シュヴァルツェスマーケン もう一人のアイリスディーナ 作:ダス・ライヒ
遂に人類の反攻作戦が開始された。その名も「海王星」作戦。まだ余力のある西側欧州諸国は持てる予備も含めて全兵力を動員してポーランドから全てのBETAを殲滅し、ミンクス・ハイブ前まで防衛ラインを押し戻す反攻作戦である。
ポーランド解放作戦というべきだが、実際は西側がポーランドを欧州戦線の最前線とする物だ。
作戦概要をスパイ衛星で盗聴していたマリ達は、東側諸国、NVAも参加しているワルシャワ条約機構軍の配置を掴めば、シュヴァルツェ・マルケンのピンチにいつでも駆け付けることが出来るように、出撃準備を始める。
ジークフリートは西側のドイツ連邦軍に、偽の経歴で戦術機の衛士になったのか、先に地球へと降りて海王星作戦に参加するようだ。
「それじゃあ、行って来るぜ! なぁーに、この俺様にかかりゃあブサイクなBETAなんぞ殺虫剤を撒かれてくたばる蠅と同等よ! 心配は要らねぇぜ!」
「その言葉、当てにしてるぞ。助けてくれと言われても、我々は救援を寄越さん」
「けっ、要らねぇっての! 例えロボットになったファントムだろうが、丁度いいハンデだぜ!」
意気揚々と地球へと降りるジークフリートに対し、ジグムントは救援を寄越す気がない事を伝えれば、ムキになったのか、彼はこちらから願い下げだと言って地球へと降りた。ジークフリートに残った面々は、助けを求めるか助けを求めるほど必要が無いか賭けを始める。
「ジークフリートさんが助けを求めるのに秘蔵のビール瓶を一本」
「俺は必要ないのにで」
「わしは必要ないのにウォッカを賭けよう。奴はあんなだが、強いしな」
「私はどうしようかしら?」
「僕も賭けてみようか…? まぁ、彼なら大方予想できるが」
フランケンシュタイン号の船長は助けを求めないのに自分のお気に入りのウォッカを賭けると言えば、ミカルとリンダも賭けに乗ろうとする。
「興味ない」
マリはその賭け事に興味は無く、ただ第666戦術機中隊こと、シュヴァルツェ・マルケンが出撃命令を帯びてレーザーヤークトを行う映像を眺めていた。
危険な任務であるが、西側の主力部隊投入により、いつもより楽にレーザーヤークトが進んでいる。政治将校であるグレーテルからしてみれば、悔しくてこの上無さそうが、マリ達が救援に向かわなくても良い程だ。
そんな彼女らに、レーダーを見ていたユウキが連邦か同盟の影を知らせる。
「付近で次元転移反応を確認しました。おそらく、連邦か同盟の可能性があります」
「もう部隊を展開しているのか。他には?」
連邦と同盟の展開の速さに、ジグムントは他にも問題が無いかを問う。
「地上で見慣れない反応が多数確認。この前のワルキューレの可能性が…」
「おそらくMSだろう。我々を待ち伏せしている可能性がある。編成を考えねば…!」
ワルキューレの部隊の影を知ったジグムントは更なる事態に備えるべく、出撃準備のために整備されているジェスタを見た。
作戦二日目、作戦は予定よりやや遅れているものの、順調にBETAを押し戻していた。
主に押し戻しているのは最新装備の部隊が多い西側であり、東側はかなり遅れを取っている。その西側の部隊、NATO軍の中にワルキューレのユリアナの部隊が混じって共に進軍を続けていた。
流石にガンダムエクシアやF90ガンダム、レギンレイズやVF-31シリーズは使わなかったが、ビーム兵器は強力であった為に進軍は他の部隊を追い越して突出し過ぎた為、進撃を一時停止して東側に居るシュヴァルツェ・マルケンの動きを探り始める。
「例の部隊はまだ危機的状況に陥っていないか?」
「全くです。偵察機からの報告によれば、レーザーヤークトを一人の脱落者を出すことなく敢行しております」
「うちにも欲しいな。やはりこちらから出るしか無さそうか…」
部下からの報告に、ユリアナはシュヴァルツェ・マルケンの練度の高さに舌を巻き、その精鋭戦術機部隊を欲しがる。
やはりマリを誘うには、シュヴァルツェ・マルケンを攻撃するしかないと、ユリアナは砲兵士官を見て呟く。
砲兵士官の名はレイリィ・ミラー。彼女もユリアナと同じく英霊で、同じ国の出身であるが、北米大陸の国家に移住したため、全く知らない。戦争時は別の国の士官として従軍し、終戦後には祖国の地に戻ったようだ。
砲撃術に長けており、命中が逸れる榴弾砲を確実に命中させると言うずば抜けた計算力を持っている。彼女の手に掛かれば、シュヴァルツェ・マルケンを砲撃で潰すことなど造作も無いだろう。もっとも、上層部から余り関わるなと言われて制限を掛けられているが。
「報告します。例の部隊、弾薬と推進剤の損耗により後退。捕獲対象、未だ現れず!」
「過保護ではなさそうだな。まぁ良い、次のチャンスを待つ、引き続き監視の続行を命じろ」
シュヴァルツェ・マルケンは弾薬と推進剤の損耗により後退したと聞けば、ユリアナは次の機会を待った。無論、チャンスは訪れる。それは彼女が予想外にしない物であるが。
「なっ! どういう事だ!? なぜガイアセイバーズが!!」
マリを捕らえるべく、彼女が居る世界の地球の付近に手勢を引き連れてやって来たイオクであったが、ガイアセイバーズがやってきたことに驚きの声を上げた。呼んだのはキリングであるが、当のイオクは気付いていない。一部を除く部下たちも気付いていない様子だ。
「わ、私はあの方に信用されていないのか…!」
精鋭のガイアセイバーズが来たことで、イオクは連邦の裏の支配者であるコンスタンティナ・アナ・カポディストリアスに信用されていないと落胆する。そんな彼に畳みかけるように、エルランが映像通信を出してくる。彼はガイアセイバーズと共に、艦隊を率いてやって来たのだ。
『やぁ、イオク君。士官学校卒業以来だね』
「あ、貴方はエルラン元帥! なぜ貴方がここに!? まさか貴方も!?」
『その通りだよ、私も命を受けてこんな世界へやってきたのだ。かの魔女を捕らえるには、経験の浅い君では荷が重すぎる。ここは精鋭と経験の多い私に任せ、君は出世街道を渡りたまえ』
キリングの事は出さなかったが、エルランはイオクにマリ捕獲から外れるように伝える。要は手柄を横取りである。そんなエルランにイオクは食い下がらず、敬愛する人物から受けた任から外れることは断じてできないと訴えかける。
「できません! この神聖なる任務は私に与えられた使命! 降りることなど、否! 絶対に譲れません!!」
「そうだ! これはイオク様に取って大事な任務!」
「外野は口を出さんでください!」
イオクに続いて部下たちもエルランの横やりに抗議するが、彼は呆れた表情を浮かべるだけだ。
『ふぅ、全く聞き分けの無い当主に部下たちだ。それでどれくらいの部下を殺して来たかね? まぁ、共同戦果と言う事にしておこう。君たち第9艦隊は同盟軍の艦隊に対する警戒任務を命ずる。私の隊とガイアセイバーズがかの魔女を捕らえるまでな。これも大事な任務だ、成功した暁には、名誉元帥から本物の元帥となるだろう。頑張りたまえ』
「くっ…!」
「何を勝手な…!」
エルランが戦死して来た部下たちのことを言えば、イオクはショックを受けた。
これまで自分が生き残れてきたのは、部下たちの自分の身を顧みない精神のおかげだ。そのことを言われれば、イオクは責任感で納得するしか無い。
今までに自分の無茶につき合わせ、死んでいった者達を思い出したイオクは涙を流しながらエルランに従った。配下の兵士たちは特攻する覚悟で挑み、これに抗議するが、イオクが泣きながら出した手で下がる。
「部下たちにも家族は居ります…! 私の無茶の為で死んだ部下たちの遺族に、会わせる顔がありません…!」
『それで良い。君の第9艦隊は確かに精鋭だ。しかし、敵は想像を絶する強敵なのだ。挑むだけ部下を無犬死させるだけだよ。だが、その成長ぶりに敬意を表するよ。では、戦果を期待している。おっ、そうだ。キリング君は借りておく』
イオクが従ったのを見たエルランは、キリングだけを借りて行くとだけ言い残し、映像通信を切った。キリングだけを借りて行くと言ったエルランの事が気になったイオクの部下たちは、直ぐにキリングに問い掛ける。
「キリング、貴様エルランに告げ口したのか?」
「小官はただ、参謀本部に事の顛末を報告しただけです。それをエルラン元帥が聞いていたのでしょう」
「やはり貴様…!」
ノヴォトニーがキリングの胸倉を掴んで問い詰めようとしたが、彼は臆することなくいつもの仏頂面を浮かべるだけだ。そんなキリングを囲んで一色触発状態となる部下たちに対し、イオクは涙を袖で拭ってから止めるように告げる。
「止めろ! これは私の不甲斐無さが招いた物。お前たちが争い合う必要はない!」
「で、ですが! こいつがエルランに…!」
「止めろと言っている! エルラン元帥が来たのは、私が未熟であると言う証拠だ。これは助け舟と言える。熟練のエルラン殿が任務を遂行できるよう、我々は彼の援護だ」
「…分かりました。イオク様がそうおっしゃるなら」
これに部下たちは納得し、ノヴォトニーはキリングを離した。キリングが乱れた軍服の襟を直し、敬礼してからエルランの元へ向かうと告げる。
「では、自分はエルラン元帥殿の指揮下に入ります」
そう言ってからキリングは、エルランの指揮下に向かうべく、この場を後にした。
作戦三日後、アイリスディーナより指揮権を政治将校の権限ではく奪したグレーテルの無茶な指示により、疲弊していた第666戦術機中隊の部隊長を除く面々は格納庫にて、西側のドイツの軍隊である連邦軍の戦術機部隊と言い争っていた。
理由は西ドイツ軍の一歩間違えれば誤射になっていた砲撃だ。これにアネットは自分等をBETAと共に殺そうとした西側の衛士に掴み掛かり、誤射の件を出して抗議している。
無論、自国内で赤色テロを繰り返し、裏で支援している国家にはい、そうですかと謝るような西側の人間では無い。直ぐにそれを出して言い返し、口論にまで発展する。周りはテオドールも含め、西側の者達も誰も止めず、一人止めようとするカティアだけがただおろおろとしていた。
「犯罪国家が何を言ってるの!」
「犯罪国家!? 私たちが!?」
「や、止めてください! 私たちの敵はBETAな、きゃっ!」
西側の少女の言葉に、アネットは頭に来たのか、掴み掛かろうとする。
親友であるイングヒルトは、間が悪いのかこの場にはおらず、カティアが必死に止めようにも突き放されるだけだ。そんなアネットの怒りに油を注ぐかの如く、ある人物が取り巻きを率いて現れる。
ある人物とは、先に地球に降りたジークフリートであった。ジークフリートは美女や美少女ばかりの第666戦術機中隊の中でただ一人若い男であるテオドールを気に入っておらず、赤毛の彼を見るや否や、ホットドックを頬張りながら中隊の面々を煽り立てる。
無論、ベルンハルトを初め、この場に居る中隊の面々はジークフリートの事を知らない。異常なまでにデカい大男だと思っている。
「おぅおぅ、やってんなぁ。お前らは縛られ過ぎて不自由よのぅ~。なんだ、妬みかぁ? こっちは政府に文句付けたって逮捕されねぇもんなぁ。なぁ、キルケちゃん」
「あ、あんた何者よ!?」
「あんたぁ!」
いきなり自分の名前を言う知らないジークフリートに対し、キルケは動揺したが、アネットの怒りを買うには十分であった。殴り掛かるアネットの拳を軽やかに交わしたジークフリートは、目の敵にしているテオドールを煽り始める。
「そこの赤毛の坊ちゃんよぉ、おめぇ羨ましいよのぅ。そんなカワイコちゃんに囲まれちゃってさ、毎日パンパンやって…あっ、出来ねぇんだったわオメェ等は。こっちは出来るもんねー! フリーセックス万歳よォ!」
やや幼稚染みたジークフリートの下品な挑発に対し、テオドールは乗る事は無かった。これにジークフリートは続ける。
「こっちの嬢ちゃんの言う通り、オメェ等は西ベルリンを孤立させ、市民を人質にしてるんだってなぁ。でっ、自由になりてぇ奴を容赦なくぶっ殺してるらしいじゃねぇか? トンデモねぇ悪党国家だぜ。そんな犯罪者共が俺らの国に入って来るんだろ? 大迷惑にも程があっぜ!」
そんな彼の挑発にテオドールは我慢して乗らなかったが、他の東ドイツの者達は乗ってしまう。
「野郎、ふざけやがって!」
「言いたい放題言いやがって!」
「ぶっ殺すッ!!」
体格が優れた四名の整備兵が果敢にジークフリートに殴り掛かったが、彼は動じることなく一人目をパンチ一発で打ちのめし、二人目を蹴り込み、三人目はカウンターを仕掛け、四人目は頭突きで昏倒させた。
瞬く間に四人の大男が倒されたので、テオドールとアネットは、汗一つ掻かずに打ちのめしたジークフリートに畏怖の念を覚える。キルケもまた、人間離れしたジークフリートに驚いていた。
「東側の奴らは弱いのぅ~! 鈍すぎて欠伸が出るぜぇ。おい、誰か俺と踊らねぇか? まぁ、踊れねぇけどな! ブッハッハッハッ!」
自分の強さを見せ付けたジークフリートは、取り巻き達と共に下品な笑い声を上げる。
だが、彼の天下はこれまでであった。背後からフランケンシュタイン号に居るはずのジグムントが、大佐の階級章を付けたドイツ連邦軍の制服で現れ、高らかに笑うジークフリートの脳天にチョップを振り下ろす。
凄まじいチョップだ。並の人間なら頭が割れている所だが、ジークフリートは超人兵士なので凄まじい激痛を感じてのた打ち回るだけで済む。
「いっ、いってぇ~! なっ、なんでお前がここにィィィーッ!?」
「軍人とは思えぬ部下の非礼、部下たちを代表して詫びる」
「えっ、まぁ…」
ジグムントが来ていたことにジークフリートが頭を押さえながら驚く中、彼は軍人らしくテオドールに謝罪する。キルケの上司も来たところで、彼女は慌てながら彼らに向けて敬礼する。
「た、大佐殿!? それに大隊長まで!?」
驚くキルケに対し、上官は説教を始める。
「おい、やめろ! シュタインホフ少尉。大佐殿の言う通り、今のは軍人とは思えなかったぞ。仲間内で何処かのアホや上官、政府を腐すならともかく、他国の兵隊にぶちまけるのは感心しねぇな。後輩を何人か迎えたからって粋がるな。お前も軍人ならな」
説教を受けたキルケは、自分の行いが恥さらしであった事と感じて反省している様子だった。自由に自分の考えを言えることに、カティアを除く東側の面々は驚いた様子だ。
「戻るぞ、シュタインホフ。あぁ、お前ら悪かったな。これも何かの縁だ、今後とも同じドイツ人として仲良くやろうや。じゃあな」
立ち去って行くキルケの上官に対し、カティアは呼び止める。
「あの! 待ってください!」
「ん、何か用でもあるのかい? 嬢ちゃん」
「その、そちらにも、こちらにも不満がある事は分かります。でも、こんなことで言い争っている場合じゃないかと思います! あなた方の亡くなった人たちの想いがあるはず。どうか、それを忘れないでください!」
「それを貴方たちに言われる筋合いは…」
そんなカティアに対し、キルケは呆れて言い返そうとしたが、上司の大きな手で塞がれる。
「あぁ、ご丁寧にありがとよ。しかし、国家間の不信や憎しみはどうにもならん事がある。お嬢ちゃんの意気込みは買うが、個人の力じゃ手に余る問題だと思うぜ」
そうカティアに対して、上司はキルケを連れて去って行った。残ったジグムントとジークフリートは、昏倒しているNVAの兵士たちを、向こうの衛生兵に任せる。ジグムントはアイリスディーナに連絡するためか、テオドールに近付く。
「君はあの戦術機中隊の隊員か?」
「はっ、そうであります!」
「我々では考えられん命知らずな戦術だ。だが、その勇気、経緯に値する」
ジグムントは知っているが、テオドールは声を聴いた程度で容姿を見るのは初めてだ。
そんな彼に握手を求められたテオドールは、周囲に政治将校や所属中隊以外の将兵が居ないかどうか確認した後、ジグムントの大きな手を取った。ジグムントは掌にメモを隠しており、それに気付いたテオドールに取るように告げる。
「おっと、失礼した。諸君らの国では、例え同じ人種でも西側諸国とは接触を控えているのだったな。では、失礼」
メモを渡したジグムントは、詫びてからこの場を立ち去った。
ジグムントが立ち去った後、テオドールは周囲を気にしながらメモの内容を確認する。彼の読み通りアイリスディーナ宛ての物だ。直ぐにたたんで懐に仕舞う。自分も待機場所に向かおうと思ったが、ここに来て厄介ごとが巻き起こる。
『おーい! 廊下で西側と東側の奴が殴り合ってるぞ!!』
「おいおい、今度は何所の馬鹿だ!?」
大声で西と東の兵士による殴り合いが起きていると言う知らせに、テオドールは直ぐに現場へ急行した。
その殴り合いが起こる十分前、マリもまた西ドイツの軍隊、ドイツ連邦軍の大尉として東西ドイツ軍の駐留地の廊下をうろついていた。
理由は第666戦術機中隊ことシュヴァルツェ・マルケンの配置をジークフリートが掴めなかったことであり、ジグムントと共に東側の、共産陣営の将兵と接触して探そうと言うのだ。ジークリンデはまたもしもの場合に備え、フランケンシュタイン号で待機である。
当のマリは直接アイリスディーナを探していたが、周囲の者に場所を聞かなかったので、こうして探している。アイリスディーナと似ているためか、髪型をポニーテールに変えて潜入している。そんな彼女の前に、探していた中隊のメンバーの一人であるシルヴィア・クシャンシスカを見付けた。
「あっ、いたいた」
シルヴィアを見付けたマリは直ぐに彼女に駆け寄り、中隊の場所を聞く。初めてアイリスディーナ達と顔を合わせた時、シルヴィアもその場に居たので、顔は互いに知っている。
呼び止められたシルヴィアは立ち止まり、マリの方へ向いた。何故ここに居るか驚いた様子を見せる。
「あんた、なんでここに?」
「それって、あんた等を守るためでしょ。ほら、何所の配置か教えなさいよ」
人が来そうな場所へ、馴れ馴れしく話し掛けて来るマリを鬱陶しく思うシルヴィアは、差し出された地図に、自分の中隊の位置を持っているペンで記した。地図に中隊の位置が記されれば、マリは礼を言わずにその地図を懐へ仕舞う。そんな彼女に対し、シルヴィアは長年に抱いて来た疑問をぶつける。
「ねぇ、あの場に居たのはあんた?」
「え、何の話? そんなの、私が知るわけないでしょ」
「四年前のヴロツワフ、覚えてない?」
「はい?」
シルヴィアはアイリスディーナに助けられる前の、四年前のヴロツワフ殲滅戦の事をマリに聞いた。
確かにマリはその場にいたが、ルリが居る可能性があって居ただけだ。結果、ルリの姿どころか、影も形も無かった。包囲しているBETAをその気になれば、マリは殲滅できたが、ルリが居ないところで自分にとって意味が無い上、留まる理由も無いので降下艇に戻った。
それを思い出したマリは、それが自分と何の関係があるのかをシルヴィアに問う。
「それが私とどういう関係があんの? あっ、それとご愁傷さま。あそこで大勢の戦友とか死んじゃった訳ね。良かったじゃない、貴方だけでも生き残れて」
「良かった…? あの時、私がどんな思いで、どんな屈辱的な目に遭い、大切な友達が亡くなったか! あんた、あそこに居たよね? なんで私たちを助けてくれなかったの? あそこで、あんたがあの力を使っていれば! 今も祖国の仲間たちと共に…!!」
「あの時って…なんで私があんたを助けなきゃいけないの? 言っとくけど私、ヒーロー願望無いし。なるつもりも無いけど」
ヴロツワフでの屈辱的で悲劇的だった過去を思い出し、涙を浮かべながらマリにぶつけるシルヴィアであったが、あの場で苛立つことしか無かったマリは何の同情を抱くことなく、無慈悲な問い掛けをする。
これに堪忍袋の緒が切れたシルヴィアは、マリの胸倉を掴んであの場で自分の身に起きたことを感情的に訴えかける。
「あの時わたしは! 友達と一緒に同僚たちに犯された! 抵抗したら殴られて! もう悪夢じゃないかって! でも夢じゃ無かった…! 今でも犯された感覚を思い出して…! あんたには分からないだろうね! レイプされた女の気持ちなんか! 馬鹿な女とか思ってるんだろ!? 何とか言えよ! あの場似たんだろ!? それとも気付かなかったのか!?」
シルヴィアが怒りを込めて訴えかけたことは、マリにとってはつい二週間前の事だった。
あの時の悲鳴はシルヴィアの物であったことが分かったが、ジグムントの催促の無線連絡が入り、どちらかを優先すべきかマリは理解していた。同僚たちによって親友と共に犯されているシルヴィアよりも、連邦軍の敗残兵らに襲われている降下艇の方が最優先だ。
そう言った状況の中で、見ず知らずの人間を助ける程、マリはそれほどお人好しでは無いし、興味が無い。サジタリウスでの一件は、単に少女に興味が湧いて助けただけの事である。
自分も幼少期にシルヴィアと同様に男達に犯された経験もあるので、マリは制服の胸倉を強く掴む手を優しく掴んで妖艶な笑みを浮かべてあることを伝える。
「私も経験があるから同情するわ。それじゃあここでセックスでもする? それで私も立ち直ったから。レイプ被害者の女の子とセックスしたら、一晩で立ち直ったわ。それくらい私が上手だって事ね。どう? 私上手いわよ?」
同情すると言ったマリは、シルヴィアに対しあろうことかセックスの申し出をした。当然、火に油を注ぐような発言であり、マリの顔に向けてシルヴィアの怒りの拳が飛んでくる。
「ふざけるな! このレズビアンが! 誰があんたなんかと寝るか!!」
ここに来て初めて顔を殴られたマリが震える中、シルヴィアは怒りをぶちまける。
「わ、私の顔…」
「顔ぐらいどうしたのさ? 私はそれより酷い目に遭ってるんだよ。それくらいの、明日になれば治…」
その程度の痕、明日になれば治ると言うシルヴィアに、自分の顔を殴られたマリは怒りで感情的になって同じく顔を殴り返す。殴る力は普通の成人女性程度であり、軍人として、精鋭の衛士として鍛えられたシルヴィアには対して効かなかった。
「煩い! 私の顔は命よ! 同情してあげたのに、つけ上がっちゃって。大体、胸元開いてさ。実は淫乱じゃないの? 誰でも良いから私を抱いてって…」
殴り返したマリはシルヴィアにせっかく優しくしたのに、それを仇で返したことに怒りを感じた。あれが優しさなら、殴られるはずが無いのだが。
ここに来て、シルヴィアに対するマリの謝意は無い。その態度を見せない上、そればかりか見下すような目付きで睨み付ける。恐らく本心も自分に同情すらしていないだろう。このマリの自分を見下す態度に、更なる怒りの感情が込み上げたシルヴィアは、感情的になって自分を蔑むような発言をする彼女の顔面を力いっぱい殴りつけた。
「きゃっ!?」
マリは不老不死と言っても、身体的にはただの成人女性以下だ。女性と言え、鍛え上げられた軍人の拳で顔面を殴られれば吹っ飛ぶし、歯の一本は欠ける。そんな力で殴られた彼女は地面に倒れ込み、殴られた頬を抑える。
そんなか弱いマリに、感情的な怒りに支配されたシルヴィアは容赦なく馬乗りになり、追撃を掛ける。
「いやっ! 痛っ! 痛いでしょうが!」
何度も殴られる中、マリは魔法の力を使ってシルヴィアを蹴飛ばした。先のパンチで対して効いていなかったシルヴィアはやや驚いたが、立って制服の塵を呑気に叩き落としているマリが隙だらけであった為、直ぐに体勢を立て直して再び殴り始める。
そこからは単なる殴り合いであった。マリが魔法を使えば、シルヴィアを容易く殺せるが、理性では殺してはならないと分かっていた。殴り合いは廊下を通っていた他国の兵士に見付かり、それを目撃した兵士は大声で基地中に知らせる。
「た、大変だ! 東と西が殴り合ってるぞ!!」
直ぐにその状況は知らされたが、二人は目撃されたことに気付かず、今は相手しか見えていない。
いつの間にか十分経ったのか、知らせを受けた東西ドイツの憲兵と将兵らが現場に駆け付ける。そこにはジグムントやジークフリートの姿もあり、シルヴィアと殴り合っているマリを見た彼らは、直ぐに彼女を抑え始める。
「おい、やめろ!」
「馬鹿っ! 殺す気か!?」
「止めろって! クシャンシスカ! あいつが何をしたってんだ!?」
殴られて痣だらけになっているマリは、感情的になって二人の大男を振りほどこうとするが、今の彼女にそんな男達を振りほどくことなど出来ない。
口が切れているシルヴィアもマリを殴ろうとするが、駆け付けて来たテオドール等に抑え付けられた。東側の方が、抑え付けるのが大変そうだ。なんたって鍛えられた兵士を抑えているのだから。
「なんで貴方も!? なんでこんなこと、きゃっ!?」
左側を抑えていたカティアは、意図も容易く吹き飛ばされた。
「離せ!」
「やめてシルヴィア! 西の兵士と殴り合うなんて! それじゃ国際問題に!」
知らせを受けて駆け付けたイングヒルトも到着し、何とかシルヴィアを引き上がらせることに成功した。何とか両者とも抑え付けたところで東側のスキンヘッドの憲兵は、どちらが先に手を出したのかを問う。
「でっ、どちらが先に手を出した? 先の口喧嘩ならともかく、殴り合いは御法度なのは分かっているな? 国際問題だぞ」
無論、抑え付けた者達は誰が先に殴ったのか分からない。ただ知らせを受けて駆け付けただけだ。誰も見てないと分かれば、憲兵は抑え付けられているシルヴィアに問う。
「同志、先に殴ったのはお前か?」
問われたシルヴィアは無言だ。直ぐに顔を抑え付けて再び問う。
「どっちが先に手を出したかと聞いている!」
顔を抑えながら問う中、西側にも問い詰めるように無言で指示を出す。指示を受けた西側の憲兵は、東側とは違って紳士的にマリに先に手を出したのかを問う。
「
憲兵に問われたマリは、シルヴィアを指差そうとしたが、ジグムントに止められた。
「…止めろ」
銃殺刑も考え、マリに言うのを小声で止めるように告げたジグムントであったが、そのシルヴィアが自白してしまった。
「そこのメス豚を殴ったのは私だよ」
「よし、連れて行け!」
これにはジグムントとジークフリートも驚きであった。マリはこうなる事が分かっていたようで、何も言わなかった。自白したシルヴィアは、そのままNVAの憲兵隊に連行された。