『完結』ラウンドテーブル ~世界を救うはずだった勇者パーティの尻ぬぐいをすることになった~   作:やーなん

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その女は、嘘吐きにして生粋の盗人だった。
 いつも強者にヘリ下り、都合の良い方に付くコウモリだ。
 彼女の口八丁に、誰もが騙される。
  そのジレンマは、彼女さえも苦しめる。

そして、彼女は気づかなかった。
その行いの全てが、自分を台無しにしているということを。



第一階層

 魔王軍として、六回目。

 そして最後となる周回。

 

 俺たち魔将は魔王様の命令によって、前回や前々回のように人類が魔王軍に対抗するべく活発に動いているか調べることになった。

 

 その結果、あの四人の目立った活動は見られなかった。

 姫様はソフィア殿を影武者に仕立て、イリーナ殿と共に祖国を出奔。

 クリスティーンは所在不明であり、アリサ殿はずっと連絡が取れないままだという。

 

 恐らく、あの龍魂の宝珠を探しているのだろう。

 あれを上手く使い、アンズ様を呼び出し願いを叶えて貰えば、この状況もひっくりかえせる。

 

 アンズ様の言うところの、“全知全能”の力によって、全ての盤面が覆る。

 クリスティーンも、己に課せられた借金をチャラに出来る。

 

 彼女もそれを狙って今頃血眼になって探していることだろう。

 それ以外に、彼女が助かる道はない。

 

 それこそ、仲間を殺してでも手に入れたいであろう。

 

 だが、俺はまだまだあのクリスティーンという女の底を全く理解出来ていなかった。

 

 

 

 §§§

 

 

 対戦相手(・・・・)が居ないゲームにやる気など見出せない。

 魔王様はあの四人が見当たらない時点で、最初のように俺たちに放任することにしたようだった。

 それは、お気に入りであったクリスティーンに最期の時間を与える為の、彼なりの慈悲であったのかもしれない。

 

 だが、クリスティーンという女は俺や、魔王様すら想像できないようなぶっ飛んだ奴であったのだ。

 

 まず第一に。

 

「それで、今更この私にいったい何の用だ」

 彼女は今まさに、魔王様に目通りを願い、謁見を果たしているという理解不能なメンタルをしていた。

 

 玉座の間に魔将がそろい踏みし、その中に足を踏み入れるこの女の胆力とその胸中は全く想像できない。

 

「つまらない用件ならば、この場で残りの時間を散らしてやってもいいのだぞ」

 恐らく、この場で彼女が命乞いでもしようものなら、その人生の終末を無様で終わらせる前に彼はそうしたであろう。

 

「実は魔王様に御願いが有って参りました」

「ほう、言ってみろ、今更妃になりたい、は無しだぞ?」

 その次の一言で、クリスティーンの行く末が決まる。

 そして彼女が発した言葉はこれだった。

 

 

「──私をあなた様の右腕として雇ってください」

 

 俺だけでなく、その言葉に魔将全員が唖然とした。

 

「な、無礼だぞ貴様!! 

 自分が何を言っているのか分かっているのか!? 

 お前は魔王様をコケにしたのだぞ!!」

 魔獣将殿がその身勝手さに怒声を上げる。

 

「私の有用性は魔王様自身がご存じのはず。

 私は妃にはなれませんが、右腕には成れます」

 そう言って、跪いて伏せていた顔を上げるクリスティーン。

 

 ──信じられないことにこの女、まだ諦めていないッ!! 

 

 これほどまでに絶望的な状況において、地獄行きがほぼ確定していても、自らの窮地を自分の力でひっくり返そうとしている。

 俺は畏怖を抱かざるを得なかった。

 

 これがアンズ様が認め、魔王様でさえ魅入られたこの女の“本質”だった。

 そして。

 

「──面白い」

 それを見たかったとでも言うように、魔王様は笑っていた。

 

「では、忠誠を示してもらおう。

 我が神、我が母に、いったい何を捧げる?」

 魔王様の問いに、彼女はこう言った。

 

「────邪悪を」

 その瞳に宿るのは、いっそリーパー隊の連中に似て純粋だった。

 

「邪悪を、偉大なるかの御方に捧げます。

 あの球っころを使えば、世界を滅ぼすことが出来るんでしょう? 

 なら、この私が魔王様に代わってこの世界を滅ぼしてやりましょう」

 その知性、その才能が、か細い最適解を手繰り寄せる。

 

 その才覚、その性根そのものが、邪悪。

 

 彼女は根っからの悪党(ローグ)属性(アライメント)*1=渾沌・悪*2だった。

 

こんな世界、一度ぶっ壊してみたかったんです

 どこか力なく笑う彼女は、やけっぱちになったようには見えない。

 極めて理性的に判断し、そこには狂気も罪悪感も無かった。

 

 俺は並み居るリーパー隊の連中を見て来たが、そこに所属する誰しもが恐れるに値しなかった。

 例外が有るとすればアップルマンくらいだが、あれは敵にしなければ脅威になる人物ではない。

 

 だがこの女は、いざとなったら自分の為に本当に何でも(・・・)するという恐ろしさがあった。

 と言うより、あの時、あの瞬間。

 あの四人で殺し合いを演じたあの場所で、彼女はずっと、アンズ様が急かす前から他の仲間たちから宝珠を奪い去る積りであったのだろう。

 それを考えると、俺はゾッとした。この女、イカレてやがる。

 

 この女は、自分が爆発しない為に動き回る爆弾そのものだった。

 

 

「……我が母が、何故に人間を愛するか少しだけ理解できた気がするな」

 そしてその答えに、魔王様は満足なされたようだった。

 

「では、お前に残された最期のチャンスを、見事掴み取ってみせるがよい。

 さすればこの私が、お前の全ての負債を帳消しにしてやろう」

 これは魔王との契約。

 クリスティーンはその言葉に、ゆっくりと頭を垂れた。

 

 

 

 §§§

 

 

「よかろう、これまでの忠節。大儀であった」

 俺の願いは、実にあっさりと魔王様に受け入れられた。

 

「本当に、よろしいのですか?」

「見極めは既に終了している。

 我が母が本格的に並行世界を含めたこの世界軸を滅ぼすのも時間の問題だ。

 クリスティーンがどのような結論を出すにしても、な。

 であれば、己のかつての故郷ぐらい見て回りたいであろう?」

 俺はそのお言葉に、ただただ頭を下げて感謝を示すほかなかった。

 

「もし“次”があれば、再び魔王様の元で戦いとうございます」

 俺は最大限の賛辞を述べると、魔王様は静かに笑みを浮かべた。

 

 

「そうですか、寂しくなります」

 俺は他の三人の魔将にも、暇を頂いたことを告げた。

 

「ま、あとは私たちに任しておけよ。後は惰性で終わる仕事だしな」

 余り接点は無かったが、魔獣将殿は俺と握手してそう言った。

 

「従軍期間中の給料は出身世界のダークエルフ自治区宛てでよろしかったですか?」

「はい、お願いします」

 魔造将殿はいつも通り事務的だった。

 彼女は役所に行けばいつでも会えるので、別れにはならないのかもしれない。

 

「魔人将殿、クリスティーンをお願いします」

「ええ、分かっています」

 魔導将殿に頭を下げられ、俺は恐縮して頷いてしまった。

 

 俺は居心地が悪くなって、挨拶もそこそこリーパー隊の連中の元へと向かった。

 

「そういうわけで、あとは任せてしまうことになる。悪いな」

「いえ、この程度の無茶振りであれば問題ないでしょう」

 アップルマンにそう告げると、彼は名残惜しそうにそう答えた。

 

「不出来な上官で申し訳なかった」

「いえいえ、あなたは話の分かる方だった。

 それだけで俺には十分やりやすい良い上司でしたよ」

「そうか、お前と言う戦友を得られたことだけでもこの戦いに従軍した意味が有ったよ」

「望外のお言葉です」

 彼は軍帽を下ろして、頭を下げた。

 

 そうしてすぐに、リーパー隊の面々に詰めかけられた。

 こんな連中ではあったが、もう顔を見ないとなると一抹の寂しさと言うものが湧き出てくるものらしかった。

 

 

「ごめんなさい、私の為に」

 そしてリリウムと共に魔王城を出た俺は、彼女にそんな言葉を言われてしまった。

 

「お前が謝る必要は無いさ」

 事の発端は、最後に実家のパン屋のパンを食べたいと言ったリリウムの願いを叶えてやりたかったからだった。

 そして俺も、この世界の風景をこの目に刻み付けておきたかったのだ。

 

 

 そうして、俺たちは残された時間で各国を回った。

 魔王軍の侵攻は緩やかで、もしかしたら俺たちの為に手心を加えてくれたのかもしれない。

 

 お陰で、交通規制なども殆ど引っかからずに各国を回れた。

 遠目にだが、アリサ殿を見かけたこともあった。

 

 それでも戦火は徐々に拡大していき、ヒルデン王国に迫ろうとした頃合いに、俺たち二人は王都のあの孤児院へと戻った。

 

 久しぶりに戻った孤児院は懐かしく、今の故郷スロゥラに居た時間と従軍期間を足せば軽く五十年振りくらいであろうか。

 

「お兄さん、お姉さん、何か御用ですか?」

 孤児院の前で俺たちが懐かしさに耽っていると、名前も忘れてしまった年長の子が遊びを中断してこちらにやってきて尋ねて来た。

 

「ああ、院長先生の知り合いなんだ。

 アランと言えば分かってくれる。ほら、パンを買ってきたからみんなでお食べ」

「わぁ、こんなにいっぱいのパン初めて見た!! 

 ありがとうございます、今呼んできますね!!」

 彼は目を輝かせて、バスケットいっぱいのパンを抱えて院内に駆けて行った。

 

「アラン君!? それに姫様も!!」

 ステラが院内から現れると、目を見開いて驚いて見せた。

 

「もう戻って来れたの!?」

「いやぁ、体感時間で五十年ぐらい振りかな」

「そんなに……」

 苦笑するリリウムの表情を見て、ステラは俺たちの苦難を察したようだった。

 

「とりあえず、中に入って。きっと女神様もお待ちよ」

「ああ、そうさせてもらうよ」

 俺が彼女に頷いて見せた時だった。

 

「待て!!」

 その時だった、ほぼ満身創痍のソフィア殿が剣を抜いて玄関口から現れたのは。

 

「姫様、離れてください」

 彼女は気づいていた。

 俺たち二人が、幻術を用いて姿を変えていることを。

 それが出来なければ、対暗殺の騎士など出来るはずが無いのだから。

 

「落ち着いてください、ソフィア殿!!」

 俺は敢えて、幻術を解いた。

 ステラが俺の見た目が変わったことに目を見開き、ソフィア殿は俺の正体に驚愕して後退る。

 

「ま、魔人将アーランド!!」

「そうです。俺はアーランドにして、アラン。

 わかるでしょう、ソフィア殿。天秤の女神の御業を」

 当然ながら、アンズ様はこの世界において知名度は皆無に等しい。

 その存在を知っている者は限られる。

 

「ば、バカな!! じゃあ私はあの時に!!」

 震えて、剣を落としてしまった彼女に俺は頷いてみせた。

 

「はッ、はははッ、因果応報とはこのことか!! 

 お前を殺した私はッ、お前に殺し返されていたとは!! 

 このような喜劇がこの現実に存在していようとはなッ!!」

 そんな常軌を逸した事実に気づいてしまった彼女は、泣き笑いを浮かべながらその場にへたり込んだ。

 

「こんな、こんな惨いことがあっていいのか……」

 彼女はそのまま顔を覆ってすすり泣いてしまった。

 

「何の騒ぎだ!!」

 生憎と、孤児院の壁は薄い。

 イリーナ殿が異常を察して飛び出てくるのは必然だった。

 

「はあ、もう一度説明よ。アラン」

「ああ……」

 かつての仲間から警戒されてしまうこの状態に、俺は少し嫌になってしまった。

 

 

 

 §§§

 

 

 俺たち二人は、例の部屋に行くと三人に己の身に起こった出来事を少しずつ話し始めた。

 

 俺はダークエルフに産まれ、リリウムがサキュバス種の王族に産まれたこと。

 新たに生まれ育った世界で経験したことや、そこで見た神々の統治。

 魔王軍に従軍し、この世界で多くの殺戮を繰り返したこと。

 俺たちは何一つ隠さず話し、三人はそれを黙って聞いていた。

 

「……流石は邪悪の女神の所業と言ったところか」

 ある種の感嘆と共に、イリーナは深いため息を吐いた。

 

「女神様、貴女はこうなることを全てご存じだったのですか?」

 彼女は壇上に座って退屈そうに神賽を弄んでいるアンズ様に尋ねた。

 

「え? 何でです? 

 私は天秤と神賽の女神ですよ? サイコロを投げた結果をどうにかできる権限は無いのです。

 二人をどう使うか決めたのは私じゃありませんし」

 早く話が終わらないかな、と表情が物語っていたアンズ様が話しかけられハッとなってそう言い返した。

 

「止めろイリーナ。

 女神様は時間を超越している存在だ。知った知らないに意味はないだろう」

 それが全知全能と言うものだ。

 この超越者に、我々の理屈など意味の無いことだ。

 

「……だが、アラン」

「言いたいことが有るのは分かるわ、イリーナ。

 でも結局は私が駄々をこねたのが悪いのよ。

 私があの時ああしなければ、少なくともこんな形でみんなと再会はしなかったはずだわ」

 リリウムがイリーナにそう告げる。

 彼女の物言いは長い旅路を歩んで疲れ果てた旅人のようであった。

 

「それで、結局お二人は罪を贖えたのでしょうか?」

 ずっと黙って話を聞いていたステラが根本的なことについて言及した。

 

「さあ、どうでしょうね? 

 本来、罪とは現世なら現世で、死後は死後に裁かれるものです。

 次に転生する際に、あのクソ女神に聞いてみたらどうです?」

 結局は分からないということが、アンズ様によって教えられるのであった。

 

「さ、旧交を温め終えたのなら、三人目の裁定を始めましょうか」

 パンッ、手を叩いてアンズ様は話を切り替える。

 いよいよその時が来たか、と俺は意を決した。

 

「分かりました、クリスティーンを生き返らせてください」

「はい、それじゃあ、クリスティーン・オルデンよ。

 私の呼びかけに応じ、そして立ち上がりなさい」

 アンズ様の御言葉により、奇跡が起こる。

 

「ん……あ? あれ?」

 背理の聖女、クリスティーンが死から蘇ったのだ。

 

「こ、ここはどこなのッ!? 

 イリーナ!? 将軍閣下!? 何がどうなってるんです!?」

 彼女は状況を把握できず、混乱していた。

 

「落ち着くんだ、クリス。

 ここは安全な場所だ。そしてもう、我々に争う必要も無くなった」

「争う……? そうだ、あれだ、あの宝珠はどこに?」

「はあ」

 イリーナに窘められても冷静さを失っているクリスティーンに呆れたアンズ様が、指を鳴らした。

 

「あ、か……」

 アンズ様の魔法により金縛りに陥った彼女は、目の前に何が居るのか悟った。

 

「クリスティーン、少々時間を貰いますよ」

「しょ、将軍閣下が、なぜ」

「将軍職は辞しました。今はただのアーランドです」

 アンズ様の存在を認識し、話しかけて来た俺に視線を映し、ようやく彼女は自らを落ち着かせようと勤め始めた。

 

「そして今は、この天秤の女神の使徒……その代行をすることになっています」

「じゃ、じゃああなたが私たちの願いを?」

「違います、かの御方はあなた達の犯した罪を裁定し、罰を与えよと仰せだ。

 イリーナ殿と姫様の裁定は既に終えました。次は貴女の番なのです」

 俺は淡々と、己の役割を彼女に告げた。

 

「それが終わり、ようやくスタートラインに戻ります。

 あなたともう一人、その裁定が終わるともう一度だけチャンスを与えられるとのことです」

「は……はッ、今更もう一度チャンスを貰ってどうなるんです?」

 クリスティーンは暗い笑みを浮かべてそう言った。

 

「魔王は強大、魔王軍は無尽蔵。

 それは誰よりもあなたが知ってるはずでしょう?」

「では、貴女は自分の罪と向き合うつもりは無い、と」

「だってもう、終わりじゃないですか」

 彼女は嘯く、全てを悟ったかのように。

 

「私は失敗した。あの御方も失望したでしょう。

 この期に及んでごねてどうするのです。私は潔く地獄を観光してきますよ」

 彼女はいっそ清々しいほど、手持ちが尽きたギャンブラーのようにこの世(カジノ)を去ろうとしていた。

 

「貴女は人生の負けを認めるのですか?」

「ふッ、──……だって仕方ねーだろ!!」

 自嘲の笑みを浮かべた後、彼女は本性をむき出しにしてそう叫んだ。

 

「私は聖光法国のスラムで育った!! 

 光の神のお膝元に近いところに居ながらも、その光が届かないゴミ溜めさ!! 

 毎日毎日盗みや詐欺で生計を立てながら、必死に貞操を守りながら生きるのがどれだけ難しいか分かるのかよ!!」

 それが、彼女の原点だった。

 

「私は自分を売ることだけはしなかった!! 

 それだけが私を私たらしめる唯一の誇りだった!! 

 なぜなら、私は才能に恵まれてる自覚があったからな!! 

 こんなゴミ溜めから抜け出せば、私は必ず成り上がれるって分かってた!!」

 そして、彼女はそれを証明して見せた。

 

 聖光法国にて聖女の地位を得て、周囲の信用を勝ち取った。

 魔王軍の対処を一任できる立場まで得た。

 彼女がいかに有能かは、魔王様も認めるところであった。

 

「でもスラム育ちの身分証の無い私に、出来ることは限られてた。

 最終的に冒険者なんてクソみたいな荒くれの一人として、スラムと同じことをしていた。

 そんな私が、女神に願って今の生まれを手に入れてどうなった? 

 きちんとした家庭に産まれ、師に恵まれて教養を得て、聖女の地位を得てまでしたことは結局スラム時代と変わらない!!」

 吐き捨てるように、彼女は変えられない自分を皮肉った。

 

「ゴミ溜め育ちでも、上流階級育ちでもどうせ最終的に同じなら、こんな世界に価値なんてねぇよ。

 この世で最も価値のあるのはオレなんだよ!! 断じて、こんな世界認めねぇ!! 

 ぶっ壊してやろう、って考えて何が悪い!!」

 まさにこの世界の命運を左右する能力を持った彼女の激情がそれだった。

 

「もう一度やり直してどうなる? 

 また同じだよ!! そういう風にできているのさ!! 

 お前たちもいい加減、思い知っただろ!!」

 彼女の言葉は、真理を突いていた。

 きっともう一度チャンスを得ても、彼女たちは失敗するだろう。

 そう、何もかもが徒労なのだ。

 

「黙りなさい、裏切者!!」

 これに激怒したのは、リリウムだった。

 彼女は強烈な平手打ちをクリスティーンに見舞った。

 

「いてッ、何すんだよ、お前!!」

「私が誰か、わからないのクリス!!」

「ああッ!?」

「私はレナスティよ。この姿はかの御二柱に頂いたものだわ」

「な、えッ、マジかよ」

 そう、リリウムは知って居る。

 この女がいかに、仲間を裏切っていたのかを。

 

「この嘘吐き、コウモリ女!! 

 私たちの仲間の振りして、魔王軍にずっと尻尾振ってたのね!!」

「それは今のお前もそうじゃねえかよ!!」

 クリスティーンの反撃が、リリウムに炸裂した。

 

 二人はそのまま取っ組み合いを始めてしまった。

 だが能力的にリリウムの方が上だったので、クリスティーンは胸倉をつかまれてしまった。

 

「なあ、オレがどうして失敗したかわかるか!! 

 昔の馴染みの義理だってお前らに協力したからだよ!! 

 そうじゃなけりゃ、10兆なんて借金を背負うことも無かったんだからな!! 

 賭け事のやり方も知らない大馬鹿どもが、偶然大穴当てたくらいで調子乗りやがって!! 

 お前らが、お前らの所為なんだよ、この疫病神が!!」

 その言葉に、リリウムはひるんだ。

 強張っていた表情のイリーナも硬直した。

 

「オレはずっと思ってた、仲間意識なんてくだらねぇ!! 

 どうせ周囲はオレを裏切って、騙して、消えていく!! 

 オレはそういう場所で育った!! 

 お前らがオレをどう思ってようが関係ねぇ、結果的にお前らがオレの足を引っ張りやがったんだ!!」

 結果論として、彼女の言葉は正しかった。

 彼女が聖女として活動するのに、文明の女神の知恵を使わなければあのような転落は起きなかった。

 

「お前たちが魔王様に逆らおうなんて考えなかったら!! 

 オレが上手く魔王様に取り入って、この世界を平和にできたかもしれなかったのによ!! 

 お前たちにわかるか、オレが育ったスラムが綺麗さっぱりあの御二柱の齎した魔王軍によって無くなったのを!! 

 なんで、なんでオレが住んでた時に来てくれなかったんだよって、何度思ったことか!!」

 そこには、憎悪があった。

 貧困に対する苦痛と憎しみがあった。

 

 それを理解できるリリウムが、思わず手を緩めてしまった。

 

「それだけじゃねぇ、こんなオレにも尊敬できる師匠が出来た。

 だから一回だけで終わりにしようと思ってたのに、あんたらがやり直しをしようなんて言うから収まりがつかなくなっちまったじゃないか!! 

 お陰で私はこれから地獄行きだよ!! 

 良かったな、クソみたいな裏切者が地獄へ行って!!」

「そんな、私は、そこまで……」

「大好きだろ、私みたいな嫌な奴が落ちぶれて、心の中でざまぁって笑うのが大好きなんだ。それが人間って生き物だしなッ」

 笑えよ、と言ってクリスティーンはリリウムを突き放す。

 

「はあ」

 いい加減クリスティーンの主張に呆れたのか、アンズ様が溜息を吐いた。

 

「でも結局、貴女の凋落は自分一人しか信じなかったから招いた結果じゃないですか」

「違う!!」

「教会内で信用できる人物は幾らでもいたのに、あなたはあの“文明”から掠め取った知恵を全部自分の手柄にした。

 そうでなければ、あなた個人に全部請求が行くことがありえないと思うのですけど?」

 結局のところ、彼女は我が強過ぎた。

 自分だけしか信じられなかった。

 そして悲しいことに、彼女は有能過ぎた。何でも一人で出来るほどに。

 

「運命の行く先を観測するのは私の権能では無いですが、私にでもあなたの末路は分かります。

 仮に魔王軍を撃退しても、適当なところであなたは周囲から孤立させられ、権力から遠ざけられる。

 いずれにせよ、時間の問題だったのでは?」

 アンズ様の的確な予測に、権力と言うものを良く知っているここの面々は渋い表情になった。

 

「はッ、なんだよそれ、道化じゃないか。

 私はただの道化だったのかよ」

 そう、それが彼女と言う聖女の正体だった。

 都合の良い権力者たちの一時の生贄。

 

「貴女は幾つもの分岐点で、何度も自分本位な選択しかしなかった。

 だからあなたは平気で嘘を吐けるし、簡単に裏切ることが出来る。

 自分でもわかってるじゃないですか。あなたがそうである限り、行き付く先は同じだと」

 アンズ様の言葉に、彼女は膝を突いてうなだれてしまった。

 

「聖女クリスティーン。あなたに罰を申し渡します」

 俺の言葉に、彼女は顔を上げてうつろな目を俺に向けた。

 

「あなたが自分の師を尊敬できたように、貴女を友人だと思っている人たちを信じてくれませんか?」

「……オレの力が必要だってのかよ」

「貴女が居ないとダメなんですよ、いえ、貴女たち全員がいないと」

 俺が後ろの面々に振り向くと、彼女たちは頷いた。

 

「…………少しだけ、時間をくれ」

 全てを失った彼女は、か細い声でそれだけを口にした。

 

 

 

 

 

*1
アライメント:秩序(ローフル)・混沌(カオティック)・善(グッド)・悪(イビル)・中立(ニュートラル)・光(ライト)・闇(ダーク)、などというように、キャラクターの性格や価値観、所属グループなどを表す。Wikipediaより抜粋。

*2
より正確には、“中立”寄りであるが、主人公は主観的にそう判断した。




これにて、背理の聖女編は終了です。
最後に恒例の幕間みたいなのを挟んで、次章に移りたいと思います。
次回以降はまだ構想が練れてないので、前ほどではないですけど魔が空くかもしれません。

あと、アンケートを取りたいと思います。
次回に掘り下げてほしい女神をどうぞ。期限は、これ以上投票の必要がないと作者が感じるまで。

あなたが掘り下げてほしい女神は?

  • 天秤の女神アンズライール
  • 邪悪の女神リェーサセッタ
  • 文明の女神メアリース
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