『完結』ラウンドテーブル ~世界を救うはずだった勇者パーティの尻ぬぐいをすることになった~ 作:やーなん
優しさは、そんな彼女の孤独を癒す猛毒だった。
孤独の鳥籠の中で、彼女は今日も悶え苦しんでいた。
だから彼女は、気づこうともしなかった。
自らその毒に溺れようとした彼女は、知らない振りをした。
鳥籠の扉には、初めから鍵など掛かっていなかったことに。
「さて、最期の審判を始めましょうか」
運命の女神が、そう宣言した。
それはいっそのこと滑稽な物言いだったが、それを聞く人間たちは冗談では済まされなかった。
「その前に、アラン。
アリサは何と出会った、そこで何を聞いたんだ」
「…………」
俺はイリーナ殿の言葉に答えられなかった。
それだけメアリース様が語った事実は残酷だったのだ。
「起きなさい、アリサ・クローネン」
俺たちの様子など気にすることなく、アンズ様は指を振るった。
たったそれだけで奇跡はなされた。
「……え、あれ、私は……」
致命傷を負ったはずのアリサ殿が、目を覚ました。
そして、目の前の強大な存在に目を見開く。
「また、私達を弄ぶつもりですか!!
どうして、なんで神様はいつもいつもッ!!」
彼女は、生殺与奪が自分に無いことを悟ったのだ。
「アリサ殿」
「ま、魔人将がなんでッ」
「私だ。君なら分かるはずだ」
俺は彼女に呼びかけた。
驚く彼女は、すぐに俺の正体に気づいた。
「そんな、どうして、アイオン様がそんなお姿に!?」
「……話せば、長くなる」
本当に、本当に長く無意味な徒労の旅路を。
「ふッ、ふふッ、そういう“シナリオ”だったんですね」
全てに裏切られていたと知った少女は、泣きながら歪な笑みを浮かべた。
「“今回”で、私は各地を伝承を片っ端から当たりました。
どうして、どうして気づかなかったんだろう。あんな穴だらけの、嘘っぱちの偽りを!!」
俺が彼女を見かけたのは、恐らくその最中だったのだろう。
「もう嫌」
全てに絶望した彼女は、全てを諦め呪うほかなかった。
「──こんな世界、滅んじゃえばいいんだ!!」
「アリサ」
生きること自体、苦悶と絶望に満ちた苦行と知った彼女に声を掛けたのは、イリーナ殿だった。
「殺し合いの後で馬鹿馬鹿しいと思うが、聞いてほしい」
「なに、なによッ」
「すまなかった。お前の孤独を理解してやれなくて」
彼女は頭を下げた。
彼女が冒険者なら、恐らくパーティの中心人物だったのだろう。
だとしたら、人間関係の不安要素に気づけなかった責任があるはずだ。
「私も、あなたがちょっと変わってるって思って、何も理解しようとしなかった。ごめん」
「……その姿、ステラなの?」
リリウムは苦々しい表情になって、イリーナ殿に続いた。
「よかったなアリサ、このアホ二人はようやくお前がボッチ女だって気づいたみたいだぜ」
「クリス……」
「笑えるだろ、お前みたいな根暗が私達に馴染めてるなんて、本気で思ってたんだぜ、ウケる」
二人と対照的に、クリスティーンは仲間全員を嘲笑っていた。
「……今更」
彼女達は本当の意味で分かり合えたはずなのに、それはアリサ殿の神経を逆撫でする結果に終わった。
「今更それがなんだっていうのよ!!
私達がいつ、どこで友達になったっていうの!?
謝られたってあなた達の自己満足じゃないッ!!
なに!? じゃあ今から仲良しごっこでもしたいっての!!
そういうの迷惑なんだけどッ、私の事を知ったからなんだっていうの、私が独りぼっちなのは変わらないじゃない!!
あなた達のそう言う無神経なところ、初めから大嫌いだった!!
お互いに理解し合えれば仲良くなれると思ってるの!!
私は最初から仕事だけの関係のつもりだった、それは今もこれからもずっと、全然ッ、変わらないから!!
私は、私はッ、ずっと独りだったんだから!!」
ただ言いたいことだけをまくし立てる、感情の発露。
支離滅裂にも聞こえる叫びは、彼女の魂からの叫びだった。
「……アリサ殿」
「近づかないでッ」
俺が声を掛けようとしても、逆効果だった。
「アリサ殿、女神メアリース様から何を聞いたか、話してくれるか?
それをみんな知りたがっている」
あの温厚で内向的な彼女が、ここまで錯乱してしまうような事実を彼女の口から言わせる鞭打ちに等しい行いを自覚しつつ、話を促した。
「……そんなに知りたいなら、教えてあげる」
ある種の自虐的な笑みを浮かべながら、アリサ殿は話し始めた。
§§§
「あなたは……」
アリサ殿はもうひとつの神性と遭遇した。
「我が名はメアリース。文明の最果てを見渡す、人類文明の概念そのものだわ」
人形のように整った肢体と美貌を持つ女神が、彼女の前に降臨したのだ。
「どうして、どうして私の邪魔をするの!!」
「貴女の行使しようとした魔法の規模は、この私が規格しているこの世界のレギュレーションに違反するの。
故に強制的に停止させてもらったの」
「何を言って……」
「端的に言うなら、この世界の管理者として、あなたの行おうとした危険行為を停止させた、というだけのことよ」
メアリース様は困惑する彼女に丁寧に説明を行った。
「管理者……? 神様だっていうの!?
でも、あなたのような存在はどこの文献にも……」
「そんなはずはないわ。
ちゃんとあなたの世界にも私の存在は記してあるわ。──ほら」
メアリース様は指を鳴らすと、この世界の成り立ちに関する文献を呼び寄せた。
そして、開かれたページにはこの世界の創世神話が書かれていた。
「……この世界の造物主は、この世界の完成を見届けるのと同時に立ち去った……」
「そう、それがこの私ってわけね」
その一文を読み上げたアリサ殿に、メアリース様は満足げに頷いた。
「立ち去ったはずの神様が、なぜ今になって……。
それに、管理者ならどうして魔王を放置するんですか!!」
「なぜって、この世界に魔王の派遣を要請したのがこの私だからに決まってるじゃない」
さも当たり前のように、メアリース様は答えた。
その答えに、アリサ殿は愕然とした様子だった。
「なんで、どうして……この世界を創ったはずのあなたが!!」
「……なんで、どうして? いいえ、逆よ。
この私が創造したから、この私が滅ぼすのよ。
──貴女はオモチャで遊んだ時、最後には片付けるでしょう?」
それは、実にあんまりな例えだった。
「わ、私達を、オモチャだって言うんですか!!」
「……下を見てみなさい」
メアリース様が指を振るうと、この次元の狭間の景色が変わった。
眼下には、円卓状のこの世界が広がっていた。
「この世界が、なんだっていうんですか!!」
「よく、見てみなさい」
眼下の大地が小さくなっていく、雲を突き抜け更に上から俯瞰すると、ようやくこの世界の実体が現れた。
「え……」
それは信じられない光景だった。
「これは魔王が現れる前の、この世界の姿よ。
この世界とは、この円卓状の大地の総体なのだわ」
だが、その大地が一つずつ破壊され、崩れ落ちる。
またひとつ、またひとつ、それが五つ。
「では、教えてあげましょうか。この世界が何のために存在したのかを」
破壊された大地が、巻き戻って行く。
この世界の真実の姿が、過去に遡って映し出された。
『ああ、残念だ。死んでしまったよ!!』
『また新しい駒を選ばなくてはな』
『くそッ、なんでそんな初っ端の冒険で死んでしまうんだ!!』
『やったぞ、私の駒がドラゴンを倒したぞ!!』
『なんてことだ、こんな偶然でドラマが起こるとは!!』
『これだからこの遊びはやめられないのだ』
円卓の大地を、囲んでいる巨人たちが人々の挙動に一喜一憂していた。
いや、違う。あれは巨人などではない。
「あれは、この遊戯盤の世界に訪れた神々よ」
「ゆうぎばん……?」
アリサ殿は震えながらメアリース様に問い返した。
まるで脳が理解を拒むように。
だが、メアリース様の語りは止まらない。残酷なこの世界の真実を。
「あなた達は、神々の娯楽の駒として創造された。
あなたはオモチャ扱いは嫌みたいだけど、そもそもオモチャなんだから仕方ないじゃない」
──この世界は、神々の卓上。
『人々を駒に見立て、その営みを娯楽として遊ぶ神々の遊戯盤だったのだ』
「あ、ああ……」
「そしてなぜ、この世界を滅ぼすのか、だったわね」
何かをするまでも無く、巨人の如き神々は消えていった。
「それは、『単純に
誰も遊ばないコンテンツのサーバーを、いつまでも維持するなんて資源の無駄じゃない」
「……私たちは、愛されてなかった」
「より正確に言うなら、愛されていた、のよ」
残酷な、無情な真実だった。
俺たちは、神々に捨てられた存在だったのだ。
「でも、他の神々が愛さなくなっても、あなた達を創造したこの私は違う。
あなた達は私の愛すべき“作品”なんだから」
メアリース様は女神の微笑みでアリサ殿に笑いかけた。
「私はちゃんと最初から、あなた達を人間として扱ったわ。
そして今、魔王の到来という最終段階へと至ったの」
そして、他の誰でもない、この女神こそが、誰よりも人々の営みを愉しんでいた。
「魔王を打倒し、あなた達がその尊厳をこの私に示したその時、あなた達は駒ではなく人間として自己を確立するのよ」
大いなる人類の造物主は、どこまでも残酷にこう言った。
「だけどそれが出来ないのなら、この世界は存続する価値がないってことだわ」
これは養鶏場の卵と一緒だ。
規格に見合わない卵は選別され、価値無しとして分けられる。
メアリース様にとって、基準を満たした規格を持った存在のみが“人間”なのだ。
「私は人類文明そのもの。
魔王に相対した貴女の働きは実にこの私を満足させたわ。
貴女は人類の価値と意気地を示したのよ。
あのメスガキの差し金というのは不満だけど、あなたはそれに耐えてここまで来た。
私はあなたの価値を認めましょう。最期まで、あなた達の行く末を見守らせてもらうわ」
メアリース様は惜しみない賞賛をアリサ殿に送った。
しかし、当人にはそれがまったく届いてはいない様子だったが。
「……私が、誰の差し金ですって……?」
「あなた達も会ったでしょう?
貴女にはアンズライールと名乗ったはずでしょう?
──あいつこそが、この世界に訪れた最後のプレイヤーなのよ」
§§§
全てを、アリサ殿は語り終えた。
ガタン、とそれを聞いたステラが崩れ落ちた。
「姫様!!」
すぐにソフィア殿が彼女を支えたが、彼女も表情は真っ青だった。
それだけ、アリサ殿が語った真実は衝撃的だったのだ。
「この世界は、神々の遊戯盤、私達はその駒だって……」
「本当なのですか、女神様!!」
ソフィア殿がアンズ様に声を荒げながら問うた。
「私が言えることはひとつだけ。
ただのプレイヤーに運営のサービス終了の告知はどうにもできないと言うこと。
あなた方がこの世界を守りたいのなら、あのクソ女神にあなた達が惜しいと思わせなければならないのです」
アンズ様は、意気消沈している四人組を見やる。
ようやく四人揃ったのに、これから世界を救う面々にはとても見えなかった。
「こんな無価値な世界、滅べばいいんだ!!」
泣きじゃくるアリサ殿は、子供のようにそう言った。
「私はもう、魔王となんて戦わない!!
この世界が無価値だから滅ぼされるのなら、これ以上ないほど大歓迎だわ!!
あんた達も、私をイジメた奴らも、全員無価値で消えていくんだから!!」
アリサ殿の泣き声が、昏い愉悦の笑い声に変わっていた。
「ねえ、アイオン様」
この世の全てを呪うような甘い声で、彼女は俺に語り掛けてきた。
「貴方も、この世界に価値が有ると思うの?」
「アリサ君……」
「あの時は申し訳ありませんでした。
もう私は何も望みません。ただできれば、最期はあなたの側に居させてください」
ひし、と彼女は俺に縋りつくように抱き着いて来た。
「分かってるだろう、アリサ君。
俺は最初から、アンズ様の命令で君に近づいたんだ」
「もう良いんです、どうでも。そんな細かいことなんて。
あなたは私を認めてくれたから。もうそれだけで私は……」
「……アリサ君」
もう彼女は、どうしようもないほど傷ついていた。
「アンズ様、俺には彼女を責めることなんて出来ません……」
「それがあなたの答えで良いんですか?」
アンズ様の最終確認。
俺はこの時、この世界と一時の感情を天秤に掛けようとしていた。
俺が頷こうとした、その時。
「────それは困る」
黒衣の、子供のような『悪魔』が現れたのだ。
「ラスト直前でリプレイ*1が途切れてたんじゃ興覚めだ。
お前がやらないのなら、僕が代わりにやろう。別に良いよな?」
「私は別に困らないので構わないですよ」
「そうかい、いい加減この馬鹿女に鬱憤が溜まってたところなんだ」
『悪魔』はそれだけアンズ様に聞くと、俺に縋りつくアリサ殿に向き直った。
「おい、救いようのない大馬鹿である我が契約者アリサ。
逃げ場が無くなって諦めるとか本当にどうしようもないな」
「おい、そんな言い方……」
「女の涙なんかに尻込みする腰抜けは黙ってろよ」
『悪魔』は俺のことなど一言で切って捨て、アリサ殿の背に語り掛けた。
「お前の愚かさをもう一度教えてやるよ。
僕は言ったよな、なぜこいつを救うことを僕に望まなかったのか、と。
……なあ、どうしてお前はこいつらに頼らなかったんだ?」
アリサ殿の体が震えた。
水を向けられた彼女の仲間三人も、顔を上げた。
「お前がどう思ってるかはともかく、こいつらはお前を仲間だと思っていた。
お互いに支え合って目的を達成するのが冒険者のパーティってもんなんだろ?
その努力を怠ったくせに一方的に悪しざまに罵るのはいかがなもんなのかな」
「いや、私達にも」
「おまえはッ!! 独りなんかじゃない、誰かに助けを求める勇気のない意気地なしの陰キャ女だ」
イリーナ殿の声を遮り、『悪魔』はまくし立てる。
「いつまで鳥籠に閉じ込められてるつもりだ?
いつまで鍵のかかってない鳥籠にいるつもりなんだ?
お前が失敗したのは、全部一人でやろうとしたからだ。
一度でも誰かを頼ろうと思ったか? お前は結局僕に助力以上を求めなかった。それがその証拠だ」
俺の袖を握るアリサ殿の手の力が強まる。
彼女の身体が震えて、悔し気な声が漏れた。
「一人で好き勝手して、独りよがりの挙句に諦めるとか最悪だね。
まあ、お前みたいな陰キャにはふさわしい有様じゃない?
あの二人組の馬鹿神様が求めてるのはヒロイックな英雄譚だし、お前みたいなのは初めからミスキャストだったってわけだ」
『悪魔』は一切の遠慮など無く、本心から心底アリサ殿を馬鹿にしていた。
人間の弱さと愚かさを嘲笑していた。
だけど、俺は知っている。彼の従者は、その愚かな人間ばかりなのだ。
そして彼の言葉は、他の三人にも思い当たるところがあるのか、苦々しそうな表情をしていた。
「力を得たところで、本質は変わらない。
お前は無価値のままにこの世界と共に心中すればいい。
お前の嫌いなお前のままで、ここで朽ち果てればいいさ」
「──……さい」
いよいよ、アリサ殿も我慢の限界が来たようだった。
「うるさいうるさいッ、黙ってれば勝手な事ばかり言って!!
勇気を出すのがどれだけ大変か知らないくせに!!
誰かを信じるのがどれだけ怖いか知らないくせにッ!!
自分が誰かの信用を裏切るかもしれないのがどれだけ恐ろしいか知らないくせに!!
血も涙もない悪魔のくせにッ!!」
「知ってるさ。
僕は悪魔だけど、人間を辞めたつもりは無いからね」
アリサの激情に対して、『悪魔』は自分にしか聞こえない声でぼそりと呟いた。
「アリサ、私もお前と同じだ。
自分一人で解決しようとして全てを失うところだった」
泣き崩れるアリサ殿に、イリーナ殿が肩を叩いて彼女の頭を胸に抱きよせた。
「一人で勇気が出ないなら、私達も一緒に勇気を出そう。
もう、あなたを独りにしないわ……」
リリウムがそっとアリサ殿の背中をさすりその身を寄せた。
「友情の結束なんて、正直オレは馬鹿馬鹿しいって思うぜ。
だけど、俺たちは一蓮托生だ。結束が必要なら、お互いの命を守り合う血盟でも構わないだろ。
慣れ合わなくたっていい、力を貸せよアリサ」
最後にクリスティーンが彼女の心に訴えかけた。
「ごめんなさい、ごめんなさい。
わたし、ずっとみんなが、怖かったんです」
アリサはこの時初めて、みんなに本音を口にしたのかもしれない。
バラバラだった彼女達四人は、この時になってようやく本当の一つのパーティーになったのかもしれなかった。
「さて、私は概ね満足ですが、私達の契約もこれまでです。
貴方も最後にこれと言って活躍も無いまま終わりにしますか?」
「そう言われても」
良い雰囲気がアンズ様で台無しになってしまいそうだ。
「まあいいか、私もこれで本当にお別れですし。
機嫌も良いので最後に本当に何か一つ願い事を聞いてあげますよ」
そしてアンズ様はこの土壇場でそんなことを言い出した。
『悪魔』はそんな彼女を軽蔑したように見ていた。
「女神様。我々の願いはただひとつだけです」
パーティメンバーの意見をまとめたイリーナが、別れ際の願いを女神に伝えた。
「我々に、もう一度やり直すチャンスをください」
「やっぱり、私はお前たちが嫌いです」
しかし、アンズ様はきっちりとその願いを聞き届けてくれた。
「さようなら、救いに溺れた愚かな人たち。
私は運命の化身ですので、嫌でもあなた達を命運を見届けていますよ」
その声をきっかけに、俺たちの意識は途絶えた。
次回、エピローグ。