シュヴァルツェスマーケン もう一人のアイリスディーナ   作:ダス・ライヒ

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最終話です。


再会へ

 マリがアナと画面越しで対峙している頃、BETAよりもタチの悪い連邦軍の物量に圧されたジグムントらを含めるシュヴァルツェ・マルケンとワルキューレは、それぞれが包囲され、各個撃破の危機に陥っていた。

 それぞれがハリネズミの陣形を取って対処しているが、弾薬は消耗しつつある。いずれは弾切れとなり、敵に圧し潰されるだろう。

 

『こっちの弾がもう底を尽きそう…!』

 

『なぜ撤退しない!? BETAではあるまいし!』

 

「このままじゃ…!」

 

 ファムが自機の弾薬が底を尽き始めていると無線で言えば、グレーテルはBETA以上にいくら倒しても湧き出て来るストライクダガーやアロザウルス、スコープドック、その他戦闘車両や航空機に恐怖を覚える。

 長引く激戦に左腕が損失し、兵装が短刀一本となったテオドールはもう終わりかと思う。

 

『お義兄ちゃん…私もう…』

 

「リィズ、下がれ! その機体はもう限界だ!」

 

 既にリィズのMiG―21は限界であり、多数の61式戦車に撃破されようとしていた。義妹を助けるべく、テオドールは下がるように無線で叫んでから、突撃砲の残弾を戦車部隊に浴びせる。

 61式の装甲は厚いようだが、対BETA用の弾頭の為に容易く貫通され、一瞬のうちに八両もの戦車が炎上するか爆発した。改造戦術機に襲われた戦車部隊は、統率の取れない退却の仕方をする。

 だが、代わりの戦車部隊が来るだけで、対して状況は変わらない。

 

「クソっ、BETAの方がマシだ!!」

 

 無限に湧き出て来る敵に、テオドールは悪態を付きながら戦ったが、敵は倒しても、倒しても出て来る。

 

『被弾した!』

 

「ここまでか…!?」

 

 クリューガーの機体が被弾して雪原の上に倒れれば、テオドールは短刀でアロザウルスのコクピットを突き刺し、押し寄せる敵を見て死を覚悟したが、上空に連邦軍の撤退信号が何発も上がり、それを見た連邦軍は一斉に撤退を始める。

 敵の大群が撤退していくのを見て、テオドールはジグムントに言われて迎えに行く。

 

『どうやら、成功したようだ。エーベルバッハ少尉、迎えに行け』

 

「言われなくとも!」

 

 ジグムントに言われなくとも、テオドールは単独で迎えに行った。

 

 

 

 一方でワルキューレの迫撃砲陣地では、捕虜にされたカティアは思いがけない人物との再会を果たしていた。

 

「畜生が! 新車をお釈迦にしやがって!!」

 

「あれ、その口調、貴方は…!?」

 

「ん? お前、ノイエハーゲンの時の嬢ちゃんじゃねぇか! なんでここにいる!?」

 

 破壊されたレオパルド1から怒って出てきたのは、あのクルト・グリーベルであった。ノイエハーゲン要塞に残った後、やって来たユリアナにワルキューレの軍門に下った。

 ユリアナがカルタと交代した後、別の世界へ再訓練の為に移動させられるはずであったが、この世界に詳しくないカルタの意向により、現地で再訓練を行い、こうして無精髭を剃ってワルキューレ陸軍の戦車兵として連邦軍と戦っている。

 あのヴィヴィエンも居り、カティアの姿を見てクルトと同じく驚きの声を上げる。

 

「カティアちゃん!?」

 

「ヴィヴィエンちゃんまで!? 生きてたんだね!」

 

「どう見たって、再会を喜べる状況じゃねぇけどな! 砲兵士官殿、あの嬢ちゃんに弾込めでもさせておきますか!?」

 

「そうさせておいて! 変に持たせると危ないから!」

 

 驚くカティアのことは気にせず、クルトはカティアに弾込めでもさせるか今の上官であるレイリィに問えば、彼女はそれをやらすように告げる。捕虜に銃を渡して戦わすことは、自分らの背後を脅かすということになるからだ。

 そんな彼女らの事情など知ったこともなく、無数の連邦軍の歩兵は彼女らを包囲し、押し寄せて来る。幾ら撃ち殺しても、無限に湧き出る水の如く、人海戦術でこちらに向かってくる。

 

「なんだこいつ等!? BETAよりも多いぞ!!」

 

「迫撃砲! 砲撃は!?」

 

 クルトが無数の連邦軍歩兵を見て叫べば、レイリィは迫撃砲による砲撃はどうなっているのかを問う。これに部下は、連邦軍の絶え間ない攻撃で全門使えなくなったと答える。

 

「砲撃手諸共やられました! 全部です!!」

 

「なんですって!? そしたらあの人海戦術に呑まれるじゃないの!」

 

「いや、まだ手はある。要塞で使った手だ!」

 

 迫撃砲は全て使えないと分かったレイリィは卒倒しそうになったが、クルトがまだ使えると言って、迫撃砲の砲弾が入った箱を持ってこさせる。

 

「どうする気?」

 

「信管をぶっ叩いて、敵に投げるのさ!」

 

 レイリィにどうするか問われれば、クルトは砲弾の信管を硬い物で叩き、それから敵に向けて投げ付けた。

 

「なるほど、この手があったわね! みんな、砲弾の信管を叩いて投げ付けるのよ!」

 

 このやり方を見て、直ぐに納得した一同は、クルトと同じように砲弾の下の信管を硬い物で叩き、それから敵に向かって投げ付ける。

 敵陣から投げ出される多数の迫撃砲弾を受けた連邦軍の歩兵一個連隊分は大損害を受け、将校の静止の声も聴かずに逃げ出す歩兵が続出する。

 それでも、連邦軍の歩兵部隊にとっては痛くも痒くも無く、無限の如く歩兵部隊を繰り出してくる。もうBETAを超えている。

 

「もう弾頭は!?」

 

「ありません!」

 

「ここまでのようね…!」

 

 投げていた迫撃砲弾を、弾薬箱の近くにいるカティアに問うが、彼女はもう無いと答える。

 これにレイリィは死を覚悟し、ホルスターのコルトM1911A1自動拳銃を取り出して自殺しようとしたが、テオドールらの時と同じく、撤退信号が上がって連邦軍は撤退を始めた。

 

「私たち、助かった…?」

 

「どうやらそのようだな」

 

 撤退してく連邦軍を見てレイリィが問えば、クルトは撤退したと言って彼女は拳銃をホルスターに戻す。カティアは安堵しきり、疲労の余りか、雪原の上に倒れ込んだ。

 

 

 

「残りは私一機みたいね…!」

 

 ヴェア・ヴォルフ大隊の方は、もうベアトリクスのMiG-27のみであった。

 最後の僚機はウィンダムに雪原の上に倒され、投降を許されずにビームライフルを撃ち込まれて撃破される。それでも、ベアトリクスは戦うのを止めなかった。

 

「さぁ、みんな相手してあげるわ」

 

 周りを取り囲む連邦軍機に対し、最後まで戦う気のベアトリクスは全機で突っ込んでくるように挑発する。この数を前にしてもまだ戦う気でいるベアトリクスに対し、連邦軍のパイロットたちは恐怖を覚えた。

 

『なんだこいつ…!? もう自分しか残ってないって言うのに…!』

 

『い、異常だぜ! まだやろうってのか!?』

 

「そっちが来ないなら、こっちから行かせてもらう!」

 

 怯んでいる無数の連邦軍機に対し、ベアトリクスは自機の突撃砲を撃ちながら接近する。これを呆気に取られている一機は避けきれずに撃墜され、更に二機目も撃墜される。

 二機がやられたところで連邦軍の機動兵器部隊はようやく散会し、ベアトリクスのMiG-27の迎撃を行う。

 

『たかが一機だ! 囲んでやれぇ!!』

 

「その意気よ…! さぁ、どれくらい持つかしら?」

 

 包囲してくる連邦軍機に対し、ベアトリクスは臆することなく、自機が後どれくらい戦闘できるのか気にする。

 もう長くは持たないだろう。そう思いながら弾切れとなった突撃砲を手近な敵機に投げ付け、短刀を引き抜いて投げ付けられて怯んでいる敵機を切り裂いた。

 一機、また一機と落としていくが、もう躱す体力が残っていないのか、自機の片足をビームで撃ち抜かれてしまう。

 

「きゃっ!」

 

『貰ったーっ!! なんだ!?』

 

 向かってくるジェガンD型に、ベアトリクスは死を覚悟したが。連邦軍は攻撃を止めて撤退を始めた。

 どうやら、他の戦線に必要な救援のため、上層部から撤退命令が出されたようだ。退いた連邦軍にベアトリクスは、マリがアイリスディーナを助けたと判断して安心する。

 

「どうやら、あの子がアイリスを助けたようね。はぁ、助かった…」

 

 そう言って操縦桿から手を離し、機体を地面に着陸させてシートにもたれかかった。

 

 

 

 救出されたアイリスディーナは、マリより貰った冬用コートを纏って、共に戻ろうとしたが、彼女は救出戦に疲れ切ったのか、その場で寝込んでしまった。

 

「おい! なんだ、疲れたのか。全く、子供だな…」

 

 寝息を立て寝ているのを確認したアイリスディーナは、マリを抱えて移動を始めた。

 

「あれほどの部隊が撤退したからには、もうテオドールたちが迎えに来るはずだ。こんなところで寝たら、風邪をひくぞ? マリ」

 

 テオドールらが迎えに来ると思い、仕方なくマリを抱っこしならアイリスディーナは戦術機の着陸に適した場所まで向かう。

 そこに辿り着けば、マリが回収してもらう為に予め出して置いた信号弾を取り出し、抱えていた彼女を下ろしてから、それを発射器に装填して空に向けて撃ち込む。

 

『アイリスディーナ!』

 

「テオドールか。さぁ、家へ帰れるぞ」

 

 数秒後、マリとアイリスディーナを確認したテオドール機が付近に着陸した。片膝を付け、突撃砲を捨てて右手を差し出す。それから拡声器で乗れと告げる。

 

『俺だ、テオドール・エーベルバッハだ! 乗ってくれ、大尉! みんなが待ってる!』

 

「あぁ! こちらもクタクタだ!」

 

 こうしてマリとアイリスディーナは、迎えに来たテオドールのMiG-21の改装機の手に乗り、シュヴァルツェ・マルケンの面々やジグムントらの元へ戻った。

 

 

 

『まだだ…! まだあの女を…!』

 

 まだワルキューレ、カルタ・イシューの隊が残っていたが、連邦軍の圧倒的な物量を前に疲弊しきっており、もはや戦闘など出来る状態では無い。

 

『は、離しなさい! 私はまだ戦えるッ!!』

 

『止してください! カルタ様! その機体はもう死に体です! これ以上はもう爆発します!』

 

『離せェ! あの女を倒すまで! 私は! 私は!!』

 

 それでも戦おうと暴れるカルタのガンダムベレトを、カルタ親衛隊のグレイズ・リッターが抑え込み、上空のカットシーの編隊に引き渡し、撤退を始めた。

 

「さて、貴方の処遇は…」

 

 連邦軍も撤退したことで、本来の任務であるマリ・ヴァセレートの捕縛を行おうと、レイリィは再び拳銃を取り出し、カティアに銃口を向けた。

 これにカティアは人質となる覚悟で両目を瞑ったが、レイリィはその任務を全うすることなく、退却していく味方の後に続くと言って離れる。

 

「もう無理ね。今の状況じゃ、置いてかれる。貴方は、もう自由の身よ」

 

 置いて行かれるので、レイリィはカティアを解放したのだ。

 人質に取るつもりなら、今の上官を撃つ気であったクルトも、この判断に賛同して退却の列に加わろうとするが、カティアに最後の別れを告げてから向かう。

 

「流石は砲兵大尉殿だ。嬢ちゃん、これで永遠の別れだ。元気でやれよ! 行くぞ、ヴィヴィエン!」

 

「達者でね!」

 

 クルトが別れの言葉を告げ、最後にヴィヴィエンも言えば、二人は脱出する友軍部隊のMSの手に乗ってこの世界より去っていった。

 

「元気でね…!」

 

 去っていく二人の姿を見て、カティアは悲しそうな表情を浮かべ、退却するワルキューレの部隊を見送った。

 そんな彼女の元に、シュヴァルツェ・マルケンの面々と、救出されたアイリスディーナと彼女を救出したマリ、その二人を運ぶテオドール機が集まって来る。

 

「テオドールさん! それにベルンハルトさんに皆さんも! マリさんが助けてくれたんですね!」

 

『あぁ、お前も無事でよかった! あの女は寝てるけどな!』

 

「お前も無事でよかった、カティア。それにお前たちも全員」

 

 全員が集まったところで、アイリスディーナはマリを運びながら、カティアの元へ向かう。テオドールも機体から降りて、上官の無事であったことに安心する。中隊長であるアイリスディーナも、あの激戦にも関わらず、全員が生きていることに安堵した。

 

「私たちが全員生き残れたのは、この天使のおかげかもしれん」

 

 ここに至るまで、誰かが死ぬと思っていたが、マリが来てから誰も死ななかったことに、彼女を天使と言って、介入してくれたことに感謝する。

 マリはアウトサイダーに言われ、単にシュヴァルツェ・マルケンを全員殺されないようにしろと言われてやっただけだが、彼女らは知る由もない。そんな一同の元に、生き残ったベアトリクスがやって来る。

 

『私も生き残っちゃダメかしら?』

 

「っ!? ベアトリクス・ブレーメ、まさかお前も…!?」

 

「いや、あいつは俺たちの協力者だ。部下は全員死んだようだが」

 

 やって来たMiG-27より、ベアトリクスの声が聞こえたので、アイリスディーナは警戒したが、テオドールに協力者だと言われる。そんなベアトリクスは機体から降りて、アイリスディーナを助けたマリを見つめる。

 

「疲れて寝るなんて。本当に中身は子供ね」

 

「私もそう思っていた。だが、こうしてお前が協力してくれるのは、このお嬢さんのおかげかもしれない」

 

「そうだ。このお嬢ちゃんのおかげで、俺はリィズを殺さずに、しかも戻ってくれた…!」

 

「うん! 天使様がいてくれたから、私はお義兄ちゃんたちを殺さずに済んだし。神様が私たちに使わしてくれたんだね!」

 

 自分らが生き残り、更に敵対していた者と和解できたのは、全てマリのおかげと言って、リィズは神が自分たちに使わした天使だと言い始める。これに一同は、そう思わずにはいられなかった。確かに神と言うか、神と悪魔が混じった存在より使わされたのだが。

 

「天使だと? 信じられないのだが…?」

 

「まぁ、そう思っても仕方がない」

 

 グレーテルは信じられなかったが、マリの性格を知ったアイリスディーナは、天使とは思えなくても仕方が無いと言って笑みを浮かべた。

 

「では、帰るか」

 

 アイリスディーナが言えば、一同はそれに同意して拠点へと帰投した。

 

 

 

「終わったな。長過ぎて疲れちまったよ。もう二度と、こんなことは御免だぜ」

 

 後日、フランケンシュタイン号に戻ったジグムントらは、そこで戦いで受けた治療を受け、連邦か同盟、あるいはワルキューレの襲撃を警戒していた。

 ジークフリートは長期間に及ぶシュヴァルツェ・マルケンの護衛は、もう二度としたくないと口にし、スナック菓子を口にする。

 

「お前の意見には同意だ。マスターのわがままに、生前の底なしの物量。勘弁願いたい物だ」

 

「右に同じく。もう一度やれと言われたら、次は逃げ出すわね」

 

 珍しくジークフリートの意見に同意したジグムントは、戦いで受けた傷が完治できるかどうか確かめながら言えば、ジークリンデも彼の意見に同意し、次は絶対に逃げると答える。

 このシュヴァルツェ・マルケンの長期の護衛は、流石の最高の超人兵士である三名ですら、精神的かつ肉体的にも値を上げる物であった。もう一度やれと言われれば、彼らは拒否して逃げ出すことであろう。

 そんな護衛を引き受け、自分たちにそう言わしめた主であるマリが、フランケンシュタイン号に居ないことに気付いたジークフリートは、どこに居るのかを問う。

 

「で、そんな面倒なことを俺たちに命じたマスターは何処だ?」

 

「そういえば、居ないな。ジークリンデ、知っているか?」

 

「さぁ、護衛対象の近くじゃないの?」

 

 ジークフリートからの問いに、ジグムントは女性であるジークリンデに問えば、彼女はアイリスディーナの元に居るじゃないかと答える。

 それを証明するように、部屋に入ってきたミカルがアイリスディーナの元に居ると証明する。

 

「彼女の言う通り、マリはベルンハルト達の方に居る」

 

「なんで? もう終わっただろう? これ以上、何やろうってんだよ?」

 

 ジークフリートが、マリがそこに居ると分かれば、何をやらせる気だとミカルに問う。

 

「いや、僕たちには何もやらせないさ。マリがそこに居るのは、彼女と別れのセックスでもしているからだろう」

 

 この問いにミカルは、自分らには何もやらせないことは無いと答え、アイリスディーナの元に居るのは、性行為の為だと答えた。

 これに察しが付いていた三人は呆れ、ジークフリートはそうだと思って横になり、ジークリンデは頭を抱え、ジグムントは不満を口にした。

 

「お別れセックスか。マスターらしい」

 

 

 

 疲労が回復したマリは、アイリスディーナとベアトリクスとの行為を終え、シャワーを浴びてから衣服を着て部屋を後にしようとしていた。

 

「このまま私たちと共に、統一ドイツのため、その才能を生かさないか?」

 

「貴方ならこの世界の誰にも負けない。いい気持ちになれるわよ?」

 

 部屋を出ようとした際に、シーツで自分の裸体を隠すアイリスディーナに呼び止められた。彼女だけでなく、シャワーを浴びようとベッドを出ているベアトリクスにも呼び止められる。

 マリの力を間近で見てきた二人は、彼女さえいれば米ソにも負けないと思ったが、予想通りに彼女は自分たちの元へは来なかった。

 

「はぁ? 来るわけないじゃん。私はルリちゃんの居場所を知るために、あんた等を救えって言われただけ。救ったから終了。分かった?」

 

 振り向いたマリは、統一後の新政権で頑張るつもりは無いと答えた。予想通りの答えに、アイリスディーナは笑みを浮かべる。

 

「それもそうだな。お前は誰の下にも付きそうもない。見つかると良いな」

 

 マリが誰の下にも付かない人間であることが分かっているアイリスディーナは、彼女が探しているルリが見付かることを祈と言った。

 彼女が自分たちをそのルリを見付けるために救ったことを初めて知ったベアトリクスは、好奇心で本当に居場所にルリが居る保証があるのかを問う。

 

「そのルリちゃんって子の居場所、分かるって保障はあるの?」

 

 その問いに、あの神か悪魔か分からない混沌の存在であるアウトサイダーを疑い始めた。

 確かに自分に彼女らを救わせるための嘘かもしれない。

 そう思って見付からなかったらどうしてやろうかと思っていたマリだが、少なくとも、アウトサイダーが自分に嘘をつく理由が思い付かないので、少しでも早くルリを見付けたい彼女は、僅かな可能性でも賭ける価値があると、ベアトリクスに答えた。

 

「そうかもね。でも、少しでも見付かるなら…」

 

「ちょっと甘ちゃんね。餌に釣られた魚みたいじゃない。まぁ、貴方がルリちゃんって子の話になると、真剣になるから。見付かると良いわね」

 

「意外だな、お前の口からそんな言葉出るなんて」

 

 少々辛口に評価するベアトリクスであったが、ルリに関するマリは真剣な眼差しになるので、少しは期待しようと思い、自分らしくもない期待の言葉を彼女に掛けた。

 そんな言葉が、ベアトリクスの口から出たことに驚いたアイリスディーナは、思わず口に出してしまう。敵であったはずのベアトリクスから、期待の言葉を掛けられたマリは、敬意を表して礼を言う。

 

「ありがとう」

 

「礼が言えたのね、こっちも感謝よ」

 

「あぁ、終始助けられるばかりだった。お前がいなければ、生き延びることは出来なかった。感謝する」

 

「じゃあ、銃殺刑にならないように祈ってるわ」

 

 言いそうも無かったマリが礼を言えば、申し訳ないと言わないばかりにアイリスディーナとベアトリクスは礼を返した。

 心を込めて言ったので、少し嬉しくなったマリは笑みを見せないように前を向き、別れの言葉を告げてからルリの居場所に向かおうと歩み始めた。

 

「あっ、マリさん!」

 

 廊下を歩いていれば、軍服ではなくスーツを着たカティアと遭遇する。マリに気付いた彼女はこれが最後の機会だと思い、呼び止めた。

 

「カティアちゃん?」

 

「これからルリちゃんって子を探しに行くんですか? 絶対に見付かると思います!」

 

 ジグムント等かミカル達より聞いたのか、カティアはルリのことを知り、自分らを長期間守り抜いたマリなら、絶対に見付けられると期待の声を告げる。

 自分好みの少女よりそんな言葉を投げ掛けられたマリは嬉しくなり、カティアを抱きしめた。欧州では数秒で済ますが、マリは一分以上も続けた。

 

「ありがとう。カティアちゃんに言われると、絶対に見付かる気がする…!」

 

「えっ? そ、そうなんですか? なんだか、テレちゃいますよ! でも、自分の身を犠牲にして、私たちを助けてくれたんですから、その願いは叶うはずです!」

 

 一分も抱きしめられたカティアは恥ずかしくなり、顔を赤くしながら周囲を気にしつつ、早く離してもらう為に肯定する言葉を掛ける。

 そんな彼女を離したマリは別れ際に、カティアの頬にキスをしてから別れの言葉を告げて立ち去った。

 

「貴方がそういうなら、見付かるわ。じゃあ、頑張ってね!」

 

「…はい!」

 

 いきなり頬をキスされたカティアは少々茫然としていたが、立ち去っていくマリに激励の言葉を投げ掛けられ、礼を言ってお辞儀をした。

 次にシルヴィアが待ち構えており、気付くような位置に居た為、ヴロツワフか海王星作戦の時のことを謝って欲しいのかと問う。

 

「でっ、なんであんたここに居るの? どっちかに謝って欲しいわけ?」

 

「いや、そうじゃないよ。ブロツワフのことは許さないけど、今の仲間たちを守ってくれたことには感謝してる。まぁ、言うのは恥ずかしいけど、ありがとう」

 

「そっ。じゃあ」

 

「…言うんじゃなかった」

 

 謝罪の言葉はいらないと言って、今の戦友たちを守ってくれたことに感謝の言葉を掛ければ、マリは余り嬉しくないのか、素っ気ない態度で去って行った。このマリの態度で、シルヴィアは後悔して苦笑いを浮かべる。

 他の者たちはあの戦闘で殆どが負傷しているのか、出て来なかった。だが、最後にテオドールとリィズに遭遇する。

 

「あっ、天使様!」

 

「まだ居たのか?」

 

 リィズが元気よく挨拶する中、テオドールはマリがまだ居たことに驚いた表情を見せる。そんな二人に、マリは用事を済ませたから帰ると答える。

 

「いて悪い? 用事を済ませたから帰るところだけど。それより、リィズちゃんの処遇は?」

 

 成り行きとはいえ、国家保安省の一員であったリィズの処遇はどうなのかをテオドールに問えば、彼は良い結果となったと答えた。

 

「俺たち統一派に寝返ったことや、西の人権やら婦人団体のおかげでなんとか一か月の謹慎処分で済んだよ。西の人権や婦人団体が、まさか東の人間であるリィズのことを擁護するなんて…お前の差し金か?」

 

 かつてはシュタージの一員であったリィズに、何故か西側の人権団体や婦人団体が口を出してきたので、テオドールはマリにそれらは差し金かと問えば、彼女は全く答えなかった。

 マリが何らかの手を打っていなければ、テオドールはリィズを殺さなくてはならなかった。殺さずに済むように手を打ってくれたマリに、例え我儘な彼女でも頼みもせずに義妹を救ってくれたので、テオドールは感謝するしかない。

 

「まぁ良い。これからの俺たちは自由に発言ができる。なによりリィズのことに関しては、感謝の言葉しかない。ありがとな」

 

「私からも。ありがと、天使様」

 

 何であれ、リィズを銃殺刑や無期懲役から救ってくれたマリにテオドールは感謝すれば、救ってくれたリィズもお礼の言葉を述べる。

 そんなリィズも仕事を与えられていたのか、義兄の元より離れる。

 

「あっ、そうだ! 私、用事があったんだ! 天使様ありがとね! じゃあ!」

 

「あぁ、頑張れよ」

 

 衛士としての仕事があるリィズは、マリに別れの言葉を告げた後に去って行った。これにテオドールは励むように言ってから、マリに自分らを長期間も守ってくれた理由を聞く。

 

「もう何度も聞かれたかもしれないが、なんで俺たちを三か月以上もかけて守ってくれた? あんた等に何らかの得も無いと思うが」

 

「何って、変な黒目にルリちゃんの居場所を教えてもらう為にやっただけ。三人以上は手を出したけど、その分も補えないくらい疲れたわ。余計なお邪魔虫がいっぱい来るし」

 

 この問いに、マリはルリの居場所が見付かるとアウトサイダーに言われてやっただけで、余計なのも来てただ疲れる事ばかりだったと答えた。

 十五歳の少女のように答えるマリに、赤毛の青年は本当にリィズや自分の仲間たちを救った女なのか信じられなくなった。顔に出せば彼女が機嫌を悪くして帰ってしまうかと思い、テオドールは不満を我慢した。

 次にテオドールは、ルリが見付かるのかと問う。

 

「それで、そのルリって子は見付かるのか? リィズは偶然と言うか、シュタージの差し金だったが。その黒目って奴は、あんたに俺たちを助けさせるための餌じゃないのか?」

 

 ベアトリクスと同じく、ルリを餌にやらされていたと言うテオドールに、マリは苛立ちを覚えたが、何とか我慢した。

 そんなマリも仕返しと言うか、リィズやカティア、アイリスディーナの居ない世界でどう生きるのかをテオドールに問う。

 

「そっ。じゃあこれから私の番。あんたはリィズちゃんやカティアちゃん、アイアイが居ない世界でどう生きるの?」

 

「アイアイ? おい、何を言って…?」

 

「アイアイって、あんたの私と被ってる上官のこと。BETAなんて言う不細工な生き物にやられ放題な世界じゃん。誰か死ぬかもしれないでしょ? ねぇ、教えてよ?」

 

 自分の問いに関する答えは返ってこず、いきなり三人のうちの誰か死ぬか、それとも全員が死んだ世界でどう生きるのかと聞いてくるマリに、テオドールはやや困惑する。

 二歳は上、実際は遥か上の年上である女に答えろと急かされたテオドールは、現実的な理屈で答える。

 

「…あいつ等の分まで生きるさ。それが、彼女たちの願いでも…」

 

「何それ、当たり前すぎじゃん。私なら、そんな世界壊しちゃうんだけど」

 

「っ!?」

 

 マリの問いに、自分がこの詩が日常な世界で生きるのは、死んでいった者たちが生きられなかった分を生きるためだとテオドールは答えたが、それを彼女はありきたり過ぎると一蹴し、自分にとって大事な人は居ない世界は価値が無いと言った。

 このマリの放った言葉に、テオドールはアイリスディーナを少し幼くしたような女性の表情から一種の狂気を感じ取り、思わず後退ってしまう。

 

「な、何を言って…!」

 

「私を愛してくれた、愛した人もいない世界なんて…生きる意味と言うか、ある意味ないじゃん。例え世界を救うために愛した人を犠牲にしろと言うなら、私は世界を救わない。そんな世界なんて必要ない。そしてその人の願いであっても、私はその人だけを救う選択をする。他人を犠牲にしてのうのうと生きてる奴らの為に、犠牲になる必要なんてない」

 

 余りにも身勝手過ぎる。自分さえ良ければそれで良いのか?

 そんな言葉をテオドールは言いそうになったが、言えば殺されるかと思ってしまい、口が動かなかった。目の前の女から、シュタージやBETAとは違う恐怖を感じたからだ。

 何も言わず、額に汗を浸らせて黙っているテオドールに、マリは大した答えが出て来ることは無いと思い、別れの言葉を告げて立ち去ろうとする。

 

「あら、出て来ない? じゃあ、これでお終い。もう会うこともないけど、他の人たちによろしく」

 

 茫然としているテオドールに、マリは少女のように別れの言葉を告げてから立ち去った。

 それから後のことであるが、そのマリの身勝手な答えが、仲間を喪ったテオドールを狂気に走らせることは、彼女は知る由もない。

 

 

 

 フランケンシュタイン号に帰還したマリは、さっそく艦橋へ向かい、何の前触れもなく現れたアウトサイダーに、シュヴァルツェ・マルケンの全員を誰一人欠けることなく助けたことを報告する。

 

「あいつら全員無事よ。赤毛のスケベもね。さぁ、ルリちゃんの居場所まで連れてって」

 

「ふむ、負傷していながら、全員が命に別状はないな。では、お前が探すルリの元へ私が誘おう」

 

 マリの言う通り、全員が生存していることを確認すれば、アウトサイダーはルリの居場所へ転移移動をさせようとした。その前に、いきなりは厳し過ぎるとジグムントは注意する。

 

「待て。いきなりはまずい。ここは彼女が居る惑星の衛星軌道上に転移移動させるのが筋だ」

 

「そうじゃ。いきなり大気圏内にワープさせたら、わしの船がぶっ壊れてしまうわい」

 

「それもそうだ。では、そうしよう」

 

 ジグムントが最初に注意すれば、フランケンシュタイン号の船長も大気圏内に転移移動させられることに抗議する。それを聞いたアウトサイダーも納得できたので、ルリが居る惑星の衛星軌道上に転移移動させることに決めた。

 このジグムント等の冷静な指摘に、マリは舌打ちをしたが、ここは我慢して従う。

 

「では、少々の時間が掛かる。安心しろ、ルリは直ぐに見付かる。彼女が移動する瞬間でもない」

 

 苛立つマリに、アウトサイダーがなだめる様なことを言えば、彼女が近くの座席に腰を下ろす。数秒後、アウトサイダーはマリ一行が乗るフランケンシュタイン号ごと、ルリの居る世界への転移移動を始めた。

 転移移動の最中、マリはまだついてくるジグムントらに、なんでついてくるのかを問う。

 

「ねぇ、もうどっかに逃げていいのよ? もう終わったんだし」

 

「へっ、何を言ってる? ここまで頑張ったんだ。そのルリちゃんの生の姿を見なくちゃな」

 

 マリからの問いに、最初にジークフリートが答えた。次にジークリンデも、ルリを見るまでは解散しないと告げる。

 

「そいつの言う通り、私たちがここまでするほどの子なのか。見定めたいわ」

 

「右に同じく」

 

「ルリちゃんが可愛いのは認めるわ」

 

 ジグムントもルリを見るまで解散はしないといったので、マリは探している少女の可愛さを認める。

 しばらく珈琲を嗜みながら待っていれば、グルビーが総力戦に出て来なかったことを疑問に思い、ジグムントがどうしているかを情報屋であるミカルに問う。

 

「あの場にグルビーが居なかったことが気になるんだが、どうしている?」

 

「そう言えば居なかったな。済まないが分からない。ルリの方に居る…なんてことにならなければいいが…」

 

 ジグムントからの問いに、ミカルはあのグルビーが、ルリを襲っていないことを祈った。

 だが、そんな彼らの願いも空しく、着いた直後に悪い予想は当たってしまう。

 

「着いたぞ。どうやら、何者かに襲われているようだ」

 

「!?」

 

 アウトサイダーが着いた事を報告したが、同時にジグムントとミカルの悪い予想が当たったことも知らせた。

 自分が探しているルリに危機が訪れていることを知ったマリは、居ても立ってもいられず、直ぐに転移装置に駆け込んだ。

 

 

 

「死ねぇぇぇい!!」

 

 大振りのハンマーを持つ巨漢、グルビーは一人の小柄な少女に襲い掛かろうとしていた。

 あの世界でマリとの決戦は挑まず、彼女が探しているのをルリであると、独自の情報網で気付いたグルビーは、件の少女の居場所をその独自の情報網で掴んだようだ。

 ルリを襲撃するのはグルビーだけでなく、他の無法者たちも彼女の襲撃を計画していた。グルビーはそれに同行し、共にルリを初めとする勇者一行を襲撃している。

 

「嬢ちゃん! 無事か!? くそっ、こいつ等!!」

 

 大太刀を振るい、大柄で長い黒髪を後ろに束ねている侍の男は、複数のモヒカン男たちを相手に奮戦しながら勇者であるルリを助けようとするが、数が多すぎて向かえない。

 他のルリの仲間たちも、彼女を助けようとするが、敵の数が多すぎて向かえなかった。

 

「貴様さえ捕えるか殺せば、あの女を呼び寄せれるわ!」

 

「なんの話!?」

 

「貴様は黙って、わしに従っておれば良い!」

 

 マリを誘き出すため、グルビーはルリを捕えようとするが、当の彼女はマリのことを知らないようだ。

 だが、そんなことはグルビーには関係ない。盟友を殺した女を殺すのが、目的であるのだから。

 剣を握っていながら、避けるだけのルリに手こずっていたグルビーは、未だ捕えられないことにかなり苛立っている。

 

「貴様、剣士でありながらなぜ避ける!?」

 

「貴方に攻撃される意味が分かりません!」

 

 避けるばかりで反撃をしてこないルリに苛立ったグルビーは、苛立って更に攻撃を強めた。

 そんな猛攻ばかり続けるグルビーに、願ってもない者が訪れる。ルリの背後から眩い光が現れ、そこから金髪碧眼の長身な女性が現れる。グルビーの仇討ちの相手であるマリだ。

 

「っ!? 来たか! 待っていたぞ!! さぁ、我が盟友ギゾンの仇…」

 

 仇を見たグルビーは、直ぐにマリを殺そうと大振りのハンマーを振るおうとしたが、強力な魔法を身体に撃ち込まれて爆殺された。

 上半身が完全に吹き飛び、下半身だけとなった死体は地面に倒れ込む。脅威を排除したマリは、ルリに近付き、礼を言おうとする彼女を抱き締める。

 

「ルリちゃん…!」

 

「誰…?」

 

 殺したとはいえ、自分の脅威を排除してくれたマリに感謝しようとしたルリであるが、いきなり抱き締められて困惑する。だが、ルリにはマリに対する記憶が無い。

 ルリの何者かと問う言葉に、マリは驚愕した表情を浮かべ、抱き締めている愛らしい少女の顔を見た。


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