シュヴァルツェスマーケン もう一人のアイリスディーナ 作:ダス・ライヒ
ペーパーゼー基地に帰投した第666戦術機中隊ことシュヴァルツェ・マルケンは、ハンガーにて機体整備を行い、暫しの休息を取った。
レーザーヤークトは相当な疲労を伴う戦術行動だ。Mig-21戦術機から降りた若い衛士等は降りるなりその場で倒れ込み、整備兵や基地の勤務要員に抱えられながら待機室へと戻される。まだ立っているのはベテランのフリッツやファム、ポーランドの迷子兵であるシルヴィア・クシャシンスカだけだ。
国連軍の衛士である少女を救ったテオドールも、渡された栄養ドリンクを一気に飲み干し、衛生兵に少女を医務室に運ぶように指示を出した後、ぐったりと倒れ込んだ。
中隊長であるアイリスディーナは、整備兵より機体の足に変な物がくっ付いているとの報告を受ける。それはマリが引っ付けた小包だ。
「同志大尉、貴方の機体に変なのが引っ付いていました。何でしょうか?」
「見せて見ろ」
報告を受けて引っ付いていた物を受け取ったアイリスディーナは、報告して来た整備兵に礼を言ってからハンガーを後にした。
この基地内は党に対する反乱者に備え、何処かに隠しカメラや盗聴器が仕掛けられている。ここで開ければ、監視している党に見付かる可能性があるので、彼女はそれらが仕掛けられていない外へ出て、中身を確認する。
「奴ら、何所まで知っている?」
小包を開け、中に合った手紙を見たアイリスディーナは、自分等の密談場所まで知っていることに驚いた。
「さて、時間通りだな」
基地の付近にある教会の廃墟にて、護衛も伴ってやって来たアイリスディーナを窓から見たジグムントは、腕時計を見ながら時間通りに来たと口にする。
廃教会の中にはジークフリートとジークリンデ、マリが待っていた。ジークフリートの手にはココアが入ったカップが握られている。つい数分前に温めたばかりのココアだ。
「ようやく来たか。たく、何も二十分前に来なくても良いじゃねぇか」
「日本じゃ待ち合わせに十分も前に来るそうよ」
「まぁ、俺たちドイツ人は時間に厳しいからな。共産主義になっても変わらねぇらしい。それにしても、このココアはうんめェーな」
待ち合わせの時間より二十分も前に来ていたジークフリートが文句を言えば、ジークリンデは十分前が当たり前だと口にする。
アイリスディーナ等が廃教会へと入れば、マリはカンテラの火を灯して明るくした。
「改めてみると、私の学生時代にそっくりだな」
祭壇の上に腰掛けるマリを見て、アイリスディーナは挨拶せずに自分の学生時代にそっくりなことを伝えた。
これにマリは何も答えず、向こうと同様に名乗りもせずにアウトサイダーから守れと言われたと事を告げる。
「神か悪魔か分からない奴にあんた等を守れと言われた」
「相変わらず適当な女よのぅ。見ろよ、向こうさんは呆れ顔だぜ。嫉妬してんのか?」
簡単にマリがそれだけ言ったので、アイリスディーナ等は理解できずに首を傾げた。
これに未だにココアを啜っていたジークフリートは、それで理解できるはずが無いと言って、アイリスディーナに嫉妬しているのかと問う。
確かにアイリスディーナはマリより身長が高く美人で、若さを除いて肉体面でも優れている。完璧な美を求めて人間を辞めたマリが、自分よりスタイルの良い女性に嫉妬しないはずが無い。
「それだけか? たったそれだけで我々を? 聴きたいことは山ほどある。話してくれないか?」
全く適当なことを言ったので、アイリスディーナは詳しく聞いてくる。
それもそのはず、異世界からやって来た賞金稼ぎ達に襲われたのだ。なんで狙われているのかを聞く権利がある。もっとも、ただマリに似ているだけで狙われただけだが。
この問いにマリは、狙われる理由だけを答える。
「私に似てるから? あいつ等、逆恨みしてるし。更に捕まえて何かしようとしてる。不老不死でも望んでんじゃないの?」
「私は不老不死では無いが…つまり、異世界の勢力が貴様を私と間違えているのだな?」
「あいつ等、目ぇ悪いな。良く見りゃあ違い何て分かるのに」
「ジークフリート、お前は黙ってろ」
年齢とは沿わないマリの喋り方に、アイリスディーナは自分と勘違いして襲っていると言えば、彼女は無言で頷いた。ジークフリートが時より口を挟んで来たが、ジグムントに黙らされる。そのジグムントも会話に参加し、自分の考えを口に出す。
「おそらく奴隷商人にでも売り付けるつもりだろう。あの容姿だ。恐らく奴隷商人は高く買う。間違えても売り付ければ少しの足しになる。今もどこか、あるいは異世界で我々のマスターに似た女が賞金稼ぎ等に掴まり、賞金を出す勢力に違うと追い払われ、奴隷商人に売られていることだろう。まぁ、我々はお前たちの護衛を命じられて、関係無い話だが」
「酷い話だ。一体、貴様は何をしたんだ?」
ジグムントが話した事実に、アイリスディーナは心を痛め、その要因を作り出したマリに何をしたのかを聞いた。当の彼女は自分が原因にも関わらず、悪気も無さそうに自分が狙われる原因を作ったことを語る。
最初は連邦軍にルリの居場所を問おうとしたら拘束され掛け、反撃した事と、同盟軍の基地に潜入して戦闘になった事も話す。更には双方の幾人もの将軍を殺害した事も明かした。これには狙われて同然であると、アイリスディーナは呆れ返る。
「…狙われて同然だな」
「あぁ、そう思っている」
「私も同感」
「これで狙わねぇなんて言う理由はねぇよな」
マリ以外の者が同感すれば、ジグムントはある装置をアイリスディーナに渡した。それは古めかしいボタンであり、隠しやすい程に小さい。
「これを持っていろ。身の危険と、部下の危機なら押せば良い。我々が駆け付ける。政治将校やシュタージには悟られないようにしろ」
「了解した。もし、危機なら貴様たちを呼ぼう。では、そろそろ戻らねば怪しまれる」
「それもそうだな。では、次の密会はこちらから知らせる」
押せば自分等が駆け付ける装置だと説明すれば、アイリスディーナは承認してそのボタンを懐に仕舞った。そろそろ戻らねば怪しまれると彼女が言うと、ジグムントが理解して次の密会は自分らが知らせると伝え、同時に廃教会を出た。
一方でマリの追跡の任を受けたイオクと第51機甲師団は、追っていたマリを捕まえたと訴える賞金稼ぎの面々と旗艦の艦橋で面会していた。
賞金稼ぎ達が連れて来た金髪碧眼の女性たちは、どう見てもマリでは無い。あろうことか女装した男性まで混じっている。似ていれば何でも良いのだろう。当然ながら、イオクは激怒していた。
「さぁさぁ、これがマリ・ヴァセレートです。どうぞ、賞金を…」
「貴様! どう見てもその女はマリ・ヴァセレートでは無い! 手配書を見ていないのか!? もう良い! 殺せ!!」
「えっ!? ちょっ! まっ!!」
似たような女性を差し出して賞金を出せと言う賞金稼ぎに対し、イオクは処刑を命じた。
その賞金稼ぎは警備兵らに連れて行かれ、別の部屋で処刑される。他の者達にも無言で命じ、無理やり連れて来られた女性や男性たちは保護される。別の部屋から悲鳴や銃声が聞こえる中、イオクにあることを伝えようと、伝令が駆け付けて来る。
「も、申し上げます! イオク様! 貴方に会わせろと言う輩が…」
「なに? 私に会わせろだと? 何者だ、申してみよ」
「それが、我が軍の将校では無く、ノンダス…」
「クジャン公! クジャン公のせがれはおるか!?」
誰か問おうとした瞬間、警備兵らを押し退けて大男が艦橋に無理やり入って来た。
直ぐに周囲の親衛隊や警備兵らは銃の安全装置を外し、入って来た大男に向ける。大男は銃口を向けられているにも関わらず、何の動揺もせずに、椅子に座っているイオクを見て直ぐに彼だと分かる。
「おぉ、お前がクジャン公のせがれか! 親父は元気にしているか!」
「いきなり来て何者だ! 私はお前など知らん! まずは名の名乗れ!」
いきなり押し掛けて来て、自分を指差して告げる大男に対し、イオクが名を名乗れと言えば、大男は自己紹介を始める。
「こいつは済まん! わしはグルビー・アボン! ノンダス人傭兵団のグルビー旅団の大将! 先代クジャン当主に雇われ、肩を並べて戦った者よ!」
「経歴は? 本物か?」
「は、はい! この大男の言う通り、雇用歴があります!」
自己紹介してから、先代と肩を並べて戦ったと豪語するグルビーなるノンダス人の傭兵に対し、嘘ではないかと疑うイオクは側近らに問えば、会計課の士官は雇用歴が本物であると慌てながら答える。
「ん? なんだ、知らなかったのか? あの時の面々が居るはずだが…」
「父の側近たちか。今は救援として火消しに回って留守にしている。ここに居る者達は皆あなたの事を知らない」
先代と共に戦った将官たちが自分の事を知っている筈だとグルビーは言うが、その全員が各戦線の救援として呼ばれて留守にしていた。そのことをイオクが伝えれば、グルビーはマリの手配書を手にしながらこの賞金首は自分の傭兵部隊が受け持つと告げる。
「そうか。それより手配書の金髪女を追っているのだな? その女を我々グルビー旅団が受け持つ! 兄弟の契りを交わしたギゾンをあの女に殺された! 仇を討ちたい! それと二流や三流の賞金稼ぎ共は不要! 群れることしか出来ぬ能無しの正規兵もな!!」
「貴様、我が軍の将兵らを侮辱するか! 金次第で陣営を変える不埒な傭兵風情が!!」
義兄弟の仇を討ちたいと言いながら、連邦軍を貶し、自分等以外に必要なしと告げるグルビーに対してイオクは激怒するが、参謀に止められる。
最も、目前のノンダス人が本物を連れて来ると目を見て判断したからだ。
「い、イオク様! 落ち着いてください! あのノンダス人なら、賞金目当てで偽物を連れて来る賞金稼ぎや貧乏人共よりも確実に行けますよ」
「そ、それもそうだな! 私もそう思っていたところだ! 先ほどの無礼を許してくれ、父と共に肩を並べて戦った偉大なる傭兵グルビーよ。本物のマリ・ヴァセレートを捕らえた暁には、寛大な報酬を約束しよう!」
「よしなに! この命に代えても賞金首を現当主の前に差し出してしんぜよう!」
参謀の提案に、イオクは慌てながら賛同してグルビーにマリの追跡の任を一任した。それとグルビーの旅団だけでは少し不安を感じてか、余剰戦力を支援に回すと告げる。
「生粋の戦士である貴殿に申し訳ないと思うが、こちらの艦隊の余剰戦力から支援部隊を派遣する。キリング中将の軍団だ、彼もまた優秀な指揮官だ。貴殿の奴に立つだろう。では、健闘を祈る」
「あぁ! 任されてよ!」
イオクの寛大な支援に、グルビーは片膝をついて感謝しつつ艦橋を後にした。
それから二日後、マリは無断で第666戦術機中隊の駐屯地であるペーパーゼー基地に潜入していた。何所で入手したのか、NVAの冬季用軍服を着込み、長い金髪を後ろに束ねて髪型を変えての潜入だ。
「何も無さそうね」
訓練を終えて帰って来る第666戦術機中隊の機体を見て、マリは襲撃を受けなかったと確認する。中隊は九機に増えている。本来なら八機だが、イングヒルトを生存させて歴史を変えたのだ。
追加要員は国連軍の衛士であったカティア・ヴァルトハイムだ。もう一つのドイツを知るため、わざわざ豊かな祖国と軍を脱走してまで亡命して来た変わり者である。無論、マリは当に身元を知っており、カティアも護衛対象なので守らなければならない。
中隊全機がハンガーへと入ったのを確認すれば、マリは基地の屋内に入り込み、NVAの兵士に扮して廊下を歩く。周囲には似たような服装の兵士達が居るが、みな連日の戦闘か整備で顔色は優れない。糧食は衛士か最前線の将兵に優先され、後方勤務は余り食べていないようだ。
「さて、情報は…」
潜入したマリは誰にも見られない場所で端末を開き、基地のデータを貯蔵する場所を検索する。
八十年代初頭でこの端末はオーパーツだ。戦術機という二足歩行のロボット兵器の方がよっぽどオーパーツであるが。直ぐにデータの貯蔵しているサーバールームが見付かり、どの階にあるかどの方角にあるかさえ表示された。直ぐにマリはそこへ向かう。
なんでわざわざやって来て潜入し、基地のデータを見ているかと言えば、介入した時の記録データを抹消する為である。この日の今から数時間後に、シュタージがやって来て基地を監査するからだ。
一応、データに細工して自分等の機体は全く映らず、通信も聞こえないようにしているが、それでは第666戦術機中隊の面々が何も無い場所に向かって突撃砲を向けて喋っていると言う映像が見えてしまう。
いつの日か自分等にたて突き、クーデターの中核になりかねないシュタージに取っては、この映像は拘束する正当な理由を与えてしまう。拘束理由は差し詰め精神異常判定並び薬物使用で、幻覚を作用する薬物の服用の疑いをでっち上げられ、更には収容所送りだ。
それだけは避けねばならない。憂いは断たねば。
「さて、始めしょうか」
機器の温度を調節するために冷房が効いている部屋、即ちサーバールームを見付けたマリは、端末を持ってハッキングを始める。右手に端末を持ち、電子装置のデータを見る為にゴーグルを着けて操作する。
部屋の温度は外とは変わらぬほどの寒さであり、凍死する恐れがある為に防寒着が備えられているが、マリは特殊な潜入用スーツを着ているので、それほど寒くはない。そればかりかイアフォンで音楽を聴きながらハッキングし、第666戦術機中隊が持ち帰った自分等のデータを消去している。
剣と魔法の世界出身とは思えないハッキングの腕前だが、その手に精通しているミカルやリンダに軍配は上がる。最も、当時は外部からのハッキングなど考えておらず、セキュリティーなど全く無いのだが。
「これでよし」
セキュリティーやファイアーウォールも何も無かったため、マリの仕事は終わった。端末とゴーグルも仕舞えば、直ぐにサーバールームを後にして基地から脱出しようとしたが、思わぬ伏兵に阻まれる。
「ベルンハルトさん…?」
「え?」
背後から呼び掛けられた彼女は思わず振り返ってしまう。そこに居たのは、第666戦術機中隊の問題の補充隊員、カティア・ヴァルトハイム少尉であった。面倒な人物と鉢合わせしてしまった。
「ベルンハルトさん、どうしてこんな所に…?」
「えっ? 私は…」
カティアにアイリスディーナと間違われたマリは少し動揺するが、数秒後に当の彼女は人違いしたと謝る。遠目から見れば違いは分からないが、良く見れば幼過ぎるので違いが分かる。
「あっ!? すみません! 人違いしてました! ごめんなさい!」
「えっ、良いのよ。それは…」
必死に謝るカティアの姿を見て、マリは愛らしさを感じて少し照れながらその場を後にしようとしたが、アイリスディーナの親戚と思ってか、話し掛けて来る。
「あの、ベルンハルトさんの親族ですか? 私、この基地にまだ馴染めなくて…」
身内と思われるのは仕方がない。何せマリとアイリスディーナは少しばかり似ている。背丈と身体つきは遥か年上のマリの方が劣るが。
それを気にしているマリであるが、今は目前の少女が可愛くてしょうがないようだ。親戚と問われてアイリスディーナと血の繋がりも無いマリは、直ぐにそれを否定する。
「いえ、大尉とは親族じゃないわ。良く似てるって言われるけど」
「そうなんですか。それに余り見ない顔ですね。今日、徴兵されたばかりですか?」
「ま、まぁそんな所。じゃあ、私はこれで」
「お寒い中、ご苦労様です」
次にここの人間なのかを問われたマリは一刻も早くこの場を離れるため、誤魔化してカティアから離れた。彼女から労いの言葉を受けたマリは少し照れながらも、その場を後にした。
「っ!? このエンジン音は…戦術機!」
「…不味いかも」
立ち去ろうと外へ出ようとした途端、戦術機のエンジン音が屋内にも響いて来た。
戦術機のエンジン音の騒音はジェット戦闘機レベルだ。外へカティアと共に出れば、多数の戦術機が基地を包囲する形で展開している。型はNVAの主力機であるMig-21では無い。データバンクで見たMig-23と言うソ連軍の最新鋭機だ。
その次にヘリのローター音まで聞こえて来る。それも兵員輸送用の大型の軍用ヘリである。数機が雪原の上に着陸すれば、大型ヘリも十分な広さがある空き地に着陸し、そこから数名が降りて来る。戦術機と軍用ヘリに描かれた識別章を見れば、シュタージの物であると分かる。
間違いなく、シュタージがこの基地に監査に来た。来るまで数時間の有余があった筈だが、何かの手違いで早まった様子だ。
「あいつ…」
「あの、お知り合いで?」
「…違う」
ヘリから降りて来る赤毛の男を見て、マリは収容所でリィズを逃がした際に鉢合わせしたシュタージの職員だ。いま彼と顔でも合わせれば、即座に全てが水の泡と化すだろう。
直ぐにそこから離れようとしたが、怪しまれてカティアに呼び止められた。
「あの、何所へ?」
「ちょっとトイレに」
また誤魔化して、マリはシュタージの監査を受けるペーゼーバー基地からの脱出しようと試みた。一度屋内へ入るフリをして、カティアがシュタージの方へ視線を向ければ、その隙に外へ出て郊外へと向かっていく。
包囲網を形成しているシュタージの戦術機が居たが、マリは姿と足音を消して戦術機の真下を通る。雪に足を取られまいと戦術機に触れた瞬間、乗っている衛士の声が直接脳内に聞こえて来る。
『お義兄ちゃん、大丈夫かな…?』
マリに取っては聞き覚えのある声であり、抱いたことがある少女の声であった。
その名はリィズ・ホーフェンシュタイン。アウトサイダーに命じられ、助けた少女だ。危険な場所へ潜入してまで助けただけでは、マリに不満があったのか、性交渉を受けることに条件にシュタージから助け出した。
今、そんな少女が自分の真上に立っている戦術機に乗っている。少し様子を見てやろうと思い、戦術機のコックピットの中を幽体離脱して覗き込んだ。
「ほんと、生理の時とかどうしてんの? このスーツ」
戦術機のコックピット内に居るリィズの格好を見て、マリは強化装備に対する疑問を呟いた。
幽体離脱をしているため、目の前に居るリィズには全く聞こえていない。当の彼女は自分の処女を捧げた絶対の美女より、シュタージを見て怯えた様子を見せる自分の義兄の方が心配らしい。
マリに似ているアイリスディーナも見ているが、直ぐにあの時の美女では無いと判断した様子だ。
「あの子、西側なのにこっちに亡命してくるなんて。疑われて当然じゃない。馬鹿なのかしら?」
様子を見ていれば、西に亡命して来たカティアに対する物ばかりだ。戦術機のコックピット内にはモニターは無く、強化装備でしか外を見ることが出来ず、マリはシュタージから取り調べを受けるアイリスディーナ達の様子が見ることが出来なかった。
確かに豊かな西から東に亡命してくるなど、普通では無い。向こうの赤軍に影響されて来たと言う考えもあるが、それでも怪し過ぎる。マリはアウトサイダーから聞いて理由も動機も全て分かっているが、リィズにそのことは伝えられないどころか、伝えることは禁止されている。
そんなリィズの様子を見て、何もされていないと判断してマリの魂は元の肉体へと戻る。どうせ見えていないと思い、透明を解いて母艦であるフランケンシュタイン号に戻った。
「では、実際に援軍は出さない。そう言う事かしら? アクスマン中佐」
「あぁ、もちろんだ。ハンニバルは危険な男、この際戦場でBETAに食わせて始末するべきだと思ってな」
ベアトリクスとアクスマンは第666戦術機中隊を監査した後、基地に居座って反攻作戦の会議に参加し、中隊が属するハンニバル隊に対して自分の傘下の戦術機部隊を援軍として出すと約束したが、出すつもりは毛頭も無かった。
前線司令官であるハンニバルは自分等シュタージに取って反乱予備軍であり、始末しておく必要がある。だからアクスマンは不穏分子たるシュヴァルツェ・マルケン共々、BETAに食わせようと考えたのだ。
しかし、アクスマンにはもう一つの考えがある。それをベアトリクスに向けて語る。
「それともう一つある。アイリスのシュヴァルツェ・マルケンには何か特殊な物が存在していると考えている」
「特殊な物? 妄想でも抱いて?」
「妄想だと良いがな。中隊はあの戦場を一機も欠けることなく全機で帰還した。あのレーザーヤークト専門のシュヴァルツェ・マルケンだがぞ? 通常なら一機や二機、酷い時には四機が撃墜されている筈だ。なのに全機生き延びた。何か裏があるかもしれん」
アクスマンの抱くシュヴァルツェ・マルケンの生き延びた秘策に、ベアトリクスは妄想に取り付かれているのではないかと疑問に思う。
そんなアクスマンは更に、自分等が知りえない影の支援部隊が居るとまで言い始める。どうやらマリ達の存在に気付き始めているようだ。
「私はこう考えている。特殊な兵器を装備した支援部隊が存在すると。西側の可能性も高い。シュヴァルツェ・マルケンは西にも人気だ。何かといいたいが、我々社会主義者に肩入れするとは思えん」
「でっ、この機会を利用して引っ張り出そうと?」
「ご名答! BETAを利用して正体を暴こうと言うのだ!」
当のアクスマンはまだ正体を知らないが、ベアトリクスがBETAを利用してマリ達を引っ張り出そうと言うのを当てれば、彼は指を鳴らしながら正解であると自慢げに答えた。
「奴らがどんなことを隠しているか、中隊のピンチを利用して確かめるのだよ」
「でも、そんな真実味も無い部隊が現れず、ハンニバル隊を犠牲にしてBETAに防衛線を突破されたら?」
「それは君の大隊がBETAを始末すれば良い話だ。我々の敵はBETAではなく、国家を蝕む寄生虫だ。寄生虫を駆除するのは、BETAに勝つためにも重要なことだ。君も分かっているだろう?」
自慢げに話すアクスマンに、もしマリ達が現れなかったらとどうするのかと問われれば、ベアトリクスの大隊に任せると答え、BETAよりも国家の寄生虫の排除が先だとも告げた。ベアトリクスは何か言いたげであったが、アクスマンは有無を言わさずに畳みかける。
「シュミット長官はこの作戦に賛成している。これ以上の事は、言わなくとも分かるよな?」
「仕方ないわね。分かりました」
何も言い返せないと判断したベアトリクスは、部屋を後にした。その直後に、自分の隊のリィズが近付き、義兄が居る第666戦術機中隊を助けるのか助けないのかを問われる。
「あ、あの…! すみません!」
「どうしたの?」
「お、お義兄ちゃん、じゃなくて、第666戦術機中隊がピンチな時に救援に向かわないんですか!?」
「うーん、そのことについてだけど。あんたが思っている残念な方よ」
「そ、そうですか…」
救援は出さない方針だと答えれば、リィズは表情を曇らせた。
そんなリィズに対し、ベアトリクスは立ち直らせようと、シュヴァルツェ・マルケンの伝説を告げる。
「でも、安心しなさい。あの部隊は全滅したことは無いわ。一機か二機が生き残る程度だけどね。もしかすれば、あんたの義兄さんは生き残ってる可能性はあるわね」
「そ、そうなんだ…ありがとうございます!」
シュヴァルツェ・マルケンは全滅しない。必ず二機が生き残る。その伝説を聞いたリィズは、義兄であるテオドールも生き残る可能性があると信じ、ベアトリクスに礼を言ってから何処かへと去った。
「これにどんな豊胸作用があるのかしら」
一方でフランケンシュタイン号に戻ったマリは、ついでに持ち帰った合成食品を科学室で調べ、豊胸作用があるかどうかを調べていた。
データの消去については、必ずやったとジグムントに報告しており、今のマリの興味は合成食品に向けられている。原料となっているのが海の魚介類の餌であるプランクトンであると分かれば、人体に豊胸作用を促す効果を調べる。
数時間もの間、合成食品を調べる中、ベルが鳴り響いた。どうやらアイリスディーナがマリの渡したボタンを押したようだ。
「これって…」
「マスター、出撃だ! 準備しろ!!」
ベルが鳴り響いたのを見れば、ジグムントが科学室に飛び込んで来た。
これを受けたマリは合成食品を調べるのを止め、装置の電源を落としてアイリスディーナ等を助けるために科学室を後にした。