『完結』ラウンドテーブル ~世界を救うはずだった勇者パーティの尻ぬぐいをすることになった~ 作:やーなん
生きるため? 正義の為?
それは彼女も分からない。
だけどそういうものだろう? 英雄なんて奴らは。
イリーナは思いを馳せていた。
「(これから私はどうすればいいのか)」
自分の願いは叶わないものと知ってしまった。
いや、叶うには叶うが、それは自分が決して望む形ではなかったのだ。
彼女のやろうとしたことは結局、湖から水を掬って飲むのと同じことだった。
それで確かに己の喉は潤う。湖全体からすれば僅かな量だが、それでも水が減ったのは変わらない。
問題は、その湖の水が決して呑んではならない他人の血であったということなのだ。
彼女は失ったはずの家族や村の人たちの命を願った。
その願い自体は尊いモノであったが、詰まるところその願いが尊いのは願いのままであるからなのだ。
死んだ誰かの蘇生は、叶った時点で尊くも何ともない、ただの不条理な結果でしかないのだ。
イリーナは今はおぼろげながらしか思い出せないかつての戦いの日々を思い出し、自嘲した。
イリーナはかつて、おぞましい実験を行う魔法使いの討伐を行ったことがあった。
その魔法使いは何人もの人間を犠牲にし、自分の娘を生き返らせる実験を行っていたのである。
その男に、かつて自分はなんと言ったか思い出したのだ。
「お前の行いは間違っている。
誰かを犠牲にしてお前の娘を蘇らせたとして、お前の娘は喜ばない!!」
「赤の他人のお前に何が分かる。
娘を失った我が悲しみを、娘の痛みや苦しみを、なぜ分かるというのだ。
見るが良い、我が娘はこんなにも喜んでいるぞ!!」
狂った魔法使いは、到底人とは呼べないおぞましい怪物を示して笑ったのだ。
結局は自分も同じ穴の狢だったのだ。
過程が綺麗であれば、神に願った結果ならば、違うと思っていた。
それがとんだ思い上がりだと、知りもせずに。
よくある話である。
自分の村の畑に川から水を引いた。
水流が変わり隣の村が干上がった。
そう、物事は辻褄が合うように出来ている。
それは神ですら覆せない事実なのだ。
「そう自分を責める必要はないと思いますけれどねぇ」
まるで私の心を見透かしたように、女神は言う。
彼女は、しゃくしゃく、と片腕に抱えるほどの大きな紙の器に山盛りに入った白い粒のようなお菓子*1を口に放り込んでアランが四苦八苦しているさまを、魔法か何かで壁に映した彼の映像を見ていた。
時折けらけらと笑っているのを見ると、自分の時もそうであったのかと思い途轍もなく惨めな気持ちになった。
「私の醜態だけでなく、私の心まで見透かすのですか」
「ええ、だって私、全知って程じゃないけど全能ですから」
悪趣味な、という雰囲気を隠さない彼女に、女神は当たり前のようにそう言った。
彼女の全知全能は自分が自分の為に使用する分には特に問題ないのだろうか。
「私に罰を求めた貴女が、私に自分を責める必要はないというのですか」
「それはまぁ、神様的なアレみたいな?
私は人の心が分かるウルトラ天使な女神なので、神罰や救済とプライベートは分けているんです」
天使なのか女神なのかハッキリしろ、と言いたいのをイリーナはぐっと堪えた。
「実の所、本気で願いを叶えてあげようかなって思ったのは貴女だけでした」
「所詮誰かの犠牲の上の成就でしょうに」
「ちょっとそれ、全知全能舐めてますねー。
不可能を可能にするから全知全能なんですよ」
女神はちっちっちと人差し指を左右に振った。
「……ちょっと待って欲しい。
貴女はアリサに言っただろう。全知全能は所詮自由に振るえない特技に過ぎないと」
「ええ、でもそれって要は神の所業でしょう?
私は便宜上女神って名乗ってますが、『神っぽい何か』らしいんで、厳密に言えば神様では無いのです」
「意味が分かりません」
「ええ、分からなくて結構です。所詮俗世の人間には理解できないことなので。
でも簡単に言うなら、実際神様に全知全能って不要だと思いません?」
イリーナは彼女が何を言いたいのか全く分からなかった。
「神々がなぜ、役割が細分化されてそれぞれの事象を司っているか分かりますか?
全ての権限を持つ大きな誰かが居るより、その方が都合が良いからです」
「それは、独裁政権や民主主義との違いを言っているのか?」
「この場合、両者の速さは人間のそれとは全く逆ですけれどね。
ほら、威厳のある神様ってやけにもったいぶって何かをするのを出し渋ったりするじゃないですか?」
女神は分かりやすく物事を表現するためか、虚空にため池みたいな物を作り出した。
「神々は概念上の存在です。
物質の世界にアクセスするには、実体が必要になります。
つまり、こんな感じのため池に鉄球を放りこむようなことなんですね。
ため池の上に掌に乗る程度の大きさの鉄球が現われ、ため池に落ちて激しい水柱と波紋を齎した。
「これほど波風立っていながら、世界全体を揺るがす神の権限でも小さな物です。
私が全ての能力を発揮できる状態で現われたら、こんな感じになりますね」
今度は先ほどより遥かに大きな鉄球がため池の上に現われ、落下し派手に水を周囲に撒き散らした。
「分かるでしょう?
神々の力は特化している方が世界に与える影響は最小に抑えられるのです。
やたら神々が代理だの使いだのが好きなのは、水面の揺らぎをもっと抑えることが可能だからなのです」
「だから貴女は全知全能は意味が無い、と」
「ええ、私の情報量はこの世界の法則を容易にかき乱す。
全知全能の存在が顕現した影響を無力化して存在するのは、少々面倒なんで。
特に私は自分が周囲に与えた影響を、結果が出るまで判別できないので」
「だから、全知って程でもないけど全能だと?」
「はい。本来私が……いえ、私達は三位一体の存在。
完全に全知全能を名乗るには私の師匠と私の姉弟子が居なければ成りませんね」
それは、イリーナには途方も無い話だった。
これだけ強大な力を持つ神が、実際には三分の一に過ぎないというのだから当然だが。
「私の師匠がありとあらゆる権限を持って干渉し、私の姉弟子が結果を観測し、私が正しく物事を捻じ曲げる。
三重の制限とプロセスを経て、究極の力は行使されるようになっているのですよ」
「あえて不便に、軽々しく強大な力を行使できないように、ですか?」
「だって怖いじゃないですか。全てが自分の思いのままになるのって」
その言葉は、ある意味で一番の衝撃だったかもしれない。
超然とした価値観を持つこの女神の、人間らしさを垣間見た気がした。
「その三位一体の究極の全知全能を持ってすれば、あらゆる不可能という言葉は戯言と化するでしょう。
その力を持って、私は貴女の願いを叶えてあげてもよかったのですが、残念だけど貴女はその資格を自ら放棄した」
「私があなたの課した試練に耐え切れれば、その報酬に不可能を実現させた、と?」
「ええ、全くふざけた話でしょう?」
女神は淡く笑いながらイリーナに言った。
全くふざけた話だった。
「解せませぬな。なぜ、私にそこまでしてくれようと思ったのですか?」
「理由は二つあります。
貴女たち四人の中で、貴女は結果ではなく過程の変化を望んだ。
私に頼んで自分の村の人々の命を救って欲しい、ではなく自分で救う機会を欲した。
私はね、誰かを救済する際には必ず試練を課すようにしているんです」
すっ、と女神は突き出した指を鳴らした。
イリーナの脳裏に、無数の風景や人々が浮かび上がる。
それは、無数の数限りない人生だった。
「ある特別何も取り得もない善良な人間が大型車両の事故で不幸にも亡くなりました。
哀れに思った私はその魂を別の世界で転生させてあげることにしました。
そこでちょっと老婆心ながら、お約束なので色々な才能や英知を授けました」
そしてイリーナの脳裏には、己の二度目の人生に嘆き、絶望する青年の姿が映った。
「かつて一度目の人生で培った様々な先進的な知識や才能を未熟な転生先の世界で発揮した彼は、その歴史を揺るがす行為で歪みを齎した。
彼が成功するたびに、代わりに周囲が失敗するようになったのです」
その青年はその所為で孤独に成った。
ありとあらゆる成功を約束された彼は、周囲から疎まれ、その成果を盗んだ物だと蔑まれた。
その批判すらも、成功によって掻き消され、周囲に更なる失敗を振りまく。
青年は孤独を窮めた王となった。
国民も何も無い、領土と己だけの王国の主に。
「ある飢えに苦しむ兄妹が居ました。
兄は自分がどうなってもいいから、妹を助けて欲しいと願いました。
私はその願いを叶え、餓死した兄の寿命の分だけ妹を生かすことにしました」
そしてイリーナの脳裏には、空ろな瞳で男達の慰み者になる少女の姿が映った。
「その結果、己で金銭を得る手段を持たない少女は娼婦に身を落としました。
どんなことをされても寿命が来るまで死なないその少女は、おぞましい欲望の捌け口としてとても重宝されたのです」
その少女は何度も首を吊って兄の下に行こうとした。
だがどれも偶然、たまたま失敗に終わった。
いつしか少女はこんな運命にした己の兄と女神を呪った。
あまりにも見るに耐えないので、女神はその少女を“居なかった”ことにした。
「私は人間だった頃、とても疑問でした。
なぜ神は人を救わないのか、とね。私は特定個人を救うすばらしい女神になってみよう、と浅はかな小娘は思っていたのです。
集団でもなく、国家でもなく、世界でもなく、どうしようもない不幸に見舞われた誰かを救う神へと。
……成ってみて、痛感しましたよ。
神が誰かを救うなんて、余りにも馬鹿馬鹿しく、意味など無いとね」
そう、その女神の行為は無意味で無駄で不躾で無遠慮だった。
それは彼女の行動が問題なのではなく、物事はどうしても吊り合うようにしか出来ていないということだった。
だが、全ての人間が不幸や嘆きのどん底に落とされた訳ではない。
「ある青年が居ました。彼は願いました。
同じ時代、同じ地球の日本という島国、同じ親と生活に困らないだけの社会的地位と、決定的な悲劇に見舞われない程度の幸運を欲しました」
あまりにもつまらない彼は、つまらないながらも無難で幸福な人生を全うし、つまらないまま死んでいった。
彼の選択は賢かったとも言えるし、変化を望まぬ臆病で弱い人間だったとも言える。
「私は思ったのです。救われる側にも、救いに耐える土台が必要であると。
だから、私は試練を与えるのです。
決して叶わぬ願いに翻弄され、得た先にある答えから導き出される真の救いを与えるために」
だから女神は、個人的にイリーナを責めはしなかった。
責めもしないが救いもしない。
彼女はその資格が無かったと言うことだ。
たとえそれが、どんなにささやかで尊い物でも。
無差別に個人を救う女神は、救われる者を選別すると決めたからだ。
「そして、第二の理由が、これですよ」
今度はイリーナの脳裏に、夜空と思わしい場所に浮かぶ無数の岩か何か漂っている光景が浮かんだ。
「これは……?」
「私の故郷です」
イリーナは、彼女が何を言っているのかすぐには理解できなかった。
「この無数の岩や土の塊みたいな物が?」
「ええ、かつてこの岩や土の塊はひとつであり、巨大な球体でした。
そこは緑が生い茂り、海や山があり、人や動物が住んでいました」
「球体に? そんなところにどうやって住めるのですか?」
イリーナは意味が分からなかった。
当然だろう、『だってこの世界の大地は平ら』なのだから。
世界の果てには奈落があり、そこから先は混沌があるだけだという。
「ふむ」
女神は何か思案すると、イリーナの脳裏にまた別の光景が浮かんだ。
それは、主柱に支えられた円形の大地だった。
「テーブルに置かれたピザみたいな世界なんですね、ここは」
イリーナとて、自分の住む世界の全貌を見たことなどない。
「これが、神々の視点……」
世界の最果てはやはり奈落であり、その先には暗闇が満たされていた。
一説によると、魔王や魔物の勢力はそこから這い出て湧き出てくるといわれていた。
「この柱、折ってみたらどうなるのかな……」
「止めてください!!」
子供みたいな好奇心で目を光らせる女神に、イリーナは全力で抗議した。
「ジョーク、ジョークですよ女神ジョーク。
でもこう、やってみたくありませんか? こう、ポキッと」
「…………」
「こほん」
あんたが言うと冗談にならない、と視線で訴えるイリーナに、流石に女神も不謹慎だと思ったらしい。
「まあ、お互い故郷を失った身、ちょっとした共感が力を貸してあげようと思った要因ですよ」
それに、と女神はイリーナを見た。
同情の視線だった。
「『この世界もこれから私の故郷と同じような感じになるんですから』」
それはゾッとする予言だった。
「あの岩と土の塊だけに……」
「ええ、『そうなりますね』」
「馬鹿な!? それはなぜッ……」
そこで、イリーナは思い当たる。
魔王だ。
「魔王……魔王がこの世界を滅ぼすというのか!!」
「ええ、と言うか……あなただって何度も経験してきたことでしょう?
私は同情しているのです。集団・国家・世界を救わない私ですが、世界の滅びは何度も見てきたし、イラッとしてついつい滅ぼしてしまったこともあります。
でも今回、この世界の滅びは想定されていないことや個人的な思いもあって、ちょっとばかり手を貸そうと思っているんですよ」
そこでイリーナは気づいた。
この女神が先ほど見せた光景は、例外なく個人に対しての救いや試練だった。
だが、その中に一度でも救い終わったり試練に失敗した相手に追加で何かをしたのは無かった。
そう、あのアランという存在は初めてのケースなのだ。
「我々に、もう一度魔王と戦えと仰るのですか?」
「ええ、『その為にわざわざあなた達を罰しているんですよ』。
勿論、これで再起を図れないようなら、……こんな世界、滅んだ方がマシでしょう」
彼女の罰とは、つまり体のいい赦しなのだ。
だが、そこまでしてやっているのに問題を解決できなければ、それこそ救われる価値も無い。
想定される滅びなど待つまでも無く、この世界は勝手に滅びるのだから。
ここに至り、イリーナは己らがいかに馬鹿な空回りをしていたのか悟った。
この女神は少なくとも、自分の手段を変えずにイリーナたちを通して世界を救おうとしているのだ。
「だが、しかし、どうやって魔王を倒す?
あの恐るべき力を持った魔王を……」
イリーナは自問自答する。
精一杯考え、ふと、魔王との戦いの直前との会話を思い出した。
「女神よ、貴女は私達の運命以外に何も手を加えていないと言ったな」
「ええ、言いましたね」
「それはつまり、『私達が強くなり、救った命の分だけ誰かが死ぬのは決まったことである』。そうだな?」
「ええ、そうですね」
「じゃあなぜ、魔物の質が上がる!!
明らかに魔王軍の保有する戦力の見通しが不透明だ!!
魔王軍全体の強さが上がれば、対抗できる戦線は限られる。つまりそれは……」
「ええ、あなたの考えている通りです」
女神はゆっくりと首肯した。
「道理だ!! 勝てぬが道理なわけだ!!
魔王の背後には、『権限を持って人間を殺し滅ぼせる神が居る』ということか!!」
この世界の戦力とは、英雄の強さに乗算した兵数で大雑把に決まる。
つまり、英雄が強ければ農民を率いていようが正規軍と戦力的に良い勝負ができるということだ。
逆に言えば、英雄の質が良くなればそれ相応の戦力を用意しなければならない。
そう、つまりはそれを計算して魔王軍の戦力を水増ししてぶつけてくる、黒幕がいると言うことに他ならない。
だって彼女らが救った分を殺すだけなら、そんな戦力は要らないのだから。
「本当にあなたは賢いですね。
ええ、まあだから助けてあげようって気持ちになれたわけですが」
「……女神よ、図々しいことこの上ないが、頼みがある」
イリーナの心はもう、決まっていた。
「あなたの出す試練の邪魔はしない。
だが、彼に出来る限りの協力をしたいのだ」
「ええ、あなたの好きにすると良いでしょう」
そこで自分に頼らないところが、女神が彼女を気に入っているところであった。
キャラクターシート
名前:イリーナ・バルハルト
種族:人間 性別:女性 年齢:19歳
出身:ヒルデン王国
クラス:ガードナー/ナイト
信仰・対抗:騎士神・魔術神
経歴
・家族を失っている。
・正義感が強く、疎まれがちである。
・苦手な食べ物、或いは飲み物がある。(セロリと酒を選択)
逆行履歴
一度目
:家族を救うべく戦うも、トラブルにより失敗。
二度目
:ワガママ姫の横槍により目的達成ならず。
三度目
:内心侮っていたアランに油断し、苦杯を舐める。
この時、魔王軍の強さの違いに疑問を抱く。
四度目
:魔王に挑み、勝つ……が。
五度目
:魔王に挑み、大敗する。
そして自分の願いが叶わないと悟る。
六度目
:惨劇に至る。
各々のキャラの掘り下げが構成上出来ないので、色々悩みましたが最後にこうして各々の視点をやってみようと思います。
この徒労と試練の物語、女騎士編のテーマは『葛藤と選択』。
次回から、姫様編。テーマは『愛』だったりします。