『完結』ラウンドテーブル ~世界を救うはずだった勇者パーティの尻ぬぐいをすることになった~ 作:やーなん
優しさは、そんな彼女の孤独を癒す猛毒だった。
孤独の鳥籠の中で、彼女は今日も悶え苦しんでいた。
だから彼女は、気づこうともしなかった。
自らその毒に溺れようとした彼女は、知らない振りをした。
五度目のやり直し。
アリサは前回四人で決めた条約通りに、連絡を取り合おうと手紙でやり取りをし始めた。
「今度こそ、今度こそ、私はあの御方を救って見せる!!」
彼女の意気込みは今まで以上だった。
「いい加減に学習すればいいのに。馬鹿な奴だなぁ」
「いきなり何よ」
「わからないのかい?
これまで君は、アイオンの奴を何度も死なせた。
それに対する根本的な対策を取らないと意味が無いんじゃないの?」
要するに、である。
僕は彼女に善意で問題を提起した。
「君が目を離さなければ、奴の命を救うことはできるんじゃないかってことさ」
「……確かに、アイオン様が戦場に出なければ、戦死することもなくなるわね」
「そうさ、監禁まで行かなくても最低限軟禁してしまえば命は助かるだろ」
まあ、それは正真正銘このメンヘラ女がヤンデレメンヘラストーカー女にランクアップすることになるけど。
「だけど、そんなことしたってすぐ周りにバレるわ」
「少し頭を使えよ。
魔王軍との初戦にでも敗走してみせて、二人きりになったら異空間にでも閉じ込めればいいじゃん。
魔王との戦いが終われば、解放する。前回は短期決戦だったし、健康を損なうほど長期間軟禁するわけでもない。
後からしれっと怪我してたから匿ってた、とでも言えば周り信じるだろ」
僕の案に、彼女は衝撃を受けた顔をしていた。
「だ、だけど……」
「まあ僕ならそうするって話だよ。
これまで四回とも死んでる実績のあるやつだからね。
感情か、目的か、どちらを優先するかは君の勝手だよ」
仮にアリサが、奴に嫌われたくないってこの案を没にしても僕は別に構わない。
ただ、正攻法で奴を助けるのは不可能だろうと、僕は思っていた。
「……魔王を倒せても、あの御方が生きてないと意味が無い。
────私、やるよ」
「そうかい。まあ、君が忙しい間は僕が面倒を見ていてやるさ」
僕は彼女の覚悟を汲んで、優しさをみせてやった。
まあ面倒を見るのは僕じゃなくて、僕の部下だけど。
「お願い。もう私は失敗するわけにはいかないの」
アリサは、どこか懇願するように、或いは自らに言い聞かせるようにそう言った。
§§§
かくして、アイオン拉致監禁作戦は成功した。
監禁場所はこの世界のどこでもない異空間の、僕の個人別荘を提供してやった。
魔王軍の動きが予想以上に早かった為、予定を繰り上げて連れてくる羽目になったけど。
「アリサ君、ここはどこだ?
私をどこに連れて来たんだ?」
バカな女に騙されて連れて来られた間抜けな男は、見事完全な閉鎖空間へと閉じ込められた。
「アイオン様、ここなら安全ですから。
魔王軍は私達が何とかします。
だから、だから魔王を倒すまで、ここで身を隠していてください」
「何を言ってるんだ、君は!!
私は貴族としての義務を果たさなければならないんだぞ!!」
このマヌケは精一杯己の責務について主張していた。
だから、アリサはそれ相応の説得をしなければならないと思ったようだった。
「アイオン様、聞いてください」
懇願するように、彼女は訴え始めた。
「信じられないかもしれないですけど、私はもう何度も同じ時間を繰り返しているんです」
「アリサ、君……」
「その度に、あなたから数えきれないほどの、多大な恩を受けました。
だけど、私はそんなあなたを死なせてしまった。
それだけは、それだけは!! それだけは認められなかった!!」
血を吐くような叫び声だった。
彼女の気迫に、彼は圧倒されていた。
「私は、私は、そんな大層な人間ではない、ないのだよ、アリサ君……」
そして彼からは絞り出すような声が漏れた。
「君は勘違いしているのだ……君は己の力で強くなれたじゃないか」
「違う!! 違うんです!!」
アリサは涙していた。
苦しみを堪えるように、顔を強張らせながら。
「私は、本当はどうしようもない落ちこぼれでした。
最初はそれが嫌で学院から逃げたんです。
冒険者なら、魔法使いは貴重だから重宝されると思って、それで……」
アリサの告白は、彼を神妙な表情で聞き始めた。
「でもダメだった!! 私はどんくさくて、いつもみんなの足を引っ張ってた!!
いつもお情けで、皆の後ろをついて行った」
それはもはや、神への懺悔に似ていた。
「そして、これを見つけた。
この世ならざる、大いなる秘宝を」
彼女はどこかの遺跡から回収した宝珠を取り出した。
それを見て、彼は衝撃を受けたようだった。
「これを前にして現れた女神様に願いました。
────『私を理解してくれる人に出会いたい』と」
それはささやかで、同時に憐れな願いだった。
「そして時間と共に私が学院に戻った時、いつも私をイジメてた貴族の子弟が消えて、あなたが代わりにそこにいました。
私は恐怖しました。私が願ったせいで、一人の人間が消えてしまったのです……」
「アリサ殿……」
そして奇しくも、彼女の願いは叶おうとしていた。
今この時、彼女の罪の告白を受けて全てを知った男が誕生したのだから。
「だけど、今なら分かります!!
貴方が、貴方様こそ女神様が私に遣わしてくれた神の遣いに違いありません!!
そんなあなた様を守るのが、今の私のやりたいことなんです!!」
ッぷ、ははは!!
ああごめんごめん、馬鹿馬鹿しくて可笑しくて笑っちゃったよ。
本当に君は下らなくて愚かな女だよ、アリサ。
「ここに居れば、安全ですから」
そう言って、彼女は去って行った。
そして一人取り残される憐れな男。
ここは僕の別荘で、良い雰囲気のログハウスなんだけど、いかんせん次元の狭間に浮かんでるから景観が悪い。
独りじゃ可哀想だから顔を見せてやろうか。
「やあ、災難だったね」
「子供……? いや誰だ、お前は!!」
どうやら、見た目で人を判断するほどバカじゃないらしい。
「僕は悪魔。人呼んで『赤い文字の悪魔』。
アリサは僕の契約者でね、アレの常軌を逸した力は僕の助力によるものだ」
「悪魔だって? 本物の悪魔なのか!?」
「神が居るなら悪魔も居るだろ、当然じゃないか」
「悪魔め、アリサ殿に何をしたッ!!」
「悪魔のすることなんていつだって変わらない。
営業して契約を取って、対価を受け取る。それだけのことだよ」
「そんな言葉で丸め込まれるものか!!
知ってるぞ、悪魔というのは悪辣で人間を陥れるのを好み、その魂の苦痛を糧として貪る化け物だとな!!」
「へえ?」
僕は彼に近づいて、その顔を見上げた。
「この世界において、悪魔の生態は解明されていないはずだ。
やはりお前は真っ当にこの時間を生きる存在じゃないな?」
とりあえず確信を得た僕は、鎌をかけてみることにした。
「すると、あの救済者気取りのアホ女神の手先だな?」
ほら、やっぱり。顔に出てる。
わかりやすいな、こいつ。
「あの女も酷いことをする。
アリサの願いを叶える為に差し向けられたのが、お前だ。
あいつはまんまとそれに引っかかった。
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僕はあの女神のように全知でもなければ全能でもない。
だから知りうる情報から推察するほかない。
「君は僕を悪魔だと罵ったけど、じゃあ君はどうなんだい?
彼女を騙して近づいて、苦しむだけ苦しませている」
「それは違う!! 俺は彼女を騙してなんてない!!」
「……まあ、君にも事情はあるんだろうさ。
だけど嘘は良くないよ。騙してない? 騙しているとも!!
じゃあ何でさっき、彼女が全てを打ち明けた時に君は話さなかったんだい?」
悪魔は嘘を吐かない。その必要が無いからだ。
嘘なんてモノは低俗な人間の精一杯の浅知恵に過ぎない。
なにより、僕の場合は嘘を吐いて騙すなんて、美学に反する。
そもそも人間なんて生き物は、騙すまでも無く勝手に堕ちるところまで墜ちる生き物だ。
悪魔に頼ろうとする人間なんてなおのこと。
「君は彼女と対等なんだろ? そう言っているのを僕は何度も聞いた。
だけど君は心の底ではそう思ってなかったんだろ?
くくくッ、なあアリサは飼うには良いペットだったろう?」
「お前に、お前に彼女の何が分かる!!」
「君こそ、彼女の何を知っている。
まさか、あいつの言うことを全部真に受けたのかい?」
これは前言撤回をしないとね。
あんな女神の紹介した人材なんて、ろくな男じゃなかった。
「まあいいさ、神の手先なんてろくでもない。
あの頭くるくるパーの勘違い女神なら尚更だし。
君は黙ってここでくつろいでいればいいさ」
僕は部下たちを呼び出して、強張った表情になったこいつの監視を命じた。
どうせ考える時間は幾らでもあるんだ、好きなだけ悩めばいい。
§§§
さて、語り手は神視点ことアンズちゃんに再びバトンタッチさせてもらいましょう。
仮にもここは彼の屋敷で、客が居る以上持て成さねばなりません。
「君たちは依頼を請け負った仕事先のダンジョンにたどり着いた。
入り口のマップはこれだ。さて、どうする?」
「探索値が一番高いのはアタシだから、アタシが一歩前に出て索敵するよ」
カランコロン、ダイスが振られる。
「騎士見習いの少女は無謀にも一歩踏み出した。
しかし、彼女は不運にも足元の罠に気づかなかった!!
仕掛けられたボウガンの矢が彼女を襲う。
奇襲扱いだから回避判定は出来ない。ダメージ判定だ」
「げッ、ボウガンのダメージって
「期待値で即死ですな」
「だからシーフを入れるべきだと言ったのです」
円卓を囲む四人が阿鼻叫喚している様を、『悪魔』はにやにや笑って見ていた。
「赤錆さんの器用さは最高値だったから、シーフ無しでも行けると思ったんだけどなぁ」
アイオンはすっかり彼らに打ち解けてテーブルゲームをしていました。
彼と卓を囲むのは老紳士と、騎士服の男、そして従士の少女でした。
「んがー!! おいご主人、マスタースクリーンを見せろ!!
あんた絶対アドリブで罠を追加しただろ!!」
「あ、バレた? いやぁお前なら引っかかると思ってたよ」
「ふざけんなお前!! 道理で、このシナリオ前やったことあるから変だと思ったんだ!!」
従士の少女は『悪魔』の襟首をつかんでガクガクと揺さぶっていますが、彼はニヤニヤ変わらず笑っています。
「同じシナリオでも、回すメンバーによって展開が変わるのがTRPGの良いところだろ?」
「特定のプレイヤーに悪意がある不公平なゲームマスターが言うかこの野郎!!」
「判定そのものは平等だよ、勘違いしてもらっては困るな」
「んぎぃいい!!」
「まあまあ」
アイオンにとってもこの光景はすっかり見慣れた光景でした。
なにせ、この従士の少女は彼のお世話係。『悪魔』の暇潰しにいつも巻き込まれるのですから。
「とにかく、やり直しましょう。
メンバーが一人欠けては始まりません」
「まあ、全ての障害を踏み越えて、武力に任せて攻略を行うのも乙なものですが、今回は運が悪かったとしましょう」
老紳士と騎士が二人を諫めた。
「赤錆さんもそのくらいにして、そいつの悪ふざけは今に始まったことじゃないでしょう?」
アイオンはそんな風に言いながら、乱れた卓上のダイスや筆記用具を整え始めました。
赤錆、と呼ばれたのは従士の少女である。
ふんッ、と彼女は鼻を鳴らすと、自分の席に戻った。
「中途半端な重量の装備しか付けられないのが悪かったんだ。
次はボウガンを喰らっても平気な重装備にしてやる!!」
「では今度は俺がシーフで作り直しますよ。
ええと、名前はどうしようか。そろそろ名前のネタも尽きて来たな」
遊びにムキになっている赤錆を横目に、アイオンは新しいキャラシートを取り出しました。
さて、名前はどうしようか、と考えたところであの四人の顔が思い浮かびました。
「クリス、でいいか。性別は女性、と」
「……やっぱり、いいや。このキャラでもう一回やる」
アイオンがキャラクターの詳細を書き込んでいる最中、赤錆はそんなことを言い出しました。
「良いんですか、中途半端な性能ですよ、そのキャラ」
「だって、可哀想じゃないか。こいつはアタシの分身なんだぞ。
ここでこのキャラのシートを破いたら、こいつが生まれた意味は何なんだよ」
そんな大げさな、とこの遊びに真剣になって感受性豊かな彼女の言動に苦笑するアイオン。
こんな善いヒトがなんで悪魔の従者なんかしているんだろうか、と思っていると。
「それに失敗したからやり直すなんて、人生舐めてるよ。
でも死人は復活なんて、この時点じゃできないし……。
仕方ない、この子はまた別のシナリオで使う。今回のシナリオでは、ダンジョン内で合流するってことで新キャラ作るよ」
悪いけどちょっと待ってて、と周囲に断りを入れる少女に、皆は快諾しました。
彼の同僚の大人二人も、そんな彼女を温かく見守っているようでした。
「赤錆、別の持ちキャラを使っても構いませんよ?」
「え、教授、それはズルいよ。この間の
「おや、そうですか」
老紳士の提案に赤錆は首を振って遠慮しましました。
「それにしても、キャンペーンごとに世界観の設定ってゲームマスターによって変わるじゃん?
この間も出身国の王族がはっちゃけてたけど、公式設定じゃ凛とした女将軍らしいじゃないか。
そこで本来の設定の女将軍がシナリオに出てきたらどんな反応すればいいんだろうな!!」
所謂、TRPGあるあるで身内同士で盛り上がり始めた面々でしたが、アイオンはふと何かに気づいたように顔が強張りました。
「六種類の、世界?
六回戻った、のではなく、六種類。
くそッ、俺はなんでそんな根本的なことに気づかなかったんだ!!」
アイオンは席を立ち上がり、卓上を見下ろしました。
それこそ、私達神々のように。
「おかしいじゃないか!! なんで同じ世界が六種類もあるのか!!」
「なんだ、今更気付いたのかい?」
『悪魔』はマスタースクリーンを折り畳み、笑いかけました。
「この世界の構造、そして本質に」
ニヤニヤと笑う『悪魔』に、アイオンは背筋が凍るような思いでした。
「でも一番重要なのは、それじゃない。
一番重要なモノが、この世界には欠けているんだ」
『悪魔』は己の従者たちと、彼を順番に見ました。
「ゲームの途中だけど、そろそろ行こうか」
この人間観察が趣味の『悪魔』は、彼が真実にいつ気づくのか試すように、特等席でそれを見ていたのです。
「なんだご主人、急に。まあ早く帰って来いよ。
アイオンもな。夕食の準備しとくから」
なんにも知らされてない赤錆は、遊び道具をまとめながら二人にそう言ったのでした。
「どうして……」
死に揺蕩うアリサの意識が、覚醒しました。
暗闇に浮かぶ彼女を抱き抱える『悪魔』は、慈愛深く彼女を見降ろしていました。
「魔王があんなに強いだなんて、おかしい」
「おかしいことなんて、何一つも無いよ」
聞き分けの無い子供に諭すように、『悪魔』は言いました。
「────『『君たちは、愛されていないんだから』』」
悲しいことに、その残酷な真実を頭に入れる余裕は彼女には有りませんでした。
「もっと、もっと強くならないと!!
じゃないと、あの人を助けられても意味が無い!!」
「そうだね、じゃあどうしようか?」
アリサは沈黙しました。
しばらく考えた後、彼女は胸元のブローチを見下ろしました。
「そうだ」
そして彼女は禁忌と呼ばれる秘術が、何故に禁忌なのか、その本質に触れようとしていました。
「あなたは言ったよね、これまでの私は、時間が戻っているわけじゃなくて、先生に習った並行世界の移動の概念に近いって」
この世界に、並行世界の概念なんてありません。
だって、彼らにそんな知識は必要無いのですから。だから、彼も気づくのにここまで掛ったのです。
「なら、出来るはず」
彼女は感覚を頼りに、引き寄せ始めました。
そう、既に滅んだ──己自身の魂を。
「協力して、みんな!!
あなた達が、私であるならば!!」
滅びた世界の四人のアリサの魂が、集結していきました。
ヒトの生死を冒涜するネクロマンシーよりも尚おぞましい、人間の根源を弄ぶ魔導の秘奥。
二の二乗、三の三乗、四の四乗、そして五の五乗。
魂宿るブローチを含めた、極限を超えた力がたった一人に集結していく。
そして彼女は、自身を神にも悪魔にも似た極地へと辿り着いたのです。
それを持って、魔王へ戦いを挑もうと生者の世界へ降り立とうとしました。
ですが。
「悪いけれど、その力はレギュレーション違反だわ」
そんな彼女の前に、全てを知るこの世界の管理者が現れたのです。
アンズちゃん「あと一話。長らく続いたこのお話も、いよいよ大詰めですね。皆さんとの別れも惜しいですが、結末へ共に見守りましょう。
最終話が長引いたら、エピローグを入れるかもしれません。
それでは、この演目も最後までお付き合いくださいませ」