リューさぁぁん!俺だーーっ!結婚してくれぇぇ━━っ! 作:リューさんってなんであんな綺麗なんだ?
太陽の光が直上にある。夏場の空気は出かけるには少し暑く、容赦なく体に照りつける光が気だるさに拍車をかけている。
この村では、裕福ではないが皆が助け合って暮らしている。穏やかな朝を迎え、緩やかな昼を過ごし、静かな夜に眠る。そこには確かに人の営みと笑顔があった。似たような日々の繰り返しこそが、一番の幸せなのだ、と大人たちは言っていた。
———が、しかし。
精神は肉体に引っ張られるのか。はたまた元々俺の精神が子供であったのか。考えても仕方のないことなので今は無視するが、有り体に言うと、俺はこの生活に飽きていた。
まだまだ年齢的には俺は子供で遊びたい盛りの時期だ。多少の我儘を言うくらいは許されてもいいのではないだろうか。などとどうしようもない苛立ちを抱えながら、畑に種を蒔く。狭すぎても広すぎてもいけない、一定の間隔を空けながら、一つずつ慎重に植えていく。どうにも、俺はこういう細々とした仕事が苦手だった。
「ガアァァァ!!やってられるかクソがッッッッッ!!!
毎日毎日畑と家畜と爺さん婆さんの世話!世話!世話!
狩りにでも行って体を動かさねえと頭がおかしくなっちまいそうだ。すっぽかしてどっか行っちまわねえか、カストル」
「駄目だうるさい黙れ。行くにしてもせめて今日の分の仕事は終わらせろ。俺はもうじき終わるぞ」
カストルが手に待つ籠を俺に見せつけてくる。籠の中には種が入っており、これが今日の仕事だ。首を伸ばして覗くと朝には同じ分量だったはずの量はずいぶん差がついていた。
癇癪が穏やかな村に響き、そこで違和感を覚える。俺がこうしてカストルに不平不満をぶちまけると、決まって村のみんなの暖かな視線が俺に突き刺さってくるのだ。こそばゆい感覚を予感して視線を下げるが、いつまで経っても子供を微笑ましい笑顔で見つめる大人はいない。
周りを注視してみれば、村はいつもの平穏に包まれている。静かで、柔らかい、だけれどそこに活気がないわけではない。しかし、どうにも今日は静かすぎる。喧騒が耳に入らぬくらい仕事に没頭しているというわけでもない。見て取れるのは怯懦の色。まるで、知らずに良いことを知って、一心不乱にそれを認識しないようにいつもの仕事に従事しているようだった。
「カストル、ちょっといいかね」
壮年の男が数人駆けてきてカストルに縋るように詰め寄った。瞳に涙を溜める者、歯を食いしばって拳を強く握る者。その表情から吉報ではないことだけは確かだった。
「昨日の夜、若い衆が3人怪物に殺された。村の中でだ!
顔も潰されて、とにかく酷い有様だ」
「……一人はウチの娘だ。先月買ってやったペンダントが首にかかっていたからな」
村の人間が怪物に殺される。由々しき事態ではあるが、前例がなかったわけでもない。村の南にある森林にはゴブリンやコボルトが群れをなして生活しているし、東の平原にはオーガまで確認されている。恩恵も持たない人間が少人数で行動すればどうなるかなど、想像に難くなかった。
「———待て。村の中でだと? 防人はどうした」
「爺は耄碌して行方をくらましやがったんだよ!
クソッ、だから俺は日頃から言ってたじゃないか、新しい番兵を雇うべきだって!」
「ラキアから来た人間だぞ、邪険にすればなにをされるかわかったものではないだろう!」
「もしもの話だろう、今は実際に死人が出てる!」
「今がよくても先に未来がないなら意味がないだろうが戯けが!
昔から考えなしの無能は口を挟むな!」
「クソ野郎、てめえのは問題を先送りにしているだけだろうが!」
———ずくん。
「ぐ、あ……?」
目の前に火花が走った。頭の奥に、不気味なモノが流れ込んでくる。治癒したはずの古い傷口を、再び切り裂かれるような痛み。突然に襲われた瞬きのような激痛に、俺は対応する余裕もなく体制を崩した。それとなくカストルが肩に手を回したお陰でなんとかその場に倒れるようなことはない。
「そこまでだ。少なくとも今は身内で争っている場合ではなかろうに。
俺と弟が怪物退治を引き受けるよ、そのためにここまで来たのだろ」
「やってくれるか、カストルよ。それでこそだ」
英雄の宿業を背負う男は、そう在るのが正しく、常で在るように。いとも簡単にその願いに応じた。星の煌めきに、いつだって人は手を伸ばして、想いを託すものだから。
痛みの後、朦朧とした頭で考える。星に願いを馳せるのが許される。人の願いは、無責任に託せば叶えられる。だというなら、星の願いは一体、どこへ託されるというのだ?
「痛むか、キル」
「———大丈夫だ。いちいちお節介だよ、兄貴」
心配した表情で此方の顔を伺う顔は、紛れもなく家族の顔だった。あたたかな横顔は、確かにすぐ横にある。それを確認して、安堵する。目を離せばすぐに消えてしまいそうな星は、まだ俺と共にある。
服の裾を摘んで、聞こえないように呟いた。
「いきなり遠くに行ったりしたら、恨むからな」