『完結』ラウンドテーブル ~世界を救うはずだった勇者パーティの尻ぬぐいをすることになった~   作:やーなん

9 / 36
その女は、白百合のようだと例えられる。


第二章 白百合の剣姫
Xの目


 

 

 

 

 アンズ様の力で逆行し、俺が再びギルバード卿の養子となり、一年が過ぎた頃だった。

 父上は何度か逡巡し、躊躇った後にこう言ったのだ。

 

「今日は私についてきなさい」

 俺は言われるがままに父上に付いて言った。

 

 

 父上の目的地は、城内だった。

 行き先は貴族や文官の仕事場である一階ではなく、王族などが過ごす二階へと進んだ。

 

 父上は見張りの騎士達も顔パスだった。

 

「姫様。私です、よろしいでしょうか」

 父上がしっかりとした作りのドアをノックする。

 室内から促す声があり、それを受けて俺と父上は中へと入る。

 

 

「ギルバート、その子は?」

 中には、若かりし姫様が机で本を広げていた。

 彼女は視線を本から私に向けた。

 

「私の息子です。多忙極まる姫様の一時の慰めになれば、と」

「そうですか。よろしくお願いしますね」

 それだけの言葉を交わすと、父上は一礼して踵を返す。

 俺もそれに付いていった。

 

 

「あの、父上……?」

「お前はたまに登城して姫様の話し相手をしなさい」

「えっと、それは分かりましたけど……」

 だが話し相手をしろ、と漠然に言われても、勝手が分からない。

 

 俺が子供らしさに似合った困惑した表情をしていると、父上は廊下の奥へ向かって手招いた。

 

「ソフィア。少しよろしいか」

「はい、ギルバート殿」

 振り返ると、見覚えのある少女騎士が歩いてきた。

 あっ、思わず口に出しそうになった。

 

 姫様がワガママ姫だった時に俺が庇った専属護衛の女騎士だったのだ。

 どうやら彼女は幼い頃からも護衛を務めていたようだ。

 

 

「今日から姫様の話し相手になる息子のアランだ。お前の好きに使いなさい」

「分かりました。では早速城内での作法を教えるので、彼を今日一日お借りしてもよろしいですか?」

「私は好きに使えと言った」

「分かりました」

 ソフィアと言うらしい少女騎士は、そのまま子供らしい所作で俺の手を引くと、ぱたぱたと走り出した。

 

「あの……」

「いいから、黙って付いてきて」

 そして彼女はあまり使用されていないらしい図書室へと入ると、老司書が眠りこけているのを確認し、奥へと俺を連れ込んでいった。

 

 完全に人目に付かないだろう一角へと辿りつくと、彼女は本棚のひとつに彼女は背中を預けた。

 

「あの、ソフィア殿?」

「ようアラン、前々回振りだな、今回はお前、何度目だ?」

 俺は思わず、えっとした表情になった。

 彼女の物言いが、まるで十年来の知己にでも会ったようなそれだったからだ。

 

 困惑する俺を他所に、彼女は不思議そうな表情になった。

 

「おい、お前が言ったんだぞ。

 自分は無作為に六回のうちいずれかに逆行している、って。

 あのへんちくりんな女神の差し金だって」

 腕を組んで眉を顰めて彼女は言う。

 

 ここに至り、俺は漸く事情を察した。

 

 

「あなたも女神様に願いを叶えてもらったのですか?」

「んなわきゃねーだろ。こちとらタダ働きだよ。

 つーか、なんで今更そんなこと聞くんだ? 

 ……ははぁ、読めたぞ、お前一度目だな」

 彼女はこっちの事情を勝手に把握すると、にやにやと笑みを浮かべた。

 

「そっちは違うだろうが、こっちはもう知らない仲じゃないんだなぁこれが」

「ええと、まずはお互いの事情を知る前に、自己紹介しませんか?」

 楽しそうに笑う彼女に、俺は提案した。

 

 

「そうだな。私はソフィア・バードン。

 代々王家に仕えるバードン侯爵家の長女で、今より幼少の頃から姫様に護衛兼話し相手として仕えている」

「なるほど。自分は……その様子じゃ名乗る必要はなさそうですね」

「ああ、なにせ私達は寝屋を共にした関係だしな」

 その言葉に、俺はギョッとした。

 

「こ、恋仲だったのですか!?」

「いやむしろ、体だけの関係だったな……」

「ふっ、ふしだらな!!」

「言っておくが、お前の所為だからな」

 急に真面目な表情になって、ソフィア殿は言った。

 

「……冗談では、ないのですね?」

「冗談だったらどれだけ良かった……」

 彼女は思い出したくもないと言った表情だった。

 

「も、申し訳ない……一人の男として責任を取らなければ……」

「気にすんな。全部あのアホ女神が悪いんだ」

 むしろ彼女は同情するように俺の肩を叩いた。

 

 このままでは埒が明かないので、お互いにさっさと本題に入ることにした。

 

 

「まずは最初に確認しておきたいことがあります。

 ソフィア殿。あなたは何ゆえに記憶を保持して逆行を行っているのですか?」

「『少なくとも、私の意思じゃない』。

 ただ『私の認識を弄ると、何だか面倒らしくて』な、女神がわざわざ事情を説明して了解を取り付けてきやがった。

 試練だか何だか知らないが、こっちはいい迷惑だ」

「なるほど……」

 確かに目的もなく同じ人生を何度も繰り返させられているというのなら、この態度も納得だった。

 

「次に確認したいのですが、今回はあなたにとって何度目ですか? 

 私は厳密には違いますが、一度目に当たります」

「それは聞いている、あの騎士団長殿の世話したんだってな」

「なるほど、知らされてましたか」

「ああ、『こっちの認識では五度目だよ』。

 過去のあんたの話では、次の一回でこの茶番も終わるってことだが」

 ソフィア殿は腕を組んだまま、しかめっ面になった。

 

「聞かせて欲しい、前回、確かに姫様たちは魔王を討ち取ったはずだ。

 なぜ試練とやらは終わらない? 

 魔王という強大な敵を倒すことが試練じゃないのか?」

「それは自分が話していない、と?」

「試練の終わりとやらについてははぐらかされた。

 その様子じゃ、今聞かされるからその前に私が知ると辻褄が合わなくなるからなんだろうが……ああ、もうじれったい」

 彼女はイライラした様子でそう吐き捨てる。

 

「では簡単に説明しますね」

 俺はなるべく、掻い摘んで女神の試練について語った。

 

 

「ふーん、なるほどねぇ。

 私も四度も繰り返せば何となく自分のやることなすこと思い通りにならないとは思ってたけど、そういう仕組みだったとはねぇ」

 ソフィア殿は納得した様子で頷き、口を歪めた。

 

「良い様だ。好き勝手物事を捻じ曲げた馬鹿どもめ。

 お前もそう思うだろう?」

 いい加減ウンザリしているのだろう、彼女は同意を求めるようにこちらを見た。

 

「女神様や姫様たちに振り回されるあなたの気持ちは分からなくもない。

 イリーナ殿だけでなく、彼女らはきっと身勝手な願いを口にしたのだろう。

 だがその為に同じ分の歪みをその身に受けている。

 それを哀れに思っても、馬鹿にしようとは思えない」

「へっ、良い子ちゃんめ。

 まあ、私は連中が報いを受けるというのが分かれば多少なりとも溜飲は下がる。

 どうせなら、その場に立ち会いたかったものだが」

 への字に口を曲げたソフィア殿はふんと鼻を鳴らす。

 

 

「とりあえず、確認したいことがある。

 あなた達からすれば今回は五回目で、前回は魔王との決戦があった。そうだな?」

「ああ。その前も決戦自体はあったが、敗北した」

「つまり、『三度目と四度目は魔王と戦った』ということだな?」

「あの『四人が集結して』、という注釈が付くがな」

「なるほど」

 俺は心のメモ帳にそれを書き留める。

 

「前回の戦いはどのような物だった? 

 血みどろの消耗戦で、決戦前の会議でアリサ殿は切り札を用意していたか?」

「ああ、そうだ。何とかの宝珠だろう? 

 確か、『三度目はその切り札は無かった』」

「なるほど」

 ではあの『未来がないと女神が言った戦いは四度目に当たる』様だ。

 

「今度は姫様についてだ。

 彼女が周知されるほどワガママだったり、誘拐だの刺客が送られてきたという噂があったことがあったはずだ。

 それぞれが何度目か分かるだろうか?」

「ああ、忘れられるはずもない。

『前者は二度目で、後者は一度目だ』」

「なるほど」

 有益な情報が次々出てくる。

 つまり、この王国の逆行での大きな出来事は以下のとおりになる。

 

 

 一度目、姫様が誘拐または刺客が来る。

 二度目、姫様がワガママで、周囲が混乱する。

 三度目、魔王と決戦するが、敗北する。

 四度目、魔王と血みどろの決戦の果てに勝利するが、未来は無い。

 五度目、詳しくは不明だが恐らく魔王に敗北したのだろう。

 そして六度目に、あの場所で惨劇が起こる。

 

 

「教えて欲しい、一度目に姫様が誘拐されただの刺客が来ただので城内が一時期混乱した。

 そのような噂が流れたが、あなたは何か知っているか?」

「知っている。が、仮にも主人だ。彼女の名誉の為にも答えられない」

 と、彼女は言うが、その表情は苦虫を噛み潰したような忌々しげな物だった。

 

「では彼女が誘拐されたり、刺客が送られてきた訳ではないのか」

「…………」

 彼女は黙秘を貫いた。

 だがそのムッとした表情が全てを物語っているといえるだろう。

 

「その次の周回でワガママ姫の誕生だ。恐らく彼女自身に問題があったのだろう。

 勿論、彼女がそうなった原因は……」

「黙秘する。言うのも馬鹿馬鹿しい」

 ソフィア殿は忌々しさを振り払うように首を振った。

 

 

「ではこれは核心なんだが……」

「ちょっと待て、お前ばかり質問しては不公平だ。

 こちらも聞きたいことがある」

「わかりました、何でしょうか」

 俺は一旦、彼女の話を聞く姿勢になった。

 

 そして彼女は衝撃的なことを言った。

 

 

「お前に女神は言っていないだけで、魔王を倒すことも試練のうちなのではないか?」

「それは……まさか……」

「考えても見ろ。どのみち魔王が蔓延れば、人類は滅亡だ。

 仮にも全知全能を謳う存在が、それを分からぬ筈が無いだろ」

 それは、実に当たり前のことだった。

 

「それに、仮に十全に願いが叶ったとしても、だ。

 それが後に魔王に蹂躙されるのでは意味が無いだろう?」

 道理である。

 例え莫大な貨幣を得たとしても、その日のうちにその価値が暴落するなら意味など無い。

 そしてそれを承知で願いを叶えるなどと持ちかけるなら、それは悪魔の所業だ。

 

「だから私は尋ねたのだ。

 なぜ魔王を倒して試練が終わらなかったのか、と」

「……」

 俺は答えられなかった。

 

 

「……分からない。だが、女神様はあの後、未来は無いのだと」

「未来が無い?」

「ああ、世界の全てが石のように固まり、その先の未来は存在していない、と」

「意味が分からん」

 ソフィア殿は髪の毛を掻き毟る。

 

「単純に、試練の成功条件を満たしていなかったから、とかでは?」

「だがお前の口ぶりでは、女神は単純な強さで解決できる障害を置いているようには思えない」

「……何か別の意図があるのでは?」

「それの見当はついているのか?」

 俺は首を振る。彼女は溜め息を漏らした。

 

 

「それで、お前の質問は何だ?」

「ああ、それなんだが……俺の試練に関してだ」

 俺は女神様に姫様は何を願ったか当てて見せろと言った。

 あなたならなにか分からないだろうか」

「そりゃあアレだろう。姫様は──ー」

 その時、何の前触れもなくソフィア殿の頭上に本が落ちてきた。

 

「いてっ!?」

 その不自然で作為的なタイミングで落ちてきた本のタイトルは、“組織での各々の役割”。

 要は余計なことをするな、という女神からのお叱りだ。

 

「……へいへい。くそっ」

 ソフィア殿は頭を摩り、適当な所に本をしまった。

 彼女も無言の意図を察したようだった。

 

 

「ソフィア殿、貴方はタダ働きだと仰ったが、何の目的も願いも無い者を女神様が遣わすとは思えない。

 貴方は貴方なりの目的があって今の立場を甘んじているのではないのですか?」

 俺は彼女の態度からそのような意図を感じた。

 彼女が誰かから強制されて同じことをし続けるとは思えないのだ。

 

 そして、長い沈黙が訪れた。

 ソフィア殿は口を噤み、何度か躊躇った後にこう言った。

 

 

「あえて言うなら、今こうしていることか」

「え……?」

「我が願いは、『我が君主へ忠誠が永遠に続くことを示すこと』だ

 だからそもそも、私に願いや目的は無いとも言えるし、我が忠誠が神にも歪め難いという事実は実に誇らしい」

 どこか決まりの悪そうな表情でそう答えた。

 俺はその言葉を意外そうにきいていた。

 

「つまり貴方の目的は、姫様への忠誠と献身であると?」

「そう受け取ってもらえれば構わない」

 何だか意外な気分だった。

 アレだけ自分の主人のことを悪し様に語っていたというのに、それは忠誠心からくる苦言だったということか。

 

 

「ああ、そうだ。多分、今回はお前、何もすることが無いだろうから、今のうち今後のことについて考えといた方がいいぜ」

「それはどういうことですか?」

「教えてやらん。あんたには私も色々と振り回された。

 それにどうせすぐに分かることだ」

 ソフィア殿はそれだけ言うと、今後の連絡については遣いを出す、と言って彼女は去って行った。

 

 

 そして、彼女の言葉の理由は彼女の言うとおりすぐに分かった。

 実に簡単なことだ。単純に、姫様と会う機会が無い。

 

 姫様は姫様だけあって、多忙を極めた。

 毎日何かしらの稽古や習い事がスケジュールぎっしりに詰め込まれている。

 

 それを淡々とこなしていく彼女を、俺は超人か何かを見るような目で見守っていた。

 俺が話しかける機会が有るとすれば、父上と姫様の稽古が終わった時くらいだ。

 

 それも彼女が次の習い事に行ってしまう。

 話し相手とは言うが、これでは姫様の部屋の植木鉢がひとつ増えたようなものである。

 

 そんな日々を過ごしている、ある日のことだった。

 

 

「おうアラン、町のパン屋に行ってこれを買って来い」

 ソフィア殿は俺にそう言ってメモを押し付け、帰って行った。

 ついに使いっ走りにまで身を落としたか、と嘆きながらすることも無いので、俺はしぶしぶパン屋に向かった。

 

 幸い知っているパン屋だったので、迷うことは無かった。

 

 

 目的のパン屋にやってくると、まず行列に目が行った。

 そして店構えもどこと無く立派になっていた。

 俺は暫く来ていなかった為、そのパン屋の発展ぶりには驚いていた。

 

 昼時では無いのにあっという間に何種類ものパンが飛ぶように売れていく。

 俺は慌てて行列に並んだ。

 

 これは一時間は待つようだな、と憂鬱な気分になっていると。

 

 

「あ、もしかしてアラン君?」

 暫く待っていると、従業員の一人がこちらに気づいて駆け寄ってきた。

 

「あ、えっと……」

「久しぶりだね、貴族の人に引取られたってきいていたけど元気?」

 その少女には見覚えが有った。

 俺はかつて花屋の息子で、その店はこの通りに位置する。

 知らない仲では無いのだが、俺はいつも父上に引取られるところから始まる為、咄嗟に彼女の名前が思い出せなかった。

 

 

「……もしかして、私のこと忘れちゃった?」

「い、いや、そう言うわけじゃないんだ、久しぶりだったから咄嗟に名前が出なくて……」

「もうっ、ステラだよ、ステラ!!」

 そう、ステラだ。このパン屋に産まれた看板娘だ。

 彼女は頬を膨らませて可愛らしくこちらを睨んできた。

 

 

「あ、その格好、もしかしてお城の遣い?」

「え、いや、そんな大層な物じゃないんだが……」

「だった並ばなくて良いのよ、ちょっとこっちに来て」

 俺はステラに手を引っ張られ、店の裏口から中に入っていく。

 

「これ、ちゃんとお姫様に届けてね」

 そう言って、彼女は置いてあったバスケットを俺に押し付けてきた。

 

「姫様? これ、姫様宛てなのかッ!?」

「そうだよ。姫様は時々うちの店にパンを買いに来られるの。

 最近は忙しいから従者の人が取りに来るんだけど」

 ステラはそう誇らしげに語った。

 

 

「まさか、知らないで来たの?」

「ああ……知らなかった。姫様がわざわざ市井にまで足を運ぶとは」

「とにかく、ちゃんと届けてよね。つまみ食いしたら許さないから」

「そんなことしないよ」

 俺は早速バスケットを持ち帰った。

 

 

「よう、遅かったな」

「姫様の要請だというのならそう言ってください」

「あ、悪い。そうだった、お前には初めてってことになるのか」

 こちらを待ち構えていたソフィア殿はうんうんと納得したように頷いた。

 

「姫様はあの店のパンが大好物でな。

 あそこの看板娘とは友達なんだ」

「ほう、そうなのか」

 姫君と市井の町娘との身分を越えた友情ということか。

 

 そんな絵本の中のような出来事が本当にあるのだな、とその時の俺は感心するだけだった。

 

 

 

 

 

 いよいよ俺も十五歳、例によって騎士の選抜試験の日になった。

 ふと視線を感じ、王城の方を向くと姫様が遠目にこちらを見ていたのだ。

 俄然やる気になった俺だったが、今回のイリーナ殿は前回に魔王を倒しただけあって、普通に惨敗した。

 

 俺は王城の親衛隊に配属された。

 要は王城の城内警備や王族の護衛を担う部隊だ。

 

 これから激動の時代が幕開けするのだが、俺が親衛隊に配属されて初の任務というのが栄えある姫様の護衛である。

 いや、栄えは無いか。なにせ夜遊びの共犯なのだから。

 

「姫様はどこに向かうのだ?」

 俺は同じ共犯者のソフィア殿に尋ねた。

 

「私に分かるわけ無いだろう」

 彼女も分からないらしい。

 この夜明けに姫様が出歩くのは初めてのことらしいのだ。

 

 俺達が出来ることは、お供をすることだけだ。

 実際俺とソフィア殿が束になったって姫様には勝てないのだし。

 

 やがて辿り着いたのは、意外なことにあのパン屋だった。

 俺とソフィア殿は周囲の見張りを命じられ、姫様は裏口の戸をノックした。

 

 この時間、パン屋は仕込みに忙しいだろうから、店主ではなくステラが顔を出した。

 彼女は突然の姫様の来訪に、驚いた様子だった。

 

 俺達は夜中の静寂もあって、二人の話の内容を聞くことができた。

 

 

 

「姫様、こんな時間にどうなさったのですか? 

 パンが焼き上がるにはまだ時間が掛かりますし」

「ステラ、聞いて欲しいのです」

 困惑するステラに、姫様は真剣な声音で言った。

 

「私は、これから王族の勤めを果たします。

 もうここに来ることも、ここのパンを食べることも出来ないでしょうが、どうか私のことを見守っていてください」

「…………はい、ステラは姫様をずっと応援して参ります」

 そして、二人はひしっと抱きしめあった。

 

 

 実に感動的な場面だったのだが、俺は横のソフィア殿に尋ねた。

 

「なあ、もしかしてお二人は実は姉妹だとか、禁断の関係だったりするのか?」

「ふざけたこと抜かすとその首掻っ切るぞ」

 ソフィア殿は見たことも無い形相で俺を殺意の眼差しで睨んだ。

 そんな三流芝居の脚本みたいな展開ではないらしい。

 

 俺は彼女を宥めていると、姫様が戻ってきた。

 

「戻りましょう。これ以上は城の者に心配を掛けます」

 戻ってきた彼女は王族として一段と磨きを掛けていたように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 衝撃的な出来事が起こった。

 

 姫様が王城内にてクーデターを起こしたのだ。

 クーデターと言っても、暴力的なものではなかった。

 

 現国王やその周囲の人間の不正を暴露し失脚させると、自分の都合のいい人間を配置して権力を己の手に集中させたのだ。

 その所為で一週間ほど王城の政務が滞ったが、政変が起こったにしては鮮やかな一幕だった。

 

 

「あの姫様がクーデターだって?」

 一番驚いていたのは、多分ソフィア殿だろう。

 彼女は一番姫様に近い位置に居ながら、それを悟らせなかったのだから。

 

 そして、これは五度目の人生を経験した姫様の最適解だと俺は知った。

 初任務から帰ってきたイリーナ殿を重用し、即座に他国の人間と協力関係を結び始めたのだ。

 

 それらの行動は、異様なほどすんなりと上手くいく。

 きっとクリスティーン殿やアリサ殿と示し合わせての行動に違いない。

 

 それからの対魔王軍戦線は人類側の比較的優位を持って進むことになる。

 

 俺は姫様が親衛隊を伴って前線に赴くまで、情報を集めた。

 これまでの経験から、このようなクーデターは記憶に無かったからだ。

 

 そこで俺はふと思い当たった。

 俺がアンズ様の力で初めて逆行したあの時は、辺境の砦に勤務していたのでこの情報が伝わっていなかった可能性があった。

 

 それ以外の五回はすべて王都の近くまで行ったり来たりしていたので、その情報が耳に入らないはずが無いのだ。

 

 

 

 

 姫様率いる王国軍は、電光石火の戦術で魔王の居城に切り込む戦略を取り、同盟軍もその側面を補佐する形で戦いは進んだ。

 

 その結果、戦端を開いて半年近くで、魔王に喉元に迫ることが出来た。

 そして決戦の日である。

 

 

 俺は姫様と共に魔王の城内に踏み込んだ。

 幾多の魔物を切り伏せ、他の三人の部隊と合流し、魔王との決戦へと挑んだ。

 

「良くぞここまで来たな、人間どもよ」

 魔王の低い声音が王の間に響く。

 

 魔王は、俺の知る如何なる魔物とは違った。

 まるで竜を人の姿に押し固めたかのような外見をしていた。

 そしてその背丈は二メートルを超え、強烈な魔力を放っていた。

 

 俺はその異様な覇気に慄く。

 まさに魔の王を名乗るにふさわしい化け物だったからだ。

 

 

「魔王、お前はどこからやってきた!! 

 お前のような生物が、この世に居ていいはずが無い!!」

 アリサ殿が叫んだ。

 

「我は我が母により遣わされた。

 一度は失敗したが、二度とそのような醜態を晒すわけにはいかぬ」

「母、だと……」

「そう、空の彼方よりこの世にやってきた偉大なる魔物の母は、我に命じた。

 人間を苦しめよ、人間を痛めつけよ、人間を追い詰めよ、人間を恐怖と絶望の淵に立たせよ、と」

 魔王はその悪意しか感じない命令を福音か何かのように語る。

 いや、事実福音なのだ。彼らにとっては。

 

 

「人間達よ、その命と絶望を母に捧げよ」

 そして、人類と魔王との戦いは始まった。

 

 戦いは熾烈を極めた。

 強大な魔力だけでなく、魔王の身体能力は想像を絶した。

 

 全面衝突から一時間の激闘の末に、魔王の体が崩れ落ちた。

 人類が勝ったのだ。

 

 

 生き残った面々は、勝ち鬨を上げた。

 その瞬間、俺は言いようの無い不安に襲われた。

 

「どうしたアラン、私達の勝ちだぞ!!」

 ボロボロに成るまで共に戦ったソフィア殿が、俺の肩を叩いた。

 

「簡単すぎる……」

「は?」

「上手く行き過ぎている。

 恐ろしいほど、姫様たちは失敗していない。

 本来なら吊り合わないほどに……」

 俺の耳には、アンズ様の天秤が傾く音が聞こえた気がしたのだ。

 

「考えすぎ……だ……」

 ソフィア殿は俺の不安を笑い飛ばそうとして、……出来なかった。

 

 

 呪詛が、聞こえたからだ。

 

 

 

 

「ママ……痛いよ、ママ……たすけて……人間たちが、僕をいじめるんだ……」

 魔王が、その異様な外見から全くそぐわない言葉を吐く。

 

「……ママ、僕、頑張ったよ、もういいよね? 

 言われたとおり、いっぱい、いっぱい、人間たちをいじめたよ」

 床に這い蹲る魔王は虚空を見上げ、彼にしか見えない何かに問う。

 

 

「だから、だから、だから、もう、本気だしても良いよね?」

 

 その直後、高密度の黒い靄が発生した。

 それは怖気が走るほど禍々しい何かだった。

 まるでこの世の邪悪や悪徳を魔女の釜で煮詰めて気化させたかのような代物だった。

 

 それが地に伏す魔王をまるで抱きしめるかのように包み、その頭を撫でた。

 

 

「うん、分かった」

 その時の魔王の表情は、人間でも喜色であると容易に読み取れた。

 

 

 

「お前達、死(ほろ)んで良いってさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……

 …………

 …………

 

 

 

「お帰りなさい」

 俺は、あの場所に戻された。

 

 

「嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ああああああああああああああぁあぁぁ!!!!!!」

 だが、俺は半狂乱のままだった。

 俺は自分が死んだことも気づかずに剣を振っていた。

 

 

「化け物、化け物め、化け物が、うあ、うああ、あああああ!!!!」

 すっと、狂い叫ぶ俺の額にアンズ様の手が当てられた。

 

「あ……あぁ……」

「正気を呼び戻しました。

 立て続けで疲れたでしょう。少し休みなさい」

 その言葉に、俺は全身の疲れで重くなるのを感じた。

 

 過去に戻るのとは別の、深い眠りに俺は落ちていった。

 

 

 

 

 




女神フェイズのまさかの次回持ち越し。
出目をシークレットにしたから出来る芸当です。
新サポートキャラのソフィアの存在は、時系列の整理を主人公にさせる為に必要でした。
あくまで出目がシークレットになることは、読者に対する何かではなく作中のフレーバーということですね。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。