『完結』ラウンドテーブル ~世界を救うはずだった勇者パーティの尻ぬぐいをすることになった~ 作:やーなん
優しさは、そんな彼女の孤独を癒す猛毒だった。
孤独の鳥籠の中で、彼女は今日も悶え苦しんでいた。
だから彼女は、気づこうともしなかった。
「さて、今回の君の最終目標は魔王討伐だったね」
「うん」
四度目の世界。
アリサがこの世界で意識が覚醒すると、程なくして『悪魔』が現れました。
家の中は彼女の両親が居ますので、早速場所を移して作戦会議です。
「あの三人が居る場所、見つけてくれた?」
「勿論。だよな?」
『悪魔』は視線を横に向けました。
そこには、ダークエルフの魔女が恭しく片膝をついていました。
彼女は百人近く居る『悪魔』の従僕です。
「当然です、我が主。
適当にヒトを操って探らせました」
「よし、所在は判明したようだし、手紙を送るべきだね。
内容は任せた。いいな?」
『悪魔』は更に視線を横に向けました。
そこに老紳士が腰を曲げて頭を下げていました。
彼もまた、『悪魔』の従僕です。
「イエス、マイマスター。
ですが三人のうち二人はかなり高貴な身分のようで、普通に手紙を届けるのは難しいかと」
「適当に侵入すればいいだろ」
「お忘れですか、我らは業務以外の事をするのは契約違反でございます」
「そうだった」
老紳士に諭され、『悪魔』はアリサに視線を戻しました。
「というわけで、君が何とかして届けな」
「本当に助言ぐらいしかしてくれないのね」
「三人の所在を探すだけでも裏技を使ったんだ。十分サービスが良い方だよ」
部下の手柄を自分の物のように言う彼にイラっとしながらも、アリサは頷くことにしておいたようです。
「マイマスター、具申申し上げます」
「なにさ、教授」
「見たところ彼女は魔法の扱いに熟達している様子。
僭越ながら、この私めが彼女を指導しましょうか」
「ああ、契約内容は力が欲しいだもんな。君が教えることは契約違反にはならないな」
「ええ、彼女の練度なら、空間転移ぐらいならすぐに会得できましょう」
老紳士の提案に、『悪魔』は頷いた。
「今更、誰かに魔法で教わることなんて……」
これでも彼女は体感時間で二十年以上魔法の修業をしています。
私に言わせればその程度はひよっこですが、この世界の基準ではまあまあベテランと言えるでしょう。
「ほほほ、まあそう仰らずに。己の知見を広めるのも勉学ですぞ」
老紳士は彼女の言葉に気に障った様子も無く、微笑ましいものを見るようにしていました。
そして、一か月後。
「先生!! 見てください!!
100km以上の転移に成功しました!!」
「ほっほっほ、若者は呑み込みがよろしいですな」
老紳士にアリサは懐いていた。
「もう教わることはない(キリッ
って、言ってたのは誰だっけなぁ~」
「魔導の探求に終わりなんてないのよ」
『悪魔』の嫌味も何のその、アリサは彼の指導で格段に魔法の引き出しが多くなったようです。
たった一か月ですが、彼女は元々地力があっただけでなく努力家なので、瞬く間に彼の教えを吸収したようでした。
「いやはや、教え子が増えるのはいつになっても良いモノですな」
「先生ってどうしてこんな奴の従者をしてるんですか?」
嬉しそうにしている老紳士に、アリサは横の嫌味な奴に意趣返しするようにそんなことを訊ねました。
「おや、魔導の探求の為に悪魔に教えを乞おうと思うのは魔術師としては当然ではありませんか?」
「それは、まあそうですけど」
他ならない彼女もそうなのですから、彼の答えに歯切れの悪いモノ言いになりました。
ですが、彼女はあまり納得がいかなかったようです。
この老紳士は彼女に教えられるほどの、非常に高位の魔法使いでした。彼ほどの腕前の持ち主は、この世界では見当たらないことでしょう。
そんな人間が悪魔の従僕になっているのが、不思議でなりませんでした。
「あまり余計な詮索はしない方が良いわ」
「うッ」
二人の修業の様子を、遠巻きに見ていたダークエルフの魔女が口を挟んだ。
アリサは彼女の視線に怯みました。
この魔女も、卓越した強大な魔法使いです。アリサは絶対に戦いたくない、とお互いの力量差を悟りそう思っています。
「この世界の書式と文字は把握しておきました。
ここに協力要請を乞う手紙を書きました。これを転移魔法で送ってください」
「分かりました」
老紳士から手紙を受け取り、アリサは魔法で手紙を転移させました。
それから数か月、アリサを仲介して四人は手紙のやり取りをするようになりました。
「何だか事務的な内容ばかりだね。
近状の報告も簡素だし。女同士の手紙のやり取りって、もっと何枚も下らない無駄話が増えるものじゃないの?」
学院の寮で、届いた手紙を検分している『悪魔』がそう言いました。
「別に……。私はみんなと仲がいいわけじゃないし」
「あれ、そうなんだ。
君らは元冒険者なんだろ? ああいうのって連帯感が必要だったりするんだろ?」
「私は、あの三人のパーティに数合わせで入ったみたいなものだから。
私は才能が無かったから、みんなに合わせるだけで精いっぱいだった」
言うまでもありませんが、冒険者のパーティにおいて魔法使いの役割は非常に重要です。
戦士職の方々にはできないダメージディーラーでもありますし、物理法則でどうにもならないことを魔法で味方を助けたりもできます。
彼女らのような精強なパーティでは、アリサのような凡人は浮いていたことでしょう。
「私、いつも失敗ばかりしてた。
クリスの奴がいつも私に嫌味を言って、他の二人は庇ってくれたけど、惨めだった。
何度も何度も、逃げたくなった……」
そしてもう、彼女はどこにも逃げ場などないのです。
「ひとつだけ聞かせてよ。
君はあの男を救って、どうしたいのかな?」
「え?」
『悪魔』の問いに、アリサは予想外の質問に素っ頓狂な声を上げました。
「え? まさかお前、何も考えてないの?」
「だって、あの御方は私に、何もない私を救ってくれた。
私はあの御方のお役に立てればそれでいいの」
アリサの目は本気でした。そこには邪心も欲目もありませんでした。
『悪魔』はその態度に溜息を吐きます。
「ホント君は救いようのないバカだよ。
無償の愛なんて存在するとでも? 君も人間らしく、そいつの心が欲しいとか言って見せろよ」
「だって、あの人は貴族で、私なんかと吊り合わないし……」
「まあそれもそうか。
それに位の高い貴族の子息なら、生まれながらの許嫁とかいるだろうし。
君の献身は奴に知られることなく終わるわけだ」
『悪魔』がやれやれと大げさに首を振って見せると、彼女は気の抜けた表情をしたまま胸に手を当てました。
「君が本当に奴を助けたいなら、僕に彼を助けるように契約すれば良かったんだ。
お前はそいつを助けたいんじゃなくて、そいつを助ける自分に酔ってるだけさ」
彼の言葉は本質を突いていましたが、これまで恋もしたことのない少女には刺激が強過ぎました。
「……どうして。アイオン様が誰かとご結婚なさると思ったら、私……」
彼女はぽろぽろと涙を流し始めました。
「苦しいよ、悲しいよぉ。なんでそんな酷いこと言うの。
私はただ、あの御方のお役に立てればよかったのに……」
「なら覚えておくんだね。
それが人間の生きてる証だ。お前みたいなバカな小娘が、悟ったようなこと言うな」
俯いて泣いている彼女に、彼は容赦なく言葉を浴びせます。
「知らなければ、知らなければこんな思いしなくてもよかったのに」
「そう思うなら、最初から誰かを好きになんてなるなよ」
「…………」
彼は慰めることも無く、彼女が泣き止むのを待ちました。
「私、決めた」
そうして、アリサは涙を拭うと意を決して顔を上げました。
「全てが終わったら、あのアイオン様に想いを伝える」
「そうかい。今からお前が玉砕するのが楽しみだよ」
「だからなんでそんな酷いこというのよ!!」
それから事態が動くまで、四年の時間が必要です。
§§§
対魔王の連合軍が結成され、遂にこの時四人は顔を合わせたのです。
「こうして、見慣れた顔が集まると感慨深いものがあるな」
イリーナは人払いを済ませた天幕で、そう独り言ちました。
「見慣れた顔? 約一名ほど姿形まで変わってるじゃねえか」
「それはこっちの台詞よ、あなたが聖女って聞いた時は何の冗談かと思ったわ」
こちらではクリスティーンとレナスティ姫が軽口を叩き合ってました。
「…………」
そんな感動(笑)の再会の場で、アリサだけは若干俯いて黙っていました。
「魔王を倒せば、このいつ終わるとも知れない地獄も終わるのだろうか」
「そうね、こんなことならあんなこと願わなければ良かった」
そんな二人の弱気な態度に、クリスティーンは鼻を鳴らしました。
「少なくとも、魔王を倒せばこの世に魔物どもが溢れることは無くなるだろうよ。
ったく、オレをこんな面倒に巻き込みやがって。
知らない顔じゃねぇから仕方なく手を貸してやるけどよ」
そう言って、彼女はアリサを見ました。
「お前、やれんのか?
前よりちゃんと出来るようになったのかよ?」
「そ、それは……」
「クリスッ、そんな言い方はないだろう!!」
「そうよ。アリサの評判は聞いてるわ。
努力の天才で、学院の麒麟児だって」
クリスの言葉から、二人は庇ってくれています。
だけど、アリサは居心地が悪そうに俯いていました。
「……まあ、使えるならなんでもいいさ」
クリスティーンは心底面倒そうにそう言いました。
内心、魔王の嫁なんて御免被るし、と思っているようです。
「私、頑張ります」
彼女はか細い声で、そう言いました。
「アリサ君、軍議は終わったのかい?」
「はい、アイオン様。
ですが私なんかがアイオン様を差し置いて部隊長だなんて……」
「そう卑下することは無い。
それに、私は部隊の管理の方が性に合っている。
これでも上に立つ器ではないと思っているんだ。私は」
天幕を出て、自国の軍隊の野営地に戻るとアリサは指示を飛ばしているアイオンに報告に戻りました。
「国軍が本国防衛などと言い訳を並べなければ、君にそんな重責を負わせずに済んだのだがね」
「いえ、結局は私もお飾りなので」
「自分を卑下するなと言っただろう。
君は我が国の希望なのだからな」
「アイオン様……」
彼の励ましの言葉に、アリサは顔を上げて胸に手を当てます。
たったそれだけの言葉に、彼女は勇気を貰えるのです。
「アイオン様、ひとつだけお願いをしてもいいですか?」
「なんだ、君の頼みなら可能な限り融通しよう」
「全てが終わったら、お伝えしたいことが有ります」
たったこれだけの言葉なのに、彼女は一世一代の告白でした。
「ああ、私も君に聞きたいことが有るんだ」
だと言うのに、この男は微塵も己が恋慕されているとは気づいていないのでした。
このじれったさにちょっかいを出さなかった私の自制心を褒めてほしいくらいです。
「見事な死亡フラグじゃないか」
必要事項を伝えて、彼女に割り当てられたテントに戻ると、『悪魔』が本を読んでいました。
「ど、どうしよう、私。
アイオン様にあんなはしたないことを……!!」
「ダメだこりゃ」
顔を真っ赤にして身もだえているアリサに、彼も呆れ顔でした。
そうしているうちに、決戦の時はやってきました。
並み居る魔物どもをちぎっては投げ、ちぎっては投げ、リーパー隊も物ともせずに魔王城に突撃を敢行。
いよいよ、魔王と対峙すべくその最奥へと向かうところでした。
「アリサ」
「なに、これから大事な時なのよ、わかってるでしょ?」
二頭身のデフォルメ『悪魔』が、彼女の耳元で囁いた。
まるでこれを言うのが楽しみでならないとでも言うように笑いながら。
「アイオンが死んだよ」
彼女はその声に目を見開きました。
「……ねえ、みんな」
「どうした。アリサ?」
「何か問題でもあったのか?」
振り返る前衛の二人。
アリサは言いました。
「今度の戦いって、本当にいっぱいの犠牲が出たよね。
あのさ、もしもう一回チャンスがあるなら、皆を救えると思わない?」
それは、この戦いで家族を失ったイリーナには急所を抉る言葉でした。
「そうだな、もしチャンスがあるなら女神様に頼んでみるのも良いと思わないか?」
「私は……反対はしないわ」
「おい、マジかよお前ら」
クリスティーンの信じられないっと言った態度は、イリーナが睨んで封殺しました。
「だよね、だよね!!」
実のところ、アリサの意見が通ったのはこれまでで初めてでした。
だから、彼女は思いのほか舞い上がっていたのです。
「くくッ、今の提案は僕と君、どちらが悪魔らしかったのかなぁ?」
『悪魔』はその人間らしい利己的な行動を可笑しそうに見ていました。
「それにしても、あいつらが願った女神ってのは君だったんだ」
「おひさー、元気してました?」
「なかなかにアレな連中だったね。
ホント女って生き物は感情で全てを狂わせるからバカバカしいよね」
「あーッ、今の発言は今はコンプラ違反ですよ、炎上確定ですね!!」
「悪魔が口が悪くて何が悪いのさ。
おっと、君のダンナも女々しさは同じくらいだったっけ。それは配慮が足らなかったよ」
「……ぶっ飛ばしますよ」
「あはは!! 人間だった頃の君に聞かせてやりたい言葉だね!!
あのアリサの奴と大して変わらない、くだらないバカな女である君にねぇ!!」
彼とは昔、そこそこ仲が良かったのですが、この人は神様が大嫌いなので今の私とは折り合いが悪いのです。
ちょっと残念。
「まあ、情けなさなら僕が居るのに気づいてるくせに顔も出さない情けないどこぞの女神も変わらないか。
もしかしてアレかな、もう僕如きなんて構うなんて無駄なことはしなって事かな?」
相変わらず、全方位に敵を作るスタイルですねぇ。
ほら、出てきちゃった。
「くだらん、見逃してやっているのが分からないのか」
「挑発したらすぐ乗るの、本当に変わらないねぇ。
ああそうだった、神様ってのは変わることも出来ない憐れな存在だったね!!」
「それはお前も同じだろう、このクズ悪魔めが!!」
「まあまあ、二人とも、喧嘩はよしましょうよ。そう言うのは生前で沢山やったでしょ?」
「……ふん、どうせ滅ぼす世界だ。お前の好きにすればいい」
私が二人を宥めると、リューちゃんは帰ってしまいました。
「相変わらず、時と場合によって対応を変える感情で動く主体性の無い奴。
僕は違う。僕はお前とは違う意味で変わらない。
悪とは基準があってこそ。そこに美学があってこそ、人はそこに惹かれるんだ。
だから僕は絶対悪。変わること無く、己を貫く者だ」
『悪魔』は楽しそうに笑っていました。
「また、もう一度見させてもらおうか。
お前の悔しがる顔をさッ!!」
本当に、この人はどこまでも
…………ええ、羨ましい限りです。
彼にはあと少しの間、探偵役を頑張ってもらいましょう。
あれ、言ってませんでしたっけ?
誰も彼女が探偵役だなんて、言ってませんからね!!☆彡
あと二話。