獅子王は、自分のじっちゃんに頭を下げようとしている人間、より正確に言うならば、「刀の付喪に頭を下げさせられている人間」を見ていた。
「獅子王、もしやあれは刀の付喪のせいか?」
隣にいた頼政が、こっそりと獅子王に話しかけてきた。刀の付喪は持主本人には見えるし、付喪同士で会話も出来るが、基本的に持主以外の人間にその姿は見えない。
「ああ、見えるよじっちゃん。2つの付喪があいつの頭を押さえつけてるぜ!」
獅子王にはやや薄いが品の良い顔をして、狩衣を纏った太刀の付喪と、彫りの深い顔をして着物の胸元をはだけた粗野な印象を持つ太刀の付喪が、人間の男の頭を押さえつけているのが見えた。
男の名は、源左衛門少尉義平。又の名を悪源太義平という。
話はこの数日前に遡る。
先だっての六条河原での一戦。義平は同じ源氏の一門である頼政を『平家方へ二心を持ったもの』とみなして追い立ててしまったのだ。元々頼政にそのような意志は無く、義平がただ先走っただけだったのだが。
だが元々頼政は源氏ではあれ義平の居る藤原信頼側に従属しているわけでは無かったので、これでは本当に平家側に転んでしまうという訳であった。
「どうすんだ主君。」
「どうするのかい主。」
「五月蝿い!左右から同じことを言ってくるんじゃねえ!」
河内国にある武家屋敷の一室。若いというより幼さを少し残したくらいの直垂姿の武士が居た。どっかりと胡座をかいたそれを挟むように、刀の付喪が顔を覗きこんでいる。付喪たちの声にはやや呆れが混じっていた。
義平は河内源氏の棟梁、義朝の第一子であり、元服は済ませているが、実のところ二十歳にも満たない。血気盛んにして戦には恐ろしく強いが、その分短慮になる事もあった。
そして狩衣を纏った太刀の付喪は名を「石切」、粗野な印象を持つ太刀の名は「祖師野丸」と言う。このまだ若い主の愛刀であり、祖師野丸は兎も角、石切の方は普段そこまで主に意見はしない…が、今回は流石に度が過ぎた。
「だっ…頼政があんなところに紛らわしく居るから悪いんだよ!」
「…どうして俺たちより持ち主のほうが脳筋なんだぁ?」
「私たちはどこまで行っても鉄だから、筋肉が無い。」
「それだ!石切はこういう皮肉だけ口が回りやがる!」
「それは聞き捨て置けない。君は普段、私をどういうふうに見てるんだい。」
「五月蝿え。軍場では俺より頭に血が登りやすい癖によぉ。もっと皮肉といくさごと以外にも頭を回しやがれ。」
「あ?」
「お?」
「そもそも主に向かって脳筋とは何だ手前ら!」
堅気とは言いがたい目つきで付喪たちが睨み合っているのを横目に、義平が喚いた。付喪たちは睨み合いをやめ、義平に向き直る。
「だってよぉ、お父上サマの話をちらっと聞いて、難しくて分かんねえが、兎にも角にも頼政が敵に回るかもしれねえって話なんだろ?駄目で元々と詫びの一つでも入れてみたらどうだ。」
「敵に回るのが決していたとしても、上手く行けば首を取る良い機会になるかもね。」
「おー石切、すました顔でとんでもねぇ事吐くな。」
「とーにーかーく!河内源氏は舐められたらお終いなの!惣領家の義朝が一子が、わざわざ頭を下げに行くとか無えだろ!」
「無いのなら第一号になればいいんじゃないかな。」
「嬉しくねーよ!大体、ごめんねで済んだら検非違使は要らねえだろ!」
「それは河内源氏が言っていいのかい?」
「良いんじゃね?知らねえけど。」
会話が堂々巡りでどうも収集がつかない。このようなやりとりをもう二刻程続けた後、漸く石切が「向こう側の立場をはっきりさせるためでもあるんだよ?むしろこれで許すことがあれば、器が大きく見えるんじゃないかな!」となだめすかして、冒頭に続くわけであった。
頼政は、この若武者と一対一で話がしたいと周囲の侍従を下がらせた。義平が通り一遍の口上をした時点で、はたと頼政は『何者かがこの若武者に助言をした』可能性に思い当たったわけで、実際それは当たっていたのだった。
獅子王から聞くに、付喪たちが主に頭を下げさせているとの事だが、それが齢五十をとうに越した老獪な武者にはどうも面白くて仕方がなかった。付喪を御せていないと言うべきか、それとも付喪に慕われていると言うべきか。
獅子王はじっちゃんに了解を取って、そろりそろりと義平の刀の付喪たちに近寄った。
「なあ、大変そうだし手伝ってやろうか?」
石切と祖師野丸は目をぱちくりとさせた。向こう側から話しかけられるとは思っていなかったのだ。頼政の刀の付喪と思しき者は、金色の目を爛々と輝かせながらこちらを見ていた。義平と頼政は何度か顔を合わせた機会があるが、この刀と会うのは初めてであった。
「俺の名は獅子王!頼政じっちゃんの刀だぜ!へへ。」
獅子王は鼻の下を指で擦りながら、誇らしげに自己紹介した。名乗られたからには、名乗らねばなるまい。
「私は源義平が佩刀、石切という。そしてこの露出度の高い方が祖師野丸。」
「五月蝿え、きちんと着るのが堅っ苦しくて嫌いなんだよ。祖師野丸、太刀だ。」
「おおー、業物かぁ。胸板触ってもいいか?」
「あっはっは、構わねえよ?」
義平は付喪から開放されたはいいが、その付喪たちは義平を忘れて自分には見えない何か(恐らく頼政の刀の付喪だろうが)と戯れている。頼政の屋敷内なので抑えてはいるが、羞恥やら僅かな寂寥感やら何やらで、顔は真っ赤になっていた。
対する頼政は獅子王がなにやら楽しそう(恐らく義平の刀の付喪だろうが)にしている上に、義平の表情を見るのが面白くて仕方がない。だがこのままでは拉致があかないし、義平の要件も大方理解できた。
「左衛門少尉殿、儂は弓引かれたことに憤るつもりもないのだ。」
「左様か。寛大な事に感謝する。」
「だが、まあ…。」
頼政は髭を蓄えた顎を撫でながら、それでもどこか冷静な目で言葉を続ける。
「いずれはっきりとさせておく事だ。この頼政は平家方に付かせて貰おう。」
一瞬で空気が凍りつく。付喪たちは一足飛びに離れ、睨み合った。
「貴様…源氏としての誇りはないのか!」
「侮るな小僧。儂は元々信頼に従属していた訳ではないぞ?」
「ならば貴様の首、ここで掻き取ってやろうか。」
義平は外して右側に置いていた石切を手に取り、構えた。
「首を獲ったところで捕らえられては元も子もあるまい。色々とやりかたは有るのだぞ?例えば…『義平も頼政と共に平家方へ寝返った』と噂を流す、などとな。」
「そんなもの、誰が信じるか!」
「青いのう。軍場では流言飛語ほど恐ろしい物はないぞ。誇りを傷つけられたくなければ大人しく去ることが身のためだ。」
「…糞っ!」
刀たちをかき集めるように手に取り、義平は「失礼する!」と告げると、どすどすという足音とともに奥へ向かった。憤っている主の肩を軽く叩きながら、付喪たちは敵となった頼政たちの方に向かって呟く。
「まあいいじゃないか。これで心置きなく敵とみなせるんだ。」
「ま、次に戦場で遭うときには、その首貰い受けるからなぁ。」
義平の刀の付喪たちの殺気に溢れた視線に、獅子王は真っ直ぐ向き合って答える。
「やってみろよ。俺もじっちゃんも強いぜ?」
義平と付喪たちは、部屋の奥に消えていった。
刀はつらいよ 了