『完結』ラウンドテーブル ~世界を救うはずだった勇者パーティの尻ぬぐいをすることになった~   作:やーなん

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人は自由の為に、多くの命を失ってきた。
人は自由の為にどこまでも限界まで全てを投げ打てる。

人間の想像する自由に、限界があることを見ようともせずに。



幕間 傲慢の箱庭

 

 

 どことも知れぬ、虚無の空間。

 どこが上下で、どこが左右か。

 果てさえあるのか、時間の概念さえあるのか分からないこの場所。

 

 そこで天秤の女神はこたつに入ってせんべいをバリバリ食べながら虚空に投影されている映像を見ていた。

 

「あッ」

 彼女は思わず、食べかけのせんべいを取り落とす。

 彼女が見ているのは、前話のラスト。

 

 丁度、アーランドが砦に攻め入りかつての己を斬り殺している場面だ。

 彼女は気づいてしまった。それが間違い(・・・)であることに

 

「よいしょ、っと」

 彼女は天秤をこたつの上に置くと、グラグラと左右の皿が揺れているそれの両方を手に持って水平を保ち始めた。

 

 すると、彼女の見ていた光景が書き換わる。

 前話の最後の場面が、かつての自分ではなくソフィアと対峙するアーランドへと修正される。

 

「ふー、危ない危ない。

 こんなところで私の権限使わせないでほしいな!!*1

 問題を修正し終えると、彼女は腕を組んでぷんぷんと怒り始めた。

 

「さて、私のこんなつまらない業務だけじゃあ味気ないので、彼が魔王軍に参入するまでの経緯でも一緒に見ましょうか?」

 女神は“あなた”にそう語り掛けると、虚空の映像に向けて指をスライドさせる。

 

 場面が変わる。

 彼女も気を取り直して、こたつでぬくぬくし始めた。

 

 

 §§§

 

 

 始めに、俺は目を覚ますと見知らぬ男女に抱かれていた。

 すぐに俺は気づいた。俺は赤子になっているのだと。

 

「なあお前、この子、泣かないぞ?」

「あなた、もしかしてこの子、泣かず(ギフテッド)じゃないか?」

「では、長老に報告するがよかろう」

 年老いた産婆が、驚き戸惑う男女に助言する。

 彼女の助言に、二人も頷いた。

 

 そして俺は、長老と呼ばれる老人に引き合わせられることになる。

 俺は両親から彼に引き渡されると、彼は大真面目に赤子である俺に語り始めた。

 

「意識がハッキリしているのなら、聞くがいい。

 お前は泣かず……つまり、前世の記憶を持って産まれた存在だ。

 そう言った者は問題を起こすことがままある。故に、この儂がある程度の年齢まで育てることになる」

 俺は困惑していた。

 俺が赤ん坊であることは、ある程度予測できたことだった。

 だが、転生先の両親やこの老人は異種族──ダークエルフだったのだ。

 

 そう、俺はまさかのダークエルフとして第二の生を受けたのである。

 

 

 

「この世界の管理番号は……いや、そんなことを知る必要もあるまいか。

 我々はこの世界を、IFスロゥラと呼んでおる」

「あいえふスロゥラ?」

「スロゥラと呼ばれる世界は他にもある故にな。

 これと区別する故に、管理番号の頭二つの文字を取ってこう呼んでいる」

 俺の質問に、長老はよどみなく答えてくれた。

 

 俺はこの世界のこの村に産まれ、六年が経った頃、長老から本格的にこの世界について教わる機会が訪れた。

 

「我々は、所謂ナチュラリストと呼ばれる集団であり、この世界とは我々のような存在の為に女神メアリース様が用意して下さった箱庭なのだ」

「ナチュラリスト?」

「元々は自然愛好家と言った意味合いの言葉であったそうだが、我々はメアリース様の齎す文明の恩恵から離れ、自分たちの力のみで生活することを選んだ者たちなのだ」

「自ら、神の恩恵を拒んだのですか!?」

 俺は長老の話に驚いて聞き返した。

 

「拒んだ、と言うのは違うな。

 深刻な病や飢饉が発生した時はメアリース様に救いをお頼み申す。

 我々エルフ種のような機械に肌の合わぬ種族や、かの御方の恩恵に全て頼るのは違うという考えの持ち主がこの世界にやってくる」

「なるほど……」

 確かにこの村やその周囲は、森ばかりだ。

 エルフ種が暮らす世界には打って付けであろう。

 

「勿論、それだけではないがな。

 お前は前世は人間だそうだが、お前のような泣かずの子は前世との種族の違いに悩まされることがしばしば起こりうる。

 それ故に問題を起こさぬように、この世界はそう言った者を受け入れたりもしているのだ」

「俺がこの世界に産まれたのはそれ故にと?」

「いや、どちらかと言えば産まれた後に来る場合が多いな。

 お前の場合は、おそらく女神様の配慮であろうが」

 ……多分、長老の言う通りだろう。

 

 俺はあの頭がおかしくなりそうな訓練の後、メアリース様にお目通りが叶った。

 そして気づけば、赤子になって今この場に居る。

 

「この世界の住人は、誰もが争いごとや文明社会での喧騒から離れ、静かに暮らすことだけが望みなのだ。

 我々以外にもハイエルフの村や人間の集落も存在するが、上手くやれておるよ」

 長老の言葉に、俺も頷く。

 この村に度々人間族の商人が物々交換に訪れたりしているのを知っている。

 ご近所の狩人のおじさんは、エルフと獲物を分け合ったと言ってウサギをくれたこともあった。

 

 危険な魔物や隣人も居ない。

 退屈だが静かで誰もが心優しい穏やかな世界がここだった。

 

「そしてお前も来年になれば一度この世界唯一の都会に赴き、そこで最低限の教育を受けるのが習わしである。

 この世界、この村に産まれたからと言って、その生き方まで我々と同じになる必要は無いのでな」

 長老の話では、その教育とは必ず受けなければならない義務教育と言うものらしい。

 

「それにしても、我ら一族がエルフの純血種と諍いがないと言うのは驚きです。

 一般的にお互いが不倶戴天の敵同士だという印象がありましたから」

「儂は長いことこの世界で管理人の一人としてこの村を任されておるが、そう言った確執が起こらないでもない。

 そういう場合は、メアリース様の役人に言って仲裁してもらうことになっている」

 長老は見ての通り出歩くのに杖を必要とするかなりの高齢だ。

 俺の狭い見識でも、長命なエルフ種と言うのは若々しい見た目のイメージしかない。

 この老人はいったいどれだけの年月を生きて来たのだろうか。

 何度もアンズ様の御力で人生を繰り返した俺でも想像がつかなかった。

 

 

 

 §§§

 

 

 都会、と聞くと俺は王都を想像する。

 整備された道や街並みと言った景観、大勢の人が行き交う活気ある通り。

 広場では旅芸人の一座が芸や踊りを披露し、露店が並び呼び子の威勢のいい声が飛び交うものだった。

 

 俺が来た都会は、想像とは違った。

 

 四角い流線形の鉄の箱に車輪を付けた乗り物が行き交い、建物は見上げるほど高く規則正しく並んでいる。

 人は乗り物が行き交う道の脇を縫うように歩きながら、手元の端末を凝視したり耳に当てたりしていた。

 道の脇にある小さな商店に入れば、食料品から雑誌、日用品まで見たことのないほどの品揃えを誇っており、氷菓まで販売していた。

 

「嫌よねー、都会って。

 どうして人間って機械が大好きなのかしら」

「これでもこの都市の機械って、かなりノスタルジックなモノで固めてるらしいよ。

 文化の保存って言っても、わざわざこの世界でやらなくてもいいよね」

 ホントホント、と俺と一緒に馬車でやってきたエルフの女子たちの言葉が俺の耳から耳へと過ぎ去っていく。

 

「あなたもしかして、都会は初めて?」

 俺が呆然と街並みを見ているのを見て、馬車の対面に座っていた少女が言った。

 頭上に大きな白い花を戴く、厚着をした精霊種のような少女だった。

 花の精霊の系譜なのか、甘い匂いがこっちまで漂ってくる。

 

「メアリース様は住人に娯楽を与えることにとても力を入れているそうよ。

 こんな森だらけの世界に不釣り合いな機械の町があるのもその一環なんだって」

 白く四角い建材の建物の群れを見ながら、彼女は言った。

 

「何だか神というより、ただの統治者のようだ」

 古来の支配者は、パンと娯楽を施し住人から支持を受けていたと言う。

 女神メアリースもやっていることは同じのようだ。

 

「かつて滅んだ文明の保存なんて、私たちの近くでやらないでほしいわ」

 彼女もエルフと同じようなことを言っている。

 まるでゴミの埋め立て地が近くにあるみたいな態度だった。

 

 確かに俺も、この町に強烈な違和感や無意識レベルの忌避感を抱いてしまう。

 俺はなぜエルフ種がどこの世界でも森の奥で引きこもって過ごしているのか疑問だったが、肌身で理解した。

 この金属の町が、本能で受け付けないのだ。

 

 エルフ種は精霊の末裔であると、長老から教わった。

 自然と真反対であるこの機械の町は、俺に流れる血そのものから合わないのだ。

 

「この町で、俺は勉学を身につけないといけないのか」

 いつしか俺の口から陰鬱な言葉が出ていた。

 

「あなたも、義務教育なの? 

 ああ、この馬車に乗る者は全員そうか」

 彼女もそれに思い当たったのか、独りで納得がいったように頷いた。

 

「お互いに、この町の便利さに染まらないようにしたいわね」

 その彼女の言葉が、呪縛のように俺の胸の中に残った。

 

 

 俺は学友となった彼女たちと共に、都会の学校で数年を過ごした。

 都会は何もかもが便利だった。

 

 電気と言う機械を動かす力に、水道がどこにでも通っている。

 歩けば五分もせずに食料品を売る商店を見つけられるし、娯楽はどれも目移りするほど膨大だった。

 だからだろうか、都会にはエルフ種らしさを忘れて人間と一緒に過ごしている同族たちが散見された。

 

 この都会に住む誰もが豊かさを享受し、誰もが飢えの苦しみも病の恐怖も抱いていなかった。

 ──ここは楽園だ。誰もが奪い合う必要も無い、争いも無い。必要なものは何でも手に入る。だから誰もが他者に親切にできる余裕がある。

 だが、なぜだろうな。俺は少しだけそれが寂しく思えたのだ。

 

 俺が同胞たちの村へ帰った時、情報を受け取る為の端末だけを手元に残し後は全て処分した。

 ニュース情報は必要だと思い手元に残したが、ふとこれが便利さに毒されると言うことかと思い当たって苦笑した。

 長老たちが敢えて不便な生活に身を落とす理由が良くわかる。

 この便利さを知って、元の生活に戻るのは耐え難いだろう。

 

 そうした幼少期を過ごし、俺は二十歳を超えた頃から早くも大人として村の一員になった。

 ダークエルフの寿命からすれば、二十歳なんて鼻たれ小僧みたいものだが、俺は泣かず(ギフテッド)の転生者。

 普通の子供のように扱うことはできないと言うのだ。

 

 そして俺の仕事はと言うと、村の治安を守る自警団だった。

 エルフ種は伝統芸能として弓術を長い年月をかけて熟達するものらしいのだが、俺の出来ることと言えば剣を振るうくらいのものだ。

 弓の扱いが出来ない俺に狩人は出来ないので、うってつけの仕事だろう。

 

 まあ自警団と言っても、この村は村民が助け合って生きているので力仕事を手伝ったりと言ったような便利屋扱いの用件が多かったが。

 それでも俺は充実した平和な生活を過ごしていた。

 

 とは言え、どんな世界のどんな場所でも、不心得者と言うのは出てくるものである。

 

 それは、ある村の祭りの日だった。

 排他的とまでは言わないが、普段同族ぐらいしか見かけないこの村で他所の人間やエルフが出入りする忙しい一日だ。

 俺も自警団の一員として警備に参加していた。

 

 この日ばかりは、普段は入れないダークエルフの里に観光客が大勢出入りする。

 都会の人間は物珍しそうに今日の為に用意された工芸品などを見て回ったり、異文化を楽しんでいる。

 

 そんな雰囲気に水を差すように、それは起こったのである。

 

「なぜですか、リリウム姫!!」

 大して広くも無いこの村で、騒ぎが起こればすぐに分かる。

 どうやら、祭りに来ていたリリウムが人間の男に絡まれているようだった。

 

「どうした、リリウム。何か問題でもあったのか?」

 俺は絡まれている彼女と人間の間に入って、彼女に尋ねた。

 リリウムとはあの時馬車で相乗りした時に学友になって以来の知り合いだった。

 王族の末席だと言うのも、在学中に聞いた覚えがある。

 彼女は森の奥にある湖畔に一人屋敷を構えているらしい。

 使用人は居ると言う話だったが、別にいつも連れ歩いているわけではないらしい。

 

「アーランド、ちょうどよかった。

 いい加減、うんざりしてたのよ」

 彼女はそう言って、俺を盾にするように前に押し出した。

 

「いったい何事だ?」

「お、俺はただ、彼女を誘ってこの退屈な世界からもっと楽しい世界に行こうと言っただけで……」

「要するに、ただのナンパか」

 それで揉めるとは、どれだけしつこかったのだろうか。

 

「彼女はこの世界で静かな生活をお望みだ。

 あまりしつこいと、今後森に出入り禁止にするぞ」

「何でお前にそんなことがわかるんだよ!!」

 俺が警告を発すると、男はなぜか激高してそう言い放った。

 

「こんな何もない森の中で何の変化もなく過ごして、何が楽しいんだよ!!」

 これは話の通じない手合いか、と俺は判断して自警団の同僚に目配せした。

 同僚は小さく頷くと、遠巻きに俺たちの様子を見ている野次馬の中から立ち去った。

 

「娯楽なら、都会でも十分溢れているだろう」

「それじゃあ足りないんだよ!! 

 俺はもっともっと、俺を必要とする場所で活躍したいんだ!! 

 だって言うのに、俺が送り込まれたのはこんな辺境のド田舎だッ!!」

 俺は彼が何を言っているのかわからなかった。

 少なくとも俺はメアリース様にお目通り叶ったあの時、どんな世界に転生したいか要望を尋ねられた。

 彼は望みどおりにこの世界に産まれたのではないのか? 

 

「お前は望んでこの世界に産まれたのではないのか?」

「こんな何もないド田舎だと知ってたら、俺は来なかったよ!! 

 この世界は何にも問題が起こらないし、ドラゴンみたいな化け物も居ないじゃないか!!」

 彼の主張に、野次馬も俺たちも首を傾げた。

 この世界に危険な生物なんているわけがないのに。

 

「俺は、俺の活躍できる場所が欲しいんだよ!! 

 その為のスローライフが出来る世界のはずなのに、ここでの俺のやれることなんて力仕事ぐらいじゃないか!!」

「お前は何か根本的に勘違いしていないか?」

 どうにも彼と話がかみ合っていない気がするのは俺だけだろうか。

 

 

「件の騒ぎはここですか」

 

 俺たちが困惑していると、この村の住人で唯一ダークエルフではない存在がやってきた。

 村の役所に詰める、役人。無限に存在する女神様の化身の一人だ。

 

「女神様!!」

 彼は、役人に詰め寄った。

 

「この世界は俺の活躍できる世界じゃないんですか!? 

 これじゃあ折角レベル99まで上げたステータスの持ち腐れじゃないですか!!」

 彼の主張は俺たちにはわからなかったが、女神の化身たる役人には分かるようだった。

 

「確かあなたは、自分が活躍できるスローライフを望みましたね。

 十分あなたはこの世界に貢献できているではありませんか」

「違う、違うんですよ!! 

 俺はもっと、平和な村に襲ってくるドラゴンとか退治したかったんです!! 

 前世で得たカンストスキルを駆使して次々に問題を華麗に解決とかしたかったんです!! 

 なのにこの世界にはそう言った問題なんて起こりやしない!!」

「当然でしょう、だってここは管理された世界なんですから」

 役人の返答は無情だった。

 

「この村などに訪れる飢餓や大雨と言った水害、その他考えられる限りの問題はただの“イベント”にすぎません。

 死傷者が出ない程度に調整されているに決まっているじゃないですか」

 それらすべてが制御可能だからこそ管理されている、と彼女は言えるのだ。

 

「そう言った活躍の場が望みなら、最初からそう言えばよかったのでは?」

「そこは神様なんだから察してくれてもいいだろ!? 

 普通自分の欲望を赤裸々に語るバカはいないだろうが!!」

「あなたには論理的な正当性が見受けられません」

「ああもう、話にならない!!」

 そして彼は、こちらに向き直った。

 

「姫様!! 俺ならあなたを幸せにしてあげれます!! 

 だから一緒に違う世界に行きましょう!?」

「ふざけないで!!」

 リリウムの返事は当然のモノだった。

 

「あなたは別に私でなくても、誰だっていいんでしょ? 

 お姫様なら私の上に何百人も姉がいるからそこから好きなのを選べばいいじゃない!!」

 彼女の率直な言葉は、図星を突いたのか彼の自尊心を大きく傷つけたようだった。

 

「この女ッ」

 彼が激情に身を任せようとしたその時、俺は腰の木剣の柄に手を掛けた。

 

「ぬッ」

 しかし、俺の腰のベルトには何もなかった。

 だが次の瞬間、俺は見てしまった。

 

 リリウムが俺から抜き取った木剣を男に突き付けていたのを。

 その瞬間、俺は雷に打たれたような感覚に襲われた。

 

「んなッ、俺が、反応できなかった!?」

「レベル制の人たちって、ステータスとかスキル頼りで技量が追いついていないことが多いらしいけど、あなたもそうみたいね。

 そんなんじゃ、望みの世界で活躍できたかどうか」

 リリウムの表情には隠し切れない嘲笑が浮かんでいた。

 

「なッ、なッ、な……」

「そこまで不満ならば、リコール致しましょう。

 あなたの不満については学習いたしました」

 屈辱のあまり固まってしまった男に、役人が声を掛ける。

 

「今すぐ、レベル上限99999999で延々と敵と困難が襲い掛かり続ける世界にご案内しますね」

「えッ、ちょっと待ってくれ!!」

「作ってみたは良いのですけど、あまりにも不人気な場所なのか一人も希望者がいなかったので廃棄予定だったのですが、これで予算も無駄にならずに済みます」

 男がこの世界から音もなく消え去り、役人は満足げに頷くと役所へ戻って行った。

 やれやれ、と野次馬が立ち去って行く。

 

「素直に沢山の女の子を侍らせて褒められたり持ち上げられたいって言っておけばよかったのに」

 ふん、と鼻を鳴らすとリリウムはくるりと切っ先を下にして俺に木剣を突き出してきた。

 

「はい、これ返すわ」

 俺は思わず、剣の柄ごと彼女の手を握り締めた。

 

「えッ、なに?」

「姿かたちが他の誰であろうとも、その太刀筋を俺だけは見まごうことはありません。

 ──あなたなのでしょう、レナスティ姫?」

 俺の言葉に、彼女は目を見開く。

 

「……アランなの?」

 俺は強く頷いた。

 彼女の瞳から不意に涙が零れた。

 

「もう、二度と会えないかと……」

 そして彼女は、その場で泣き崩れてしまった。

 

 

 これが、彼女との再会だった。

 姫様……リリウムは孤独だった。

 

 サキュバス族の王族に産まれ、泣かずとして気を遣われて生きていたと言う。

 彼女の産まれた一族には成人の際に誰か男を誘惑してくる風習が有るそうなのだが、文化の押しつけと言うのはハラスメント行為に当たるとかでそれを拒否することも可能であった。

 彼女とてそんな風習に参加するのは嫌だったそうだが、もっと嫌だったのは彼女の周囲がそれを拒否するだろうとあたりを付けていたことらしい。

 

 彼女の周囲は、彼女が王族として末端だからと言っていい加減に扱ったわけではない。

 だが彼女の孤独を理解した者は誰も居なかった。

 

 役人曰く、前世の記憶の保持は要望の多い有り触れた特典だと言う。

 だが転生先との種族に馴染めず、孤立しトラブルを起こすケースも多いそうだ。

 それこそ、この世界のような箱庭が用意されるくらいには。

 

 俺もこの世界の両親とは、特別険悪でも無いがどこか他人行儀に接している。

 自分の子供が別の誰かだったとしたら、それは恐怖に値するだろう。

 お腹を痛めた子供を苦楽と共に成長を見守りたかったはずだ。

 

 今の俺の両親は、新しい子供を作って幸せに過ごしている。

 繁殖力の低いダークエルフがすぐに子宝に恵まれたのは偶然ではあるまい。

 

 俺は嫌でも理解させられた。

 この世界で生きると言うことが、かの至高なる文明の女神の下で生きると言うことが。

 

 俺の人生のすべては、本当に何もかもが女神に与えられたものに過ぎないのだ、と。

 

 

「だが、それが本当に悪いことであろうか?」

 俺は胸に燻った疑問を、長老にぶつけた。

 

「我々はメアリース様に管理されて生きておる。

 だがそれは偶々我々にも見えると言うだけで、かの御方の影響下以外の世界でも同じことかもしれんぞ」

「それは……」

 それを言ってしまったら、おしまいであろう。

 

 人間は所詮、運命に弄ばれる枝葉に過ぎないと言うことなのだから。

 

「ふむ」

 長老は、村で数少ない機械であるブラウン管テレビのスイッチを入れた。

 画面の中では、メアリース様が他の世界の神々と交渉している様子が中継され放送されていた。

 

『あなた達のような杜撰な管理しかできない連中にこの世界は任せられないわね。

 私がきっちり運営して管理してあげるから、私に主権を差し出しなさい』

 この言葉に対し、交渉相手の神は激怒。

 

『羽虫の如き人間上がりの分際で、我々に全てを差し出せと言うのか。

 貴様こそ、我々の役に立てばそれでいいのだ』

 相手は嵐の神らしく、その気性は荒い。

 明らかに神選ミスだが、恐らく元の世界で地位があるのだろう。

 

『私たち人類が羽虫なら、あなた達は単細胞生物よ。

 自身の権能に甘え、事業拡大もしなければ環境の改善もしないし、自身の拡張性も全くない。

 自身が神として永遠に存在できると思っている。これだから自然神は嫌なのよ』

 この後は、もはや交渉事とは思えないどちらが先に手を出したかの醜い罵り合いが始まった。

 

 すごいなぁ、と俺は思った。

 これを自分の眷属たちに放送してしまえるかの御方の神経が。

 

「アーランドよ、この二柱はどっちに非が有ると思う?」

「どちらにも問題しかないように思えますが」

 俺の返答に、長老は頷いた。

 

「だが、考えてもみよ。嵐の神が心穏やかで労わりや優しさに溢れているべきだろうか? 

 例えば地母神に母性が存在しないと言うのは、おかしいとは思えぬか?」

 確かに、長老の言う通りかもしれない。

 気性の荒くない嵐の神など、それはどこかおかしいのだろう。

 

「メアリース様も同じことよ。

 かの御方の司るは文明そのもの。

 人類の文明とは、人類の傲慢そのものではないか? 

 人類種が自然に対して行ってきたことこそ、かの御方の象徴する文明のあり方そのもの」

 まあ尤も、と長老は目を逸らした。

 

「メアリース様は元々人間であらせられた頃からあんな感じの性格であったようだが」

「……」

 果たしてそれは、卵が先か鶏が先かと言う話に近かった。

 

「メアリース様の自著伝の一つに、かの御方は自らの神の名を今のモノに定めたと言う話がある。

 “メアリース”と言う言葉は幾らか訛った呼び名だが、本来は人間の傲慢などを揶揄する意味合いであったらしい。

 自らそれを名乗る傲慢さが、かの御方の性質を如実に表している」

 ある意味では、メアリース様を始めとした神々は我ら人類種よりも不自由なのだ。

 彼女らは自分の性質から、逃れることはできないのだから。

 

 そう、例えば運命の女神が気まぐれであらなければならないように。

 メアリース様が私たちに全てを与えようとするのも、彼女の性質である人類種の傲慢さ故なのだ。

 

 それを悪とするのは、あまりにも主観的で一方的な物の見方と言うことなのだろう。

 

 

 俺はこのように長老というダークエルフの賢者の教えを受けながらこの村で生活を続けていた。

 そしてある日、俺宛に赤い封筒が届いた。

 

 それは、女神の勅命であり、魔王軍への従軍を要請するものであった。

 俺は感じていた。

 

 あの時、かの邪悪の女神がお怒りになった我が傲慢さのつけを支払う時が来たと言うことを。

 

 

 

 

*1
前話のラストを一部修正しました。by作者




本来はテンポが悪くなるのでこのタイミングでやりたくなかったのですが、良い機会なので主人公たちの掘り下げの話になりました。
前回のラストはマジでミスりました。痛恨のミスです。

ですがミスをネタにしてこそ、作者の腕の見せ所!!
でも次回からなるべくミスらないように気を付けますね……。

それでは、また次回!!

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