!!!」

 

「落ち着きなさいよ、そんなに慌てなくても……もう」

 

「あの子を、あの子を助けるために俺は「お兄さんッ!?」

 

「!!!?!?」

 

 甲高い声、確かにその声はまさしく

 

 あたりを照らす焼きつくような照明、光に照らされた方向に、確かにその姿はある。

 

 

 だが、その隣には

 

 

「…ミラージュ、報告の時刻と半刻ほど遅いが、弁明はあるか?」

 

「あら、これは申し訳ないわね、給料引いていいから、勘弁してよ……社長さん」

 

「!!」

 

…社長、つまりこいつが

 

 男はシャルを連れ、こちへと近づく。光の眩しさが薄れ、次第にその姿ははっきりと目に映る。

 

 

「お前が、アルベール・デュノア」

 

「初対面だったが、どうやら君は私を知っているみたいだね」

 

「!!…当たり前だ、お前は知らないかもしれないが、俺と、俺の大事な仲間がお前のくだらない考えでどんな目に遭ったか!」

 

「…ほう」

 

 感情荒げるダリル、しかし、アルベールはそれに呼応するわけでもなく、ただ冷ややかに、想かそっだたのかと、障りのない事と一蹴して見せる。

 

「くっ!」

 

「もう、お怒りの所悪いけど、それより話、進めないかしら」

 

「……ッ!?」

 

 ミラージュがダリルの服を掴み、無理やり膝立ちでアルベールの前に差し出す。

 

「…お兄さん!! やめて、お兄さんにひどいことしないで!!」

 

 そこに、拘束されたままのシャルが横入りする。うっとうしそうに、ミラージュは片手でシャルをそのまま抑え込む。

 

 その様子に、この男は

 

「なるほど、報告通りの入れ込みようか。しかし、母親があれなら、納得はいく」

 

「お前は、本当にこの子の父親なのか?……なら、何でこんなことを」

 

「お願い、止めて!!お兄さんにひどいことするなら、私は絶対あなたに従わないッ!!」

 

「……押さえろ」

 

 その短い一言で、周囲に待機していた男たちはダリルたちを抑え込む。

 

 ダリルだけは、その頭を掴まれ、地面に無理やりに押さえつけられる。

  

「…一つ、確かめる。君は、なぜこの子の味方であろうとする?」

 

「…理由、そんなの、お前には関係ない事だ!!…その子は、俺が本気で守る価値のある人間だ!!」

 

「ああ、そうだ。確かに、そうなのだな」

 

「!?」

 

「君はたいそう、この子と良くしていたようだが、それも終わりだ。シャルロット、手短に済まそう」

 

「手短にって、何を」

 

 

 

『ダァンッ!!!』

 

 

 

「……ッ!!?!?」

 

 頬を掠る銃弾。切り傷から伝生ぬるい感触は、まさしく自分の血だった。

 

 突然の銃声の前に、シャルは言葉を失う。後ろで気味悪く笑うミラージュの声が、やけに耳煩く響く。

 

 

「銃は得意ではないが、たまにはこういうシンプルな行為は必要だ。……シャル、これを助けたいなら、私と来なさい」

 

「……ッ」

 

「なに、悪いようにはしない。…君はただ、帰るべきところに戻るだけだ」

 

 

 アルベールは告げる。淡々と短く、命をはかりにかけた選択を提示する。

 

 よりにもよって実の娘にだ。この男は、

 

 

「お前、本気でこんなことを」

 

「あぁ、娘のためだ。親は何だってするさ」

 

「!!」

 

 聞いていられない。こいつの口から家族を云々語ることに、拒絶反応が起こる。

 

 度し難い、あっていいはずがないんだ。

 

 こんな男があの子の父親だなんて

 

 

「…なんで、あんたは現れた。…お前は!!シャルの前に出てくるべきじゃない!!」

 

「…そうだ、あなたは私の父親じゃない。お兄さんに手を出すなら、絶対許さない。舌を噛み切って死んででも、あんたなんかになびいたりしない!!!」

 

「……立場が、わかってないみたいだな」

 

「……ッ」

 

 ダリルの額に銃口を突き付ける。死への距離を詰められてなお、睨みを絶やさないダリルと、光景を前に蒼白になるシャル。

 

 足腰は震え、両横の拘束が無ければそのまま倒れ伏しそうなほどに竦んでいる。

 

 だが、それでもシャルはアルベールから目をそらさない。

 

 状況は絶体絶命、だが、それでもと。その心だけは抗おうとし続ける。理不尽に屈しない精神、少女が持つには少し勇ましいそれは、ただ一人の人間の為に

 

 しかし、そのわずかな抵抗の思惟さえも、この男は許さなかった。

 

「…そうか、それほどなのか。いや何、私もこんなに驚いたのは何年振りか……よもや」

 

「……なに?」

 

 

 

「驚いているんだ。よもやシャル、君は人殺しの人間を庇うとは

 

 

「…へっ?」

 

「……ッ!!」

 

 空気が冷える。シャルの目がまるでこの世のものではないものを見たような

 

「あれはな、人を殺したのだよ。過去に、そして今もだ。君を助けるために、私の部下を数人、EOSを用いて車ごと破壊した。中には爆発に巻き込まれて焼死したものもいる。他には…「止めろ!!」

 

 思わず、声を荒げてその言葉を遮る。だが、それは間違いだった。叫び声がこだまして、シャル目はアルベールから変わって俺に向けられている。怯えた目だ。今まで見たことのない、あまりにもか弱い姿だ。

 

 違う、そうじゃない、否定したいが、何をもって否定できる。

 

 敵であるから葬った、戦場の道理を、どうやって普通の人間に説明できる。自分はただ君の為に、精一杯やった。だから目をつぶれと、そう言いくるめるだけにしか過ぎない。

 

 

「何も言えない。そうだろう、何せ君は軍人だ。」

 

「…軍、人」

 

「そうだ、それでも君は庇うのかい」

 

「……でも、それは私を、お兄さんはただ!!」

 

「ただ、助けるために殺した。「違う!!」…違わないさ。しかし、それほど庇うのなら、さぞ彼は人たらしなのだろう」

 

 アルベールはただ正論を告げていく。シャルの受け取りたくない事実を一つ一つ、その会話で強引に自覚させる。

 

 むごい手だ。吐き気がするほどに悪意に満ちた仕打ちだ。

 

「おい、それ以上…がはっ」

 

「もう、今いい所なんだから……ちょっと黙っていなさい。ふふっ」

 

 押さえつけられた上に、その背中に女のブーツが背骨を踏みにじる。苦痛に悶え、声が上手く出ず、肺から辛うじて空気が出るだけだ。

 

「……しゃ、……る」

 

 そんな光景すらも、今のシャルには目に入らない。今、シャルは初めて、男に対し恐怖を抱いていた。言葉だけで、自分の心を容赦なくなぶってくる、初めて感じる圧迫感に、その呼吸すらかろうじての状態のようだ。

 

「ちが、う……お兄さんは、私に……貴方に何がわかるの?初めてなんだよ、優しくしてくれた、全部知って心の底から笑いあえた、そんな人。……お兄さんは悪くない、悪いのは貴方の方だ!!」

 

「あぁ、確かに私は悪人だ。しかし、私には大義がある。この国を背負う、社会の柱としての。…確かに、彼は善人なのだろう。だがね、あいにく私がどうこうせずとも彼はこの国の法律で裁かれる運命だ。外国人で、身元も不確か、ダリル・ローレンツはテロの容疑で確保されるだろう。そうなれば、死刑はまぬかれないな。」

 

「!?……そんな、そんなのって」

 

 心にひびが入る。だが、アルベールの言葉が終わらない。

 

 容赦なく、鋭い刃が傷を増やす。

 

 

「君が助けたいなら、私に何をするべきかわかるだろう。等価交換だ。私のもとに来い、君の母親が託したものを、私の為に使ってほしい。その対価に、私は彼を救済しよう」

 

 

「……お母さんの」

 

「あぁ、君の母、イリス・ローランが残した遺産だ。それを使えるのは娘である君だけだ。ただそれだけのこと、君が成すのはそれだけでいい。」

 

 

「………ッ」

 

 

 揺らぐ、ダリルの身柄を出しに、その上提示する条件は遥かに甘い菓子だ。

 

 折れかけて、傷にまみれた心では到底跳ね除けられない天からの糸、そんなものの前に、あの子は

 

 

「……めろ」

 

「…?」

 

「止めろ、アルベール……シャルも、騙されるな、こいつは悪人だ!!」

 

「!!」

 

 言葉に発破をかけられ、シャルの目に光が戻る。 

 

「シャル、俺に捉われるな。お前は、自分の人生だけを考えろ、その男に従う道が、お前の望む道なのか!!」

 

「……お兄、さん」

 

「…はは、なんともこれは痛いな」

 

「……ッ」

 

「確かに、君は私の悪行を知っている。私は確かに善人ではないよ、だがね、それでも、私はあの子を守れる立場なのだ」

 

「…守る?お前が、そんなことを」

 

「…守れるさ。現に、私が助けなければ、この子は君の背後にいる者に奪われているだろう。なにせ、イリス・ローランの娘で、デュノアの光景なのだ。その価値は世界的に見てどうだ?ISが趨勢を握る世で、これほど価値のある女性を、隣国や、遠くの他国ですら見逃さない。」

 

 

「……それは、どういう」

 

 

「わからないのかい?…シャル、あれはな、お前専用のISを生み出した。このフランスに初の、第三世代のISをすでに完成させていたのだ。」

 

 

「!!」

 

「…第三、世代…IS?」

 

 第三世代、それは今の世界におけるISの目標地点、専用の特殊兵装を持つそれは国を象徴するフラッグシップの意味合いを持つ。

 

 それに駆るのがシャル、デュノアの実の娘である。

 

 それは確かに、その言葉が真実なら

 

 

「…シャル、君が何を思うと、君には自由な世界はない。生まれもった血は、君の自由を妨げる。それも、意志に関係なく、私が何をせずとも、いつか君は狙われる立場だ」

 

「……そんなの、しら…」

 

「知らないとは言わせない。この世界は君を狙い続ける、そうなれば、被害が出るのは果たして君だけか」

 

「!?」

 

「おい、止めろ。これ以上はもういらないだろ!…あんたは、どこまで娘を……ッ!!!」

 

 

 

「お前を育てた祖父、生まれた故郷、何もかもを失う。それでも、まだ君はわからないと、ただ目を背けるつもりかな」

 

 

 

「……や、いやだ」

 

 

 

 心が折れる。

 

 

 

 希望があると、状況を脱せると願ってみた選択肢はいくつもあった。だが、そのすべては今アルベールの手で、絶たれた。

 

 

 

「……」

 

 

 希望はない。だから、その選択肢は、シャルにとって唯一取れる最善であった。」

 

 

「…従えば、いいの」

 

「!!」

 

「ごめん、お兄さん。…これが、たぶん正しいから」

 

 

 聞きたくない。明るく誰に対しても幸せそうに接する彼女の口から、よもやそんな言葉が出るなんて、認めたくない。そんな残酷な選択を、選ぶべきでない、わかっているはずなのに

 

 

「……ッ…ごめん、もう、無理だよ」

 

「ちがう、無理なんかじゃない。お前は、そんな簡単にあきらめて」

 

「…無理だよ。…ことは、簡単じゃない。」

 

「シャル!!」

 

「…薄々わかってたんだ。…こんな出自でむしろ今までよく、普通の暮らしができてたものだよ。だから、もう終わりだって思う。行くよ、お父さんのもとに」

 

「シャル!!行くな!!!そいつは、お前を!!!」

 

 ロクな目に合わない。人を何人も殺すことに、そいつはきっと一切のためらいを持たない。それはきっと、シャルだって感じ取っているはずだ。

 

 なのに、この子は俺に笑顔を向けている。無理やり作った表情、気が付けば、辺りを埋め尽くすように雨が降りしきる。濡れた髪がぐっしょりと張り付き、その顔は涙に溢れているかもわからない。

 

 いや、泣いている。なのに、おれはその涙をンぐってやることすらできない。シャルは、俺を庇うために、その苦渋の決断を飲んだのに、その辛さに俺は何もしてやれない。

 

 

「シャル、こんなこと……どうして」

 

「……ごめん、本当に、ごめんなさい」

 

「行くぞ」

 

「!!」

 

 短な一言で、男たちは動き出す。シャルを連れ、アルベールたちはダリルの元を去っていく。

 

 

「………ッ」

 

 去っていく、遠のく足音が雨音に消され、ダリルはただ成すすべもなく泥の味を噛みしめる。

 

 残酷な結末は、どうあがいても変えられない。

 

 

 

 

 

 

 

  ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 後悔は絶えない。けど、現実はどうしようもなく重くのしかかる。

 

「……ねえ、ダリルには」

 

「あぁ、手は出さないさ。かといって助ける義理もないが、放っておいても彼には何もできない。故に無問題だ。彼はもう、ただの観光で訪れた外国人で、君とは無縁の赤の他人だ」

 

「……そう」

 

 今は、その言葉にすがるしかない。

 

 不自由な自分に残された、それだけは唯一の自由の証だ。

 

 大好きな人を守った、それだけでも、この暗い世界に居場所を作れる。

 

 

「…でも」

 

 

 こんなに別れが残酷なら、せめてもっと思い出が欲しかった。

 

 

……やっぱり、いっしょに看るべきだったかな。イルミネーション

 

 

 町で、シャルは正直迷っていた。ダリルには言わなかったが、あの町で照らす灯には意味があった。遠く離れた丘で街の明かりを見下ろし、その町での幸せな日々が続くことを願いあう。

 

 町の灯を眺めること、それは家族の愛を確かめ合う意味があった。

 

 

 だから、別れることが辛いから、つながりを深めることを恐れた。

 

 

 でも、今はそれが間違いと気づく

 

 

 それだけじゃない、もっとやり残したことはある。

 

 一緒に踊って お酒もこっそり飲んで、もっと、いろんな思い出が欲しい。けれど、もう終わりだ。

 

 

「……初恋、だったのかな」

 

 失う辛さ、これほど重く苦しいなら。もう、忘れたほうがいいのだろう。

 

 けど、この痛みだけは、失いたくない。

 

 私が、私であることの証拠だから。

 

「……忘れない、きっと、お兄さんのことは、ずっと」

 

 

 

……バイバイ、お兄さん。お兄さんのこと、大好きだから

 

 

 

……大好きだから、もう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……私のことは、忘れてください

 

 

 




次回、第二章の最終話です。
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