『完結』ラウンドテーブル ~世界を救うはずだった勇者パーティの尻ぬぐいをすることになった~   作:やーなん

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その女は、白百合のようだと例えられる。
その右手を振れば人々は希望を見出し、左手の剣を振れば敵は絶望する。
清く美しい姫君は、華のように地獄に咲く。



Zの目

 その世界が何度目か、ソフィア殿に尋ねる必要は無かった。

 

 

 ワガママ姫。

 

 そう呼ばれる姫様の願いの成れの果てが存在するからだ。

 彼女の願いが何なのかは知らない。

 だが、彼女が姫様の願いの暴走した結果であるのは明白だ。

 

 

「最近、姫様は変わられた」

 姫様のお付をして欲しい、と俺に頼んだ父上はどこか悲しそうに言った。

 

「父上は姫様を信じておられないのですか?」

「分かっているとも。

 手が掛からない子の親でしかない私でも、あれは幼子の駄々っ子であると」

 父上は俺の頭を撫でると、こう言った。

 

「だが、このままでは必ず間違った方向へと進む。

 ソフィア殿も居られるが、お前も側へとよく仕えるのだ」

「はい、父上。お任せください」

 俺は心の中で、ごめんなさい、と謝った。

 

 

 だが、流石はワガママ姫。ここでもひと悶着あった。

 

「いりません、帰りなさい!!」

 父上が俺を姫様のお付にすると直接申し上げた直後のことである。

 彼女は俺も見た事が無いほど嫌気を纏わせそう言った。

 

 流石の父上もその態度には呆然とした様子だった。

 

 

「姫様、なにを動揺しておられるのですか」

 それは、疑問の言葉だったのだろう。

 そう問われた姫様は、一瞬呆けて目を見開き、すぐにその表情を引き締めた。

 

「剣士が動揺を悟られるようではいけませんな」

 父上は俺などよりも余程姫様のことを理解し、見透かしていた。

 姫様は少し悔しさ交じりの複雑そうな表情の後、毅然とした態度で言う。

 

「帰りなさい、ギルバード」

「はっ、しかし息子は置いて行きます」

「不愉快です、さっさと私の前から消えなさい!!」

「では、次の稽古の時にまた」

 父上は優雅に一礼をして姫様の私室から退出した。

 

「あなたも適当にその辺りで適当に時間を潰して帰りなさい」

「ご安心ください、姫様。

 私は父上のお目付け役になるつもりはございませんから」

 えっ、と漏らす姫様に、俺は笑みを浮かべた。

 

「俺は姫様の味方ですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、その、なんだ……」

 その後に会ったソフィア殿はとても気まずそうに俺を見たり虚空に視線を彷徨わせた。

 

「前回、何があったのですか?」

「……覚えていないのか?」

「私は今の所は過去から遡る形で来ている。

 女神様は無作為だと仰っているが、何者かの意志を感じ得ない展開ですね」

 俺がそう言うと、ソフィア殿は沈痛な面持ちで押し黙った。

 

「……た……のだ……」

「はい?」

「……前回ッ、お前を殺したのは私なのだ!!」

 絶句とはこのことだった。

 

「……教えてください、何があったのかを」

「ッ……言えない。あれは極秘に課せられた任務だった」

 敢えてそれってもう無効なんじゃ、とは言わない優しさを俺は発揮した。

 

「気にするな、とは言えませんが、お互いに姫様を支える立場です。

 今回は辛いかも知れませんが、挫けずに頑張りましょう」

 と、俺は何とか彼女を宥めることにした。

 

「……礼と言っては何だが、お前に役立つ情報をやろう。

 今度その為に呼びつけてやる」

「分かりました」

 俺は頷いて、彼女との会合を終えた。

 

 

 

 

 ある日のことである。

 

「姫様、どうして私の授業に出席してくださらないのですか!!」

 姫様のお部屋に年配の家庭教師の女性がやってきた。

 

「必要ありません。

 だってやっても結果は見えているから」

「何を仰います、日々の研鑽こそ音への理解を深めるのですよ」

 恐らく何らかの楽器の先生らしかった。

 

「私は必要ないと言いました。

 お帰りください、先生。私これから中庭で汗を流しますので」

「姫様は姫様でいらっしゃるのに、剣術ばかり!! 

 もっと優雅で王族らしい趣味を見つけるべきだと、国王陛下が──」

「──ーもういいです」

 それは、底冷えするほど冷たい声だった。

 

「先生ほどの腕前なら、教える相手が私でなくても大丈夫でしょう。

 その教養をもっと別な方へとお使いください」

 それは極めて単純な拒絶の意志だった。

 

「そんな、そんな!!」

「姫様はお帰り願うと仰いました。

 ささ、お帰りはこちらでございます」

 俺は屈辱と怒りで震える先生を部屋の外へとお連れした。

 

 

「姫様、アレはよくありません」

「なぜですか? どうせ私には才能が無かったのですから、やるだけ無意味というもの」

「いいえ、違いますよ。

 敵を作るようなやり方ではいけません。

 やりたくない授業があるなら、すっぽかしてしまえばいい。

 やりたい授業もすっぽかし、私がお連れする。

 そうすれば色々とやりやすくなると、私は愚考いたします」

 それを聞いた姫様は、小悪魔のようににやりと笑みを浮かべた。

 

「中庭へ行きます。外に居るソフィアと供をしなさい」

「仰せのままに」

 俺と姫様は部屋の前の警護をしているソフィア殿を引き連れ、中庭へと向かった。

 

 

「アラン、ソフィア、相手をしなさい」

 中庭へと着くと、姫様はドレス姿だと言うのにすらりと剣を抜いた。

 勿論、模擬用ではなく真剣である。

 

「かしこまりました。

 及ばずながら胸を借りましょう」

「光栄の至りでございます」

 ソフィア殿と俺は共に剣を抜いた。

 二対一であるが、こうでもしないと相手にならない。

 

 ソフィア殿は姫様の護衛になるだけあってただの供回りではない。

 魔王との戦いも着いて来れる猛者だが、俺と一緒であっても姫様には及ばない。

 

 神々は天賦の才を姫様に与えたもうたのだ。

 俺達に彼女を傷つける意志は無いが、本気でやらねば彼女を満足できない。

 

「おい、そこのメイド。

 万が一の為に誰かヒーラーを呼んで来い」

「か、かしこまりました!!」

 俺はたまたま通りかかったメイドに向けて、そう申し付けた。

 

「これで遠慮なくやれますね」

 姫様はとても楽しそうに笑みを浮かべた。

 その日は俺達だけしかヒーラーの世話にならなかったのは、言うまでも無いことである。

 

 

 

 その日から、姫様のワガママはエスカレートしていく。

 最初は授業などをすっぽかしていく程度だけだったが、その対象が自分から周囲へと移行して行ったのだ。

 

「これ、前々から思っていたのですけどおいしくありません。

 下げてください。そして二度と私に出さないでください」

 食事の時、嫌いなメニューが出ればそれを作り直させ、果物などのデザートを要求し始めた。

 

「何ですかこのぬるい水は。

 私の元に持ってくる時は魔法かなにかで冷やしてから持ってきなさい」

 忙しそうなメイドに水を持ってこさせておいて、この台詞である。

 結局宮廷魔術師に頼み込んで冷えた水を持ってきたが、遅いと叱られた。

 

「思うに、先生はもっといい働き場所があると思うのですけど」

 俺は敵を作るのは良くないと言ったが、それでも姫様にも我慢ならないことはあるらしい。

 しつこく食い下がってくる先生方は、二度と来なくていいと告げた。

 

 

 彼女のワガママとは大きくその三種類。

 決して国庫を浪費して財政を傾けたとか、影で使用人に残虐な仕打ちをしているとかでは断じてなかった。

 だが、彼女のその振る舞いは尾ひれが付き、巷ではワガママ姫の異名が一人歩きする。

 

 俺はその悪名に戦々恐々としていたが、何てことはなかった。

 父上の言ったとおり、幼子の駄々っ子に過ぎないのだと。

 

 

「姫様、あなたは御自分の風聞についてご存じないのですか」

 ある日、父上が姫様の稽古を終えた時、あの事態は起こった。

 

「何のことでしょうか?」

「惚けられますか。

 それも良いでしょう。息子は確かに役目を果たしているようですし」

 そう言って、父上は俺を見た。

 俺はその言葉に戦慄した。

 

 俺は姫様のストッパーとして機能などしていなかったからだ。

 むしろ、俺は姫様の味方として小細工を張り巡らせたり、ワガママのフォローに回っているばかりだった。

 どちらかというと増長させているとも言える。

 

 だが俺は、それがもう悪いことだとは思えなかった。

 善とは、悪とは、罪が罪足りえ、罰が罰足りえる為のものではないからだ。

 

 俺は彼女の全てを知りたい。ただそれだけだった。

 そして我が神の名の下に、判断を下すのみだ。

 

「姫様は姫様のなさりたいことをなさると良い。

 ですが、使用人に対する態度は改めた方がよろしいでしょう。

 解雇なされた先生方も、決してあなたを憎く思って諫言しているわけではないのですから」

「ギルバード、あなたもそう言うのね」

 父上に諌められている姫様は、どこか悲しそうだった。

 

「そのようなことは聞きたくありません」

「ではどうしますか。

 私はこれから、稽古の度にこのようなことを申し上げるでしょう」

「ならば、二度と私の前に顔を見せないことね」

「わかりました」

 父上は佇まいを正すと、姫様に一礼した。

 

「アラン、姫様を頼むぞ」

 父上はそれだけ言うと、場内から去って行った。

 

 俺はかつて解雇を言い渡されたという父上との違いを肌に感じていた。

 あの時、父上は姫様にどこか失望していた。

 だが、今回は違う。

 

 父上は、俺を通して何かを姫様から感じ取ったのだ。

 そして俺は、父上から姫様を任された。

 

 

「そう言うことですので、これからも私は姫様の共犯者として侍らせていただきます」

「あなたは何も言わないのね」

 姫様は儚く笑って、俺に視線を向けた。

 その仕草が、明日にも命が費える蝶のような儚さに、俺は見惚れる。

 

「父は全てを私に任せてくださいましたから」

「……そうですか。

 私も彼の息子として産まれれば良かったかもしれません」

 姫様はそんな冗談を口にして、中庭から出て行った。

 俺はそれに付き従う。

 

 その彼女の冗談が、自虐であると知るのはそう遠くなかった。

 

 

 

 

 

「お前はなぜ、姫様のワガママを許すんだ?」

 真夜中、俺はソフィア殿に連れられ、灯りも点けず城内を歩いていた。

 見回りの騎士に見つかれば大事になるのは明白だ。

 だが、今は俺達が見回りの手伝いをしている側である。

 だからこんな無駄話ができるのだ。

 

「なぜでしょうね。私にとって姫様は理想の方であるのに」

「普通、失望しないか? 

 身勝手でワガママで……厚顔無恥で傍若無人だ。

 我々までその対象にされるのは遠くないぞ」

「そうかもしれません」

 俺は機械的に頷いた。

 彼女の言葉について考えていたからだ。

 

 

「もしかしたら、嬉しいのかもしれません」

「はぁ?」

 ソフィア殿は、暗闇の中でも分かるほどへんなものを見る目で俺を見た。

 

「凛々しく、強く、優しさを兼ね備えた姫様は確かに理想的で素晴らしい御方でしょう。

 ですが俺はどこか、その姿に違和感を感じている」

「…………」

 ソフィア殿は何も言わなかった。

 

「これは私の内なる願望なのかもしれません。

 嗚呼、零落し孤立し、この華やかな城内の中でポツリと咲く姫様はまるで、穢れを知らぬ白百合のようなのです。

 その儚さが、自分にはとても美しく見える。

 研ぎ澄まされ、鋭さを増す刃のように、自分は──ー俺は強く、彼女に惹かれる」

 そこに邪な感情は無い。

 なぜなら、雨風に晒され、散る花びらを見て美しいと感じるのと同じだからだ。

 

「お前ってさ、ド変態みたいなこと言っているって自覚があるのか?」

「そうかもしれません。

 ですが、思うのです。俺は彼女が魔王と戦い、その命を散らす寸前の絶技はきっと……この世の物とは思えないほど美しいのだと」

「お前……いますげぇ気持ち悪い顔してるぜ」

 呆れたようなソフィア殿の声が聞こえる。

 

 

「それで、自分に見せたい物とは?」

「ここだ。そら、口を閉じな」

 俺はソフィア殿に促され、図書室の中に入ると、奥から話し声が聞こえた。

 

 

「ああ、陛下……ようやくお会いになれましたね」

「すまない、ここ暫く、娘のワガママのせいで仕事が増えたのだ」

「仰らないで、姫様の話なんて。

 今は私だけを見ていてくださいませ」

「ああ……そうだな。愛しているよ」

 

 俺は思わず、ソフィア殿の顔を見た。

 彼女は唇に人差し指を当てると、ゆっくりと音を立てずにその場から離れるよう促した。

 

 

「父親があの有様だ。

 何となくだが、分かるだろう?」

「……姫様は愛に飢えている、と?」

「そこまでは知らん。

 だが、あれが無関係だとは思えんね」

 ソフィア殿はにやにやと笑い、カンテラに火を灯した。

 

 もう火を消しておく必要は無かった。

 

 

 

 

 

 

 俺が十五歳で騎士となり、親衛隊として配属されても俺の仕事は変わらない。

 そしてある日、姫様は自らの命運を決定する選択をした。

 

「国境周辺での魔物の活性化における慰問訪問?」

「はい、来月の終わりに予定しています」

 俺は持ってきた書類を姫様に差し出し、そう告げた。

 姫様は王族なので、伝統ある行事に参加したりする義務があったりする。

 その度に俺も連絡役として忙しくなったりもするのだ。

 

「ふーん、護衛はいつも通り親衛隊なのですよね?」

「はい、勿論です」

 俺は頷いた。

 

「あ、そうだわ」

 ぽん、と姫様は手を叩いた。

 こういう時の姫様は録でもない事ばかり思いつく。

 それもそうだろう、彼女は何も考えてはいないのだから。

 

「あなたの同期で、赤鷲騎士団に入団した女騎士が居たでしょう」

「イリーナ殿でしょうか。選抜試合で剣を交えたので良く覚えております」

「彼女も今では活躍し、部隊を持つほどだとか。

 だったら彼女に私の護衛を任せましょう。その方が、彼女も箔がついて喜ぶはずです」

「なるほど」

 俺は頷いた。

 

 

「姫様の護衛とあれば、激情で死にたくなるほどの栄誉であるでしょう」

 俺は、姫様に死を齎す書類を作成し、それが承諾されるサインを頂いた。

 

 俺は邪悪の女神が姫様を抱きしめている姿を幻視した気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、イリーナ殿。こんな時間にいかがなされましたか」

 そして運命の日はやってきた。

 

 慰問の為に出向き、夜営の最中に姫様の眠る天幕の前に立つ俺は、能面のような表情で幽鬼の如き足取りでこちらに歩んでくるイリーナ殿に声を掛けた。

 

「そこを退いてくれ。アラン」

「ご用件を窺いましょう。

 姫様に対してご用なら、明日にお願いします」

 俺は事務的に返事をした。

 

「急な用件だ。周辺の斥候から魔物が現われたかもしれないと報告が来た。

 姫様に危険が及ぶかもしれない。そう伝えてくれ」

「何ですって、分かりました」

 我ながら白々しくそう言って、俺はイリーナ殿に背を向けた。

 

「すまん……」

 即座に、俺は背後から殴られた。

 どさり、と地面に倒れた俺は意識こそ失わなかったが、体は動かせなかった。

 

 

「何者だ!! 姫様の御前と知っての狼藉か!!」

 危機を察したソフィア殿の声が聞こえる。

 

「あッ、がぁ!?」

 血飛沫が飛び散る音、何かが倒れる音が聞こえた。

 

 

「な、何事ですか──ーあ、ッ!?」

 姫様と、何かが揉み合う音。

 

「何でこんなことするか、そう言う顔をしているなッ!! 

 お前は知らないだろうが、お前がこんなくだらない任務をくれたお陰で、私は故郷を救う機会を失ったんだ。これを見ろ!!」

 イリーナ殿の怒声と、姫様の咳き込む声。

 

「げほッ、ごほッ、そ、ぞれ……は……」

「そうだ、報復の女神の呪印だ!! 

 神はこの行いを正当な物と認めた!! 

 お前の、お前の所為だ!! 私の憎かったのは、魔物だけだったのに、家族や誰かを守りたかっただけなのに!!」

 涙声のイリーナ殿の声と、再び揉み合う音。

 

「お前があんなこと、願った所為だ!! 

 後先考える脳も無いくせに、剣を振るだけしか脳が無いくせに!! 

 次に願う機会があればその能天気でお花畑の脳みそに、まともな脳みそを詰め込むように願うことだな!!」

 ぶつ、と恐らく短剣が突き刺さった音が聞こえた。

 

「は、ははは、っは、はははは!!!」

 きゅ、とビンからコルクが抜ける音と、何かを飲み干す音。

 

 程なくして、何かが倒れる音がした。

 

 

 俺はかろうじて動く体を張って動かし、天幕の中に入り込む。

 中には血を流し絶命するソフィア殿、毒を煽り息絶える寸前のイリーナ殿。

 

 そして、短剣を突き刺され、胸と口から血を流し倒れる姫様がいた。

 俺は死に行く姫様を独りにさせないように、その手を握った。

 

 

「こ……ごん……な、こと……ごはッ……なら……」

 涙を流し、血を吐く姫様は、恐らく俺が手を握っていることすら気づいていまい。

 

「お、ひッ……べ……ざばに……なひ……たひッ……なん、でッ」

 願わなければよかった、と続けたかったのだろう。

 

 それさえを言う時間さえ、彼女には許されなかった。

 

 

「ああ……そうなのですね、そうだったのですね、姫様」

 俺はなぜ、彼女が美しかったか悟った。

 

 彼女は、御伽噺の中の存在だったのだから。

 架空のプリンセスだったのだから。

 

 タイトルがあるとすれば、それは「白百合姫」だろうか。

 

 

 

「美しい……」

 

 めでたし、めでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……

 …………

 …………

 

 

 

 

「さて、答えを聞きましょうか」

 俺はアンズ様の前に立っていた。

 

「『姫様の願いは、自分がお姫さまになることです』」

 俺は忘れていた。

 

 俺が逆行する世界は、『四人の願いが叶った後の世界』なのだ。

 

 イリーナ殿や、姫様には一度目より以前があるのだ。

 そう、一度目とは逆行一度目ということであり、逆行する前にアンズ様に願いを言ったゼロ度目があったのだ。

 

 

「審判を始めてよろしいですか?」

 アンズ様は慈愛の笑みを浮かべて俺に問う。

 

「ええ、おねがい──ー」

「六十点だ」

 俺が頷こうとした時、それを遮る声が響く。

 俺は振り返る。そこにはイリーナ殿が立っていた。

 

 

「お願いします女神様、私はお姫様になってみたいんです」

 どこか皮肉るように、誰かの真似をイリーナ殿はした。

 

「確かにそれで正解だろう。だけど十全ではない。

 アラン、お前はあいつの全てを知らない」

「それは、どういうことでしょうか」

「今のままでは十分な審判ができないということだ。

 ……そうだろう、女神さま」

 イリーナ殿はアンズ様に視線を向ける、追って俺も彼女に目を向けた。

 

 

「私はどちらでも構いません。

 あと三度を使いたいというのなら、それでも構いませんし、このままでも最低限の情報は出揃いました」

「……そう言われては、行かないわけにはいきませんね」

 俺は、姫様の全てを知りたかった。

 その為なら、後何度でもやり直そう。

 

「わかりました。ところで、あなたはこれについてどう思います?」

 アンズ様の手には、あの童話「仲良し姉弟」の本があった。

 

「姉が弟へ向けた歪んだ愛を向けたものではないのですか?」

「ええ、それもひとつの正しい解釈ですね。

 では、これに似たひとつの話を教えましょう」

 そう言って、アンズ様は息を吸った。

 

 

「これは私の姉弟子の弟子二人の話です。

 弟子弟子紛らわしいなぁ。つまり私の姉さんには二人の弟子が居たわけです。

 私の世界の風習で、魔法や魔術の奥義を継げるのは一人のみ。

 二人はその為に研鑽し、競い合っていました」

 一息、一拍。

 

「ところが、この二人の弟子、姉弟子の方は神に愛された才能の持ち主でした。

 それはもう、性格以外何の欠点も無いくらい、万能の天才でした。

 自意識過剰で見栄っ張り、自分は至高の存在で、自分以外を虫けらとしか思わないド畜生野郎でしたが、天才でした。

 妹弟子はそんな性格最低女でも、不思議と慕っており、魔道の奥義も姉弟子が受け継ぐべきだと思っていました」

 何か恨みでもあるのか、片方をやたらとこき下ろして語るアンズ様。

 

「妹弟子は、分からないことは何でも教えてくれる姉弟子を尊敬していました。

 内心見下されていることを気づいてもいました。

 姉弟子も、そんな妹弟子を憎からず思ってはいました。まあ、どうせ将来使える駒になるとでも思っていたのでしょうが。

 そんなある時、あることが分かったのです。

 ひとつだけ、妹弟子が姉弟子より優れていることがあったのです。

 それは弓術でした。

 妹は僅差でしたが、姉を上回っていたのです。

 ですがこの時、姉には妹への殺意が芽生えたのです」

 アンズ様は語りながらダイスを弄ぶ。

 

「自分より全てにおいて劣っている妹に、何かひとつとは言え上回られた。

 プライドが馬鹿みたいに高い姉は屈辱と羞恥と怒りと憎しみで満たされたのです。自分がどんなに妹よりも優れているにも関わらず、です。

 似ているとは思いませんか、この絵本と」

「そ、そうですか?」

 何となく大筋は似ているような気もするが、愛情と憎しみは別の物だ。

 

 

「いや、とても似ていると思う」

「えッ」

 俺は思わず、そう言ったイリーナ殿を見た。

 

「その絵本は、姉弟の歪んだ愛情を書き記しているが、それは表面的な問題だ。

 なあ、もし弟が就職に成功し、稼ぎを得れればどうなると思う?」

「暮らしが豊かになるんじゃないのか?」

「はぁ……」

 俺はあからさまに呆れられ、溜め息を吐かれた。

 

「いいか、それは表面的な問題だ。

 簡単に言えば、家族内での立場が逆転する。

 両者の稼ぎは圧倒的に弟の方が勝るだろう。この絵本は男性社会への批判を描いている」

 アンズ様からイリーナは絵本を受け取り、中を開く。

 挿絵から察せる弟が仕事を求めた先は、鍛冶屋、大工、荷運び、傭兵、そしてパン屋。

 あからさまに男が活躍する仕事ばかりだった。

 

「姉は養う側から養われる側になるだろう。

 姉はそれを嫉妬し恐れていたのさ。自分が必要とされなくなることを、な。

 それに、これらの職場全てに弟の就職を断らせる影響力があったのも疑問だ。

 彼女の稼ぎは恐らく……」

 そこまで言って、イリーナ殿は絵本を閉じた。

 

 

「…………アンズ様、愛とは何なんでしょうか」

「神様的には人によって違う物。

 私個人の見解としては、氷のようなものだと思っています。

 容易に解け、混ざり、固まるもの。熱いのではなく、冷たいもの。

 時には触れるものに張り付き、火傷させる激しいもの」

 アンズ様はそのように所見を述べた。

 

「だから、あなたの抱く歪な愛情も、私は否定しません」

「愛情? 姫様へのこの感情も、愛情であると仰るのですか」

 俺は確かに姫様を敬愛しているが、それを愛と言えるのだろうか。

 

「あなたは、彼女の本当の姿を望んでいたのですよ。

 だから私が作り出した偽りの彼女が剥がれ落ち、偶像から人の身に堕した時、あなたは彼女の魂を見た。

 そう、あなたは気づいていたのですよ。

 心の中で、彼女の姿が偶像であると」

「…………」

「行きなさい、あなたの忘れていた真実を知るために。

 私が、彼女が歪めてしまった本当の姿を探すのです」

 アンズ様の手から、サイコロが零れ落ちる。

 

 からん、からん、とサイコロは六の目を出した。

 

 

 俺の意識が落ちていく。

 再び俺は、過去へと戻っていく。

 

 美しき君の、真実を知るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




答え合わせ。
彼女の願い、当たった人は居るでしょうか?


――――

ここまでが、再掲載前まで執筆したところです。順次更新もここで打ち止めになります。
あとがきも併せて、そのまま載せました。

少なくとも、姫様編は時間を見て終わらせたいとは思います。
そしてこっちで需要が有ると言うのなら、その続きを書いていきたいと思っています。
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