『完結』ラウンドテーブル ~世界を救うはずだった勇者パーティの尻ぬぐいをすることになった~ 作:やーなん
いつも強者にヘリ下り、都合の良い方に付くコウモリだ。
彼女の口八丁に、誰もが騙される。
そのジレンマは、彼女さえも苦しめる。
そして、彼女は気づかなかった。
「全てを蹂躙せよ」
魔王様は開口一番に俺たち魔将にそう告げた。
「一片の容赦もなく、手加減などなく、ことごとくを死滅させよ」
この御方のこの命令だけで、その意図を汲むのは十分だった。
「それが、我が神、我が母の望みである」
そして、それ以上の理由も無かった。
「魔王様、何故あれほどお怒りなんだ?」
俺たちが玉座の間から退出すると、少し怯えたように魔獣将殿が口を開いた。
「この世界の者たちが我らが主上がたの慈悲を蔑ろにしたからです」
淡泊に魔造将殿が答えた。
「ああ……。
それは哀れな事だ、だが同情も出来んな」
言葉の通り、魔獣将殿は哀れみに満ちた表情を浮かべた。
魔王様がゲームマスターなら、我らが御二柱はルールブックそのもの。
そこに記されているすべての救済措置を投げ捨てれば、待っているのは破滅だけだ。
「それより、魔導将殿。
クリスティーンの件はどうでしたか?」
先ほどから魔導将殿の表情が硬く優れない。
彼女の身に起ころうとしていることについて、前回彼自身が直接話すと彼女らに対峙したはずだった。
彼は、力なく首を左右に振るだけだった。
「弟子が可愛いのはわかるがよ……」
魔獣将殿が髪の毛をがしがしと掻きながら決まりの悪そうにこう言った。
「──諦めろ。偉大なる我らの母の手を振り払った。
逝き付く先は……」
それ以上は、彼女も口には出せなかった。
まるで学生時代に授業で見た、幼児向けのからくり装置の連鎖によって球が転がり落ちるように、クリスティーンは目を覆いたくなるような破滅に向かっているのだ。
まるでそれが、彼女に与えられるべき罰であるかのように。
「まだ、最期のチャンスがありますよ」
しかし、神の現身たる魔造将殿が最後の、本当に最後の救いの道を示した。
「魔造将殿、それは……」
「丁度、頃合いです。会いに行きましょう」
彼女の言葉に、俺たち魔将は顔を見合わせた。
…………
…………
………………
「無い、クソッ、どこにも無いッ」
魔王城の宝物庫の中から、物音が聞こえる。
「お探しの物はこれでしょうか?」
宝物庫の扉を開け、魔造将殿が告げた。
「ッ、あんたは!?」
宝物庫に忍び込んでいた賊が振り返り、龍魂の宝珠を手にする彼女を見て目を見開いた。
いや、目を見開き驚いたのは俺たちも同じだった。
宝物庫の中に居たのは、当然クリスティーンだった。
魔王様との戦いの切り札になる、至宝を奪い取りに来たのだろう。
だが俺たちを驚かせたのは、その装いだった。
動きやすさを重視した薄着に皮の胸当て、いつもは下ろされていた長い金髪は束ねられ、赤いバンダナを頭部に巻いていた。
そこに居たのは、聖女らしい法衣を身に着けたクリスティーンは居なかった。
「
俺はすぐに彼女の転身振りに察しがついた。
この世界はスキル制だ。
故に、この世界の神に祈ればいくらかの代償を用いることで、これまで自身が獲得したスキルを白紙に戻し、別の職業で培ったモノとしてくださることができる。
それが、
正真正銘、今の彼女は神官ではなく、
しかも、聖女として培った技能に並ぶほどの凄腕であることは、前回と今目の前にいることが証明している。
誰にでもどんな職業も熟達できる素晴らしい制度に思えるが、これにはリスクが伴う。
例えば、それは俺たちのステータスに適性があるように、当人に不適格な職業にリビルドしてしまうと、その才能の限界値以上のスキルは消失してしまう。
そしてリビルドの儀式を行う教会も、あまりにも簡単にそれが出来てしまうのは問題だと決して代償は安くないように設定されいる。
まあ尤も、その元締めの聖女であるクリスティーンにはそれは無いも同然かもしれないが。
「クリスティーン、あなたは我らが御二柱を蔑ろにしたと言うのは本当ですか?」
驚き硬直した両者で、初めに口を開いたのは魔導将殿だった。
「は、し、師匠、何のことです……?」
「自覚が無いのですか?
あなたはとんでもないことを仕出かしているんですよ!!」
「しょ、しょうがねーだろ、師匠!!
その球っころがないと、オレたちの勝ち目がないんだからよ!!」
俺はまた別の意味で衝撃を受けた。
楚々とした聖女らしい彼女が、それこそスラム育ちのような荒っぽい口調でそう弁明したのだから。
勿論、リビルドによって性格が変わるとかそんなことはない。
『これが、彼女の本性なのだ』ろう。
「違う、そうではないのです!!」
「オレだってこんな馬鹿な真似したくはなかったよ!!
でも、あの三人がもう一度戦うって言うから……前回の奴だって私は嫌だったんだ!!」
状況が状況だけに、彼女は魔王城の宝物庫荒らしを咎められていると勘違いしているようだった。
「だって魔王様に逆らうとか頭悪いじゃん!!
しかも今度は犠牲を減らすとか息巻いてるしさ!!
あいつら、せっかくギャンブルに勝ったのに更に掛け金を上乗せしようとしている間抜けだよ!!」
「間抜けなら、私らの目の前にも居るな」
魔獣将殿が目を細めながら、必死に無様な弁明を繰り返すクリスティーンに言った。
「あー、えーと、適当なところでこっちに寝返るから、許してくれない?」
彼女は媚びるような弱弱しい声で、こちらにそう言った。
俺は、いろいろな意味で声が出なかった。
「ならば、魔王様に釈明し、后としての役目を果たすと誓うのです。
いいですか、『魔王様に御赦しを願う以外に、貴女が救われる方法は無い』のです」
魔導将殿が必死に、気迫に満ちた口調で迫った。
「……ああー、その、師匠。それだけは御免なんだわ」
「なぜです!?」
バツが悪そうに視線を逸らすクリスティーンに、魔導将殿は問う。
「オレ、今じゃいいとこの神官の家の出ってことになってるけど、元々は育ちが悪いんだわ。
そこで、いろんな見たくない物を見たのさ。
だからオレは、決めたんだ。『絶対に食いっぱぐれないほどの地位が欲しい』って」
今この窮地において、己の師にそれを告げるのはやはり思うところがあるのか。
「だから俺は、他人に依存しないと成立しない地位なんて要らない。
魔王の情婦になんてなれないよ、師匠」
「……それが、あなたの自由意思だというのなら」
彼女に授けた教えが、彼女を破滅に導いていることに魔導将殿は涙していた。
「話は終わりましたね。
魔王様はあなた達にゲームのルールを告げるように、仰っていました」
「ゲームのルール?」
「今からこの宝珠を、この世界のどこかに隠します。
これを見つけられるのならば、あなた方はこれを使用してもいい、とのことです」
「おい、ちょっと待て!!」
「ゲームスタート」
クリスティーンの焦りなど無視して、魔造将殿は手にした宝珠をどこかに転送した。
「さて、お帰り下さい。
魔王様は貴女の采配を楽しみにしておられます」
「ああ、やっぱり、あんな野郎の嫁なんてなるもんじゃないな!!」
その意地の悪さに、クリスティーンが吐き捨てるようにそう言った。
「あ、でも、流石に今回はダメだったらいい加減あいつらも諦めるだろうから、その時は師匠、オレのこと魔王様に口利きをお願いな!!」
最後にそんな都合の良いことだけ言い残して、ばびゅんと風のようにクリスティーンは宝物庫から去って行った。
俺は終始、彼女の言動に呆気に取られていた。
§§§
さて、一切の容赦をするなという下知を受けて、いったいどのような戦略を取るだろうか?
ミスリルゴーレムで蹂躙する?
更なる波状攻撃によって攻め落とす?
邪悪で悪辣な戦法を用いる?
圧倒的な魔法によって蹂躙する?
どれも違う。
俺は思い知った。ことごとくを死滅させるというのが、どういうことか。
耳障りな虫の羽音が、戦場に……いや、これはもはや戦いでは無かった。
密集し、黒い塊としか見えない虫の群れが、黒い雲が下りるかのように攻撃目標の町に下りる。
一時間後、そこにあったのは塩の山だけだった。
我らが至高なる文明の女神が遣わす、侵略兵器。
その名も、塩蝗。
作物や建物、人や動物を無差別に食い散らかし、塩を分泌して去って行く。
何もかもが食い尽くされ、土地さえも塩害によって死んでいく。
世界を滅ぼすことなど、魔王様のような強大な力や俺たちのような軍事力など非効率的だとでも言わんばかりの無慈悲な侵攻。
ローコストで際限無く、そして簡単に制御できる。まさに効率を極めた兵器がこの世界を白い野原に変えていく。
俺たちは一国ずつを前回まで攻めていたが、今回は三国同時の侵攻と相成った。
魔王軍には多くの制約あるが、塩蝗はその制約の裏を掻くような、レギュレーションに違反しないまさに裏技のような代物らしかった。
ちょっとした品種改良で作成でき、寿命も設定できる。
幾らでも増やせるし、その侵略性は無類のものだった。
魔王様は本気で、今度こそ容赦なくこの世界を滅ぼし尽くすつもりであった。
「…………」
「不満か、アップルマン」
これでは戦略もあったものではない。
彼の不満は目に見えていた。
「いえ、個人的に虫は好かないだけです。生理的に無理なんです」
「……そうか」
単純に好悪の問題らしかった。
「この方面は塩蝗に任せ、我らは別方面を攻める」
そして俺たちが担当し攻略するのは、ヒルデン王国。
我が祖国だった。
塩蝗は効率的に、国家に甚大な被害を与えていく。
いっそ美しいほどに、機能的に。
俺は将、故にその報告を聞いた時、飛び出すように現場に向かった。
「はぁ、はぁ、魔物どもめ、この先に、我が祖国にこれ以上踏み入れさせはせんぞ!!」
王国軍が出張って来たから、塩蝗をぶつけた。
それだけで無残にも王国軍は壊乱した。無理も無い。
その残党狩りにて、しんがりを務めたのがかつての父──ギルバード伯爵だった。
彼の率いる部隊はほぼ全滅。
たったひとりで、俺たちの軍勢を押し留めていた。
そして、俺がその現場にたどり着いた時、彼は満身創痍の死に体だった。
「我こそは魔王軍魔人将アーランド。
王国の将とお見受けする」
「……」
俺が敵味方の死体が散らばるこの場に訪れたことは、彼にも不可解だっただろう。
「その剣技の冴え、敬意に値する。
我が魔剣の業によって介錯しよう」
「ほざけ、侵略者めが!!」
勝負は、一瞬だった。それで十分だった。
「か、はッ」
致命傷を負った我が父が、死体に埋まった大地に膝を突いた。
「貴公、もしや……」
満身創痍だからと言って、あまりにもあっさりしすぎていた。
「ああ、剣は、剣はどこだ……」
彼は死に際まで剣を握り、落とした剣を探そうとしていた。
「……父上」
俺は魔法を唱え、声を変えて死の淵に居る剣聖に語り掛けた。
「……アラン、アランなのか? なぜきたのだ……」
父はもう既に、いやとっくに目が見えなかったのだ。
「味方の増援が来ました。
私も共に馳せ参じ、魔王軍を撃退しました」
「ああ、そうなのか。すまない、後を任せてしまうな……」
俺の部下たちも、このやり取りに口を挟むことはなかった。
俺はリリウムに目配せした。
彼女は両手を握り締めていたが、やがて父の元で膝を突き手を取った。
「ほら、姫様も来てくださっています、安心して後はお任せください」
「……ああ、本当だ。でも姫様、修行を怠りましたね」
リリウムは師の最期の言葉を聞き入れていた。
「このような……柔らかい姫様の手は、貴女様の幼い頃のことを、思い……出……し」
するりと、父の手がリリウムの手からすり抜けた。
そして、この世界でも屈指の剣聖は事切れた。
「我が神、我が女神、偉大なる邪悪の女神よ。
これが、これが俺に与えられる罰なのか!!」
己の父を埋葬し、俺は荒れていた。
「俺は父を超えることすら許されず、あんな弱々しい最期を見せつけさせるためにこんな……」
「アーランド」
だが、胸中を吐き出す俺に、リリウムはぴしゃりと言った。
「あの人の最期を、弱々しいなんて言わないで。
あの人は戦士として戦い、そして誇りある死を遂げた。それだけのことよ」
「……くそッ、くそくそくそッ」
俺は何もかも思い通りにならない人生に、激情を持て余すほかなかった。
「くそッ、くそッ」
俺は泣いていた。今生で初めて。
「泣かないで。もうすぐ、もうすぐこの苦痛も終わるから」
リリウムは俺が落ち着くまでずっと、俺を抱きしめて慰めてくれていた。
§§§
俺は今日ほど、自分の弱さが嫌になる日を忘れない。
「おのれ、魔人将アーランド!!
我が父の仇め!!」
目の前に躍り出たかつての自分と対峙することになったのだから。
我が父を埋葬し、その先にある国境の砦を攻めることになった。
そこに配属されていたのが、かつての自分。
余りにも弱すぎる、見るに堪えない自分だった。
「失せろ、未熟者」
俺は勇んで前に出て来た自分を、魔剣にて串刺しにした。
かつての自分は断末魔さえ上げることもできず、一撃で絶命した。
「大分、死人が増えましたねー」
砦の兵力を一掃し、占拠し戦後処理を行っていた時だった。
「アンズ様」
書類仕事をしていた俺の前に、幼い見た目の女神が舞い降りた。
「いったい如何なるご用向きでしょうか」
「いえいえ、ただの雑談ですよー」
彼女は少女らしく悪戯っぽく笑いながら俺の前に立った。
「アンズ様、クリスティーンについてはもうよろしいのでは?」
「よろしい、とは?」
「彼女はもう十分に惨すぎる罰を受ける。
これ以上私たちがどうするかなんてする余地も無く」
「それはたしかにそうですね」
アンズ様はこくりと頷いた。
「私個人としては、彼女の事は嫌いじゃないですよ。
その手段はどうあれ、自ら自立しようとしている。
ずっと“あの人”に甘えている私からすれば尊敬に値します」
「では」
「でもだからこそ、手段を問わない理由にはなりませんよね?」
俺は口を噤まざるをえなかった。
「私は試練を課しただけ。
ドツボにハマって行ったのは彼女の行いの所為。
それによって受ける罰は、私ではなく彼女自身のものでは?」
それは正論だった。否定することが出来ないほどに。
「それに彼女は、いくつも、何度も、最悪の結果から逃れる選択肢を与えられた。
私だってあまりにも可哀そうだから手助けしたんですよ?
でも、その全てを振り払い、無視したのは彼女です」
「『絶対に食いっぱぐれないほどの地位が欲しい』、か」
「ええ、『それが彼女の願い』。でも彼女が願うには、少しばかり不相応だったみたいね」
そう、全ては彼女の
「ところで、そろそろ各国連合軍が結成されますよ。
実のところ今回はそのシステムメッセージをお届けに来たのです」
私ってば親切、とウインクしているアンズ様に、俺は立ち上がった。
「そんな、連合軍結成はもっと先では!?」
「私はちゃんと言いましたよ。『私はリソースをやりくりすることしか出来ない』って。
つまりこれは、私でなくても、この世界の法則としてそびえたっているわけです」
「仰る意味が分からないのですが」
「つまり、この世界が滅亡するまでの死者の総量はあらかじめ決まっているのです。
しかるに、『死者の数が増えればそれだけイベントが前倒しになる』と言うことですねー」
俺はその言葉に、背筋に寒気を覚えた。
「要するに、魔王様が俺たちに容赦のない殺戮を命じているのは」
「そう、シミュレーションゲームで言うならターン制限をきつくしているようなものですね。
そしてそのタイムリミットは、もうほとんど残されていない」
アンズ様のお告げに、俺は動揺するほかなかった。
それはつまり、あと数年が有るはずだった俺の時間も残されていないのと同義だからだ。
「気づかなかった……姫様の時は、戦うので必死で」
イリーナ殿の時はこの時点で俺はとっくに死んでいたので、気づきようも無かった。
周回を重ねるごとに魔王軍が強くなるから、としか思っていなかったのだ。
「今から戻れば、決定的瞬間を目撃できるかもしれませんよ?」
くすり、とアンズ様は微笑んで消えて行った。
「リリウム!!」
「はーい、どうしたの?」
「全軍反転、魔王城に戻るぞ!!」
「えッ、えッ、どういうこと?」
「説明は行軍中にする!!」
俺の予想が正しければ、これ以上戦うことに意味はない。
どうせ死者の数が決まっているのなら、これ以上の殺戮する理由は無かった。
俺は魔王城に連合軍の電撃作戦が行われるだろう、と先読みしたという体で全軍を魔王城に戻すことにした。
§§§
「……遅かったか」
いや、遅かったのではないのだろう。
どうあがいても、俺がこの結末に介入することなどできないのだから。
俺は巨大な邪悪のオーラが火柱のように立ち上る魔王城を見上げ、全ての決戦が終わったのを察した。
部下に怪我人の救護を命じ、俺は戦いが終わった玉座の間へと馳せ参じた。
「アーランドか、ちょうど良いところへ来たものだ」
玉座の間は、死屍累々だった。
姫様、イリーナ殿、アリサ殿、そしてソフィア殿達精鋭その全てが無残に死に絶えていた。
生きているのは、クリスティーンだけだった。
いや、今にも殺されそうになっている。
なぜなら彼女は、真の姿を見せた魔王様によって全身を握りつぶされようとしていたのだから。
まさに、真龍、神龍としか言い表せない、女神をその身に降ろした魔王様は、ヒト型から龍に近くなっていた。
だがその大きさはヒト型の数倍。玉座の間が狭苦しく感じるほどだ。
「こ、殺せッ……」
魔王様の腕の中で、クリスティーンが呻いた。
「ああ、すまなかった。我が妃に対する扱いでは無かったな」
そしてあっさりと、魔王様は彼女を手放した。
「がッ、はぁはぁ」
「私はお前を高く買っている。
お前は薄汚い盗賊にしておくには惜しい才覚の持ち主だ。
そしてそれを、この私に挑むことで証明して見せた。
故に、お前の口から返事を聞かせてほしい。
我が物に成れ、その代わりこの世界の半分をやろう」
巨体になった魔王様は、彼女を見降ろしそう告げた。
「くそ喰らえだ!! 誰があんたの嫁になんてなるか!!」
この状況で、そのような啖呵を切れる彼女の精神力はいっそ清々しかった。
「そうか。そうかそうか……」
しかし、魔王様はその返答に満足したように龍面に笑みを浮かべていた。
「魔造将」
「はッ、ここに」
玉座の間の影から、魔王様に呼ばれて魔造将殿が現れた。
「クリスティーンさん、我が主上から通達でございます」
彼女は、這いつくばるクリスティーンにも見えるように一枚の書類を差し出した。
「は……は!? な、なんだこれは!?」
そして、その内容を見ざるを得なかった彼女は、ただでさえ失せていた血の気が更に薄れて行った。
「この世界の通貨で、借金10兆だって!?」
……ああ、ついに知ってしまった。
「これが、これが私に!? なんの冗談だよ!?」
「冗談ではありません」
悲鳴じみた声を上げるクリスティーンに、魔導将殿は真顔で答えた。
「貴女がこの世界に我々に代わり齎した技術にはすべて、特許が有るのです。
その使用料、使用範囲といった規模から算出して、責任者であるあなた個人に請求しているのです」
魔導将殿は、淡々と告げる。
クリスティーンの死刑宣告を。
「本来なら、これらは我が主上の庇護下にある者は無料で享受できるものです」
「な、ならどうして……」
「だって、あなた。改宗しなかったでしょう?」
何を言っているんだ、とでも言いたげに魔造将殿が小首を傾げる。
クリスティーンは唖然としたまま硬直していた。
『いえ、私はもうかの御二柱の神官です』
そんな真っ赤な嘘を、彼女が自分に師に言っていたことを当然ながら俺は知る由もない。
「あなたは我が主上の庇護を受け入れなかった。
形だけの服従を誓い、もし魔王軍から助け出されたら何食わぬ顔で元の神の神官に戻ろうとしていた。
それを悪いとは言いませんが、デメリットを考慮するべきでしたね」
それだけを告げると、無情にも魔造将殿はその場を立ち去った。
俺は記憶に埋もれた、アンズ様の言葉を思い返していた。
『貴方達個人の“負債”に関しては私は関与できませんので、悪しからず』、と。
「我が妃になれば、この程度の借金など肩代わりしてやれたものを。
そうかそうか、嫌か……」
「ま、魔王様……ちょっと、ちょっと待ってください……」
「知っているか、クリスティーン。
これほどまでの借金を背負ったお前は、もはや貴様個人の労働程度ではどうにもならん。
お前は死後、地獄へ行き魂の全てを浄化される過程を味わう地獄を経て、来世に至る」
地獄行き。それが、背理の聖女の末路だった。
「我の強い貴様にはふさわしかろう。
その強すぎる己の自我がやすりで削られるような苦痛を延々と味わい、自分が自分で無くなっていく過程を思い知りながら、来世で結ばれようぞ」
俺にはクリスティーンの心がポッキリと折れる音が聞こえた気がした。
「では、また次回でな。
……残り少ない今の自分を楽しむと良い」
絶望に満ちた表情のまま、クリスティーンは魔王様の手に押しつぶされて即死した。
そしてそのまま、魔王様は自身の力の全てを解放した。
全てが滅びゆく。世界が壊れていく。
そうして、ようやく、最期の一回へと俺は流れ着くのだ。
明けましておめでとうございます!!
一か月半も更新を待たせて申し訳ありません!!
今回はいろいろと伏線を回収できて、時間が空いただけあって満足の出来です。
そしていよいよ、聖女の全貌が明らかになりました。
彼女がどれだけどんづまりなのかも。
次回、聖女編の最終回になるでしょう。
次はなるべく早く書きますので、こうご期待!!