『完結』ラウンドテーブル ~世界を救うはずだった勇者パーティの尻ぬぐいをすることになった~ 作:やーなん
人間道
さて、俺もこの逆行には慣れたものだと思ったが、今回ばかりは少し驚いた。
「アイオン、今日はいよいよ国立魔法学院への入学の日ですね」
身支度を整えていた俺に、今生の母親が言った。
そう、此度の俺は名門貴族の子息だった。
気が付けば彼らの息子としての人生が予習済みであり、明日にはこの国の最高学府へと入学が決まっていた。
ここは魔法帝国。
魔法使いの育成に力を入れたこの世界の先進国にして軍事国家。
魔王が現れなければ、周辺諸国とバチバチに睨み合っていた侵略国家でもある。
そして、俺が歩んだと思われる人生から記憶を掘り返せば、主席での入学が決まっていたはずだった。
俺はこのような立場を得て、少し困惑したが納得もした。
魔王軍時代に、アリサ殿の身辺情報は調査済みだった。
魔法帝国出身であり、国立魔法学院を首席で卒業したエリート。
だが今回、主席で入学したのは俺だった。
勿論、主席と言う立場が永遠では無いことぐらいは俺も知っている。
彼女は努力型の魔法使いであり、才能に物を言わせるタイプでは無いのを知っている。
努力だけで、あの才能の塊みたいな三人と共に魔王討伐を成し遂げた。
だから俺はちゃんと彼女と話すのが楽しみではあった。
俺には才能なんて無かったし、何十年分を努力して姫様に追いすがるのがやっとだった。
だからアリサ殿には心の奥底では応援をしていた。
それが俺の身勝手な幻想だと知ったのは、すぐの事だった。
§§§
魔法学院はこの国の最高学府だけあって、まるで城のような立派な建物であった。
警備も厳重であり、国がいかにこの学校に力を入れているのか分かる。
入学初日、学帽とローブを来た大勢の魔法使いの卵が、城砦を思わせる城門を通り中へと歩いていく。
その多くが自分たちの新しい生活に期待と不安が入りみだり、希望を抱いていた。
私は新入生代表として、全校生徒の前で挨拶を行った。
こう言ってはなんだが、将軍職を経験しておいてよかった。
大勢の前で話すことなど、アランの人生にはなかったからだ。
俺は生徒たちへの挨拶をしながら、壇上からアリサ殿を探した。
……いた。
彼女も入学していた。
学帽を被り、やや大きめのローブを纏って講堂の端でこちらを見ていた。
──まるで、『自分が取り返しのつかないことをしてしまったことに気づいた』かのような、目を見開いた表情で。
俺と彼女とが目が合うと、アリサ殿は露骨に視線を逸らした。
俺は一瞬、言葉に詰まった。
ほんの少し、講堂がざわつくが俺は気にせず挨拶を続けた。
俺の挨拶が終わり、俺は席に戻った。
それにしても、校長先生の話が長いというのはどの世界でも同じようだった。
俺がこの王立魔法学院に入学してすぐに感じたことは一つ。
「……国立の教育機関がこの程度、か」
俺はダークエルフだった時に受けた教育がいかに高度で洗練されたものであるのか理解してしまった。
教育者は一般的に聖職者と表現される。
人を導き教える職業を神官などを聖職者と称されるが、教員が同じように呼ばれるのはその世界の文化的な要素に過ぎない。
だが、文明の女神の統治下にある学校の教師は、一人残らず聖職者──神官だった。
文明とは教育があってこそ。
故に、かの女神は教育者と言う職業に厳格な制限を設けているのだ。
俺が聞いたところ、ダークエルフの頃に話を聞いた先生によると、神官の中から十分な経験と実績がある人間を厳選し、その人格も考慮される。
文字通り、教員は神に仕える神聖な職業だったのだ。
だから俺がかつて通っていた学校では、学校の歴史という授業でイジメや教員によるイジメの見て見ぬ振り、パワハラやセクハラが存在していたと習ったことが有る。
そう、文明の女神の管理下において、それらはとっくに撲滅していたのである。
だからそれを目の前で見てしまうと、思わず嫌悪感に顔を顰めた。
「お前さあ、あまり調子に乗るなよ」
「前々から気に入らなかったんだよなお前」
アリサ殿が、校内の人気の無い場所で複数人に絡まれていた。
「す、すみません」
そこには、魔王軍に毅然と立ち向かい、その強大な魔法でその軍勢を薙ぎ払った勇者の一人とはとても思えない弱々しい少女がいた。
だが、それも仕方がないだろう。
彼女は、あの四人の中で一番若い。
今の彼女は、12才の少女に過ぎないのだ。
「お前さ、入学式の時にアイオンさんを睨んでただろ?」
「庶民の分際で、対抗意識でも出ちゃったわけ? あはは、ありえないんだけど!!」
そして情けないことに、彼女に絡んでいるのは俺と同じ上級学部の連中だった。
この学校は露骨に格差がある。
貴族や名門の子息が通う上級学部と、一般人が通う通常学部だ。
勿論待遇は全然違う。上級学部にとって、通常学部は下僕扱いだ。
所詮、上級学部と言っても貴族の子息による高級サロンに過ぎない。
彼らにとってこの学校とは人脈を築くための手段の一つでしかないのだ。
そして軍事国家であるこの国において、通常学部を卒業したところで待っているのは一兵卒として戦場に送り込まれるだけ。
強国だが、格差が激しい。
それがこの魔法帝国と言う国だった。
「お前たち、そんなところで何をしている」
俺は見てられずに、彼らに声を掛けた。
「あ、アイオンさん。聞いてくださいよ、こいつ生意気なんですよ」
「そうですよ、ちょっと魔法の成績が良いからって私ら見下しているです!!」
彼らは、恐らくありもしないことを俺に訴え始めた。
アリサ殿も俺の登場に怯え、震えていた。
「庶民に絡むのが、貴族の仕事か?」
だが俺は、彼らの思惑には乗らない。
「貴族とは上手く庶民を使う存在であって、痛めつける存在ではない。
私は私に貢献してくれる庶民を手厚く遇する。
そして、逆に言えば──」
俺は彼らを睨みつけた。
「下の者を叩くことでしか自尊心を保てない無能は、同じ貴族であろうと不必要なのだ」
魔法帝国は格差社会だが、実力主義だ。
下の者でも実力が有れば成り上がれる。
尤も、それは針に糸を通すような狭き門に過ぎないが。
「分かったのならお前たちも自己の研鑽に励むことだな」
俺の言葉に、アリサ殿に絡んでいた連中はそそくさと退散した。
彼らは上級学部と言っても、所詮は下級貴族。
俺の生まれという事になっている名門貴族の家に比べれば、吹けば飛ぶような木っ端に過ぎなかった。
「大丈夫だったか?」
俺は馬鹿どもが退散したのを見届けると、アリサ殿に声を掛けた。
「あ、ありがとうございます……貴族様」
彼女は俺に助けられたという事が信じられないとでもいうような表情で俺を見ていたが、すぐに我に返って俺に礼を言った。
「気にすることは無い。
次から、お前が面倒に絡まれた時は私に言うと良い。
お前のような人材を失うのは、帝国の損失だ」
お世辞では無かった。
彼女の協力無くしては、この帝国どころか世界が危ういのだ。
「ありがとうございます、本当に、ありがとう……」
「感謝は言葉でなく、国家に貢献という形で示せ」
「は、はい!!」
アリサ殿は何度も頭を下げて、俺に感謝してくれた。
まるで彼女の行く末を知っているから、俺の中にそれを利用したかのような罪悪感が芽生えた。
俺は、ちゃんとこの国の貴族らしく振舞えたであろうか。
いや、もしかしたら貴族としては、あの木っ端連中の方が正しいのかもしれない。
この国では、誰かを蹴落とさなければ這い上がれないのだから。
そして何より滑稽なのは、この最高学府の新入生において最も高い地位に居る俺ですら、居ても居なくても良いという立場に過ぎないという事だった。
もしかしたら、俺はただ、彼女のような人間に感謝されたいだけだったのかもしれない。
俺は傲慢だな、と自分に芽生えた浅はかさと愚かしさを振り切って次の授業へと向かった。
§§§
王立魔法学院は俺にとって程度が低い教育機関だったが、それでも楽しいことは存在した。
俺は魔法についてダークエルフ時代からの経験でここの学生たちよりアドバンテージがあった。
そもそも魔法そのものさえ、俺が学んだものより劣っている。
俺が主席の地位を維持することはそれほど難しいことでは無かった。
そうなると、思いのほか周囲から頼られてしまう。
学園祭を始めとしたイベントや、行事などの仕切りを頼まれる。
上級学部の連中が全員あのアリサ殿に絡んでいたような奴らばかりではない。
俺なんかを慕ってくれる同級生や、学年が上がった時は後輩も出来た。
俺は、名門貴族を演じるほかなかった。
彼らに失望されるという恐怖は耐え難かったのだ。
なるほど、姫様が逃げ出したくもなる。むしろよくあれだけ耐えた物だと自分の立場になると感心してしまう。
自然と俺は生徒会役員になり、上級生になった頃にはいつの間にか周囲から担がれ、生徒会長になっていた。
それが、アリサ殿に関われないことだと分かっていても、断れなかった……。
俺は最初にアンズ様に逆行させて頂いた時に、あの砦を守った時から何も変わっていなかったのだ。
時折、俺は生徒たちに囲まれ歩いている最中に、アリサ殿が独りでいるのを見かける。
俺は彼女が成績の良い物静かな生徒、という評判しか聞かなかった。
まるで、彼女は息を殺して虫か何かのようにじっと学内に存在していた。
何か自主的に行動するわけでもなく、誰かと一緒に居ることも見たことが無い。
彼女を見守っているうちに、魔王軍の到来によって授業に軍事訓練が多くなった。
上級学部は軍学校で言うところの、士官候補の育成コースである。
なので、俺は卒業が近くなると、戦いの雰囲気を感じるようになっていた。
「ふはははは!! 殺せ、殺せ魔獣ども!!」
そしてこの国の攻略担当は、魔獣将殿だった。
数多の魔獣を従え、魔法帝国の国土を蹂躙する。
国立魔法学院を卒業した俺たちは、即座に前線へと送られた。
それがどれだけこの国に逼迫した事態かを推し量るには十分であろう。
魔王軍によって、この国の部隊は連戦連敗。
単純な物量によって、優れたこの国の魔法使いたちが爪や牙で引き裂かれる。
俺は士官となり、かつての同級生たちを率いて戦った。
その中には、アリサ殿も居た。
俺は彼女を補佐官に任命し、帝国の為に戦った。
だが、それも終わりが近づいている。
「逃げろ、アリサ……」
度重なる連戦によって魔力切れの上疲労が溜まっている仲間たちが野営しているところを魔獣の奇襲を受けた。
魔獣たちは夜目が利き、何より人間よりずっと獰猛で強靭だ。
奇襲攻撃は彼らの十八番。警戒に立たせた仲間は、音も無く食い殺された。
「そんな、アイオン様……私一人で、逃げるなんて!!」
仲間の死を目にし、今まさに次々と殺されている状況で、敵の凶刃に掛って血を流し瀕死の俺が彼女に訴えた。
「よく聞くんだ!!」
俺は、俺に縋りついて涙を流す彼女に、言った。
「お前は、この世界の希望なんだ!!
今は逃げろ、逃げて逃げて、最後に勝つんだ!!」
俺は今、何を言っているのだろう。
大量に血を失って、自分が何を言っているのか自分で分からない。
「でも、でも!!」
「行くんだ、行くんだ!!」
俺は彼女を逃がそうと、必死で訴えかけた。
もう彼女の顔もぼやけて見えない。
「ご、ごめんなさい、みんな!! アイオンさんッ!!」
俺は彼女が離れていくのを感じ取り、地面に体を落とした。
「……ああ、この感覚、俺は本当に人間に戻れたのか」
ダークエルフの時はずっと勝ち戦ばかりだったからな。
この敗北感、無力さ、本当に、懐かしい……──。
……
…………
…………
「学園生活は楽しめましたか?」
目を覚ますと、孤児院のあの一室に戻っていた。
「アンズ様……申し訳ありません」
「何で謝るんです? 楽しかったでしょう?」
にこにこと笑みを浮かべているアンズ様が嫌味のような言葉を投げかける。
俺は罪悪感から顔を逸らした。
「楽しいわけがないでしょう。
俺を慕って、俺を信じてくれた仲間たちは全員死んだ。
俺は間違ってた。俺は昔と何にも変わってない」
俺は、自分の愚かさが嫌になった。
何度繰り返しても、何度破滅を乗り越えても。
俺自身は、まったく成長していない。
「本当にそれは間違いでしょうか?」
「え?」
しかし、アンズ様は変わらぬ笑みで言う。
「ひとつ、助言をしましょう。
今回ばかりは、あなたを送ったことは意味が有るのです」
「俺に、意味が?」
「ええ、それが何かを十分に考えながら、次へと行ってみましょー!!」
片腕を上げたアンズ様の掛け声と共に、俺は意識が急に沈んでいく。
俺が、行く意味、だって?
俺は困惑しながら、次の世界へと逆行する。
次こそは、アリサ殿にあんな表情をさせない為に。
とりあえず、四章の導入と言える話を投稿しました。
これからどのように解決に向かうか、ご期待ください。
あと、前話のあとがきで言った新作「バッドガールズ・ダークサイド」を先日公開しました。
一話書いたら、報告しようと思ったのですがついつい五話まで書いちゃいました。
魔法少女モノで、この作品と同じ世界観で、あのキャラも登場します。
ギャグ小説ですが、あらすじ通り一章はシリアス全開です。
お目汚しではありますが、興味がありましたら是非とも読んでくださいね!!
それでは、また次回!!