『完結』ラウンドテーブル ~世界を救うはずだった勇者パーティの尻ぬぐいをすることになった~   作:やーなん

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今回の話は本編に関わりの無いお話です。
舞台裏みたいなもので、読み飛ばしても全く問題ありません。




幕間のお話
“暴君”の神話


 

 

「まったく、あの女神(むすめ)には困らされる」

 儚い抵抗を行っている人間たちを失意のどん底に突き落とした邪悪の女神リェーサセッタは卓上世界から上位の次元へと帰還した。

 

「……我が盟友よ、何の用だ」

 そこは、風光明媚な庭園だった。

 人間が想像する楽園のように美しく、光に溢れている。

 尤も、これは“私達”で言うところのVR空間のようなものだった。

 

 そもそも女神リェーサセッタは物理的な肉体を超越した、概念が意識を持った法則そのもの。

 地上やこの空間での彼女は、意思疎通を円滑に行うためのインターフェイス──化身(アバター)に過ぎないのだ。

 

 木々が植えられ、花々が咲き乱れる花壇の中心、そこにもう一柱の化身(アバター)が待ち受けていた。

 文明の女神メアリースだった。

 

 彼女は白亜のテーブルを前に白亜の椅子に腰かけ、優雅にハーブティーを嗜んでいた。

 

「先の件、私はまだ納得していないんだけど」

 女神リェーサセッタが対面に座ると、彼女は口を開いた。

 

「10兆の件か」

「そう、アレの裁可は私の領分でしょう? 

 私の物を横取りした相手を、私の作った地獄へ叩き落す。それは私の仕事だわ。

 私が嫌いなものは知ってるでしょ、そう横領よ」

 文明の女神はティーカップを持ったまま腕を組んで不機嫌を露わにした。

 

「どうせ与える物を別の誰かがやっただけでしょう。

 実質的な損失は差し引きゼロでしょうに。

 借金もどうせ、地獄に墜とすのだから回収するつもりも無かったくせに」

 しかしこの邪悪の女神は淡々と反論を述べた。

 この手の論議は飽きるほど繰り返した。

 二柱の統治はトライ&エラーであり、ケースバイケース。

 その都度、両者の意思のすり合わせが行われるのは必然であった。

 

「額の問題じゃないわ。

 これは私のメンツの問題よ」

「それは誰に誇示するメンツですか? 

 私達の評判なんてとっくに地の底じゃないですか」

 あなたらしくもない、と冷静に切り返すリェーサセッタに、メアリースは押し黙る。

 

「貴女は大多数の人間を救い、私はそこから取り零れた人間を救う。

 アレは明らかに私の管轄でしょう?」

「理屈の上ではそうだけど」

 理屈ではなく、感情で納得していない。

 だから彼女はわざわざ一度終わった話を蒸し返しているのだ。

 

「貴女が納得していないのは、あの娘が原因でしょう?」

「…………」

 無言は肯定だった。

 彼女とあの奔放な天秤の女神とは一言では言い表せない因縁があった。

 

 

「私が勢力の拡大に余念が無い理由は分かっているわよね」

 彼女の言葉に、リェーサセッタは「またか」と溜息を吐いた。

 

「その姿勢は感心しますが、いい加減無駄だと理解したらどうですか?」

「悪いけど、私は“人間”の女神よ。

 この目的を失った瞬間が、私の“死”よ」

 そうですか、とリェーサセッタは何億回も繰り返したやり取りをいつも通り締めくくった。

 

「そう、──私は“暴君”を討つ」

 それは野望だった。

 それは挑戦だった。

 それは嫉妬だった。

 それは、不可能だった。

 

 この文明の女神が“暴君”に挑むこと354回。

 その度に彼女の統治する世界に甚大な被害が生じ、その度に再スタートを余儀なくされている。

 

 勝率はゼロ。どんなに運命を弄っても、無い物は増やせない。

 “暴君”とは神々の中でもそれだけ特別な存在だった。

 それでもなお挑むのは、彼女が“人間”ゆえの愚かさだった。

 

 自らを至高と定義する文明の女神は、自分より“上”が居るのが心底許せない。

 故に下克上を狙い、策謀を巡らし、戦略を練り、他の神々にもとばっちりをまき散らしながら勝利を目指す。

 

 そして万が一にも無い勝利を得たところで、待っているのは神々の領域の消滅という結果だけだと推測されている。

 神域屈指のトラブルメーカーが、このメアリースという女神だった。

 

「いい加減に分かりなさいよ。

 そんなんだから、あの娘にちょっかい出されるのよ」

「…………」

 例えば絶対に負けるはずが無いと分かっている相手とは言え、飽きることなく殺意を向けられれば不愉快にも感じるだろう。

 “暴君”当人には毛ほども相手にされていないが、その伴侶は違った。

 

 彼女は自らの権能が許す範囲で、この二柱を邪魔し続けている。

 

 彼女は二人の立場を“領主”と例えたが、言うなれば神々の領域は数多の領主による群雄割拠の状態にある。

 にもかかわらず、この二柱の領域に自ら足を突っ込む神は居ない。

 

 なぜなら、誰もこの群雄割拠を放置している“暴君”に関わりたくないからだ。

 “暴君”の逸話は、神々の間においても“神話”だった。

 

 

「私が、自らを邪悪を司るモノだと認識した時、我々の神域は自然神が牛耳っていました」

 女神リェーサセッタはその当時の頃を思い起こす。

 神々の間でも、気の遠くなるような昔の話だ。

 

「この次元、私達が座す神々の席はあらかじめ決まっていた。

 火を司るなら火の神の席、土を司るなら土の神の席。

 そしていつしか、神々は意思を持つようになった。最初に意思に目覚めたのは自然神たちだった」

 だから彼女が神と自覚し、意思に目覚めた時、古参の神々がこの“森”と言うべき無数の世界の束を牛耳っていた。

 

 だが、いつまで経っても、神々の王たる“全知全能”の席に座する神格は目覚めなかった。

 神々はいったいどんな存在がその席に座るのか、戦々恐々と永い時間を待っていた。

 

 そして、それは唐突に訪れた。

 邪悪の女神リェーサセッタが目覚め、それほど時が経たぬ頃だった。

 

 

 ────“暴君”が、突如として君臨したのだった。

 

 

 彼は、人間だった。

 その姿、その存在が見知った存在だったことに、リェーサセッタはある意味で納得した。

 全知全能などと言う夢想は、人間が形作った物である。

 故にその席に座る神格は、人間であるべきだったのだろう。

 

「だからあの御方がその席に座った時の自然神どもの怒りようは滑稽でしたよ」

 自然そのものである自然神たちにとって、人間なんて生き物は数多の羽虫の一種類に過ぎない。

 だからそんな虫けらが自分たちの上に居ることを、彼らは認められなかった。

 

 そうして、“暴君”をその座から引きずり降ろそうと数多の神々が戦いを挑んだ。

 結果としてそれは、戦いにすらならなかった訳だが。

 

 “暴君”は手にした権能を試すかのように、自らに挑む神々(むしけら)を消し飛ばした。

 神域の神々に死の概念は無いので、人格の喪失が事実上の“死”である。

 自然神達は人格を消滅させられ、数十億年単位で休眠を余儀なくされたのだ。

 

 それ以降、“暴君”は自分の意思でその力を振るったことは無いという。

 

 

「貴女に分かるかしら。

 神域に至ったと思ったらあの御方が自分を高みから見下ろしているという恐ろしさを」

 女神メアリースの表情には、恐怖が張り付いている。

 かの“暴君”の逸話は人間だった頃から枚挙にいとまがない。

 そして彼女が人間だった頃、比較的“暴君”に近い位置に居た。

 

 “暴君”の最初の弟子にして今も彼が侍ることを許している観測の女神とは、この女神メアリースの魔術の師なのである。

 つまり彼女は“暴君”の孫弟子に当たる*1

 

 天秤の女神を含めたこの五柱は、奇妙なことに同じ世界で同じ時代を過ごしたという繋がりがあるのであった*2

 

「……あなた達の師弟関係は愉快でしたね」

 くすくす、と邪悪を司るにふさわしい笑みを浮かべる女神リェーサセッタ。

 

「貴女の師は……あの邪龍だったけ?」

 恨めしそうに彼女を見やる女神メアリースは、遥か昔の記憶を掘り起こした。

 

「ええ、私が初めて召喚した相手でした」

 そして愛した相手だった。

 彼女にとって、自分の従者にして、父親代わりにして、師でもあり、導き手であった。

 

 邪悪の女神は懐古する。

 己の原点を。産まれた時から悪と定められた人生を。

 

 

 

 §§§

 

 

 今更ながら、リェーサセッタと言う名前は彼女の本名だった。

 大分訛っているが、彼女は正しい名前を公言出来るほどの魔術の使い手だった。

 

 彼女の生まれは平凡だった。

 ただ、両親は魔法使いではあったが、それだけであった。

 

 そのまま生きていれば、彼女は自分が女神と気づかずに一生を終えられただろう。

 だが彼女を憎悪に駆り立てた事件が起こった。

 

 彼女の生まれた町が、襲われたのである。

 皆殺しだった。彼女だけが生き残った。

 

 いや、女神の同位体にして、その神格を目覚めさせる人格となった彼女の才能が死を許さなかった。

 彼女は産まれて初めて、命の危機に召喚魔術を試みた。

 

 そうして召喚されたのが、伝承ではとっくに討伐されたはずの邪龍だった。

 彼女は死さえ超越して、誰かを召喚できた。後になって思い返せば、この時から彼女は女神の権能の片鱗を扱えたのだろう。

 

 邪龍は、彼女を蹂躙しようとした全てを殺し尽くした。

 そうして生き残った彼女に、悪の道を教えた。

 

 それから死ぬまでずっと、彼女は復讐に生きた。

 

 

 彼女の町を襲ったのは、その世界で最大の宗教の騎士たちだった。

 彼女はいったい如何なる理由で住んでいた町ごと滅ぼされたのか、最後まで知ることはなかった。

 

 だが唯一神を崇める彼らの横暴さと悪辣さはもはや周知の事実で、その教えにある慈愛や友愛など欠片も存在しなかった。

 どうせ適当な理由で異端にでも認定されたのだろう。

 いずれにせよ、理由なんてどうでも良かったのだ。

 

 やられたから、気が済むまでやり返す。

 故に、彼女の生涯は悪逆に満ちていた。

 

 唯一神を崇めている、というだけで幾つもの町を悪魔の軍勢に襲わせ、邪悪の限りを尽くした。

 彼女の召喚する悪魔たちは彼女に忠実だった。

 数千の悪魔を使役するその姿は、人類の敵そのものだった。

 

 いつしか彼女は、“生きた災厄”として認定されるまでになった。

 そんな頃だったか、人間だった頃のメアリースと出会ったのは。

 

 最初は二人とも、お互いを利用するつもりだった。

 だが話してみると、お互いに自分に無いものを持っていた。そして気が合った。

 二人でなら何でもできたし、誰も止められなかった。そう思っていた。

 

 二人は最期までやりたい放題をして、ついには古の魔王を召喚して世界を混乱に陥れた。

 悪逆非道の道程で数多の偉業を成し遂げ、二人は死後に神域へと足を踏み入れることとなった。

 

 

 神の御座にて自らが邪悪を司るモノだと気づいた彼女は、自分に跪いている無数の悪魔たちを見下ろしていた。

 彼らは人間だった頃、彼女が使役した悪魔たちだった。

 彼らは気づいていたのだ。自分が何に使役されていたのかを。

 

 そして彼女は天上の御座から知った。

 ──自分を不幸に陥れた連中が信じる神など、どこにも居ないということを。

 

 落胆と共に、自らの権能を用いて片手間に生まれ育った世界を滅ぼし、彼女は自らの神としての役割を受け入れるのだった。

 

 

「あの頃は、楽しかったなぁ」

 女神メアリースは、当時を青春でも思い出すかのように笑みを浮かべてた。

 

「あの頃はまだまだ知らないことが沢山あって、やりたいことも沢山あったわ。

 でも今も今で悪くない。新しい目標も出来たしね」

「その敷居が高すぎることを自覚してくださいよ」

 何だかんだで、二柱は今も一緒に居る。

 不思議なことに彼女たちは一度も喧嘩したことは無かった。

 これから永遠に近い年月も共に苦楽を共にするのだ。

 

 ────なぜなら、二人は掛け替えのない親友なのだから。

 

 そして、今。二柱の友情が試される事態が巻き起こった。

 

 

 

 

 風光明媚な楽園が、突如として暗雲に覆われる。

 大地が割れ、風が吹き荒れる。

 

 二柱は、げッ、と表情を顰めた。

 全ては遅かった。

 

「やあ」

 それは、小さな扉を大型車両が突き破ってくるような滅茶苦茶な破壊そのものだった。

 空間が膨張し、引き裂かれ、楽園の大地は残らず捲れ上がる。

 

 この終末のような光景は、ただ一歩、こちらに踏み入っただけに過ぎない。

 

「あいつが、迷惑かけてるみたいだね」

 存在の規模が、格が違いすぎる。

 二柱は洪水の中を立つことを強いられるようなプレッシャーの中に居た。

 

「別に僕に気を遣わなくてもいいんだよ。

 ムカついたなら、引っ叩いてやればいい」

 その重圧を発しているのは、小さな、背の低い少年だった。

 見た目だけなら、幼い天秤の女神と吊り合う年齢に見えた。

 

 だが両者を並べて、お似合いのカップルですね、と微笑まし気に言える存在は果たして居るのだろうか。

 

「“暴君”……ッ」

 二柱の思考は、なぜ、の一言だった。

 自分の領域に引きこもることしかしない彼が、観測の女神を伴って顕現したのである。

 

「師匠、やはり私を遣わせれば良かったのでは?」

 彼に侍る、観測の女神が気を遣ったのだが。

 

「僕に意見するの?」

「いッ、いえ」

 その視線が、彼女に突き刺さる。

 彼女の存在そのものにさえダメージが生じるような、反論を封じる一瞥だった。

 

「孫弟子、お前だ。お前に用件があった」

 あった。そう、過去形だった。

 

「この世界だよ」

 “暴君”が指差す先に、無が存在していた。

 かつて何か存在していた名残すらも無く、そこには何もなかった。

 それこそ、こうして指摘されなければ、そこに何かあったのかも気づけないほどに。

 

「えッ」

 女神メアリースは慌ててログを取り寄せた。

 不自然な数字の動きがあった。高度な文明が存在していたそこの数値が、全てゼロになっていた。

 

「ここの連中、僕の存在に気づいたんだ」

 それだけで、この小さな少年に見えるだけの暴虐の化身がなぜ怒っているのを察した。

 

「そして崇めた(・・・)。後は分かるな?」

「お許しください、監督不行き届きでした」

 この期に及んでプライドが邪魔して黙っている盟友の前に出で、女神リェーサセッタが謝罪をした。

 

「ダメだ、責任を取れ」

 冷徹な視線が、二柱を見下ろす。

 

「まあまあ、師匠。この程度で目くじらを立てても──」

 場を取り成そうとした観測の女神が余計な口を開いた直後、彼女は数百年ほど口を開けなくなった。

 

「「……」」

 観測の女神は、格の上ではこの二柱と同格だった。

 だがこの子供の癇癪の前には何もかもが無意味だった。

 

「僕は人間と言う生き物が嫌いだ。

 前にも言った気がするけど、人間だった頃僕を崇めた連中が実に醜悪極まりない連中だったんだ。

 僕の名前で好き勝手しやがってさ。僕はこんな存在になったことを今まで一度も嬉しいとは思わなかったけど、その事実をアカシックレコードから消し去れたことが唯一喜ばしい出来事だった」

 それが事実か、確認する術は無い。

 なぜなら目の前の存在は、“全知全能”なのだから。

 

 全知全能と言う人間の夢が幼稚なら、それを体現する存在もまた暴力を振るう理由が幼稚だった。

 だが彼にとって、ただそれだけが我慢ならないことだった。

 

「だから、僕を崇める連中は例外なく消し去ると決めた。

 そしてお前はそれを許したな」

 文明の女神が挑んでも歯牙にも掛けないのに、気に入らないことが起こったら即座に罰する。

 理不尽だった。

 暴虐であった。

 まさに、暴君であった。

 

「お前しばらく、眠ってろよ」

 “暴君”が、片手を振り上げた。

 神を数十億年単位で行動不能にさせる一撃が、彼女の管理下の世界を巻き添えにして振り下ろされる──!! 

 

 

「じーッ」

 寸前で、彼は伴侶の視線に気づいた。

 

「……なんだよ」

 不機嫌そうに、彼は伴侶に目を向けた。

 助かった、と今まさに暴虐に晒されようとした二柱は思った。

 

「いいえー、あなたが不必要に酷いことをするところを見ていようかなーって思っただけです」

 この世で、この神域で、あらゆる神々の中で唯一、この“暴君”の暴虐を止めることができる女神がこの現場に間に合った。

 

「どうしたんです、あなたが嫌いな人間らしいところを見せてくださいよ。

 ほら、どうぞ。みっともない八つ当たりをしてみてください」

「……はあ、僕が悪かったよ」

 彼はバツが悪そうにそう言って、踵を返した。

 黙らされて悶絶している観測の女神を引きずり、自分の領域へと帰って行った。

 

 

「……盟友よ、一定以上の文明レベルに達した世界は間引く手はずだったのでは?」

 女神リェーサセッタの咎めるような視線が、盟友に突き刺さる。

 

「だ、だって、すごく生産効率が美しい世界に育ったんだもん!!」

「それでどれだけ損失を被るところだったと思っているんですか!!」

「もうちょっと眺めたら滅ぼすつもりだったわよ!!」

 言い訳ばかりをする女神メアリースに、女神リェーサセッタはカチンと来た。

 

「まあまあ二人とも」

 言い争いを始める二柱を、女神アンズライールは間に入って諫めるのだった。

 

 こうして、突然巻き起こった数多の終末は未然に防がれたのだった。

 

 

*1
ちなみに文明の女神にとって、天秤の女神は叔母弟子に当たる。

*2
簡易人物相関図:師弟関係で“天秤”←“暴君”→“観測”→“文明”となる。“邪悪”は完全に他人。




三十話くらいで完結する予定だったこの小説、それで終わらないと確定して本編に関係の無いお話を入れるの巻。

こうなったら開き直って四章の構想が練れるまで、幕間でお茶を濁そうと思っています。
それでは、また次回!!
次回はクリスティーンの独白とか行きましょうか。
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