シュヴァルツェスマーケン もう一人のアイリスディーナ   作:ダス・ライヒ

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東ドイツの終わり 前編

 アクスマンがシュタージを見限り、アナ・カポディストリアスに取り入って連邦軍に寝返った報告は、衛星軌道上に居るイオク・クジャンの宇宙軍第9艦隊にまで届いた。

 

「どこの馬の骨か分からぬ者を、我が陣営に引き入れたのでありますか!? カポディストリアス様!」

 

 部下たちを全て追い出し、専用の通信室でアナよりその報を受けたイオクは驚愕する。何せ何所の者か分からない者であるアクスマンに、権限を与えたからだ。当の通信相手であるアナはイオクの心情など知るつもりは無く、アクスマンを支援するように命じる。

 

『そうだ、もはやエルランは限界だ。そこでハインツ・アクスマンを引き入れ、現状を打開できるかどうかの賭けに出た。イオク・クジャン、アクスマンを支援せよ』

 

「ですが、シュタージ…と言う大昔の諜報機関など知りませんが、そんな者を引き入れるなど! 私は納得できませぬ!」

 

『貴様には拒否権は無い。私の命令は絶対だ。もう一度貴様に告げる、アクスマンを支援せよ。以上だ』

 

「クッ、分かりました…! このイオク・クジャン、クジャン家の名誉にかけて任務を全うします!」

 

『それでよい。気に入らなければ、エルランの言う通り、同盟軍の宇宙艦隊の警戒に当たれ』

 

 アナの命令は絶対であり、逆らうことは許されない。

 それを先代である父より子供のころから言い聞かされているイオクは従い、全身全霊を持って任務を全うすると返せば、アナは満足して通信を切った。通信室を出たイオクは、待ち構えていた部下や艦隊幕僚たちに向けてアナの指示を伝える。

 

「統合参謀本部より指令だ。エルラン元帥の隊を支援せよ。我々は同盟宇宙軍艦隊の警戒だ! 直ぐに警戒を厳と成せ! いつでも砲火を交えられるように僚艦に伝えよ!!」

 

『はっ!』

 

 イオクがアナからの指示を統合参謀本部の物であると偽り、その指示を飛ばせば、部下や幕僚たちは直立不動状態となって応じ、それぞれの持ち場の部署へと向かった。

 

 

 

「一体どうなっておるんだ? シュタージの全戦闘部隊は我々に投降し、現体制派も入れてくれと言わんばかりに投降して来た。ベルリンで何があったのだ?」

 

 ベルリンで起こった連邦軍の砲撃を知らない決起軍の責任者、ハイム陸軍少将は倒すべき現体制派とシュタージが自分等と砲火を交えることなく一斉に降伏して来たことに驚き、合流して来たシュヴァルツェ・マルケンの面々に問う。

 この問いに、隊を代表して政治将校であったグレーテルが答える。尚、合流場所には決起軍の指揮官であるハイムや反体制派等のリーダーを初め、救出されたシュヴァルツェ・マルケン、マリを除くミカルやリンダ、ジグムント等が集まっている。

 

「私の目撃した限りでは、宇宙よりやって来た軍隊の宇宙艦隊がベルリンにある全シュタージ本部に向け、砲撃を行って消滅させました。捕らえたシュタージの職員に寄れば、ハインツ・アクスマンがその軍隊に寝返ったそうで」

 

「なるほど。褐色の獣がその軍隊に…でっ、その軍隊の目的は?」

 

「えぇ、その目的は…おい、あいつは何所に行った?」

 

「野クソでもしてんだろ」

 

「馬鹿か貴様! 真面目に答えろ!!」

 

 グレーテルの話からハイムはアクスマンが連邦軍に寝返ったのを知れば、連邦軍の目的は何かと問う。これにグレーテルはマリの居場所を知って居そうなジークフリートに問えば、彼は適当にココアを飲みながら答え、彼女を怒らせる。

 マリとアイリスディーナの見分け方は、グレーテルは後者の方に長期間も共にいた為か、態度と性格で直ぐに分かった。言うなれば、マリの感情的で、アイリスディーナは常に冷静である。

 だが、マリは余りにもアイリスディーナに似ているため、性格と態度を知らない者が見れば、本人と勘違いしそうなので、代わりにミカルは見当もつかないと答える。本当は近くに居て、連邦軍の砲撃で負傷したベアトリクスや衛士の面々の治療を行っている。

 

「済みませんが、その軍隊が狙っている彼女は…我々でも見当がつきません。遠くで潜伏しているのでしょう」

 

「そうか。でっ、アイリスディーナ・ベルンハルトは? 彼女はどうしたのだ? 彼女が居なければ、民衆はついて来てくれるかどうか怪しいぞ」

 

 これにハイムはいずれか分かると思い、次に自分等の革命を果たすための鍵であるアイリスディーナは何処かと尋ねて来た。

 もはや彼女無しで革命は成し遂げたも同然であるが、肝心なのは民衆が自分らを指示してついて来るかである。英雄であるアイリスディーナがここに居て、東ドイツの民衆に呼び掛ければ、彼ら彼女らはついて来てくれるだろうが、この国の英雄でも無い者がついて来いと言って、信用して支持してくれるかどうか怪しく、不安になっている。

 もしかすれば、旧体制派の残党が息を吹き返して反撃に出るかもしれない。

 そんな最悪の考えが、西側を警戒していた部隊を指揮していたフランツ・ハイムを悩ませていた。

 アイリスディーナがアクスマンにさらわれたことを知っているグレーテルは、かつての敵であるシュタージの面々を治療しているマリを引き出し、アイリスディーナに仕立て上げようと考えていたようだが、ミカルとジグムントに止められる。

 

「何をする? あの女はベルンハルトに限りなく似ている。あいつを仕立て上げてしまえば…」

 

「それは止めておいた方が良い。何を言い出すか分からない上、もっと最悪な状況になるかもしれない」

 

「無法地帯にするかもしれん。それか一斉に西ドイツに行けとも言いかねん」

 

「政治将校、俺も同感だ」

 

 無理にマリをアイリスディーナに仕立て上げて民衆に呼び掛けさせれば、どんな事を言うか分からないので、二人は止めさせるように言えば、彼女の性格や態度を分かっていたクリューガーも加わる。

 

「ちっ! なんであの女を捕らえないんだ!」

 

 台本を渡した所で、読まないで違う事を言うと分かっているグレーテルも言われてから分かり、アイリスディーナでは無く、マリが捕まれば良かったと嘆く。

 マリと接したシュヴァルツェ・マルケンの面々もまた、最初はアイリスディーナに似ていると驚いたが、性格と態度の違いで直ぐに違いが分かった。話させれば直ぐに別人だと分かるだろうが、最初はアイリスディーナだと思って歓迎する事だろう。

 

「どうした、何か問題でも?」

 

「あぁ、あり過ぎて見せたくない物でな。見せればガッカリする」

 

 ハイムに話している所を聞かれた一同はどう理由を話すか互いに無言で向き合う中、ジグムントが代表して見せたくないと告げる。

 百聞は一見に如かず。そのことわざが脳裏に走ったのか、ハイムはマリを見せてくれと頼んだ。

 

「そうか、なら見せてくれ。東洋の言葉に百聞は一見に如かずと言う言葉がある。見なければ良いか悪いか判断できんな」

 

「おいおい、止めとけ。マジで後悔すんぞ。似ているちゃ、似ているが、性格が違い過ぎる。本当に後悔するぞ!」

 

 マリを見て判断したいと言うハイムに対し、ジークフリートは止めておけと注意する。

 ジークフリートの言う通り、マリとアイリスディーナは限りなく似ているが、性格が違い過ぎる。マリにアイリスディーナの代わりなど務まるはずが無い。それでも、ハイムはマリを見るまでは分からないと告げる。

 

「君たちは知っているようだが、私はこの目で見ないと判断できんのでな。そんなに後悔すると言うなら、見せてくれ」

 

「はぁ、後悔しても…」

 

「私がどうかしたの?」

 

『っ!?』

 

 これにミカルは後悔しても良いなら見て良いと口にした瞬間、マリが入って来た。

 入って来たマリに、彼女を知らないハイムや反体制派が驚く中、更に彼らを刺激するような者を連れて来る。ハイムや反体制派を刺激する人物とは、シュタージの武装警察の戦術機大隊の隊長、ベアトリクス・ブレーメだ。

 

「お、お前…!」

 

「なんちゅうもんを連れて来てんだァ!? ここに居る連中が、どういう連中か分かってんのかッ!?」

 

「ここに居る者達は、シュタージに恨みを持つ者ばかりだぞ!」

 

「あんたは本当に…!」

 

 反体制派の面々が居るにも関わらず、無神経にもベアトリクスを連れて入って来たマリに一同は激怒する。無論、反体制派の者達は、なんでシュタージの女を連れて来るんだと怒りの声を上げる。

 

「その女、シュタージの女じゃねぇか!」

 

「なんでその女を連れて来たんだ!」

 

「ここでぶっ殺してやる!」

 

 ベアトリクスを見た反体制派の者達は、当然の如く殺気立つ。これにマリが首を傾げる中、シュヴァルツェ・マルケンの面々は落ち着くように告げる。

 

「待って! こいつは捕虜よ!」

 

「みんな落ち着いて! 手出しは…手錠も付けずに連れて来たの!?」

 

「なんでいるの?」

 

「…いるだろうが普通」

 

 アネットが代表して言えば、ファムも反体制派の者達を落ち着かせるが、マリがベアトリクスに手錠を付けずに連れて入って来たことに驚く。

 もう彼女に強大な諜報組織のバックがない事を知っているマリは、両手を挙げて拘束する必要があるのかを問う。これにテオドールはツッコミを入れる。

 

「まさかこういう事だったとは…!」

 

「だから言っただろう、後悔すると」

 

 マリの無神経な行動にハイムが後悔する中、ミカルはこうなるから会わせたくなかったと告げる。

 そんな仲間から冷たい目で見られている彼女は周りの事を気にせず、アイリスディーナの奪還に向かうことを伝え、ベアトリクスら元シュタージの構成員も奪還のメンバーに加えることも伝えた。無論、反体制派どころか、テオドールや仲間たちからも反対の声が上がる。

 

「あぁ、キャラ被りの救出に行くわよ。リンダ、このビッチとそのお仲間たちの戦術機? の整備お願いね。こいつ等、連れて行くから」

 

「お前! 何ちゅうこと言ってるんだ!? 頭大丈夫か!?」

 

「おい、今なんて言った? 元シュタージの奴らをベルンハルトの奪還に連れて行く? お前正気か? ブレーメがまだ生きてる! その女はシュタージを再建するぞ? 今ここでその女を殺してから言え!」

 

 ジークフリートが驚いて飲んだ珈琲を吹き出し、気が確かであると問えば、テオドールはベアトリクスがシュタージを再建する可能性があると言って、その場で殺せと告げる。

 無論、マリはそれらに一切応じることなく、周りの意見も聞かずに勝手に決定する。

 

「決定事項だから。以上」

 

「自分勝手にも程があんだろ!」

 

「全く、君と言う女は…! その行動が一体どんな結果を生むことになるか分かって…」

 

 勝手に決めるマリにミカルは呼び止めようとしたが、彼が予見した通りに反体制派の一人が拳銃を引き抜き、立っているベアトリクスに向けて銃口を向ける。安全装置は既に解除され、後は引き金を引くだけである。

 

「ベルンハルト大尉に似ても似つかない女だね! 私がその女を…」

 

 怒りに駆られて引き金に指を掛けた瞬間、マリは時間を止める技を使い、銃口を持っている反体制派の女性の頭に向け、自分は元の位置に戻って時間を動かす。

 時間が動き出した所で、銃口が自分の方へ向いていることに気が付き、撃つ前に拳銃を棄てて尻餅を着いた。気付かずに銃口が側頭部に向いていたことに、仲間を除く全員が驚き、マリを恐怖の目で見始める。

 そんな周りに対し、彼女は自分を怒らせるなと忠告する。

 

「ねぇ、これ以上わたしを怒らせないでくれるかな? 私は神様か良くわかんない黒目にアイリスディーナ、略してアイナとそのお仲間たち全員生き延びさせろって言われてるの。でも、あんた等モブのことは言われてない。つまりこの場で殺しても問題ないって事。あんた等が私を怒らせたら、どうなるか分かるよね?」

 

 この言葉に仲間は眉を顰めるか頭を抱え、シュヴァルツェ・マルケンの面々は驚き、反体制派の面々は恐怖した。

 要するに脅しである。ハイムはマリの澄んだ蒼い目を見て、本気で自分たちを皆殺しにする気であると判断して口を噤んだ。

 

「じゃあ、私はスッキリしてくるから。ついてきたい人は勝手にしてね」

 

 反体制派の面々が恐怖で押し黙る中、マリはベアトリクスを連れて出て行った。

 マリとは違い、元シュタージであるリィズをカティアに守らせているテオドールも出て行く。彼女に続き、ミカル等も出て行く中、ジグムントは反体制派の者達に足手まといになるからついて来ないように伝える。

 

「言い忘れていたが、ベルンハルトをさらった軍隊は、NVAやBETAとはわけが違う上に装備も物量の差も激しい。米軍やソ連軍も敵わない軍隊だ。あなた方では足手まといになる。ベルリンの治安維持にでも務めてくれ」

 

 そう言って部屋を退室すれば、ハイムら反体制派は互いに向き合い、これからの事を話始めた。

 

諸君(マイネヘーレン)、ベルンハルト大尉抜きで、どうするか考えようではないか」

 

 

 

「どうでしたか? 会談の方は」

 

 部屋を退室した後、待機所で一人リィズを守っていたカティアは、ぞろぞろと入って来るシュヴァルツェ・マルケンの中からテオドールに向けて会談の様子を問う。

 

「あの女の所為で無茶苦茶だよ。西側の漫画の悪役みたいに、反体制派等を脅しやがった。お前があの場に居たら、恐怖の余り漏らしてたかもな」

 

 問われたテオドールは、マリを西側の漫画の悪役に例えて会談を無茶苦茶にしたと答え、あの時感じた恐怖の事でカティアをからかった。

 これにマリの優しさしか知らないカティアは怒り、彼女の事を天使だと思い込んでいるリィズは今の自分があるのは、マリのおかげであるとテオドールに告げる。

 

「そ、それは言わないでください! それとあの人の事を悪く言わないで! あの人はあの人なりに、ベルンハルトさんを助けようとしてるんです!」

 

「カティアちゃんの言う通りだよ、お義兄ちゃん! 天使様が居たから、私はシュタージを裏切ることが出来たんだよ!」

 

「おいおい、お前らな…洗脳されてるんじゃないだろうな…?」

 

 マリの態度の悪さと我が儘ぶり、自分勝手さを間近で見たテオドールは、彼女を慕う二人に洗脳されているのではないかと疑う。

 そんな中、あのベアトリクスがいきなり入って来る。

 

「アイリスと似てるけど、中身は正反対ね」

 

「お、お前!?」

 

「ぶ、ブレーメ少佐…!?」

 

 入って来て早々にテオドールは腰の投げナイフに右手を伸ばし、リィズは殺しに来たのではないかと警戒する。カティアの方は震えているが、立ち向かおうとする勇気がある。

 

「はぁ、当然の反応ね。ごめんなさいね、じゃあ…」

 

「待ってください!」

 

「なに、そんな大きな声を出して? 私に懺悔でもしろと?」

 

 そんな彼らの反応に、当然の反応だと思って謝罪してから出ようとするが、カティアに呼び止められる。

 今までシュタージの職員としてやってきた職務を懺悔しろと、ベアトリクスは呼び止めたカティアに問う。だが、カティアは彼女に懺悔をするつもりで呼び止めたのではないと答える。

 

「そんなことで呼び止めた訳じゃないです。あなたも、この国の事を思ってやって来たことなんでしょ? でも、やり方が酷過ぎです。もっとみんなと話し合って、互いに協力すれば、こんな事にはならなかったのに…」

 

「…カティア」

 

「カティアちゃん…」

 

 あのベアトリクスを目の前にして、自分の意見を言うカティアに、シュタージに怯えていたテオドールとリィズは勇気付けられる。

 そんな自分を前にして物を言うカティアに少々驚くベアトリクスであるが、言っていることは理想論なので、少し褒めてから現実的な言葉で言い返す。

 

「私を前にして自分の意見を言う貴方には敬意を表すわ。でも、それって理想論じゃないの。そんなに簡単に面と向かって話せてれば、戦争なんて起きないし、BETAとだって話し合えるって事になるわよ。でも実際話なんて出来てないし、力尽くで相手を捻じ伏せるしかないわ。今はどっかの日和見主義者のおかげで私たちシュタージを倒せた、いや、勝手に潰れた。これも力でやった結果の一つよ」

 

「…」

 

 これにはカティアは言い返すことが出来なかった。

 自分等がシュタージを倒していない。倒したのは、連邦軍に寝返って全ての本部に砲撃して潰したアクスマンである。対して自分等は、所有していた戦闘部隊の武装解除と事後処理をする為にベルリンに来ただけである。

 

「でも、奴はあのアイリスに似ても似つかない女にご執心で、もうこの世界に用なんて無いでしょうね。つまり貴方たちの勝ちってこと。邪魔する奴なんて、利権に執着しようとする共産党員と西の統一が気に食わない奴らだけだから。話し合いでも何でもして、貴方たちの夢の東西統一は可能だわ。それだけで胸を張れるわよ」

 

 それでも敗れたのは自分たちシュタージであり、邪魔物は少ないので、後はその理想論での統一は可能だと言って、カティアに胸を張れと告げる。負けを認めたベアトリクスに、テオドールとリィズは驚いた表情を見せる。

 

「…まさか負けを認めるなんて」

 

「何? 私が往生際の悪い女とでも? だったらこの場で貴方たちでも殺しちゃおうかしら?」

 

 テオドールが負けを認めたことに驚いていることに対し、ベアトリクスはこの場で抵抗してやろうかと冗談で言えば、カティアは手を差し出した。その手は。共にドイツの統一を手伝ってくれと言う意味だ。

 

「なら、共に統一を手伝ってください。そうすれば、神は貴方を赦してくれます。いや、絶対に赦しますから!」

 

「これ、西側のジョークって奴…? こんな私に手伝えだなんて冗談を…」

 

「冗談じゃありません。本気ですよ、私は」

 

「カティアちゃんって、凄いのか分かってないのか分からないよ…」

 

 カティアの予想外にも程がある行動に、三名はただ驚くばかりだ。

 あのベアトリクスに協力を求めるなど、一体どこにそんな度胸があるんだとテオドールは思うが、彼女の実の親がNVAの名将軍であったことを思い出し、父の血を継いでいるのだろうと心から思う。

 数々の圧政を働いて来たシュタージに属していた自分を赦す少女に、ベアトリクスも折れたのか、差し出された彼女の小さい右手を、自分の利き手である右手で握った。

 

「もう貴方には敵わないわ。もう少し貴方みたいなのに会えていたら、私もこうならずに済んだかも」

 

「今からでも遅くは無いですよ。これから贖罪をして行けば良いんです」

 

「…これは夢なのか? 余りにも現実味が無さ過ぎる」

 

「夢じゃないよ、お義兄ちゃん。天使様は近くにも居たんだ…」

 

 自分等が恐れていた元シュタージの女であるベアトリクスが、西より父を探してやって来た少女であるカティアと握手を交わす光景に、テオドールは余りの現実味の無さに夢だと思った。頬を抓って痛みを感じたリィズは現実であると言って、恐怖の対象であった女と握手を交わす少女を天使に例える。

 そんな光景が広がる待機所に、マリは空気も読まずに入って来る。

 

「ねぇ、統一の儀式終わった? そこのビッチ来てくれない? 機体の調整とかあんだけど」

 

「ハァ、こんな時にアイリスなら、拍手の一つやハグくらいはして喜んでいると思うけど」

 

 入って来たマリは、ベアトリクスに自機の調整の為に来いと告げれば、彼女はアイリスディーナなら拍手やハグして喜ぶと言う。呆然としているカティアとリィズに、テオドールはこれがマリの本性だと告げる。

 

「これがお前らの慕う女の本性だよ」

 

 この言葉にベアトリクスは納得しつつ、マリに連れて行かれた。

 

 

 

 戦術機やマリ達が持って来たMSなどを駐機させているハンガーでは、主に武装解除の際にシュタージから接収したMig-21やMig-23の整備が行われていた。

 捕虜にしたはずのシュタージの武装部隊に属している整備士らも動員し、全機を稼働できる状態に出来るように、必死で手を動かしている。シュヴァルツェ・マルケンの中隊付き整備兵らを纏めるオットー・シュトラウスは余りの仕事の多さに忙殺され、文句を言いながら整備を行う。

 

「シャイセ! こんな大規模な整備は大戦以来だ! 全く、これを全部戦闘可能状態にしろだなんて誰が言ったんだ!?」

 

 彼が文句を言うのは仕方がない事だ。直ぐに無茶を命じた者が、ベアトリクスを連れて呑気に入って来る。

 入って来たマリに文句を言ってやろうと思ってか、シュトラウスは彼女の前に立ちはだかる。

 

「お前か! こんな無茶な作業を命じたのは!? たくっ、あっちの最新のメカを整備できるかと思ったら、触れるなと言うじゃねぇか! それにシュタージの接収した機体だけ動くように整備しろと言う、しかも大量にな! いくら中隊長を助ける為とは言え、無茶にも程があるぞ!」

 

 ストレス発散に文句をマリに向けて言ったシュトラウスであったが、彼女は表情一つ変えず、いつでも動かせるように整備されているアイリスディーナが乗っていた中隊長仕様のMig-21を指差し、あれに乗ると告げる。

 

「あれに乗るわ。余ってるんでしょ?」

 

「なにっ!? ありゃ中隊長用のだぞ! お前みたいな似てるだけの女なんぞに乗せるわけが…」

 

「あれに乗りたい。乗れるの? 乗れないの?」

 

「うっ!? の、乗れるさ! 何を考えて乗るかは知らんが、壊すんじゃないぞ!」

 

「ありがと」

 

 アイリスディーナの機体に乗ると言ったマリに、シュトラウスは反対しようとしたが、彼女が殺意の波動を発せれば、労連の整備兵は冷汗を掻き、搭乗を許可した。これにマリは礼を言ってから、自分等が持って来たMSなどに乗りたいと告げるファム等の対処に当たる。

 

「ねぇ、ヴァセレートちゃん。貴方たちの持って来た戦術機、借りれないかしら?」

 

「あっちの方が性能高そうだし、少しでも良い機体に乗せて貰えたら…」

 

 最後にアネットが言った所で、マリはそれを却下する。

 

「駄目に決まってるじゃない。むしろ、慣れた機体でやった方が良いわよ? 敵はあんた等が戦ってるBETA並に尋常じゃない数だし」

 

「そうなの? 一体どのくらいの数かしら…?」

 

「師団で例えると、機甲三百個くらい?」

 

「全人類の保有戦力並じゃない…」

 

 慣れた機体でやった方が良いと言うマリに、ファムは敵の数を問えば、三百個以上の機甲師団と戦うと答えた。

 流石にそれ以上の数を連邦軍は投入していないが、総戦力は二個軍集団以上である。BETAの攻勢以上の数だ。ミサイルやレーザー級レベルのビームを撃って来る機動兵器が、数千機以上も居ると聞いてか、ファムの顔は青ざめる。

 共に聞いていたアネットもイングヒルトも、ファムのように表情を浮かべる。

 

「つまり、BETAの集団に突っ込むのと変わりないと言う事だな?」

 

「そう言うことになるね」

 

 いつの間にか居たクリューガーが、レーザーヤークトと同じようにBETAの大群に突っ込むのと変わりないと問えば、マリはその通りであると頷く。

 そうと聞いてか、シルヴィアはいつもと変わりないと言って、出撃の準備に入る。

 

「なんだい、いつもと変わりないじゃないか。じゃあ、私は出撃準備に入るよ。時間になったら呼んでくれ」

 

「俺も行こう。お前が中隊長の代わりにならんと思うが、その分はフォローしてやる」

 

 シルヴィアに続き、クリューガーも出撃の準備に入れば、マリは三名の方へ視界を向ける。

 

「どうする? 嫌なら降りて良いわよ?」

 

 嫌なら抜けろと言うマリに対し、ファム等はやる気であった。

 

「いつもと聞いて安心したわ。降りるもんですか」

 

「そうだよ、中隊長を助けなきゃ!」

 

「まだお礼も返してませんし、ついて行きますよ!」

 

 これにマリは呆気にとられたが、熟練の衛士の部隊が居るなら、勝率も高くなるので礼を言った。

 

「ありがと。これであいつ等に勝てるわ」

 

 礼を言った後、シュトラウスに整備は後どれくらいで終わるのかを問う。

 

「でっ、整備はいつごろに終わるの?」

 

「一時間は掛かるよ」

 

「そう、リンダちゃん、こいつの戦術機は?」

 

 後ろに居るシュトラウスに整備が終わるのが一時間と分かれば、ベアトリクスのMig-27の整備に入っているリンダに、どれくらいで終わるのかを無線機を出して問う。

 

『えっ、Mig-27のこと? 一時間って所かしら? パーツの方は潰れずに揃ってるし』

 

「ありがと。時間潰してくるわ」

 

『今度は手伝ってよね。じゃあ』

 

 戦術機のMig-27も一時間で済むと分かれば、マリはベアトリクスを見た。

 何か言いたいと直ぐに見抜いたベアトリクスは、今まで閉じていた口をようやく開く。

 

「何? お茶でもするの?」

 

 どうやって時間を潰すと問われれば、マリは予想外の答えを出す。

 

「えっ、違うわよ。セックス」

 

「はっ? 今なんて?」

 

「あんたとセックスするの。だって、せっかく蘇生してやったのに」

 

「あんた、最低ね。盾にする挙句にセックスまで強制するなんて…」

 

「なんで? 今も守ってあげてんだけど。あいつ等、私がやらなかったらあんた殺してるし」

 

 性行為で時間を潰すと言うマリに対し、ベアトリクスは嫌悪な表情を浮かべて言うが、彼女は反体制派から守っていると答える。その証拠に、マリが指差した方向には、得物を持っていたとされる手を抑える反体制派等の構成員が見える。

 マリがその気が無ければ、今頃は彼らに殺されていたところだろうと思い、嫌々ながらも旧友にそっくりな女の行為を受け入れる。

 

「あー、はいはい、分かりましたよ。あんたとセックスすれば良いんでしょ。同性でセックスするなんて初めてだわ。あんた、こんな時に言うなんて、状況分かってんの?」

 

「分かってるわよ。ちょっと苛々してるからスッキリしたいだけ。したらあんたもスッキリするわよ?」

 

「ふーん、誰も来ない場所でしてよね」

 

「うん、後悔させない」

 

 こんな時にセックスをしたいと言うマリにベアトリクスは状況が分かっているのかを問えば、彼女は分かっていると答える。

 更には苛立ちを解消させるためでもあると答えれば、ベアトリクスも知識があったのか、マリの提案に乗った。これにマリは期待に応えると言って、ベアトリクスと共に人気の無い場所へ向かい、そこで行為に耽った。

 

 

 

「カルタ様! マリ・ヴァセレートの居場所を突き止めました!」

 

 一方、衛星軌道上でイオクの連邦宇宙軍第9艦隊と交戦した後、再編中のカルタ・イシューの艦隊では、追っているマリの居場所を突き止めたと報告を受ける。

 

「ご苦労。では、早速捕縛部隊を…」

 

「ですが、もう出撃した後であります…」

 

「なにっ!? ならば予想進路を割り出しなさい!」

 

 居場所は突き止めたものの、出撃した後であった。直ぐに予想進路を割り出せと言えば、女性士官が既に割り出していると告げる。

 

「もう予想しております。連邦軍の追跡軍が集結中の場所へ向かっていると」

 

「ふん、誰を倒すか、誰を救うか知らないけど。遂に年貢の収め時よ、マリおバカさん。ベレトに火を入れよ! 出撃する! 親衛隊も直ちに出撃用意!」

 

『はっ! 面壁九年! 堅牢堅固!』

 

 予想している進路が、アクスマンが待ち伏せの為に部隊を集結させている地域であると分かれば、カルタは自分の機体を起動準備と、親衛隊に出撃を命じた。

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