『完結』ラウンドテーブル ~世界を救うはずだった勇者パーティの尻ぬぐいをすることになった~ 作:やーなん
二の目
「今日からここがお前の家だ」
俺は連れてこられた屋敷を見上げ、父親となる人物の手を握った。
女神の手により過去に送られた俺は、気が付けば実の両親の不幸に見舞われた直後だった。
そう、俺には両親は居なかった。幼い頃に事故に遭い、亡くなった。
そうして天涯孤独となり、冒険者として日銭を稼ぐ日々を送るはずだった。
ところが、俺を養子に迎えたいという人物が現われたのだ。
その人物の名は、ギルバード・クリファー伯爵。
このヒルデン王国の由緒正しい貴族だった。
当然ながら、この人とただの庶民であるウチの家にいかなるかかわりがあったかは不明だが、少なくとも見えざる女神の采配によって彼と引き合わされたというのが妥当だろう。
こうして俺は、アラン・クリファとなった。
新たな父によると、この国での法律では養子が爵位を得るには王族の認可が必要であるらしい。
その為には騎士として叙任され、功績を挙げなければならないのだという。
こうして俺は自動的に騎士となる道が定まったわけである。
かつて国の一般公募で騎士の選定試験を受けた時は凄まじい倍率で、一次試験で落とされた身としては複雑な気分だった。
そして、騎士とは即ち職業軍人であり、それ相応の実力と人格が求められる。
俺の場合、それに関しては問題ないようだ。
「筋が成っていないぞ、アラン!!」
俺の打ち込みをあっさりと弾き飛ばす、ギルバート伯爵。
「くッ」
「甘い!!」
返す刃で俺の苦し紛れの一撃を封じ、あっさりと腹部に殴打を食らった。
「げほッ、げほッ……」
伯爵……いや、父上の息子になり三年目。
だが今年で十歳になる俺を容赦なくしごきあげるのだ。
何を隠そう、このギルバード伯爵、剣術の達人として庶民でも知らぬ者は殆ど居ない英雄だった。
この人の下で鍛え上げられれば、誰だって一端の使い手になるだろう。
父上には俺が十年間実戦で培ってきた冒険者生活の全てが通用しなかった。
むしろ、その粗い剣筋を見せた瞬間。
「なんだ、その子供のチャンバラみたいな一撃は!!」
と、矯正すべく徹底的にしごくのだ。
「はぁ、はぁ、もう、ムリです……」
「愚か者、その程度で騎士になれると思っているのか?」
「おもって、ません!!」
「ならば、立ち上がれ!! お前なら出来る、根性だ!!」
「はい!!」
そして父上は熱血体育会系だった。
「ついに明日か……」
そうして父上に鍛えられて過ごし、15歳となった。
貴族の出身の人間は一次試験と二次試験をパスできる。
そして三次試験の選考試合だが、基本的に三次試験までこれた者は全員採用される。
つまり俺は最初から騎士の道が決まっていたが、騎士になるのも自動的だったのだ。
無論、そんな甘えは父が許さなかったが。
父上からは選考試合で無様を見せれば即座に家から放り出すとまで言われた。
「不安かね」
明日が試合だというのに、今日もギリギリまでしごき上げると父上はそう言った。
「はい、もしかしたら自分が基準に満たず、選考から落ちる可能性もありえますから」
ここ八年ですっかり粗野だった俺の喋り方も鳴りを潜めていた。
「私も初めはそうだった」
「父上もですか」
「ああ、栄誉ある赤鷲騎士団の団員選抜試合の前日は腕の震えが止まらなかった」
物思いに耽るように、父上はそう言った。
「自分の全てを出し切ればいい。
そうすればお前なら、必ず上手くいく」
父上は笑みを浮かべながらそう言った。
「父上……今でも、思わないわけではありません。
私が父上の息子にならず、天涯孤独の身で生きていたとしたら……」
この八年間は冗談のような、しかし幸福な時間であった。
厳しくも強く優しい父親の元で鍛え上げられる日々。
それは俺が決して得られなかった時間だった。
そして、いずれ破綻するまやかしに似た一時のモラトリアムだった。
父上は数年後、魔物と勇敢に戦い、そして戦死する。
英雄の死は大々的に報じられたので、覚えている。
その息子になった自分は、未来に何の影響もなく終わるのだろう。
伯爵家も間違いなく断絶する。まさしく居ても居なくても変わらない椅子に座らせられたというわけだ。
「きっと冒険者にでもなって、うだつの上がらない日々を過ごしていたことでしょう」
「この道を選ぶことを強いた私が言うことではないが、何も変わりはしないよ」
父上は穏やかな笑みを深める。
「お前が何者であろうとも、お前はお前がするべきことをしなさい」
仁と礼、そして剣を父上は俺に授けてくれた。
俺はそれに応えねばならない。
「必ずや騎士となり、姫様のような強い剣士になります!!」
「……お前までああなっては困るがなぁ」
姫様の剣術指南役だった父上は苦笑してそう言った。
俺の選考試合は、あっけないほど順調に勝ち進んだ。
俺は次の試合を待ちながら、俺のすべきことを考えていた。
あの場所で死んでいた四人の中で所在がハッキリしているのは、一人。
この国の王女、レナスティ姫である。
彼女はもう既に頭角を現し、活発化している魔物の討伐に奔走している。
それで俺のひとつ上という年齢なのだから恐れ入る。
この世界の滅亡は、約三年後。
これから一年後には魔王と呼ばれる存在が魔物の軍勢と共に隣国を攻め落とし、その版図を広げるべくこの国と戦争になる。
俺が逃げ延び、あの女神が降臨した遺跡はその国境付近にひっそりと存在していた。
アレがどうなっているか、確認しなければならないだろう。
世界の滅亡が確定した日に、あの場所に向かえばあの惨劇を止められるかもしれない。
いったいどのような諍いがあって殺し合いに発展したのか?
まずはそれを知らなければならないだろう。
案外、体を張って止めれば話し合いで何とか成るかもしれない。
そんな幻想じみた願望を抱いていると。
「おい、あれ、姫様じゃないか?」
「何だって、ホントだ、こっち見てないか?」
周りの騎士候補たちがざわめき出したので、その視線を追うと、確かに姫様らしき姿が城の窓から試合の風景を見下ろしていた。
俺の胸に突如として緊張が生まれるが、ふと、彼女と眼が合ったような気がした。
すると、さっとカーテンが閉じられ、彼女は踵を返し部屋へと戻って行ってしまった。
あぁ、と周りから残念そうな声が上がる。
「選考試合の最終戦を始める!!
アラン・クリファ、そしてイリーナ・バルハルト。前に出よ」
そんなこんながあったが、試験官の騎士が俺と対戦相手の名を読み上げる。
バルハルト家という名前には覚えがあった。
かのバルハルト騎士卿は、領地を持たない成り上がりの一代騎士候だが父上の戦友として幾度となく名前が挙がる猛者だ。
俺の相手はその子女らしかった。
俺はかの御仁とお会いしたことあるが、ご息女が居るとは知らなかった。
俺と彼女は兜越しに対面し、騎士の礼を取った。
「バルハルト卿のご息女と手合わせ願えるとは光栄です。
かの御仁の勇名は父からかねがね窺っています」
「…………」
「失礼、言葉は剣で語りましょう」
イリーナ女史は少しの気も緩ませずに剣を構えたので、俺もそれに習った。
彼女も父から俺の父上のことぐらい聞いているだろうから、油断するつもりはないのだろう。
「私は、お前に負けるつもりはない」
だが、唐突に彼女は口を開いた。
それは久しく感じなかった明確な敵意だった。
どう見ても試合相手に浴びせる類の物ではない。
「それでは、両者……始め!!」
俺が困惑していると、試合が始まった。
「ハァッ!!」
裂帛の気合と共にイリーナ女史が踏み込んできた。
「ッ!?」
初手は様子見に徹したが、その一撃は女性とは思えないトロールの如き破壊力を秘めていた。
俺は確信した。これは試合だからと言って気を抜くと殺されかねない、と。
それから俺は防戦に徹し、相手の息切れを待つ戦法に切り替えた。
彼女とまともにやりあったら命が幾つあっても足らない。
そうして勝機を逃さなければ、勝てない相手ではなかった。
だが、運命はそれを許さなかった。
バチン、と彼女の一撃をいなした際に、盾と腕を固定するベルトが弾け飛んだのだ。
彼女の激しい攻撃に耐えかねたのだろう。
こうなると盾を振り回すのは難しくなる。
俺は盾を捨て、一気に勝負を決めるべく前に出たのだが。
「せやぁ!!」
そんなことは相手もわかっていた。
あっさりと逆襲に遭い、俺は尻餅をついた。
「お、お見事!!」
やはり俺の勝てる相手ではなかったらしい。
俺は素直に彼女を褒め称えた。
「こちらこそ。見事な剣でした」
彼女は兜を脱いで、汗を振り払うように纏められた短い金髪を左右に振った。
そして彼女は俺に手を差し出した。
俺はその姿を唖然と見るしかできなかった。
「どうしましたか?」
「あ、いえ、ありがとうございます」
俺は彼女の手を取って、立ち上がると颯爽と踵を返し去っていく彼女の後姿を見ていた。
ずっと兜をかぶっていたので分からなかったが、彼女は間違いなく──―。
『あの場所にいた四人のうちの一人だった』のだ。
俺は王国騎士として叙任されると、辺境の砦に配属され、そこで訓練の日々を送ることになる。
隣国との境界線では魔物たちの軍勢と、王国軍が激突しているらしい。
だからと言ってこちらの砦の警戒も怠っていい場所ではない。
俺は心のどこかで、騎士になることに幻想を抱いていた。
いや、庶民の人間で騎士に幻想を抱かない人間は居ないだろう。
だが俺は、父上に厳しく騎士の心構えなどを教わってきた。
あと一週間で、あの日が訪れる。
暗い遺跡の中で、四人の女性が殺しあうのだ。
だけど俺は、……行くことが出来なかった。
騎士とは、責任のある立場なのだ。
俺はそれを放棄して、彼女らの所へ行くとは出来なかった。
俺は父の訃報をこの砦で聞き、己の役目を全うせよ、という遺言まで貰った。
この砦に配備された騎士の誰もが、父の死を悲しんだ。
彼らは、俺にとって顔も知らぬ他人ではなくなっていた。
俺の役目とは何か?
無論、世界の命運を握る人たちの一助となることだ。
だが、俺には出来なかった。
目の前に、魔物の軍勢が迫ってきていたからだ。
この砦から逃げ出す愚か者は居ない。
この砦の背後には、無辜の民たちが居るからだ。
逃げ出すことなど、できなかった。
俺は、彼らを見捨てられなかった。
「つまらない死に方をしましたね」
暗闇から目を覚ますと、女神は俺を微笑みながら出迎えた。
むせ返るような血の臭い。
四つの死体と、女神を呼んだ祭壇。
間違いなくあの場所、あの時間へと戻ってきた。
「英雄ギルバード・クリファの息子、アラン。
彼は魔物に包囲され、攻め落とされようとしていた砦から仲間と共に決死の覚悟で魔物たちに打って出た。
彼自身、三十に及ぶ魔物を切り伏せ、敵指揮官と相打ちした!!
王国は彼に最高位の名誉である白銀竜虎勲章を授与するものである──―」
びりッ、と女神は壁新聞の紙面を破り捨てた。
「……失望なされましたか?」
「まさか、貴方という人物の人となりは分かりましたよ」
何度も重ねて紙面を破り、花びらのようになるまで千切ると、ぽいと投げ捨てた。
安物の紙の花吹雪が俺と死体に降りかかり、消えた。
「個人的には好ましいとは思います。
人間という生物は、社会的な生物です。貴方はその歯車の一部としての責任を全うした。
その程度が出来ないようでは、誰からも信頼を得ることは出来ません」
女神は慈愛に満ちた表情で言う。
「ですが」
慈愛に満ちた表情のまま、彼女は俺を見下して、嘲っていた。
「貴方は何が出来ましたか?
目的のひとつでも達成できましたか?」
「いいえ」
「私は貴方に善意で機会を与えているに過ぎません。
私が飽きれば貴方はそれまでなのです」
「……はい」
「では、こうしましょう」
女神は栗色の髪の毛のひと房だけ緑色のそれを指で弄くりながらこういった。
「『一人につき、六度まで過去に戻ることを許しましょう』
何十回も繰り返しても高が知れますから」
「それはつまり、どういうことですか?」
「一人に対して有利に近づける役割の変更などは、六度までということです。
貴方は都合24回の逆行で、この世界の結末を変えることが出来なければ、私はこの世界を見捨てるしかなくなるわけですね」
そして残された回数は、23回。
「……長らく忘れていました。
母親に叱られる気分というものを」
私はアンズ様に深く頭を下げた。
「…………」
「私のわがままを叶えて頂き、ありがとうございます。
これでよかったのです。騎士として誰かの為に名に恥じることなく戦った。
本当に、これだけでよかった。これで、悔いはございません」
俺は教会で神に祈るときのように膝を曲げて手を組んだ。
「この身命、貴方様の授けてくれた使命の為に尽くす所存です」
「嗚呼、なんて……」
それは、とても慈愛に満ちた言葉だった。
「なんて、愚かしい」
母が子に向ける、慈愛と慈悲に満ちた言葉だった。
「自らの命の為ではなく、他者の為にその命を使う。
長く浅くぬるま湯に浸かるように生きながらえるより、短くも燃え爆ぜるようその命を誰かの為に浪費する。
その気質は、英雄のものでしょう。故に、私が試練を課すにふさわしい」
顔を上げると、アンズ様はとても嬉しそうに笑っていた。
「それで、どうするの?
誰に対してどのような有利な条件を得たい?」
荘厳な女神のような雰囲気はいずこかへ、子供がいたずらの提案を待つように彼女は言った。
「イリーナ殿と同じ部隊に所属願いたい」
俺は次の役割を願い出た。
「ふむふむ、じゃあ、先の一回も彼女の一回とカウントするわね」
「ひとつ訊きたいのですが、全員に一回ずつというのはありなのでしょうか?」
「それはつまり、とりあえず全員の一回目を使いたいということかしら?」
「はい」
それで全員の素性が明らかになれば、大分有利になるのだが……。
「うーん、……それはなし。
六回使い切るまで別の人間の為に時間を戻るのは無しとします。
多分ややこしくなるから」
アンズ様はひと房だけ緑色の髪を弄りながらそう言った。
「わかりました。
後の五回はイリーナ殿の為に費やすしかないと言う訳ですね」
「『後出しの条件で悪いけれど、そういうことで』」
「え、それって……つまり?」
「あッ……」
アンズ様は露骨に目を逸らした。
「じゃ、じゃあ、彼女と同じ部隊になるのに有利な家にするわね」
彼女はあからさまに話題を逸らしたが。
「いえ、アンズ様。できれば王国内で活動する間はクリファ家の人間で居たいのです」
「まあ可能ではありますが」
「わがまま言ってすみません。
私は出来る限り、ギルバード様の……父上の息子で居たい」
「わかりました」
何か思うところがあるのか、アンズ様は何度も頷いて了承した。
俺は地面に横たわるイリーナ殿を抱き起こし、驚き見開かれていたその両目を閉ざした。
剣を交えた者同士として、最低限の敬意だった。
それと同時に、意識が水中に溺れていくように落ちていく。
覚えのある感覚あった。
再び、戻ろう。あの家へ。
「ふぅ、危ない危ない」
彼を過去へ送ると、女神は振り返り、前より若干傾いた天秤の上がっている皿に六面ダイスを放り投げた。
からん、からん
ダイスは勢いよく投げられたにも関わらず、皿の上から落ちることなく収まった。
何度か不自然な動きをした後、出た目は三だった。
※『 』の中の台詞の内容は全て真実である。
つまり、『女神は主人公を試している。』
つまり、『主人公は何も得られない。』
つまり、『これは徒労の物語だ。』