『完結』ラウンドテーブル ~世界を救うはずだった勇者パーティの尻ぬぐいをすることになった~   作:やーなん

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その女は、白百合のようだと例えられる。
その右手を振れば人々は希望を見出し、左手の剣を振れば敵は絶望する。




Yの目

 

 

 俺は何度も逆行をしているので、前置きは省こう。

 

 俺は姫様のお付きになった。ここまでは前と一緒だ。

 そしてすぐにソフィア殿と接触した。

 

 

「私からすればこれは三度目だ」

 彼女はそう俺に教えてくれた。

 

「なあ、お前は一通り経験したんだろう? 

 教えて欲しい、これからどうなるのか知っているのか?」

「あなたにとっての前回の俺が教えていないのなら、俺は教えられない。

 それがお互いにとって都合がいいはずだ」

「ふん、そうかい」

 俺と彼女の会話は、その程度で終了した。

 

 どうにも彼女から隔意を感じたのだ。

 

 

 さて、三度目の姫様の様子であるが、俺はまだまだ彼女と言う存在を知らなかったのだと思い知る。

 

「アラン、匿って下さい」

 お付として手持ち無沙汰だった俺はメイドたちの手伝いでリネン室に洗ったばかりのシーツを運んでいたときだった。

 突如姫様が現われ、俺が持ってきたシーツの山の中に隠れ潜んだのだ。

 

 その直後に彼女の家庭教師の先生が姫様を探しに来たことで、大体の事情を察した。

 

「姫様なら一階の方に走っておいででしたよ」

 と、俺は嘘を吐いて姫様を庇った。

 

 

「ありがとうございます、アラン」

 家庭教師をやり過ごすと、もそもそ、とシーツの中から姫様は這い出てきた。

 とても姫様とは思えない格好である。

 

「姫様の為ですから」

「ならばお父上にお伝えください。

 もっと剣術の稽古を増やして欲しい、と。

 私にお勉強は性に会いません」

「仰せのままに」

 俺は恭しく一礼をすると、姫様は何を思ったのか、シーツの中へと再び身を投げた。

 そして何をするでもなく、大の字で目を閉じた。

 

「……勉強、お嫌いなのですか?」

「ええ、そうですね。こうして逃げ出してしまうくらいには」

 前回、五度目のときはこの程度の会話すらも出来ない多忙さだった姫様だったが、あの時は相当な無理をしていたんだろうな、と思った。

 

 

「姫様」

「なんですか?」

「父上に稽古を増やすよう言うのは承りました。

 その代わりと言っては何ですが、少しだけお願いがあります」

 姫様は目を開け、俺を見た。

 その無言の視線が続きを促す。

 

「この私めと、手合わせ願いたい」

「アランと? それくらい構いませんけど、どうして?」

「恥ずかしながら、私は父上に見出され、父上の名に恥じぬ息子で居ようと努力してまいりました。

 ですが、その為にはとても目障りな相手が居たのです。

 それは私より以前から父上の薫陶を受け、その奥義すら授けた赤の他人が居たからです」

 姫様の唇は笑みを形作った。

 それは誇らしさから来る優越感に違いなかった。

 

「姫様、あなたの強さはそれこそ私が花屋の息子だった頃から憧れてまいりました。

 ですが、今となってはその腕に嫉妬するばかりでございます。

 どうかこの私めに、身の程を教えて頂きたい」

 俺は五度目の姫様の太刀筋を拝見したことがある。

 

 見惚れてしまった。背筋が凍った。天才だと思った。

 彼女の強さとは別の、輝きを見たのだ。

 

 

「いいですよ」

 姫様は頷いた。

 

「ただし、こういうのはどうでしょう? 

 勝った方が負かした方のいう事を聞く、というのは」

「えッ!?」

 この「えッ」は、予期せぬ幸運に歓喜したからではなく、避けられない不運や理不尽に直面した時の「えッ」である。

 決して俺は姫様に邪な感情を抱いたわけではない、と断言させてもらう。

 女神の聖像に性的欲求を抱く人間が稀なのと同じである。

 俺にとって姫様とは聖像のごとき存在なのだ。

 つまり姫様は無機物……あれ、俺は何を言っているんだ。

 

 

 さて、その日から俺と姫様は共犯……否、同盟を組んだ。

 

 俺は姫様が授業やお稽古から逃げ出す手伝いをする。

 時々俺は彼女を見つけ出し、教師達の前に引きずり出して彼らの信用を得るのだ。

 無論、これが姫様と示し合わせたゆえの行動であることは明白である。

 

 そうすることで恒常的に逃げ道を確保することが出来るのだ。

 俺も俺で思惑があるので彼女に協力することにした。

 

 ソフィア殿を巻き込もうとも思ったが、どうにも彼女は俺と姫様を避けているように思えた。

 前回、即ち二度目で彼女がどうなったか思えば当然なのだが、それでは彼女の発言と矛盾が発生する。

 俺はわけが分からなかったが、とりあえず保留とした。

 所詮、彼女は第三者に過ぎないのだから。

 

 

「この辺の本、あまり面白くないわね」

 今日、姫様は図書室の中へと来ていた。

 当然ながら、習い事をサボっての行動である。

 俺は何をしようと基本的に彼女を咎めないと姫様は知ると、お付としての使用頻度はソフィア殿と逆転した。

 彼女はあの性格なので、失礼にならない程度には嫌味を言っていたらしいのだ。

 まあ、あとで彼女も姫様と一緒に叱られるので仕方がないのだが。

 

「つまらない」

 そう言って、姫様は本棚から本を引っ張り出しては積み上げていく。

 俺の仕事はそれを元の位置に戻すというものだ。

 なるべく彼女の居た痕跡を消そうと言う努力である。

 

 そうして分かったことだが、姫様はあんまり小難しい本を好まない様子だった。

 年頃の女性が好きそうな恋愛小説だとか、そういうのをお気に召さない。

 最終的に落ち着いたのは、童話の本棚だった。

 

 童話と言っても、挿絵の方が主となる児童向けの物ばかりだったが。

 

「童話がお好きなのですか?」

「ええ、小難しいことを考えるまでも無く、終わるから」

 そして彼女は新たな本を広げ、読み終えると顔を顰めて俺に頼むでもなく本棚に戻した。

 

 気になった俺は、戻されたばかりのそれを手にとって見た。

 タイトルは、『仲良し姉弟』。

 そこまで厚さは無く、十数ページの代物だった。

 

 

 内容は以下のとおりだった。

 

 昔々あるところに、仲良しの姉と弟が住んでいました。

 お父さんとお母さんは居ませんでした。

 だから姉はたいへんでしたが、がんばって働いています。

 手にはいっぱいのあかぎればかりで、弟はいつも姉を不憫に思っていました。

 

 姉のおかげですくすく育った弟はある時思い立ちます。

「僕も働いて、姉さんに楽をさせてあげよう!!」

 姉はまだそんなことしなくていい、と弟を止めましたが、彼はそれを聞かずに家を飛び出しました。

 

 弟は町中を駆け回り、仕事を探しました。

 ですが、いくら頑張っても仕事にありつけませんでした。

 仕方なく、弟は友達のパン屋に仕事を欲しいと告げました。

 

 友達を頼るのはあまり気が進みませんが、仕方ありませんでした。

 しかし、友達は弟の顔を見たとたん、戸を閉めてしまいました。

 

「悪いけど、お前を雇うなってお前の姉さんから言われてんだ」

 そういった友達の言葉に、弟はハッとしました。

 彼は引き返し、今まで当たった職場に向かいました。

 

 彼の想像通り、その全ての職場に姉の息がかかっていたのです。

 憤慨した弟は家に戻り、姉を問い詰めようとしました。

 

「お帰りなさい」

 家に帰ってきた弟に、姉は優しくそう言いました。

 

 弟は言いました、なぜ僕の邪魔をするんだ、と。

 不平不満をぶつける弟は、はたと気づきました。

 

 姉が見たことも無い笑顔を浮かべていたからです。

 姉は言いました。

 

「あなたが自立するなんて許さない」

 姉は鉈を振り上げると、弟に振り下ろしました。

 弟は悲鳴を上げました。

 いたい、いたいよ、とのた打ち回りました。

 それは弟の手足が使い物にならなくなるまで続きました。

 

「ずっと、ずっと、仲良く暮らしましょうね」

 ふたりはそれからもずっと、仲良く暮らしましたとさ。

 

 めでたしめでたし。

 

 

 

 俺はその内容に絶句した。

 ファンシーな絵柄で彩られた猟奇的な姉の一方的な愛情に、言葉も無かったのだ。

 

 作者の悪意すら透けて見えるその内容に、姫様はこちらを見てこういった。

 

「酷い話でしょう?」

 姫様が顔を顰めたのが納得の一冊だった。

 

「だけど、私はその姉の行動が分からなくも無いのです」

「そうなのですか?」

 正直な所、俺には理解できない類の代物だ。

 

「大切な弟を独占して置きたい。

 自分の手から離れてしまうと、どこか遠くにいってしまうようで。

 つまり、姉は寂しさを味わいたくなかったのですよ。たとえ、弟を傷つけてしまっても」

「ですがそれはきっと、罪ですよ」

「ええ、きっとそうですね」

 自分の悲劇から目を逸らしたイリーナ殿は、神罰に値するとアンズ様は言った。

 ならばこの姉も、行動の善悪を別として罪なのだろう。

 

 俺はアンズ様を通して知った。

 罪と罰は、善悪とは関係ないのだと。

 

 そして死や苦痛、世界の破滅すら──ーシステムでしかないのだと。

 

 

 

 俺と姫様の試合の結果はいうまでもない。

 俺は都合八度目の逆行で、それぞれ修羅場をくぐってきた。

 

 姫様は三度の逆行で、俺の強さを軽々と凌駕したのだ。

 俺がイリーナ殿と張り合えたのは、ひとえに彼女が盾職(ガードナー)だったからだ。

 

 技量と手数を上回る天才相手に、敵うはずもなかったのだ。

 それこそ、描写不要と断ぜるまでに。

 

 だが、今回重視するのは姫様の強さでもなく、その人柄や性格である。

 決して完膚なきまで叩きのめされた情けなさから詳細を記さないわけではない。ないったら無いのだ。

 

 

「それで、一体どのようなご用命ですか、女王様」

 俺は姫様の呼び出しを受けて慇懃無礼にそう申し上げた。

 

「別に無理なことを頼もうとは思っていませんよ」

 警戒心を露にする俺に、姫様はくすくすと笑う。

 そしてすぐに真剣な表情になる。

 

「実は私、アランのことはこうして側付になる以前から知っていたのです」

「え?」

「実は城下町に、私にはステラというお友達が居るのです。

 彼女からあなたのことは聞いていたのですよ」

 それから姫様はいくつかの俺の幼い頃のエピソードを披露した。

 俺は即座に羞恥で全身が沸騰しそうになった。

 

「や、止めてください!!」

「それでですね、お願いと言うのは他でもありません。

 実は先日、彼女と喧嘩してしまったのです」

「喧嘩、と申しますと?」

「他愛のない口喧嘩です。

 やれ王族のクセに、やれ庶民のクセに……そういった言葉の応酬です」

 となると、やはりステラはそのようなことを姫様と言い合える間柄なだろう。

 気まずそうな彼女の表情を見ながら、俺は数秒考えた。

 

「なぜ、自分なのですか。

 別にソフィア殿でも構わないでしょう。

 むしろ、女性同士の喧嘩なら、女性に間に入った方がよろしいのではないのですか?」

「彼女にも頼めないからこうして貴方に頼っているのです」

 それに、彼女に関しては貴方に頼んだ方が良い」

「……」

 姫様はすがるように俺を見てくる。

 

 

「わかりました。他でもない姫様の頼みです。

 ですが、なぜソフィア殿に頼れないのですか。それだけははっきりしてください。

 ステラに謝るにも彼女の警護は必須ですので」

 俺がそう言うと、姫様は俯いてから口をもごもごとさせて何度か躊躇ったが、意を決して顔を上げ、こう言った。

 

「ソフィアはステラの味方をしているからです」

「はい?」

「私より彼女の意見が正しいと支持しているのですよ」

「……」

 思いのほかくだらない理由だった。

 考えてみれば姫様が誰かと喧嘩するにもソフィア殿は必ず同行する。

 必然的に彼女の前で論争することになるわけだ。

 

 つまり、姫様は完全に中立な使者が欲しかったのだろう。

 

 俺は何となく二人の喧嘩の内容は姫様の願いに関わる重要な事柄が関わっているのではないのか、などと思っていたのだが、知るのも面倒そうな話っぽいのでため息を吐いた。

 

 

 俺はこの時、その喧嘩とやらが姫様の願いの根幹に等しいものであり、以後三度に渡る彼女の人生及び逆行に関わる凄まじく重要な事柄だったことを知るのは、かなり先の話である。

 俺は年頃の女性と言う未知で不可解な生物のことを、きっとどこかで甘く見ていたのだろう。

 

 なにせ、

 

 

「姫様!! 」

「ステラ……!! 

 ほんの数分話し合っただけで、涙を流しながら抱き合う二人。

 

 そんな二人を、俺とソフィア殿は呆れ果てた目で遠巻きに見ていたのだ。

 この時点で、俺はこの二人の喧嘩の内容などという事柄を考えたくも無くなっていたのである。

 

「二人は一体どんな下らない喧嘩をしていたんですか?」

「よくある庶民と高貴な人間のすれ違いみたいなもんだ」

 加えて、ソフィア殿もそんな軽く言う物だから、俺はなるべく考えないようにしたのだ。

 冒険者時代から、護衛というのはあまり対象のプライベートに入り込まないのがベストと深く教訓に刻み込まれていたからである。

 

 

 

 

 

 さて、俺も十五歳となり、例によって例の如く選抜試験を受けた。

 叙任式に出席された姫様に騎士位を賜り、俺は騎士となる。

 ただ、式の最中は一度も姫様とイリーナ殿が視線すらあわせなかったのは気になった。

 

 親衛隊に配属された俺の初任務だが、さすがに使いっ走りではなかった。

 だが、ある意味では使いっ走りの方がマシであった。

 

 

「ここが、未探査区域が発見された遺跡ですね」

「……はい」

 俺とソフィア殿は姫様のお供として付き添っていた。

 

 俺達が何をやっているのかというと、それは冒険者ごっことしか言えまい。

 それもこれも、自分の剣術を実戦で試したいと仰る姫君の発端である。

 

 無論ながら、一個中隊ほどの護衛が付き添う筈だったのだが、姫様はこれを拒否。

 俺とソフィア殿だけで十分だと言い、文句があるなら自分を負かしてから言えと親衛隊相手に啖呵をきったのだ。

 

「さあ、参りましょう!!」

「えッ」

 姫様はろくに準備もせずに、遺跡の中に入って行った。

 当然ながら、中には危険な仕掛けや罠がたくさんある。

 

 それらの情報も無しに突撃するなんて無謀極まる。

 最低限の備えはしてあるが、それだけである。

 

 そして俺達の中にはスカウト技能持ちは居なかった……。

 

 

「うん? この床、沈みましたのかしら?」

「姫様!! 前から大岩が!!」

「仕方がありません、叩き切りましょう」

 姫様は正面から転がってきた大岩を斬り捨てた。

 

「うん? 今何か足に引っかかりましたか?」

「警報の罠です!! すぐに魔物が集まってきます!!」

「仕方がありません、叩き切りましょう」

 俺達は鳴り響く警報の中、次々湧いて出てくる魔物を何十体も斬り捨てた。

 

「おや、これは何でしょう」

「恐らく、侵入者に対する謎掛けでしょう。

 この先にある宝を得るにふさわしいか試しているのです」

「仕方がありません、叩き切りましょう」

「えッ」

 姫様は壁ごと謎掛け部屋を破壊し、奥の宝を入手した。

 

「おや、強そうな魔物の気配が」

「この遺跡のボスでしょう。

 アレは恐らくトロールキング……強い再生能力を持つ魔物。

 しかし困りました、やつに物理攻撃は効きづらい……」

「仕方ありません、死ぬまで叩き切りましょう」

「えぇ……」

 文字通り、ボスの再生能力が尽きるまで延々と相手を切り続けた姫様だった。

 

 

 

「はぁ……」

「慣れるしかないぞ」

 ソフィア殿は達観した様子で俺の肩を叩いた。

 

 そんなこんなの波乱万丈な遺跡探査は終了し、俺達は夜営を行っていた。

 

 

「こうして炎を囲んで食事を取るのは良いものですね。

 思うに、お城の皆はこういったことしないから頭が固くなるんだと思うの。

 それともスープにつけて柔らかくするべきかしら、この硬いパンみたいに。

 このパン、硬いなら硬いで最初から切り分けて売ればいいと思うのだけれど」

 焚き火を囲んだ俺達はだったが、姫様のテンションは高く変な話をしていた。

 

「姫様、何ゆえに冒険者の真似事をなさろうとしたのですか?」

 俺はあえて姫様の話を遮って、そう言った。

 すると、姫様は少し寂しそうな表情になった。

 

「私達三人がこうして顔を合わせる機会があまり無いからですよ」

「それは、どういうことでしょうか」

「私はもう眠ります。ごめんなさい」

 そう言って、姫様は寝巻きに入ってしまった。

 

 彼女の寝息が聞こえた頃、俺はソフィア殿に尋ねた。

 

「ソフィア殿、姫様のお言葉は一体?」

「正式に姫様の婚約が決定したのだよ」

 相手は誰かは知らないがね、とソフィア殿は言った。

 

「『これは、姫様最後のワガママだ』」

 そう呟く彼女の心境はいったいどのような物なのか。

 

 俺には分からなかった。

 

 

 それから数日は、なぜか童心に返るような思いだった。

 姫様の悔いにならないように、俺は付き従った。

 彼女の無軌道な歩みは、どこか子供の頃の懐かしさを感じたのだ。

 

 そして、それも終わる日もやってきた。

 

 

「姫様」

 やってきたのは、部下を引き連れたイリーナ殿だった。

 今回の姫様の行動は、親衛隊を動かさないことになっていたので、それ自体は不思議ではなかった。

 

「ウェズーリ卿が戦死なされました」

 それを耳にした姫様は目を剥いた。

 

「あの勇猛なウェズーリ卿が!? なぜ!!」

「今、散発的な魔物の集団的な襲撃が各地に起こっています。

 各国の首脳陣はこれに首謀者が居ると判断し、連携してことに当たることが決まりました」

 イリーナ殿は淡々とことを進めようと言葉を紡ぐ。

 

「どうか、このような戯れは終わりして、城にお戻りください」

「……わかりました。

 あなた、少し向こうで話しがあります。少しでいいのでこちらに来てください」

「……わかりました」

 姫様はイリーナ殿にそう言うと、少し離れた場所へと向かい、何事かを言い合っていた。

 

 それは待ち合わせ場所を決めているように思えた。

 きっと、前回の行き違いを清算する為の邂逅の為だろう、と俺は思った。

 

 

「では、いきましょうか」

 姫様はこちらに戻ってくると、イリーナ殿の部下達に守られ、城へと戻っていく。

 

「お前も大変だったな、アラン。

 姫様のお守りをする羽目になるとは」

「いいえ、これも仕事ですから」

 そんなイリーナ殿との取り留めのない会話で、ちょっとした疑問も浮かんだが、それは後でアンズ様に確かめることとしよう。

 

 

 それ以降、俺は姫様と私的に会う機会を完全に失うこととなる。

 以後、彼女は連合軍の旗本として、後方待機のお飾りとなる。

 彼女は味方の慰撫に務め、士気を保つ源となって多大な貢献をした。

 

 最終的に彼女以外の上官が死に、直接指揮を執り戦うことを余儀なくされる。

 激闘の五年の果てに、彼女及び仲間三人は魔王に敗北した。

 

 そしてそれはこれから二度に渡る、彼女たちの試練と苦難に満ちた人生の序曲と成ったのだ。

 

 

 

 

 ……

 …………

 …………

 

 

 

「お帰りなさい」

 魔王戦の最中、魔王の放った魔法の余波で息絶えた俺はアンズ様の下へと戻ってきた。

 と、言う事になっているが、俺の時間の感覚は姫様の最後の我がままが終わった直後である。

 それ以降はダイジェストでことが進んだように思えた。

 

 死んだという感覚も薄い。

 もしかしたら、アンズ様はあの邪悪の女神に言われたことを気にしているのかもしれない。

 

 

「イリーナ殿、あの後お二人は和解されたのですか?」

「ああ、真夜中に会合を設け、お互いの悔恨を清算した。

 三度目からだよ、我々が本格的に魔王の脅威に対抗しだしたのは」

 イリーナ殿はどこか複雑そうな表情で、姫様の遺体を見ていた。

 

 

「アラン、今度で分かったと思うが、姫様は──ー」

 イリーナ殿は息を吸い、

 

「考え無しの大馬鹿だ!!」

 大声でいった。

 

「…………」

 俺は痛ましい何かから目を逸らすように、視線が虚空を彷徨った。

 

「そもそも、我々四人のうち他の三人は皆そうだ。

 細かい作戦などを考えるのはいつも私で、他の連中はごり押しで何かを解決しようとするアホばかりだった……」

「……」

「姫様のクーデターの根回しは、名義を借りた私が殆ど行ったようなものだ。

 父上のコネで方々への協力を取り付け、ソフィア殿にも内緒で彼女の父上である宰相殿にも話をつけたのも私だった」

 まさかあのクーデターの立役者がイリーナ殿だったとは……。

 

「残念だったな、アラン。

 これで姫様の勇姿は見納めだ。

 四度目にソフィア殿の記憶がないと言うことはそうなのだろう」

 そう捲し立てるイリーナ殿はどこか、姫様のお守りから解放された故の開放感で満ちているようだった。

 俺とイリーナ殿の視線が合う。

 この時お互いに、俺と彼女は通じ合ったのだ。

 

 この奇妙な戦友同士は、奇妙な仲間意識を共有したのである。

 

 

「なにか、アドバイスはありますか?」

「何か思い付きで行動したとき、ああこの人は何も考えていないんだな、と思えばいい」

 それは達観の境地だった。

 

 

「ところで、アンズ様にお聞きしたいのですが」

「なんでしょうか?」

「俺はイリーナ殿と同様の世界におくりこまれていると思っているのですが、イリーナ殿の為に戻った時の名残が姫様の為に戻った時にも見えました。

 一体どういう風になっているのでしょうか?」

 つまり、立場が違う過去に戻る俺の為に、二人の共有している認識に矛盾が生じているのではないのか、という疑問である。

 

「ふむ、良い質問ですね」

 アンズ様は深々と何度も頷いた。

 

 

「私の生まれ故郷で最も勢力があった神はまだ何もない世界に、光あれと言ったらそうなったそうです」

「はあ、こちらの光の神みたいですね」

「『あなたの疑問は存在しません。そうなりました』」

「……えッ!?」

「そう言う細かい上にどうでもいい疑問を抱く必要はありません。

 まあ、神様特権って奴ですね。何のために替えのきく立ち位置にしていると思っているんですか」

 俺の疑問は陳腐化され、思考の隅へと消えた。

 正直それってずるいと思う。

 

「それで、彼女の願いは分かりましたか?」

「……もっと自由に生きたい、とかでしょうか?」

「設問は、彼女が最初に私に何を願ったか、ですよ。

 あなたの答えは調理前ではなく完成品の料理を見て料理の名前を当てようとしている」

「????」

「まあ、自ずとわかることでしょう。そのようにしているし。

 さて、次へと送り出しますよ」

 俺の意識が沈んでいく。

 

 

 さあ、行こうか。

 これまでは姫様の光を見てきた。

 

 これからは、彼女の心に住まう闇を覗きに行くのだ。

 

 

 からんからん、とサイコロが転がる音がする。

 

 




『前回でも女神は言いましたが、この時点で姫の願いは推理可能である。』
『とは言え、分かった人が居たらすごい。』
『ヒント:今回の女神と主人公の最後の問答。』
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