雷鳴残響   作:荒市

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その誇りは何処にあるや

 ここは神在月の出雲の大社。日ノ本全国から神々が集まり、酒を酌み交わしながら人々の縁結びを行う場所でも有る。そこは始祖とも言うべき強い力を持つ神から末席の者までありとあらゆる神々で賑わっていた。縁結びはまだ始まっていないはずだが、既にあちらこちらから酒の臭がする。

 祖師野丸がこの場に居るのは祭神の気まぐれとも言うべきだった。何しろ祖師野丸が奉納されている祖師野天満宮は宇佐神宮の分社である鶴岡八幡宮の更に分社。神は出雲行きの時、自らの神宝の付喪をいくつか一緒に連れて行く事が多いが、自分は祭神のものとはいえ、どうしても優先されるのは本社の方になってしまう。たまたま、数百年ぶりに分社の分社に祖師野丸が居るという事を思い出され、伴をしないかと言われたのが少し前のこと。気分転換にはいいかもしれないと思い、祭神の三柱のうち一柱…神功皇后に連れ立ってこの場に居るのだった。

 此度は出雲に初めて来る付喪たちばかりらしく、皆そわそわしながら周辺を見渡していた。そして祖師野丸が見覚えのある後ろ姿を見つけたのがつい先程のこと。

(衣もなにもかも変わっているが、ありゃあ石切の奴じゃあ無いのか!?あいつも御神刀になってたのか!)

 祖師野丸はその後姿に慌てて駆け寄った。「石切!石切じゃないか!」

 

 だが帰ってきたのは怪訝な目と、穏やかな笑顔。そして「どちら様かな?」という言葉だった。

「…どういう事だぁ?お前は確かに石切…。」

「そこなお方、こちらは石切丸に御座いますよ?人違い…ならぬ刀違いでは?」

 

 見れば、小刀の付喪と思しき小柄な付喪が石切の横に立っていた。口調は軽いが、何故か眼光は敵愾心に溢れている。酷く、いけすかない。だが、祖師野丸はなにか踏み込ませまいとする意志を感じた。

 そうこうしていると、石切の現在の主と思しき祭神がこちらに向かってきた。

「如何なされましたか。」

 口調は穏やかで。物腰も品の良さが見える。だが、恐ろしいまでの神としての格の違いを感じた。これは自分の祭神とはまるきり格が違う存在だ、と。恐れおののく事は無いが、正面から戦っても勝ち目がない。

「真に失礼を致した。某は…」とりあえず自己紹介をしようとしたところで猛烈な力で後ろから頭を叩かれ、祖師野丸は意識を失った。

 

 

 目を覚ますと、周囲に石切やその主らしき姿はなく、目の前には自分の今の主が居た。

「あれしきで気を失うとは思わなかったぞ!想い人と試合った気配もない!詰まらぬぞ!」

 神功皇后は女ではあるが、鎧をつけた勇ましい姿の戦神である。その馬鹿力で叩かれたのだから、ちっぽけな付喪神の自分など霧散しなかったのが不思議なほどだ。神功皇后が祖師野丸に向かってずずいっと顔を近づける。甲冑の金臭さと紅と白粉の臭がした。

「さて、あの神代に連なる饒速日尊の持ち物に声をかけるとはその胆力は認めてやろうぞ!」

 こちらが何も話さなくても勝手にあれこれ話が進む。神というものは総じてマイペースなのだ。

「いや、まず想い人とは何の事だ…事でしょうか。」

「自己の主の存在を忘れるまでに思い惹かれる存在!羨ましいぞ。」

「ただの元同僚ですよ。」

「ううん!あの地に一つ、眼の奥にギラギラと燻った光を宿した刀が一振り!有れのことだな!」

 (駄目だこの神聞いちゃいねえ。)

 妊娠中なのに腹を物理的に括って出陣したほどの戦の女神には、戦い合う程に強い感情は無いとでも言いたいのか。

(いや別に石切と戦いたい訳じゃないんだけどよ。…燻った光?)

「一振り、そういう刀が居ましたか。」

「応とも。あれが和を以て貴しとなすような神のもとに居るのは、些かもったいないとも思うがな!あれがそなたの朋輩であった石切とやらであろう?」

 (どうしてこの神はそういうところだけしっかりと聞いてるんだ。)

「まあ、恐らくは。刀違いかもしれませんがね。」

「記憶など、あやふやなものよ!書き換えなど容易い。神など人々がそうあれと望まれれば、そうなってしまうものだ!我も何れは軍神ではなく恋愛や商売繁盛の神にでもなっておるやもしれぬなぁ。」

 (それはないだろう。)

 

「だが覚えておけ。」

 急に目の前の神の雰囲気が変わる。狂喜の様相だったものが、急に畏怖するべき神のそれに変じた。知らず祖師野丸の背筋が伸びる。

 「世は時が進むごとに、僅か僅かにだが戦以外のやり方というものを覚えて来ている。何れ表立った戦が見当たらない時代が来るやもしれぬ。和の時代だ。それは人々にとって歓迎すべきだろう。

 だが人の本質は闘争だ。諍いだ。人はどこかで争わずには居れぬ。そしてその戦いが無ければ誇りを保てぬ性の者というのも有るのだ。」

「…誇り。」

「誇り無くして自らとして生きること能わず。鳥なら飛んでみせよ。魚なら泳いでみせよ。人ならば足掻いてみせよ。刀は何として自らの誇りを顕す。祖師野丸、貴様はどうだ。」

「わが誇りは源義平が佩刀にして狒々を退治せしめた村の守り刀なれば。」

「ならばよし!」

 背中を強く叩かれる。恐らく先程より手加減はしているのだろう。だが元の力が強いのでむせてしまう。げほげほと咳き込みながら、祖師野丸は今の石切の心を、探りあぐねているのだった。

 

その誇りは何処にあるや 了




参考文献等
・J-TEXTS 日本文学電子図書館(http://j-texts.com/index.html)より平治物語「(底本)校註 日本文学大系」
・デンボの神さん いしきり/木積 一仁氏 著(昭和48年4月20日,六月社書房)
・東大阪神社明細帳 : 第六十二回神宮式年遷宮奉祝記念/東大阪神社明細帳製作委員会編纂(平成25年10月,東大阪神社明細帳製作委員会)
・ウィキペディア フリー百科事典(http://ja.wikipedia.org/wiki/)
・枚岡市史/枚岡市(昭和41年,枚岡市)
・大阪府誌. 第5編 名勝,旧蹟/大阪府(明治36年4月,大阪府)
・河内石切剣箭命神社由来/渡辺霞亭 著(大正15年/石切劔箭神社)
・石切劔箭神社公式HP(http://www.ishikiri.or.jp/)
・刀剣乱舞ONLINE(とうらぶ) Wiki*(http://wikiwiki.jp/toulove/)
・【絵解き】戦国武士の合戦心得/東郷隆 著(平成16年10月15日、講談社)


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