白黒斑のヒーローソサエティ   作:Wandering2020

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EP.2 手辺押出:スタンディング その1

「じゃ、行ってくるっす! 留守中になんかヤバいことあったら連絡よろしくっすよ」

 

 早朝。蓑州市内インパクトアーム事務所にて。

 僕こと手辺押出は、快活な声と共に深宙吹噴が事務所から出ていくのを見送った。

 彼女の今日の仕事はモデル業。ちらりと目をやった予定表のホワイトボード、その今日の日付には、でかでかとした丸文字で「モデル!」と書かれている。

 

 僕のサイドキック「ストレイトキャット」こと深宙吹噴の職業はヒーロー兼モデル。

 普段のヒーロー活動中は個性の関係からフルフェイス型のヘルメットを被っているが、彼女の顔立ちはかなりのものだ。

 ぱっちりした目と通った鼻筋。愛嬌ある笑みの裏に確かな知性が覗くところが猫っぽくて良い、との評判らしい。

 らしい、というのも、僕には彼女の笑みと言われても、どこかむかつくへらへら笑いしか思いつかないので、周囲からの評価を聞いてもぱっと来ないのである。

 本人曰く、高校のミスコンで優勝争いをしたこともあるらしいが、果たしてどこまで本当なのか。

 ……まあ、ヒーローとして鍛えた肉体は絶妙なプロポーションだという評判については、悔しいが同意する。

 一度そう言って褒めてみたら、

 

「でしょー? もしかしたらおっさんより脚長いっすからね!」

 

 なんぞ言いやがったので二度と口には出さないが。

 ともかく、彼女のモデル業は確かな評判を得ているそうなのだ。

 うちのような零細ヒーロー事務所は休みというものがほぼない上、個性を激しく使った後などは体形が崩れるため(僕にはあんまり違いがわからないが)、安定的な仕事はない。

 けれど、万全の状態の時には、飛び入りのモデルの仕事で割と馬鹿にならない収入を得ている。

 ……正直、僕より断然稼いでて凹む。

 

 ともかく、彼女は留守だ。今日一日、僕一人でこの蓑州を守っていかなくては。

 僕一人……、頭にふと浮かんだ黒い人影を慌てて追い出す。(ヴィラン)を頼るなんてもっての他だ。しっかりしろ、僕。

 そんなことをしながらもしっかりと窓や裏口の戸締りは済ませ、コスチュームを検める。

 両腕のギミック、問題なし。ブーツの固定具にも破損なし。この辺の確認はもうルーチンワークだ。今更動きに淀みはない。

 

 事務所から出て見上げた空は雲一つない晴天。

 しかし、少し目線を建物の奥にやると、空を這い巡る鋼線が、穏やかな日差しを受け、町に黒い影を落としているのが見える。相変わらず、ひっそりと存在感を主張する『巣』に頭が冷えるようだった。

 

 車庫へと降り、日ごろからマメに整備してある愛用の大型バイクに跨る。

 普段は相棒が座る空席のサイドカーをちらりと見て、静かに息を吐き出した。

 緊張でついたため息は、バイクの排気音がかき消してくれると信じよう。

 

 バイクのエンジンに火を入れる。がなる重低音が狭い車庫を埋めた。

 

 

「さあ、パトロールに出かけよう」

 

 

 

□ □ □

 

 

 

 今から5年前のこと。

 

 僕、インパクトアームこと手辺押出は平凡な人間だった。

 

 生まれは中流。育ちも同じく。

 何のドラマも無く幼稚園から大学までを過ごし、何の意外性もない商社に就職した。

 会社でも何の波乱もなかった。普通に働いて、普通にポカして、普通に褒められて。このまま何にも起きずに老いていくのだろうなあ、なんぞと思っていた。

 そんなある日。僕は、ヒーローに出会った。

 

 

『ごああああああああああ!!!』

『超大型敵だーッ』

 

『HA!』

THOOOOMMMM!!!

 

『AAAAIIEEEE!?』

『超大型敵が一瞬で!?』

 

 

 なんとなく日々を生きているうちに敵災害に巻き込まれて、そこで助けられたヒーローの鮮烈な姿に感銘を受け、うっかり脱サラしてヒーローになってしまった。

 ……これはさすがに平凡じゃないか。

 でもヒーローになれたのも巡り合わせが良かったからなれたようなものだ。正直、あれで一生の運を使い果たしたと思う。

 

 それから、まずはどこかの事務所にサイドキックとして所属しようと思ったけど、

 

「紹介状は?」

「無いです」

「不採用」

「な!?」

 

 業界に伝手も何もない僕に受け口は無かった。とくれば、自分で功績を挙げなきゃいけないんだけど……。

 

「いや無理でしょ……」

 

 ヒーロー社会は厳しかった。当時の僕はバイクなんて持っておらず、そんな機動力に欠ける僕では、現着するまでにもう事件が終わっていて、ロクに役には立てない。

 僕の個性は『プッシュ』。腕の周辺に不可視の力場を発生させ、腕を向けた方向に強く押し出す個性だ。持続は一瞬だけで、出力は僕が全力で突き飛ばしたぐらい。どういう風に作用してるかは覚えてないけど、腕力が上がると威力も上がる。

 連続では使えないけど、一応僕は鍛えてるし、直撃すれば敵だろうと戦闘不能にできる程度の威力はあると自負している。

それに、これでも高校生の頃に柔道の旧式部門(個性禁止レギュレーションのこと)県大会で準優勝を収めた身だ。取っ組みあいなら自信はある。

 

 しかし、悲しいかな。僕の個性は機動力には何の役にも立たない。

 ロクに功績を挙げられず、会社員時代の貯蓄を削って過ごしていた僕に転機があったのは、活動を始めてから1年後のことだった。

 

「蓑州町のヒーロー、汚職が判明?」

 

 ある日見つけたネットニュース。

 それは、蓑州町という地方都市を活動拠点とするヒーローの汚職が判明した、というショッキングな内容だった。

 当のヒーローは勇敢な警察官によって逮捕、町の情勢はヒーロー不在で不安定化しているらしい。

 

 これだ、と思った。

 この蓑州町とやらのどこかしこで事件が起こっているなら、機動力に欠ける僕でもなんとか手柄を出せるかもしれない、と。

 あの時の僕は追いつめられていたからか、その結論について深く考えることもできなかった。

 誰かが泣き叫ぶような状況を、チャンスだなんて思ってしまった。

 

 ……いや、言い訳だな。

 追いつめられた時こそ、その人間の本質が出るという。

 あの日の僕は、そんな利己的な人間だったということだ。

 

 

 けれど、そんな僕でも、それだけの人間じゃないと信じたい。

 あの出来事もまた、あの時にあったことなのだから。

 

 

□ □ □

 

 

 あくる日、よく晴れた朝方。

 

 勢いの力とは恐ろしいもので、ネットニュースを見た勢いで蓑州町への引っ越しにかかる諸々を済ませた僕は、半月後、ヒーロースーツなどの最低限の手荷物を抱えて蓑州を訪れていた。

 車から降り、町の様子を見渡す。

 一見して、静かで穏やかな町だ。ただ、町行く人々の顔にはやや緊張の陰りが見え、不穏な気配が感じられる。どうやら情勢が不安定化しているというのは誇張ではなかったらしい。

 時折見かける、鋭い目つきの割に堂々とした振る舞いの人達は僕と同じヒーローだろう。皆考えるのは同じということか。

 

(これは油断すれば持っていかれるぞ)

 

 気を引き締めて、改めて街並みに注目する。

 まず気づいたのは、テレビで見るような西洋の街並みのように、やけに建物同士が密着していて、はぐれ(パンク)が溜まりそうな物陰というものがないことだ。この町には路地裏というものがないのだろうか。

 ヒーローの目が届かない場所が多くなるほど治安維持は難しくなるけれど、この街並みを見る限り、そう難しくはなさそうな……。

 

 と、その時だった。

 

「オラどけや邪魔だッ!」

「轢き殺されてえかウスノロ共ッ」

 

 背後からの怒号に振り返ると、煙を立てて大通りを爆走してくる車両の姿があった。

 軽トラックだ。明らかに法定速度を超過した速度で道路のど真ん中を突っ走っていく。

 そうなると当然、軽トラは前を走る車に追突するわけだが、その度に不自然な爆音が生じて前の車が吹き飛ぶため、軽トラの暴走は止まる気配がない。

 近づく軽トラの助手席からは顔面に刺青を入れた男が身を乗り出しており、荷台には中途半端に脱色したらしい斑色の髪をした女が立ち乗りして何事かを喚いているのが見えた。

 

「アハハハッハハハ! 轢き潰れたくなきゃ道を開けな(倫理規制済み(ピー音))共ォ―ッ!!」

 

「きゃああああっ、暴れトラックよ!」

「うわーっ俺の新車ーーーっ!!」

「アイエエエ! ヴィランナンデ!?」

 

 悲鳴と混乱で途端に騒がしくなった通りの中、あっという間にすれ違った軽トラックの背を睨む。後ろから見ると、荷台には、どこかの銀行から盗ってきたのか、無残に破壊されたATMが載っていた。

 

 ヒーローたちが一般人の格好を脱ぎ捨て、コスチューム姿でトラックを追いかけるのを見て我に返る。

 まずい、僕の目的を思い出せ。

 コスチュームに着替えるため、咄嗟に物陰を探すが、この町には驚くほど裏路地が無いのをさっき確認したばかりだった。

 仕方ない、このままでもとりあえず現場に向かおう。

 

 駅前の広場にて、軽トラはギャリギャリと音を立てながら横滑りし、停止する。

 軽トラが止まるが早いか、軽トラから躍り出る男たち。

 出てきたのは3人。刺青の男と斑髪の女、そして運転手だったらしい幼い少年。

 道交法無視で爆走する軽トラ、その荷台の強奪されたらしいATM、無免許運転確定な年齢の少年、数え役満だ。敵と認定してもいいだろう。

 

 ……それにしても、まさか真正面から現れるとは。疑問が頭を過ぎる。

 

(……どうして止まったんだ?)

 

 そんなことを考えている間にも状況は進行していく。

 代表らしい男が辺りに向かって吠えたてる。

 

「いいか、このうだつの上がらねえ凡人共ッ。耳ィかっぽじって良く聞きやがれ! この町は俺たち『ケルベロス』が貰う!!」

 

 そう叫んだ男の個性だろう、男の手から噴き出た激しい炎が天を衝いた。

 それと同時に、周囲を威圧するように、斑髪の女が三又のチェーンを振り回す。

 すると、チェーンが生き物のように宙を踊り、周囲の地面を打擲した。さほど太くもないチェーンのはずだが、打ち付けられた部分のアスファルトは粉々になり、その破壊力を見せつける。

 幼い少年は薄ら笑いを浮かべているだけで何もしていないが、先ほどの軽トラの爆音、あれは彼の個性と見るべきか。

 

 かなり高い火力があるらしい個性の炎男、近寄り難い範囲制圧型の鎖女、そして爆音の個性を持つらしい少年。

 これは厄介な3人組だぞ……。どうする、ヒーロー!

 

 

 

 10分後、特段の波乱なく、無事に鎮圧された彼らの姿があった。

 そりゃそうだよ。あれだけヒーローがいれば当然そうなる。

 そして、コスチュームを着ることもできなかった僕が手柄を挙げられないのも当然だった。

 これ手柄とか無理だよ。事件発生から解決までとんでもない速度感だったし。

 

(チャンスと思ったけど、考えが甘すぎたか……)

 

 ニュースを見た時から過熱していた頭が冷えた心地だった。この状態がこの町でも続くようなら、いよいよヒーローをやっていけない現実から逃れられない。

 今度こそ、ヒーローやめることになるかもな……。

 自分の将来の危うさに溜息をつく。

 まあ、どれだけ凹むような現状でも、もう引っ越しの手続きは済ませてしまったし、この町で生活するしかないわけで。

 僕はまた溜息を吐くと、ひとまず自分の新居に向かうことにした。

 

 足取りは、ひどく重かった。

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