『完結』ラウンドテーブル ~世界を救うはずだった勇者パーティの尻ぬぐいをすることになった~   作:やーなん

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その女は気高く美しい。
彼女の盾は人々は守り、脅威への刃となる。
部下達も慕われ、公明正大。
誰もが目指す、まさに騎士の鑑である。



四の目

 

 俺は父上に引取られたその日から、最盛期の肉体に近づけるべく自身を鍛え上げる。

 

「何がお前をそこまで駆り立てるのか分からないが、徹底的に見てやれないのが残念だ」

 父上は、今回はあまりうちに帰ってこない。

 前回はそうではなかったので、恐らく俺が考える物とは別の理由があるのだろう。

 

 

「父上、ひとつお聞きしたいのです」

 14歳を迎えた頃のあくる日、俺は溜らずにきいてしまった。

 

「どうした」

「何ゆえ父上は俺を引取ったのですか?」

 俺はある程度納得がいくくらいに自分を鍛え上げ、父上に挑んだ。

 全く歯が立たなかった。

 

 幾ら父上とは言え、俺の成長スピードは異常に見えるはずだ。

 それなのに父上は何も言わない。

 何もいわず、俺を鍛えてくれたのだ。

 

 今までも。

 

 

「私が剣神を信仰しているのは知っているな」

「はい」

「私はずっと御方を信仰していた。

 だがある日、全く見たことのない女神が我が枕元へ立っていた。

 今でも夢ではないかと思うのだが、その翌日にお前に出会った。

 一目で直感したとも。お前は、姫様と似ていると」

 その言葉は、俺に少なくない驚愕を与えた。

 

「俺が、姫様と?」

「無論、才能は天と地の差だ。

 彼女が三日で習得できる奥義をお前はひと月かかるだろう。

 だがどこかで私はお前を姫様と重ねて見えたのだ」

 父上はどこか遠い何かを見るように、月を見上げた。

 

「そして、それは正解だった。

 今のお前なら、我が秘奥すらも会得できよう」

「それは、まさか……」

 俺はごくりと喉を鳴らした。

 

 ギルバード・クリファを彼足らしめる技能(スキル)が存在する。

 ある特定の個人のみが有するスキルは、その人物に一定の期間師事した場合にのみ伝承される。

 

 父上はその極まったスキルのみで、周辺諸国を震え上がらせた。

 一軍にも匹敵するその奥義は、姫様にのみ伝承されたと知り、過去の俺は悔し涙を流したことさえある。

 

 

「ああ、お前にも伝授しよう。

 俺が夢見の最中に剣神から授かった、最強の奥義を」

 それは、何の比喩も無く最強のスキルだった。

 

 半年近い血反吐を吐くような特訓の末、その力を会得したその日、俺は本当の父上の息子に成れたのだ。

 

 

 

 

 選抜試合の最終戦を前に、俺は精神統一をしていた。

 感覚を研ぎ澄ませることにのみ集中させる。

 

「おい、あれ、姫様じゃないか?」

「何だって、ホントだ、こっち見てないか?」

 俺の集中はあっけなく途切れた。

 俺は即座に城の方を見やる。

 

 数百メートルの距離を挟み、俺と姫様の視線が交錯した。

 そして、姫様はカーテンを閉めてくるりと踵を返した。

 

「選考試合の最終戦を始める!! 

 アラン・クリファ、そしてイリーナ・バルハルト。前に出よ」

 俺は高鳴る鼓動を抑えて、場内へと入って行った。

 

 

「バルハルト卿のご息女と手合わせ願えるとは光栄です。

 かの御仁の勇名は父からかねがね窺っています」

 定型句に等しいその言葉を述べた。

 

「ええ、良い試合にいたしましょう」

 イリーナ殿はこれまでとまた違った反応を示した。

 

 彼女の反応の違いが分からない。

 父上とバルハルト卿は友人同士であるし、父上から彼女に俺の話が伝わっていても可笑しくは無い。

 父上だって彼女のことを耳にはしていたのだから、可能性は無くは無い。

 

 だが、これまでの試合のレベルから、彼女は俺にも勝てるだろうと踏んでいるのは気に入らなかった。

 

 お互いに剣を構える。

 

 

「はじ──-」

 審判が試合開始を宣言する直前に、俺は“無手”と“無足”を使用した。

 

 カ、キン!! 

 その直後、イリーナ殿の剣が上空に待った。

 

 からん、かん、からん、と彼女の剣が落ちてくるまで、イリーナ殿は何が起こったかわからないと言った表情だった。

 

「アラン・クリファ!! フライングだ!!」

「失礼、勇んだ余り力み過ぎました」

 俺は審判に慇懃に一礼した。

 

「失礼しました、イリーナ殿」

「いや、お陰で目が覚めた。

 自分でも愚かしいことに慢心していたようだ」

 イリーナ殿は剣を拾い直すと、──顔つきが変わった。

 

 今のは彼女の強さを知る俺なりの誠意だった。

 こちらは彼女の能力を知っているが、彼女はそうではない。

 

 これで、心置きなく戦うことが出来る。

 

「それでは、改めて……始め!!」

 審判が試合開始を宣言する。

 

 

「はぁ!!」

 俺は今までの人生で会得したスキルの殆どを開放する。

 

 常時技能“速剣の極意”“一手より十手”“一刀にして二刀流”

 戦時技能“剣閃豪雨”“斬撃牢獄”“剣神の手”

 

 縦横無尽の連撃をイリーナ殿に繰り出す。

 相手の反撃を許さぬ徹底的な攻撃の嵐。

 

 一撃よりも手数で相手を完全に封殺し、何もさせずに削り殺す。

 試合とは言え、俺は殺す気で彼女に挑んでいた。

 

 でなければ、逆に彼女に失礼だろう。

 

「良い風だ。もっと扇いでくれ」

 だが、イリーナ殿は涼しい顔で俺の連撃を受け流し、耐え切った。

 

 無論、この程度で彼女の守りを突破できるとは思わなかった。

 彼女の副官をしていた前回、あの部隊で盾職は彼女一人だった。

 

 つまり、敵軍から彼女一人で十数人の人間を守っていたことになる。

 

 質より数? 

 ──笑止!! 真なる質は有象無象を容易く凌駕する。

 

 千の軍勢より一人の英雄は同格なのだ。

 今の連撃でゴブリンを千匹殺せようと、彼女は殺せない。

『それが、この世の真理なのだ』。

 

 彼女の防御は鉄壁だ。

 俺の知る限りでも、彼女の技能(スキル)

 

 常時技能“守護領域”“右手は盾、左手は逆手”“護国の鬼”“無抵抗にして完全抵抗”“ツルギは盾に”“防御の鉄人”“騎士は敵に背を向けず”

 戦時技能“城砦突撃”“不動堅固”“絶対防御”

 

 等など、頭の可笑しいくらい守りに特化している。

 彼女を倒すには四方八方から囲んで魔法を浴びせる他無いだろう。

 

 この鉄壁の城砦を前にすれば、確かに俺の連撃など扇で煽るようなものだ。

 これで成長の余地を残しているのだから笑えない。

 

 彼女の唯一の欠点は攻め手に欠けることだが、これは試合だ。

 技のリソースが尽き、疲れ果てた俺をぶん殴ればそれで終わりだ。

 

 なので、俺はメタを張らせて貰った。

 

「むっ!!」

 イリーナ殿が違和感に気づいたようだった。

 

「さあ、どうしますかぁ!!」

 俺は戦時技能“削れる一撃”を使用し、彼女の装甲を剥がしに掛かったのだ。

 一撃ごとに鎧や盾、防具の類の表面が抉られていく。

 

 武器や防具が破損すれば使えない技能は多いのだ。

 彼女の技能構成からして、防具が無ければその防御力は四分の一程度に落ちる。

 

 こんな全身鋼鉄みたいな人間でも不意打ちの攻撃であっさり死ぬから、戦場とは恐ろしいのだ。

 

 

「ふん!!」

 だが、ただでは終わらないのが彼女だった。

 俺の技能の継ぎ目を狙い、“城砦突撃”を試みた。

 分かりやすく言えば、防御力依存の攻撃技だ。

 盾を前面に押し出し、強烈な体当たりで俺はすっ飛ばされた。

 

 俺は以前彼女の剣をトロールの一撃と表現したが訂正しよう。

 彼女の馬鹿力はサイクロプス並だ!! 

 

 勢いよく破城槌でも喰らったかのように俺はぶっ飛ばされた俺は痛みを堪えながら起き上がる。

 対してイリーナ殿は余裕そうに歩いてこちらに向かってくる。

 

 さっきので俺に回避技能が無いことが分かったのだろう。

 悔しいがその通りだった、俺の剣はやられる前にやれ、が基本だからだ。

 

 小細工は通じない。分かっていたことだ。

 ならば、俺が出来ることは一つだけだった。

 

 

「随分余裕そうですが、忘れていらっしゃる。私が、誰の息子かを」

「────っ」

「覚悟!!」

 俺は戦時技能“剣聖”と“無手無足無影”を発動させた。

 

 父上が誇る最強の固有技能“剣聖”は、直後に使用する戦時技能での攻撃を防御力無視で繰り出し、範囲攻撃化させる剣術の究極奥義だ。

 

 そして“無手”“無足”“無影”の一連を一度に行うこの奥義は、腕の初動を分からせず、足の入りを悟らせず、影すら追いつかぬ速度で攻撃する必殺剣。

 

 

「はあああぁぁっ!!!」

 俺はその時出来る最高の一撃を全身全霊で放った。

 

 イリーナ殿の判断は咄嗟ながら、唯一にして最善だった。

 即ち、“城砦突撃”だった。

 

 技の出は俺の方が早かった。

 だが、ほぼ同時に俺は彼女にぶっ飛ばされ、会場の壁に激突した。

 

 俺はその衝撃で数秒ほと気絶。

 俺の奥義はイリーナ殿を切り裂き、俺が叩き付けられた壁の反対側を真っ二つにした。

 

 

「……アラン・クリファ、場外!! 

 勝者、イリーナ・バルハルト!!」

 審判は暫く呆けていたが、場外に出た俺を反則負けとした。

 そう、この選抜試合は一定の範囲内で戦うことをルールとして明記されている。

 

 結果は変わらなかった。

 女神は無意味だと言った。

 それでも、全力は出せた。

 

「私の勝利だと……馬鹿な、実戦ならば私が……っ!?」

 そこまで言って、イリーナ殿は自分の状態を悟った。

 

 当然ながらあの奥義、殺傷能力は抜群である。

 それでは盾職などの前衛にも危険が及ぶ為、技能“剣聖”は斬る物を選べる。

 つまり、イリーナ殿は無傷だった。

 

 ……イリーナ殿は。

 

 ただ、鎧から兜まで、意味を成さなくなった防具や衣服が彼女の体から崩れ落ちただけだった。

 

 

「い、いやああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 今まで誰も聞いたことの無いだろう彼女の悲鳴が、会場に響いた。

 

 

 

 

 少々のトラブルはあったが、俺は無事に赤鷲騎士団へと配属された。

 俺が見せた強さは不思議なほど周囲へと知れ渡らなかった。

 さすが伯爵の息子だ、と言われる程度である。

 

「これでよかったのでしょうか」

 俺は合同教会にあるアンズ様の神像にそう語りかけた。

 自分で希望したこととは言え、少々やりすぎたかもしれない。

 

「いいえ、全然、全く問題ありません」

 アンズ様の神像は、まるで当人のように動いてそう言った。

 

「ですが、父上の"剣聖”は個人の範疇に納まるスキルではありません。

 これをもっている人間が、居ても居なくても同じと言うのは無理があるのでは?」

「どこがですか? 所詮個人の技能ではないですか。

 貴方の父上はなぜこの先亡くなるのか、分からないほど馬鹿じゃないでしょう?」

「それは……」

「そ、れ、に……貴方には酷な言葉かもしれませんが、私みたいな神の視点からすれば英雄なんて幾らでも替えがきくのです。

 不可能を可能にするわけではない以上、大局に影響はしないのですよ。

 例え貴方がこれから、その力で魔物を何万と斬り捨てても、ね」

 俺はアンズ様の言葉に、二の句が継げなかった。

 

 そう、父上のスキルは確かに最強だ。

 だが代替できないわけではない。

 

 所詮、剣を振るうだけなのだから。

 それで波を押し返せても、海はすぐに元通りになる。

 そう言うことなのだろう。俺も、父上も、波にもまれる砂粒に過ぎないのだから。

 

 

「ならば、なぜあの四人なのですか? 

 英雄など替えが幾らでもきくなら、なぜあの四人でなければならないのですか?」

「それこそ、問うだけ無意味な質問ですよ。

 この世で最も残酷な答えを言いましょうか? 私の口から、神の口から言いましょうか? 

 言いましょうか? 真理を。人間という存在そのものを」

「…………」

「ほぅら、あなた自身が一番よく分かってる。

 何も特別ではない貴方がそうしている理由こそ、それなのですから」

 アンズ様はそう言って、ただの神像へと戻ってしまった。

 俺は暫くその場で蹲るほかなかった。

 人間には受け止め切れない事実だからだ。

 

 

「祈りの最中に居眠りか?」

 ふと、後ろから声を掛けられた。

 

「イリーナ殿。奇遇ですね」

 イリーナ殿は答えずに、騎士神の神像の前にて祈りを捧げ始めた。

 

「……イリーナ殿は何ゆえに、騎士を志したのですか」

 横目で、彼女は俺を睨む。

 

「私は、分からなくなりました。

 私が幼い頃、憧れだけで騎士になりたかった。

 だがこうして成ってみると、現実との違いに押し潰されそうになるのです」

「弱音か、下らない」

 彼女はにべもなく斬って捨てた。

 その姿に、俺は前回の彼女とは違う何かを感じさせられた。

 

 覚悟が、違ったように見えた。

 

 

「私も似たようなものだ。

 騎士神の逸話に魅せられ、騎士を志した」

 イリーナ殿はそう言って騎士神の神像を見上げる。

 騎士の神だというのに、仰々しい鎧や兜は着ていない。

 盾と剣を掲げる、どこにでもいる人間にしか見えない。

 

「なぜ騎士神の神像が、他の神々の神像より小さく作られているか分かるか。

 誰よりも屈強で、背後の仲間を守らなければならない騎士の神であるはずなのに」

「騎士神は多くの伝承や書物で、She……つまり、彼女と表記されるからでしょう」

「そうだ。騎士神は小柄な女性だったのだ」

 その言葉を噛み締めるように、イリーナ殿は言った。

 

「これは彼女が魔物を前に勇気を震わせ、盾と剣を取った時の姿だとされる。

 誰かを守るための勇気は誰にでもある、そういう場面なのだろう。

 だが、それは所詮、綺麗事だ」

 俺の脳裏には、前回の彼女の姿が思い浮かんだ。

 息絶えた少女を抱きしめ、涙を流す彼女を。

 

「逃げずに敵に立ち向かう。なるほど、確かにそれは雄々しく、勇ましい行為だろう。

 だが、それは力無き者のすることではない。

 なぜ大人に頼らない。なぜ恐れを為して逃げない。それは勇気ではないのか? 

 蛮勇こそ謗られるべき行いの筈だ。無様に生き残り、何が悪いのだ。

 弱者が他人を見捨てて逃げることが、そんなに浅ましいのか?」

 彼女の言葉の端々に後悔と、そして憎悪が見え隠れしていた。

 

「私は、人々にそんな事をさせない為に、騎士になったのだ」

「もしそれが、何の意味もなかったら? 

 我々人間が、神々の気まぐれや運命に揉まれる川面の枝葉に過ぎなかったとしたら」

 ……それは、彼女にとって余りにも、そう……余りにも残酷な言葉になるとは思わず、俺はずっと後に後悔することになる。

 

 

「それで貴様は諦めるのか? 

 立ち止まるのか? 膝を折るのか? かの英雄の息子とあろう者が。

 見下げ果てたぞ軟弱者め。そんな輩に、よくもまあ痴態を晒させられたものだ」

「あれは……不可抗力で……」

「分かっている、思い出させるな!!」

 顔を赤らめて若干声を荒げて言うイリーナ殿が可笑しくて、少し笑ってしまった。

 

「不愉快だ!!」

 それを見た彼女はぷんすかと不機嫌になると、そのまま教会から出て行ってしまった。

 

 俺は苦笑しながらその背中を見送った。

 

 

 

 

 

 その後、俺はイリーナ殿の副官になり、最前線への派遣命令が出た。

 

 今回は何事もなく、出立できた。

 前回の姫様が浚われたり刺客に襲われた云々は一体何なんだったのだろうか。

 俺はその噂の真偽を確かめるすべは無く、その事件そのものは今回起こっていない。

 

 そして当然ながら、何事も無く中継地点だった前回襲われた村へと到着できた。

 拍子抜けするくらいあっさりと。

 

 だがこの村が襲われることはハッキリしている為、俺は周囲の警戒を怠らないようにイリーナ殿に進言しにいった。

 

「イリーナ殿、聞いたところによりますと、敵勢は神出鬼没とのこと。

 ここも最前線に近いですから、交代で周囲に警戒した方が良いのでは?」

「当然だ、今班割りを決めていた所なのだ」

 それを聞いて、俺はホッと一安心した。

 これで今日か明日あたりの襲撃は何とかなるだろう。

 居ても居なくても変わらない俺と違い、彼女は状況を変えられるのだから。

 

 無論、それはアンズ様がきけば失笑するだろう言葉だったのだが。

 

 

 

 それは、夜になって少し経ってからだった。

 

「隊長殿!! 大変です、丘の向こうから火の手が!!」

「何だと!?」

 突然飛び込んできた同僚の副官の報告に、イリーナ殿は目を見開く。

 

「確か、ここから丘の方へ馬で少しの距離に隣の村がありましたね」

 困惑しているのは俺も同じだったが、冷静に地図を広げて、その場所を指差す。

 

「イリーナ殿」

「隊長殿」

 俺と同僚の副官は、彼女の指示を待った。

 

「む、無論、救援に向かうぞ!!」

 予想外の事態に焦り、驚いているからか脂汗を流し、声も若干震えていた。

 

「では、部隊を召集致いたします」

「どれくらい掛かる?」

「ここはそう広い村ではないので、一時間もあれば」

「それでは間に合わん!! 

 一時間でどれだけの民の命が失われると思う!!」

 イリーナ殿はそう副官に怒鳴り返すが、俺はどこかで確信していた。

 

 もう、手遅れだと。

 

 

「アラン、我々だけで隣村に向かう。私について来い」

「隊長殿!? 無茶です!!」

「お前はここで部隊を召集次第連れて来い!!」

 感情的に成った彼女を止めることなどできず、俺は彼女を追って宿舎の脇の馬小屋へと向かう。

 

「アラン、どうか愚かな私を許して欲しい」

「いいえ、貴方の為に死地に向かうのなら本望です」

「ば、馬鹿なことを言うな!!」

 本心だったのだが、怒鳴られてしまった。

 

 俺達は馬に跨り、隣村へと急いだ。

 

 

 

 

 丘の向こうは地獄絵図だった。

 

「馬鹿な……トロールの群に、サイクロプスだと……」

 俺はイリーナ殿と同じ思いだった。

 

 隣村は炎に包まれ、トロールの群が蹂躙し、数体のサイクロプスまで炎の揺らぎの奥にが見える。

 俺の思ったとおり、生存者は絶望的だった。

 

 この二種は魔王軍との戦いが中盤以降に出てくる主力部隊だ。

 ここに現われたということは、きっとそういうことなのだろう。

 

 

「なぜ、なぜなんだ……私は、誰かを守ることすら出来ないと言うのか」

「確りしてください、イリーナ殿!!」

 俺は呆然とするイリーナ殿を叱咤し、状況を見定める。

 

 しかし、そんな暇もないようだった。

 何体かのトロールがこちらに気付き、サイクロプスを伴ってこちらに向かってきた。

 

「イリーナ殿、ここは一旦戻ってください。

 サイクロプスの目から放たれる怪光線は魔法攻撃……ヒーラーが居ない状況では分が悪い」

 そして魔王軍には必ず空中から戦場を監視する魔物が存在する。

 馬とは言え、逃げ切るのは難しいだろう。

 

「だが、それでは……」

「俺がこの場を引き受けましょう。さあ、行くんだ!!」

 俺がそう声を張り上げると、イリーナ殿の馬が何かに突き動かされるかのように勝手に走り出した。

 

 

「──アラン!!!」

「イリーナ殿。どうか御武運を」

 彼女の姿が見えなくなるのを見届けると、俺は敵勢に向き直った。

 

 

「ここが、今回の死に場所か」

 そう、理解した。

 連中がその為に用意されたのだということも。

 その事実に、俺は不思議と唇が釣りあがった。

 

「なるほど、父上はこのように殺されたのか。

 なんという粋なのだ、我が女神は」

 この無数の化け物の群は、俺を終わらせるために遣わされた使者なのだ。

 

「ならばこそ、照覧あれ!! 

 天秤の女神■■■■■■■よ!! 貴方は天秤の重さを量り間違えたと知れ!! 

 連中よりも、我が命は重いぞ!!」

 地上では神の真名を唱えることも記すことも出来ない。

 

 だが己を鼓舞するには十分だった。

 

 

 

 

 

 

 ……

 …………

 …………

 

 

 

「ま、半分くらいは倒せましたね」

「……」

「断言しますが、彼女と協力すれば殲滅は可能でしたよ? 

 無論、貴方には死んでもらいましたが」

 俺はがっくりと肩を落としてうな垂れていた。

 完全に自分の実力を見誤っていた。

 

「こんな風に毎回毎回死ぬのもあれなので、私がこれ以上無駄だと判断したらこっちで引き戻しますからね」

「わかり、ました……」

 こんな調子だから自分は半人前なのだ。

 

 

「これで分かったでしょう? 

 英雄なんて、所詮使い捨てに過ぎないって」

 それを証明するように、俺は敵の軍勢に押しつぶされた。

 

「そしてわが師のように突き抜けてしまえば、逆に利用され続ける羽目になる。

 英雄なんて物は自分で困難を進む狂人の一形態に過ぎないわけよ」

「私もその一人と言うわけですか……」

「自惚れるな、凡人が」

 アンズ様はとんがり帽子の内側を人差し指で回しながら、冷厳に言った。

 

「お前は父親の奥義を会得するまでどれだけ掛かった? 

 一度の人生を十年として、四回。実に四十年も掛けている。

 お前の大好きなお姫様は三年でこれを会得した。

 そんなお前が英雄だって? 身の程を弁えなさいよ」

 落ち込む俺を滅多打ちにするような言葉だった。

 

「だけど、正直あれを会得するのに四十年は標準的だと思うのよね。

 お前の父親とお姫様が異常なのよ。

 わかる? 才能が突出すればするほど、当人は早死にするものなのよ。

 貴方が死んだのは運命でも何でもなく、ただの実力不足に過ぎないわけよ。

 だって、貴方はこの日まで生き残れなきゃ原因も探れないでしょう?」

 それは励ましにしては棘が鋭かった。

 

「では、なぜ私の与り知らぬところで変わっていることが多いのですか? 

 正直なところ、魔王軍の強さすらも毎回違うように思えます」

「ふむ。確かにあまりにもフェアではない。

 かと言って、『核心に等しいことを教えられない』。試練の意味が無いからね」

「核心、核心と仰いましたか!!」

「おやおや、十分すぎるヒントになりましたかね? 

 じゃあもうひとつだけ」

 アンズ様はニヤリと笑ってこう言った。

 

「『イリーナ・バルハルトの真の目的は復讐である』」

「ッ!?」

「何を驚いているのです? 

 貴方もすでに分かっていたことでしょう? 

 そして、ここからが大事なのですが。ぷくく」

 アンズ様は心底可笑しそうに、愚かしそうに言った。

 

「じゃあ、誰に復讐したいんでしょうね」

「それは……」

 魔物どもではないのか? 

 

 彼女の怒りは、常に連中に向けられていた。

 だが俺は視線を下に向ける。

 

 無残に横たわる死体が四つあった。

 

 

「さあ、そろそろ全体像が見えてきたところよね。

 まだまだ一人目の試練なんだから、もっと私を楽しませて頂戴」

「では、彼女の復讐の対象を探る機会を頂きたい」

「ええ、どうぞどうぞ。

 次回貴方は自分が今どんなに馬鹿馬鹿しいことを頼んだのか知るでしょう」

「それはどういう──」

 有無を言わさず、俺はいつもの感覚で過去へと遡って行った。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、と」

 女神の指の上の六面ダイスが弾かれる。

 

 かん、とダイスは弾かれること無く天秤の皿の上、五の目で止まった。

 

 

「あーあ、ついにこの目が出ちゃったかぁ。

 あの子、多分すごく困惑するだろうなッl!」

 女神はけたけたと可笑しそうに笑ってた。

 

 

 

 

 

 




※『 』の中の台詞の内容は全て真実である。

つまり、『一度でいいからこんな無数のスキルを使用するバトルの世界観をかいてみたかった。』
つまり、『主人公は急に強くなったわけではない。そう見えたなら、違うのである。』

つまり、『次回で女騎士編の核心へと至る。』
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