『完結』ラウンドテーブル ~世界を救うはずだった勇者パーティの尻ぬぐいをすることになった~ 作:やーなん
その女は気高く美しい。
彼女の盾は人々は守り、脅威への刃となる。
部下達も慕われ、公明正大。
誰もが目指す、まさに騎士の鑑である。
だが、彼女は分かっていなかった。
人間が自分の手で掬って飲める水の量は、限られているということを。
「君を引取りにきた」
父上は馬車で来るでもなく、幼い俺の元へやってきた。
俺の本当の実家は、王都の街道のひとつにある小さな花屋だった。
親父たちからは家業を継ぐ二代目として期待され、俺はそれが嫌で嫌で仕方がなかった。
花屋なんて平凡で面白みの無い仕事は嫌で、幼いながらも両親に反発していた。
今では、それも悪くなかったのかもしれないと思えるようにはなった。
「申し訳ありません、クリファ伯爵。
御厚意は大変嬉しいのですが、断らせてもらってもよろしいですか?」
「しかし、この家は君一人だろう?
子供が生きていくには大変なはずだ」
「それならば、もっと貧しい子供達に施しなさってください。
俺には両親の遺産も手元にありますから」
本当は、そんなことは言いたくなかった。
俺にとって父親は、もう顔も声も思い出せないこの家の住人ではなくなっていたのだから。
「……そうか」
父上……クリファ伯爵は残念そうに首を振った。
「当てにならんものだ。
やはり見知らぬ女神に夢見に立たれた所で、それは神々の悪戯でしかなかったわけだ」
「恐らくその女神さまは、私も会いました」
俺がそう言うと、伯爵は驚いたように目を見開いた。
「女神様のご厚意にもお断りをお願いしました。
そしたら怒って帰られてしまわれました」
「そうか……あまり女性を無碍に扱うものでは無いぞ。
何か困ったことが有れば、いつでも訪ねてくるといい」
伯爵は俺に告げると帰っていった。
俺は両親の遺産を元手に装備を整え、再び冒険者となった。
前回同様こうして冒険者に戻ってみると、自分にはこの職業が性に有っているようだった。
気楽で行き当たりばったり、夢もロマンもあるが挫折と死に満ちている。
冒険者仲間達は気が良い奴らばかりで、しかしどこか殺伐としている。
その中に居るのがどこか心地よかった自分もいた。
だが俺は、父上に言われた言葉を忘れたことはない。
俺は、俺の成すべきことをするだけなのだ。
「今日から暫くここに滞在したいのですが、よろしいですか?」
十五歳になった俺はイリーナ殿の生家にやってくると、受付をしている店主にそう言った。
「はい、勿論大丈夫です。
冒険者ですか?」
「ええ、自分は魔物退治を専門としているのですが、最近このあたりで魔物が多いと聞きましたので、稼ぎ時かと」
俺は三等級冒険者の地位を示すプレートを見せてそう言った。
冒険者にも等級が存在し、俺は五等級から一等級の丁度真ん中だ。
一等級に近いほど優れた冒険者で、五等級は成り立てかゴロツキぐらいだ。
ちなみに一等級など十数年に一組ぐらいで、二等級にもなれば十分信頼される実力とされる。
「魔物退治してくれる冒険者が居てくださるのなら心強いですね。
こんな辺鄙な場所はお若い貴方には詰まらない場所でしょうけれど」
三等級は中堅だが、それでもそれなりの修羅場を潜り抜けたベテランとされる。
店主はそんな人物がこの辺鄙な村に滞在してくれるのが嬉しいようだった。
「それだけ平和だったと言うことでしょう」
この辺りなど、時たまゴブリンあたりが出るのがせいぜいだろうし。
それから俺は、この宿を中心に魔物退治に明け暮れた。
半年もすればすっかり村の人間と俺は顔見知りになり、道行く先々で挨拶されるまでとなった。
「おかえりなさい、アランさん」
「今日もご無事で何より、ささ、お夕飯をお食べになって」
店主夫妻は依頼をこなして帰ってくる俺を暖かく出迎えてくれた。
「ありがとうございます」
「でも、こんなところで魔物退治してもあまり儲からないでしょう?」
「ですが、魔物は日々活性化しています。
巷では魔王が復活したなどと言われています。誰かがやらなければならないことです」
心配する店主夫人に俺はそう返した。
「それに、俺はこの村には恩がある」
「恩?」
「この村出身なんでしょう? イリーナという騎士様は」
俺がそう言うと、店主夫妻は顔を見合わせた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんを知っているの!!」
近くでテーブルを拭いていたイリーナ殿の妹御も姉の名をきいて驚いたようにこっちを振り返った。
「ええ、魔物相手に苦戦したところを偶々近くで訓練をしていたようで、助太刀して頂いたのです」
嘘ではない、遠い過去だが、彼女には何度も助けて貰った。
「この魔物の頻出が収まるまで、彼女に代わって私がこの村を守りましょう」
誇らしげに笑う彼女の家族に、俺は来るべく未来を思い胸が痛んだ。
イリーナ殿は、来なかった。
焼け落ちる家屋、蹂躙される人々。
俺の奮戦は虚しく、魔物の軍勢は小さな村をただのついでのように滅ぼした。
「娘を……頼みます……」
息絶えた店主の最後の言葉を聞き、最後まで抵抗しようとした彼女の娘を抱き上げ、村を脱出する。
「放して、放してよ……」
「ダメだ、君を死なせるわけにはいかない」
腕の中で暴れる少女を必死に宥め、魔物の追跡から逃れるべく走る。
「何で、どうして……」
泣きじゃくる少女は己の身に起きた悲劇に慟哭する。
「……どうして来てくれなかったの、お姉ちゃん」
彼女の悲痛な叫びに、俺の心は決まっていた。
その後、近くに来ていた騎士団に保護を求め、彼らと協力して反撃に打って出る。
その中にも、イリーナ殿は居なかった。
……
…………
…………
滅亡が確定するあの日がやってきた。
俺はその日まで最前線で冒険者として戦った。
三年もの間戦い続けた辺境の勇士として俺は称えられたが、そんなものは何の意味もなかった。
俺が出来たことは、一人の少女を救うことだけだった。
何一つ、大きな流れを変えることはできなかった。
女神の言ったとおり、何も変わらなかった。
だが、何も変わらない中で、何かを変えることはできた。
それがどれだけ残酷な事実であったとしても。
俺の前には、かつて見つからなかった遺跡の入り口があった。
道具袋から“ディティクトオーラ”のスクロールを取り出した。
そこに込められた魔法が発動すると、遺跡の中へと向かって四つの影と足跡が続いた。
俺もそれに続いて遺跡の中へと入っていく。
その道半ばで、巨大な魔力の波動を感じた。
それはもう既に見知った力だった。
俺は物陰に隠れて奥の様子を窺った。
彼女らなら俺の気配など簡単に察知できるだろうが、アンズ様の強大すぎる波動の中でそれは不可能のはずだ。
「じゃんじゃじゃーん!!!」
そしてあの四人の目の前に、アンズ様が降臨した瞬間だった。
「超ウルトラ救世女神ちゃん、呼ばれて飛び出て即参上!!
遥か遠い異世界から、哀れな子羊を救うため、アルティメットな救いを、貴方にお届け!!」
無駄に後光などを演出で使いながら、アンズ様は決めポーズで現われた。
それに対して、四人は無言だった。
「あれ、滑った? 小さい女の子とかには受けたんだけどなぁ……」
「運命の女神……そう言うのはもういい」
面倒くさそうに大魔法師アリサ・クローネンは言った。
「我々は貴方が私達に与えた試練について聞きたいのです」
「はい? 何ですかそれ」
聖女クリスティーンの言葉に、アンズ様は小首を傾げた。
「惚けないで頂きたい」
感情を押し殺したような声で、イリーナ殿が言う。
「貴方が我々に課した、理不尽な試練についてだ」
「あー、はいはい、なるほどなるほど」
合点がいったといわんばかりに、手を打つアンズ様。
「ちょっとこの世界の全次元の私と情報を統合しますので、少々お待ちを……」
アンズ様は立てた人差し指をくるくると回すと、チン、とどこからともなく音がした。
「話は分かりました」
急に厳かな態度になって、アンズ様は頷く。
「思うに、私の課した試練はまだ終わってないようですが?」
「何度やっても同じことでしょう!!」
悲鳴じみた声音で、レナスティ姫が叫ぶ。
「『何度やっても理不尽な出来事は決まったように避けられない。
それを何とかしても別の形でやってくる。
魔王の脅威は立ち向かうたびにどんどんと強くなる!!』
これじゃあ六度だろうと百度だろうと、変わらないじゃない!!」
その言葉に、俺はやはりかと思った。
彼女らの行動が毎回戻る度に違っていたのも当然だ。
俺は六回過去に戻ったのではなかった。
『俺は、六種類の過去へと戻っていたのだ』
だからアンズ様は一人につき六度まで逆行を許すと決めた時は何も言わず、まずは一人ずつ試すのはダメと言った時は後付で悪いと言ったのだ。
「でも、願いは叶えてあげたでしょう?」
「確かに願いは叶った!!
だが、我々はあんな形で望みを叶えたかったわけではない!!」
イリーナ殿の悲痛な叫びを、心底不思議そうにアンズ様は頬に手を当てた。
「試練と言ったけど、実際には私は何にもしていないもの。
この世は何事も辻褄が合うようになっている。それを試練といったに過ぎないの。
それとも貴方達、くじで巨大な宝石並みの価値の金銭を得たとして、その後に絶対に幸福になるとでも思っていたの?」
「それは……」
「貴方達はそれぞれ己の運命を捻じ曲げる不条理な願いを願った。
だったらその分の揺り戻しが来るのは至極当然のことじゃないのかな?
貴方達の身に起こった理不尽も、魔王や魔物が強くなったのも、その結果でしかないということでしょう」
何を当たり前のことをいうのだ、という表情でアンズ様は言った。
「その不可能を可能にするからこその全知全能じゃないの!?
あなた言ったじゃない、自分は全知全能だって!!」
「ええ、言いましたね。
でもそれはただ単に全知全能というだけなんですよ」
「はぁ!?」
意味が分からない、とアリサは言った。
「全知全能はあくまで特技であって、権限ではないということですよ。
ほら、貴方達だって誰かを殺せる力を持っていても、それが許されるわけじゃないでしょう?」
「そんな、そんなの、意味無いじゃない!!」
「そうですよ。事実上何の意味のないフレーバーテキストです。
事実私は全知全能ですが、全知全能のまま私がここに来ると宇宙の法則が乱れるみたいなことになって滅亡するので、自分の権能が許される範囲でのみ力を行使できるようにセーブしているのです。
いやぁ、私も成ってみるまでここまで不自由な物だとは知りませんでしたけど」
てへ、と可愛らしい仕草で己の失敗経験を語るようなアンズ様に、アリサは膝から崩れ落ちた。
「なので、『私がこの世界で出来ることは、この世界の限りあるリソースをやり繰りして物事を釣り合うようにすることぐらいですかね』
あ、あと魔法とか魔術とか教えられますよ?」
「……じゃあ、私の願った『私の村を救いたい』という願いは、別のどこかの村を犠牲にしか叶えられないということですか!!」
そう尋ねるイリーナ殿の声は極寒の中に居るかのごとく震えていた。
「オー! イエス!!
だって、『神様にも出来ないことが人間個人に出来るわけないじゃないですか』」
それが、残酷な全ての答えだった。
イリーナ殿は獣のように膝を突き、獣のように慟哭した。
その声に俺は胸が締め付けられるような思いだった。
所詮、人間は運命に揉まれる川面の枝葉に過ぎなかった。
そう言う風に、この世界は作られているのだから。
全知全能の神であっても、その盤面は叩き壊すか何もしないかのどちらかしか出来ないのだ。
「戻してくれ……」
やがて、血を吐くような叫びを、イリーナ殿は漏らした。
「全て、無かった事にしてくれ!!
我らの愚かな願いを全て、消し去ってくれ!!」
それはどれほどの苦渋と決意に満ちた言葉だろうか。
己の愚かさを知り、彼女は高潔な答えを示した。
「ええ、分かりました」
慈愛の笑みを浮かべた女神は、哀れな小娘に慈悲を示した。
ただ、
「それが、貴方達全員の総意であるなら」
その目はちっとも、笑っていなかった。
「え……」
その意味が理解できなかったのか、イリーナ殿は目を見開き、そして背後の仲間達を見回した。
誰もが、彼女から目を逸らした。
「なぜだ……なぜ皆、目を逸らす。
このままではこの世界が滅亡するんだぞ?
お前達は私利私欲で、この世界を滅ぼすつもりか!!」
「落ち着いてッ、私だって同じ気持ちよ!!」
姫様がイリーナ殿の肩を掴んで必死の形相で言った。
「黙れ!!」
だが、イリーナ殿はそれを振り払った。
「あの時、二度目の逆行で、お前の我侭が私の故郷を滅ぼした!!
お前があんなくだらない命令を下さなければ、ああはならなかった!!
そんなお前をどうして信じられるか!!」
「あ、あれは、だって、貴方も喜ぶかと思って……」
「それがお前の国民を殺したと言っているんだ!!」
イリーナ殿は姫様を突き放すと、残りの二人に鬼の形相を向けた。
「お前達はどうする」
その怖気の走る声音に、後衛二人はびくりと肩を震わせた。
「そ、そうですね……」
「どっちにしろ、碌な人生じゃなかったし」
「ああ、そうそう」
顔を見合わせて声を絞り出すクリスティーンとアリサに、軽い声が割って入る。
「貴方達個人の“負債”に関しては私は関与できませんので、悪しからず」
その時、彼女らの表情を見ることは出来なかった。
その言葉の意味が分からず困惑するイリーナ殿を除いて。
「……ふむ、自覚はあるようですね。
ちなみに、総意という言葉ですが、別に四人が一人になっても総意ですよね?」
それは暗に、話がまとまらないなら殺しあってでも決めろ、という女神からの拒絶の言葉だった。
「タイムリミットは、この砂時計の砂が落ちるまで。
……あと三分と言ったところでしょうか」
虚空から取り出した砂時計を置いて、どこまでも残酷に女神は決断を急かした。
四人は意を決したように武器を取った。
「残念だよ、私達……仲間だったのに」
「もう昔の話だよ」
「どのみち、もう戻れはしません」
「私にだって譲れないことはある」
対峙する四人は気づいていなかった。
女神がサイコロを掌から地面に零れ落としたことを。
かん、からん
「ふむ、この目は……」
出た目は、一。
「全員同士討ち。全滅ですか」
つまらなそうに、女神は呟いた。
ほぼ同時に、四人はそれぞれの攻撃によって倒れ伏した。
奇しくも、それは俺が最初に見たときと同じ光景だった。
「うーん、ありきたりな結末だったけど、それなりに笑えたし良いか」
掌にサイコロを弄びながら、女神は欠伸した。
そして、入り口の方を見た。
「ようやく、ここまで戻って来れましたね」
女神が微笑む。
物陰から出た俺と、落ち延びてきた俺が重なり、俺はここへと戻ってきた。
「……これが、真相ですか」
「ええ、全てと言うにはあなたの知る情報に欠落が多いですが」
俺は四人を見下ろす。
余りにも愚かしい結末だった。
「さて、ではこれから貴方の『本当の役割』を果たしてもらいます」
「本当の役割?」
「もう分かっていることでしょう?」
そう言ってアンズ様は左手を突き出し、パチンと指を鳴らした。
「……あ……れ……私……」
それはいかなる奇跡か。
今しがた同士討ちしたイリーナ殿が目を覚ました。
外傷は初めから無かったかのように、消え去っていた。
「え……? あれ、どうして……」
「おめでとーございます。
貴方は四人のうち一人となりました」
呆然とするイリーナ殿に、乾いた拍手が贈られた。
「貴方の願いを聞き届けましょう……と、言いたいのですが。
実はこの場にはもう一人、人間が居たのです」
アンズ様が指差す方には、俺が居た。
釣られて俺を見るイリーナ殿は、目を見開いた。
「お前は、アラン……なのか?」
「初めてお会いしますね」
いえ、と俺は首を振った。
「これで六度目の初めてですね」
「ま、まさか、嘘だ……なぜ私は気づかなかった」
「そりゃあ、気づけないようにしたからですよ」
悪戯が成功したかのような子供っぽい笑みを浮かべて、アンズ様は言う。
「イリーナ殿、天秤の女神とはそこに居られるアンズ様のことです。
そしてこれに見覚えはごさいませんか?」
俺は道具袋から二つの物を取り出した。
「それは、なぜそれが、ここに」
「はい、貴方の遺書と報復の女神の呪印です」
俺は理解の追いついていないイリーナ殿に詰め寄った。
「お願い、やめて、来ないで……」
「この遺書にはこう書いてありますね。
レナスティ姫がイリーナ殿の部隊を傍におきたいと我が侭を言った。
その所為で自分の故郷が滅びた。だから、彼女を殺したのだと」
「やめてくれ、後生だ……」
「だけど今回、貴方は来なかった!!
誰かを助けるのに立場は必要ないといった貴方が!!
自分に諦めるのは軟弱だと言った貴方が!!
試練に耐えかね、どうせ無駄だと故郷の危機に姿さえ現さなかった!!
……見損ないました、イリーナ殿」
もはや彼女に言葉も無かった。
ただの無力な少女は、己の不甲斐なさと愚かさに泣き崩れた。
「さて、裁定の時間です。
貴方は彼女を罰しても良いし、赦しても良い。
ただし、私が納得できない結末となったら……わかりますね?」
「はい」
俺がアンズ様に選ばれた理由、『それは彼女達の処遇を決める為だった』。
「残念ながら、私は誰かを罰する権限が無い。
ほら、『神は人を罰しない』。ならば、その為の代行者が必要でした」
「ではアンズ様、彼女はいかなる罪を持って裁かれるというのですか」
「それは勿論」
アンズ様はにこりと笑った。
「己の悲劇から目を逸らそうとした罪ですよ」
え、とイリーナ殿は涙でぐずぐずの顔を上げた。
「私は言いましたよね? まだ試練は終わっていないと。
私の試練はどのように悲劇を回避するかではなく、どうしようもない悲劇に直面しながらもそれを乗り越えていく為の答えを得たか、なのですよ。
だから、貴方は根本的に間違っていたのです」
「そんな、酷い、私を六度も絶望させるために、私の願いを叶えたというのですか」
「ええ。そうです」
躊躇い無く女神は頷いた。
「悲劇から目を逸らす。それは感情の否定です。
それを為すのは人間であることの否定。感情が無ければ、それはもう人形と同じ。
それに比べれば、貴方自身の愚かさや復讐を行ったことなど、些事でしょう」
常人には理解しがたい神の価値観だった。
「だから絶対に、貴方は目の前の悲劇から目を逸らせないようにしました。
それ以外には全く手を加えていません」
「あぅ……ぁ……」
イリーナ殿は悟ったのだろう。
全ては、神の手のひらで踊らされていたに過ぎなかったのだと。
「イリーナ殿、罰を申し伝えます」
罰と聞いて、彼女の体が震えた。
だが俺は容赦なく、彼女に罰を告げる。
「それは、この世界で生き抜き、試練の答えを得ることです」
それこそが、己の悲劇を否定した彼女の何よりも重い罰だ。
「ですが、私個人としては貴方を赦したいと思います。
だって貴方は本当にいつも誰かの為に戦って来た。
それだけは、嘘じゃないから」
そう言って俺は膝を折り、彼女に手を差し伸べた。
「一緒に答えを探しましょう。
そして見つかった答えがどれほど惨いものだったとしても、貴方は一人じゃない」
「私は……私は……」
俺は感極まった彼女に肩を貸すことにした。
「し、知らなかったんだ、こんなことになるなんて……!!
私は家族を助けたかっただけで、それが、どうして、なんで!?
私の家族が何か悪いことでもしたのか!?
どうしていつのまにか世界がどうこうって話になるんだ!?
魔王があんな恐ろしい存在になるなんて思わなかったんだ!!
本当は魔王なんかと戦いたくなかった、戦いだって本当は嫌だ!!
でも、だけど、どうしようもなかった!! 何の意味も無かった!!
家族を助ければ、他の誰かが死ぬ!! 何でそんなの私に選ばせるんだ!!
嫌だ、嫌だよ、そんなの選べないよ、残酷すぎるよ!!
他の誰かに代わりに死んでくれなんて、私言えない。
もうやだ、こんな理不尽、耐えられない、耐えられなかったんだ!!」
半ば支離滅裂に感情任せに己の言いたいことを吐露しながら、イリーナ殿は子供のように泣きじゃくった。
彼女が今まで否定しようとした物、目を逸らしていた物が一気にあふれ出たのだ。
なるほど、罪か……。
「本当は、全員が終わるまで貴方と同じように逆行していることは伏せようと思ったんですけど、飽きてきちゃいまして。
でもほら、あと最低18話引っ張るのって無理そうでしたから?
方針転換っていうか、状況判断っていうか?」
そしてこの色々と台無しな女神だった。
「なぜ、私だったのですか?
なぜ私が代行者として選ばれたのですか?」
「あの場で総意は、間違いなく貴方だったからですよ」
彼女の言葉に、俺は驚いた。
「その貴方が私に願った。
身勝手な願いを願い、それを無かったことにしようとしていた四人に呆れて帰ろうとしていた私に、機嫌を直して欲しい、と」
アンズ様は目を落とす、今さっき、砂時計の砂が落ちきった。
「これから貴方に与える使命を告げます」
「はい」
「『彼女らが何を願ったのか、当ててみなさい』」
くすくす、とどこか意地悪な笑みを浮かべて彼女は言った。
「そんなの当てられるわけが無い。
この三人からそれを聞き出すなんてまず無理だ」
暫く一人にして欲しいと部屋の隅っこで膝を組んで座っていたイリーナ殿が漏らした。
どうやら、言葉以上に難事のようだ。
「その過程で知ったことを加味して、最後に貴方が彼女らを罰するのです。
分かったなら、ここに戻って来る度に言っても構いません。
では、次は誰ですか?」
「姫様でお願いします」
「わかりました、では彼女に対して有利な状況をセッティングしましょう」
そこで、ふとアンズ様はにやりと笑った。
「ただ過去に戻しても面白くありません。
貴方は六度、六種類の過去へとそれぞれ無作為に戻りました。
そこに重複は無かったですが、今度はそれがありとします」
「でも、それって運次第でかなり不利なのでは?」
「大丈夫、スペシャルなサプライズを用意しておきましたから」
にやにやと笑うアンズ様に不安を抱きながらも、俺は頷いた。
俺の意識が沈んでいく。
俺は再び使命を果たすべく、過去へと戻るのだ。
「あ、そうそう。
もう分かっていると思いますけど、六の目から順番に彼女らは逆行してきたわけですが、これからは私の振るダイス目はシークレットってことで」
女神は『あなた』を見てそう言った。
「そう、『あなた』です。
そう、今この文字を追っている『あなた』ですよ。
なぜそんなことするかって? その方が面白いでしょう?
だからわざわざダイス目の重複ありにしたんですって」
女神は六面ダイスを弄びながら笑う。
「まぁ、ゲームマスター権限って奴ですよ。
さてさて、ダイスロール、と」
ぽいっと天秤の上にダイスを放り投げる女神。
からん、からん
ダイス目は──、「おっと」確認する前に女神の手がそれを隠す。
「全知全能の私ですが、ダイスの結果だけは分からない。
そうでないと、面白くないですからね」
そうして女神はにやにやと、結果が出るのを待ちわびるのだった。
女騎士編、終了。
彼はこんな感じの徒労をあと三度繰り返します。
ちなみに、『一番真面目なのはイリーナですが、一番女神の逆鱗に触れているのも彼女です。』
彼女が全部無かったことにしたい、なんて言わなければ彼女は怒ってあんなことは言いませんでしたし、もう一度くらいチャンスを与えたでしょう。
女神の価値観は常人では理解できませんが、自分の厚意を無下にされると確実に激怒します。
その結果は、多くの神話の女神の所業を思えば想像がつくでしょう。