『完結』ラウンドテーブル ~世界を救うはずだった勇者パーティの尻ぬぐいをすることになった~   作:やーなん

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命題『聖女クリスティーンは聖女であることを証明せよ』
命題≠『聖女クリスティーンは存在しない』
証明1『満場一致でクリスティーンは聖女である』
証明2『彼女は囚人である』




偽装解除の申請を受諾。
次回より、正しい表示を提示します。



幕間 龍魂の宝珠

 

 俺たちは玉座の間を出ると、自分たちが下賜された代物の“重さ”にため息が漏れた。

 

「とんでもない物を下賜されてしまったわね」

「それを言うなら、お前だってあの時渡された剣を下賜されただろう」

 俺は現実逃避をするように話題を逸らした。

 

 俺が言ったのは、リリウムを魔王様の御前に連れて行った時に彼から渡されたあの剣の事だった。

 仮にも女神様の末裔の持ち物だ。刀工技術に優れた世界にて屈指の名工が打った業物に違いないはずだ。

 あの時無造作に投げ渡されたあの剣よりも優れた刀剣は多分この世界を見渡しても見当たらないであろう。

 

 都会に居た頃、学友と話を合わせる為にやっていた携帯ゲームのRPGで、なぜラスダンで最強装備が手に入るのかと疑問に思ったことがあるが、まさかその理由を肌身で経験する羽目になろうとは。

 

「だけどそれは私が貰った物と比べ物にならないでしょ」

 リリウムは俺の手元にある宝玉に手を翳して、鑑定魔法を唱えた。

 高位のマジックアイテムには偽装や防護の魔法が掛かっていることも多いが、そんなこともなくすんなりと情報が開示された。

 

 

 ──────―

 

 名称:龍魂の宝珠

 レアリティ:レジェンド級

 種別:ワールドユニークアイテム

 

 解説:

 ひとつの“世界そのもの”の魂を球体の形に押し固めて安定させた物体。世界の魂、宇宙の寿命を物質化した物。

 ビックバン級のエネルギーを有しており、惑星のテラフォーミングから恒常的な世界間航路の確立等の幅広い用途で使用される。

 

※使用には両女神の承認またはクラスA以上のクリアランス三名以上の許可が必要。

 

 以下、無断使用時の罰則及び使用方法について。

 …………

 …………

 ………………

 

 ──────―

 

 

「……」

「…………」

「わぁ、ワールドユニークアイテムなんて存在を初めて知ったわー」

 一緒に情報を見たリリウムが遠い目になった。

 そりゃあワールドでユニークなアイテムだろう。この宝玉はちょっとシャレにならないレベルの劇物だった。

 こんなとんでもないアイテムなら、アンズ様を呼べるのも不思議ではない。

 

「と、とにかく、魔造将殿に報告だ!!」

 もはやこんなトンデモアイテムは俺たちの手に負える代物ではなかった。

 俺たちは大急ぎで魔造将殿の下へと駆け込んだ。

 

「話は分かったわ」

 当然、対応はメアリース様が直接してくださった。

 

「即座に回収、と言いたいところだけど、その為の手続きが面倒なのよねぇ。

 それ、第一級の危険物だから移送するだけで周辺世界から苦情がくるのよ」

 メアリース様が乗り気でないとは、すぐわかってしまった。

 

「何を勘違いしたのか、それを使って私と言う存在を消そうと画策したテロリスト集団が昔居たのだけれど。

 笑っちゃうと思わない? たかだか搾りかすの世界一つ程度のエネルギーをぶつけた程度で私を殺そうだなんて。

 私にとっては爆竹の一発程度に過ぎないけど、それでも被害は甚大でね。

 よその神々との協定で、移送にも気を遣わないといけなくなったの」

 誰だか知らないが馬鹿なことを仕出かしたおかげで、この危険物を女神様に返却するという選択が取れないようだった。

 

「……手続きの完了までの概算が出たわ。

 およそ三十年は掛かるわね。それまでそちらで保管しておいて。

 ちょっとくらいなら内在エネルギーを使っちゃっても目を瞑るから」

 しかも何だか使用許可まで下りてしまった。

 この事務的なのかいい加減なのか偶にわからないところがメアリース様節なのである。

 

「──とのことです。

 よろしければ、保管はこちらで致しましょうか?」

「お願いします……」

 恐らく魔王様はこのような対応がされることを理解したうえで、この宝珠を俺たちに渡したのだろう。

 多分俺たちがどのように工夫しようとも使いきれないだけのエネルギーがそこにはある。

 

 多分、一生分(ダークエルフ換算)の電気代やエネルギー代にも困らないだろう。

 学友が好きだった機動ロボの動力炉にすればどんなパフォーマンスを発揮するのだろうか。

 と言った思考で現実逃避をしながら、俺は宝珠を魔造将殿に預けてそれから逃げるように去って行った。

 

 

 

 §§§

 

 

 さて、クリスティーンを魔導将殿から預かった手前、真面目に仕事をしなくてはならない。

 

「魔王様の事は、魔導将殿に話したのか?」

 俺は道中彼女に尋ねた。

 

「師は喜んでくださいました。

 魔王様の妻として相応しい教育を授けてくださるとも」

「そうか」

 クリスティーンの表情は優れない。

 自分の師が頼れないことを悟り、次にどうするか必死に思考を巡らせているのがよくわかってしまった。

 

「やはり、嫌か」

「私めには魔王様のご寵愛は過分に過ぎますので……」

 魔導将殿は喜ぶのは当然だろう。

 自分の弟子が魔王様の妃として見初められたとあらば、その彼女の教育をすることを含めてこんなに嬉しいことはないだろう。

 

「言い難いのならば、俺から魔導将殿に話して共に魔王様に取り成そう。

 そうすれば、話を聞いてくださるやもしれん」

いえ、流石にそこまでご迷惑をお掛けできません

 そう言ってから、クリスティーンの表情が顰められた。

 俺に取り成してもらうのを断ったのを後悔しているのかもしれない。

 

「魔王様の妃に成れば、恐らく何もかもほしい物が得られるだろう。

 魔王様は恐ろしく思えるだろうが、あの方は孤独なのだ。それをお前が癒して差し上げるのならばそれは俺も嬉しい」

「……」

 クリスティーンは何も言わなかった。

 

 

 やがて、進行準備が終えられたリーパー隊の下へと辿り着く。

 事前の準備等はリリウムがやってくれたようだ。

 

「アップルマン」

「はッ、ここに」

 俺の呼びかけに、一人のコボルトが前に出た。

 

「此度の進撃は俺も同行することになる。

 隣に居るのはクリスティーン。魔王様御自ら妃にすると見定めた者だ。

 彼女に経験を積ませるために彼女も連れて行く故、これまで通り指揮は任せる」

「それは分かりましたが、我らの部隊でいいので?」

 アップルマンは気を遣うようにクリスティーンの様子を窺う。

 

「構わない。魔王の妃になる者が、お前たちの起こす惨劇から目を逸らすことは適わない」

「そう言うことなら、こちらも遠慮なく」

「よろしくお願いします」

 彼女も、アップルマンに頭を下げた。

 

 そして彼女はすぐにでも後悔しただろう。

 彼らの行く先々で目撃することになる、地獄を。

 

 

 

 …………

 …………

 ………………

 

 

「おのれ、この呪われた肌色め!!」

 俺に罵声を投げかけるのは、この世界の住人であるエルフ達だった。

 

「こちらは恭順の道を示した。

 それを無視して攻撃してきたのはそちらだ」

 俺は草木を払うように魔剣を薙ぐ。

 それだけで四方八方から飛んでくる矢が力を失う。

 今の射撃で位置が割れたエルフの弓兵の下へと、リーパー隊の面々が殺到する。

 

 肉が引き裂かれる音、血が噴き出る音がエルフの住む森に響き渡る。

 悲鳴、悲鳴、断末魔の絶叫。

 

 俺はゆっくりと森林を進んでいくと、奥にあるエルフの集落は既に彼らによって制圧済みであった。

 

「流石の手際だな。アップルマン」

「まあ、ここはこれで三度目(・・・)ですからなぁ。

 これで手間取るなら俺がぶち殺してますよ」

 彼がそう言う間にも、集落の住人たちが広場に集められていく。

 

「貴様がこの化け物どもを従えているのか、呪われた肌色めが!!」

 集落の長老らしい老人が、怒りの形相で俺を睨んでくる。

 殺しますか、と視線でアップルマンが問うてくるが、それには及ばない。

 

「我らは事前に恭順の道を示したはずだ。

 魔王様に服従し、我らの女神に頭を垂れるならば生かしてやると」

「誰が貴様のような呪われた種族に従うものか!!」

 彼らの敵愾心は尋常では無かった。

 

 人間の高名な哲学者も、肌の黒い人種は同じ人間とは思えないという言葉を残している。

 多くの場合、エルフ種は遺伝子的にその起源は同じであり、それはこの世界でも変わらないはずだ。所詮は生きた環境の違いでしかないというのに。

 

「だそうだが? お前たちはどう思う?」

 俺はリーパー隊において三割の人数を占めるエルフ達に声を掛ける。

 

「肌の色より、もっと大事なことがあるっすよ。将軍」

 小隊長として同胞のエルフ達を率いる彼女が、縛られているエルフ達の前に躍り出る。

 

「男か、女か、だ」

 小隊長が片手を上げ、下ろした。

 彼女の部下であるエルフ達が、鉈を手に集落の女たちにそれを振り上げる。

 

「ま、待って、私たち同胞でしょ、どうして──」

 集落の女エルフ達の頭蓋に、鉈が振り下ろされた。

 その決定的な瞬間を、俺の側に控えているクリスティーンは目を逸らした。

 

「な、なぜ……」

 女ばかりを的確に殺していくリーパー隊のエルフ達。

 その所業に、集落の長老も戦慄する。

 

「あたしらの一族はエルフ種でも特殊らしくて、産まれる子供全員が必ず女なんすよ」

 小隊長エルフが鉈を手に、笑顔で語り掛ける。

 

「だから、他の部族から男を奪って血を絶やさずに繋いでいた。

 そして用済みになった男は殺す。その血肉を食らい、糧として」

 その恐るべき習性から、彼女らは元の世界で“蟷螂”の一族と恐れられていた。

 メアリース様の庇護の元に有ってもその習慣を止めることが出来ず、こうしてリーパー隊の一員として働いている。

 

「族長、その老いぼれはいらないでしょ」

「それもそうすね」

 人食い部族の長が、目の前の老人に鉈を振り上げた。

 血しぶきが、地面を染める。

 

「俺、エルフでもあいつらだけは無理だわ」

 返り血を浴びながら嬉々として女と老人に鉈を振り下ろすエルフ達に、リーパー隊のゴブリンがぼやいてトロールやオークが神妙に頷く。

 

「隊長!! 今度もこいつらをくれるんですよね!!」

 返り血で頬を染めた小隊長が、アップルマンに振り返って言った。

 

「もうヤッてるじゃねぇか。

 はぁ、好きにしろ」

「あ、死体は貰ってもよろしいですか?」

「作戦に使う分は残して置けよ」

 リーパー隊所属のネクロマンサーであるオークの呪術師がそれを聞いて、笑顔で死体を引き取りに行った。

 

「将軍、食材(・・)も手に入ったので宴の用意をしますがご一緒しますか?」

「俺はいらん」

「そうすか、でも隊長は食べますよね? 

 今日も殺した相手に感謝を捧げて供養しましょう」

 それが彼女らの文化で、習慣だった。

 

「ああ、そうだな。頼む」

 頷いたアップルマンを信じられない物を見るように、クリスティーンが見ていた。

 

 

 

 “蟷螂”の部族の宴から離れた位置で、俺たちは普通の食事を取ることになった。

 リーパー隊の面々には彼女らの食事を共にする者も居るのだから恐ろしい。

 

 俺は空き家になった家を借りて次の攻撃目標の算段を立てていると、外からこんな声が聞こえた。

 

「隊長さん、どうして彼女らと一緒に食事を?」

「あいつらを理解するにはそれが一番だからな。

 よく言うだろ、知らない部族と仲良くなるには出された食べ物を一緒に食べることだって」

 その声は、クリスティーンとアップルマンのモノだった。

 

「だが、なぜそんなことを問うんだ?」

「私には、あなたが他の人たちと違って人殺しを楽しんでるようには思えないんです」

「当然だ、これは仕事だ。俺は仕事に私情は挟まない。

 そして仕事仲間があいつらと言うだけの話だ」

 彼の返答は思いのほか淡泊だった。

 

「仕事だから、どんなことも出来るんですか?」

「いいや、俺は戦場でしか生きれない性質でな。

 戦争と言うのは綺麗ごとじゃない。物理的にも汚いしな。

 だがこの苦しみや痛みだけが、俺が俺たらしめるんだ」

「……戦場での殺人やトラウマは、かの邪悪の女神様が癒して下さると、師匠に教わったのですが」

「そうだな。実に慈悲深いことだ。

 だが必要無かった。俺は、俺の持つ悲しみや生の苦しみは俺だけの物なのだ!! 

 たとえそれが女神だろうと、くれてやる謂れはない!!」

 彼女には、あのコボルトが狂っているように見えたのかもしれない。

 事実として、奴は狂っているのだろう。戦場でしか生を感じられないとはそう言うことだ。

 

 あの異常者だらけの集団の中で、彼は比較的まともに見える。

 だが本当にそうだろうか。

 狂気の中で、正気を求めて生き足掻くことは正常なのだろうか。

 

 ならば、何度もこの世界を行き来している俺もまた、十分に狂っているのだろう。

 

 

 

 §§§

 

 

 どことも知れぬ虚無の果て、そこに浮かぶ四角い箱のようなモノが存在していた。

 内部は映画館のような場所になっており、スクリーンの前には無数の観客席が並んでいる。

 

 その中心の席に、ポップコーンを片手に天秤の女神が座ってスクリーンに座って上映されている映像を見ていた。

 

 

「人は生きる為に、時として悪を成さねばならない時があります」

 そこには、魔導将が占領した町の住人たちに神官として路上で説法を行っていた。

 

「例えば、路上生活者が食べ物を求めてパン屋から盗んだり、職場で上司の暴言を吐かれ人格まで否定され激高し刃物を手に取ったり、戦場で上官の理不尽な命令に耐えきれずその背を撃ったり」

 魔導将は次々と事例を提示していく。

 その後ろでは、クリスティーンも無表情で控えていた。

 

「その罪を、偉大なる邪悪の女神様は赦して下さる。

 そして理不尽な悪の被害に遭った者やその家族も、その痛みを慰撫し蛮行に及んだ者を罰して下さる。

 これらすべてはかの御方の大いなる愛ゆえの御業である」

 ハッキリ言って邪悪を司る女神など、外聞が悪いどころではない。

 邪悪の女神なんだから、さぞ邪悪な女神なのだろうと誰もが思うことだろう。

 しかしかの女神は誰よりも慈悲深く、そして厳格だ。

 

「では人が悪を成すのは、なぜか? 

 生来の物を除いて、多くの場合それは環境に依るものばかりです。

 かの御方に唯一並び立つ、至高なる文明の女神様はそれらの全ての改善をしてくださるのだ。

 病む者も飢える者も無くなり、衣服を与えられ、誰もが寝床を手にする。

 職にあぶれる者は居なくなり、学ぶ機会が平等に訪れ、その貢献に応じて来世さえも保証される」

 邪悪を赦す女神と、文明を齎す女神の恩寵によって、人々は平和を教授できる。

 そしてそれは実際にこの説法を聞いている人々にも及んでいる。

 

 食料の配給が始まり、進んだ学術を学ぶ機会を設け、診療所はいつでも無料で開放されている。

 きっと今頃、文明の女神には住人たちの満足度やら幸福度やらのパラメーターが上昇しているのが見えていることだろう。

 

 戯れに、天秤の女神はポップコーンの中からサイコロを取り出し、投げやりに投じた。

 館内の床や壁がサイコロを弾き、やがて止まり二の目が出た。

 二の目は、バッドイベントだ。

 

 その時、民衆の合間から石が投じられ、魔導将の額に当たった。

 

「この人間の裏切者!! 

 俺は騙されないぞッ!!」

 石を投げたのは、年若い少年だった。

 彼は涙を堪え、憎しみを以って魔導将を睨んでいた。

 

「お前たちの所為で、父さんは死んだんだ!! 

 ほかの誰もが騙されても、俺は信じないぞ!!」

 そこに居た誰もが、この少年は殺されると思った。

 クリスティーンもそう思ったし、この感情に身を任せた愚かなことをした少年に強張った表情を向けた。

 

「少年よ……」

 額から流れる血を拭い、彼は少年の元へと歩み寄る。

 

「これは賢くない。私たちが受け入れられないのなら、まず力を蓄えねばならない。

 今は屈辱を噛み締めながら、多くを学びなさい。

 そして感情ではなく理性で判断できるようになってから、二度とこのような蛮行が起きないようにするにはどうすればいいか考え、行動に移すのです」

 彼は少年に視線を合わせ、そのように諭した。

 

 

「ちぇ、いい部下を持ってるなー」

 期待外れの結果に、幼い女神は口を尖らせた。

 彼女が指を振るうと、リモコンが出てきてスキップボタンを押した。

 場面が次に移る。

 

 

「師匠、何故あの少年を許したのですか?」

 クリスティーンが魔導将に尋ねた。

 魔王軍は恭順を示した相手には寛容だが、敵対した者には容赦しない。

 まさに彼らが拝する女神達のように。

 

「やはり、まだ我らの考えを受け入れるのは難しいですか?」

いえ、私はもうかの御二柱の神官です

 それを聞いて、彼は頷く。

 

「悪逆もまた、かの偉大なる御方が司るモノ。

 我らが心底受け入れられないのならば、反逆すればいい。

 それによって生じた痛みもまたかの御方が癒してくださる」

「よくわかりません。文明の女神様は教育にも力を入れているのでしょう? 

 ならばなぜ、その段階から反逆の目を摘み取らないのですか?」

 クリスティーンの言葉は尤もだった。

 

「至高なるかの御方は、向上心に溢れる方なのです。

 無数の世界を支配下に置いても、満足なされない。

 故にこそ、自らのなすべきことの全てを正しいと口を揃えられては困るのです。

 まあ、満場一致のパラドックスという奴ですな」

「パラドックス……?」

「全ての者の意見が一致するのは、かえって信頼性が損なわれている状態を指すのです。

 だから反対意見を言ってもいい。それ相応の覚悟があるなら、反逆すればいい」

 それが我らに与えられた自由意思なのだ、と魔導将は語る。

 

「……師匠は、何故に魔王軍に?」

「過分な願いをかの御二柱に願った結果ですよ」

 見た目はただの若い人間に過ぎない彼は、どこか年老いた老人のように儚く笑った。

 

「ええ、浅ましく、愚かな願いでした」

 己の師の表情を、クリスティーンは複雑そうに見ていた。

 

「貴女も、もし御二柱に願う機会があったのならば、身の程を弁えて口にしなさい」

「……分かりました」

 苦みがあった。

 もう取り返しのつかないことを願った後なのだから。

 

 そしてクリスティーンが彼のような敵としか言えない魔王軍の幹部に教えを乞うているのも、偶然ではなかった。

 全知全能たる天秤の女神の、皮肉さを込めた粋な計らいだった。

 

 

 天秤の女神はリモコンのボタンを押した。

 場面が次に移る。

 

 

 そこは魔王城。玉座の間だった。

 

「誰の許しを得て私を見ている」

 スクリーンの画面越しに、天秤の女神と魔王の視線が交わった。

 

「……いや、いい。どうせ退屈していたところだ。話し相手にでもなれ」

「こほん、ちょっとモノローグを入れるので少々お待ちを」

 魔王は産まれながら超常の存在である。

 そして認識の外からの存在から接触を受けるというのも慣れていた。

 

「どうぞ」

「……ふん、そちらも随分と退屈なようだ。

 そして退屈者を覗き見とは、随分物好きなことだ」

「あなただって、あの子を妃にしようなんて随分とモノ好きじゃないですか」

「趣味が悪い、とでも? 

 アレの性根ぐらい一目でわかったとも」

 魔王は虚空に語り掛ける。

 

「重要なのは、この私自ら手にした否か、だ。

 これでも相手には困らない立場でな。だが私に届けられる女に、アレは決して含まれないだろう。

 いつでも食べられる美食よりも、辺境でしか味わえない珍味もまた一興なのだ」

 おっと、これは照れ隠しでしょうか? 

 それとも本心? 

 

「ふん。どうせ、アレと引き合わせたのもそちらの采配であろう? 

 アレについて調べさせたが、偽装情報しか出なかった。

 だが、感謝しておいてやろう」

「彼女を簡単に御せるとお思いで?」

「分かりきっていることを尋ねるのが、そちらの作法なのか?」

 魔王は嗜虐の笑みを浮かべた。

 

「差し出される贄は、どうせなら生きのいいじゃじゃ馬の方が組み伏せ甲斐があるというものだ」

 

 魔王の千里眼には、魔王城の宝物庫にて保管されている龍魂の宝珠を目にする姿が見えていた。

 これにて、布石は整った。

 

「なぜ、我らが母が人間を慈しむのか少しばかり理解できたような気がするぞ」

 魔王の低い笑い声が、しばらくの間玉座の間に響いていた。

 

 

 

「さて」

 テレビの電源を落とすように、スクリーンの映像が途切れる。

 彼女はリモコンの電源ボタンを押したのだ。

 

「次は見ものですよ。なにせ人間を舐め腐ったトカゲ男の鼻っ柱が叩き折られるわけですから」

 そう言って、彼女はリモコンを床に叩き落した。

 プラスチックが割れ、砕け、部品がバラバラになる。

 しかしそれは初めから存在していなかったかのように、霧散する。

 

「ええ、本当に。知っていても、笑っちゃうほどムカつく話ですけどね」

 彼女の苛立ちを示すように、映画館は渦巻いて消え失せる。

 虚無に浮かぶ彼女は、指を鳴らした。

 

「全ての偽装を解きました。

 彼女を言い表すには、そうしないとネタバレになるので」

 最後に彼女は“あなた”にそう言って、かき消えた。

 

 虚無の場所に、再び静寂が訪れた。

 

 

 

 

 

 




さて、次回からいよいよ三章も後半戦。
もっと個々の人物について掘り下げをしたかったですが、なんだか前回からの続きみたいになってしまった……。
でもやはり、書いてよかったと思います。
必要な情報は出せたので。

ここから先はテンポよく行きたいですね!!

テンポ重視か、ストーリー重視か?

  • テンポ重視でサクサクストーリー進行!!
  • ストーリー重視でキャラの掘り下げを!!
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