シュヴァルツェスマーケン もう一人のアイリスディーナ   作:ダス・ライヒ

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リィズ救済イベントです。


最悪を退けよ

「それで、その厨二病が好きそうな存在が私に何の用?」

 

 マリの挑発を交えた問いに、アウトサイダーは何も動じることなく彼女らにやらせようとしていることを伝える。

 

「ある少女を救ってもらいたい。その少女は社会主義陣営のドイツが故郷だが、家族と共に自由主義のドイツへ亡命しようとしたが、見付かって酷く拷問を受けて人格が歪み、諜報組織に従順な戦士となった。前にその世界に来た男は救えず、義兄が義妹である少女を殺し、終止符を打った。今のお前たちならその悲劇になる前に救えるだろう」

 

 アウトサイダーの用件は、自由な作風を求め、ドイツ民主共和国、通称東ドイツからドイツ連邦共和国、通称西ドイツへ自由を求めて亡命しようとして失敗して捕まり、諜報組織に拷問される前に作家の娘である少女を救えとのことだった。

 対象を分かり易くしようと、艦橋にある操作盤や機器のモニターに、その少女の外見を映し出す。

 マリと同じように金色の長髪で青い瞳、外見はいかにも白人の顔立ちが整った愛らしい美少女だ。同性愛者であるマリの好みに十分に入る。

 だが、いきなりその美少女を助けろと言われて、承諾するマリでは無い。皮肉を込めて返す。

 

「あんたが救えば? 人にやらすよりも、直ぐに出来るじゃん」

 

「是非ともそうしようと思ったが、私には出来ない。何故なら、私にそれは許されないからだ。カオスの存在である私には時間を改変することは出来ない。だから、人にやって貰うしかない」

 

 そんな皮肉に、アウトサイダーは前と同じように何も動じることなく自分には出来ず、他人にやって貰うしかないと答える。

 

「他を当たれば? こんな娘を助けたいと思う奴なんて幾らでも居るでしょ?」

 

「あぁ、是非ともそうしよう。だが、一生をここで過ごしてもらうことになるが…」

 

「なにそれ、強制じゃない。つまりその娘を助けないと出られないって事でしょ?」

 

「左様、これがこの世界を脱する条件だ」

 

 この世界から脱出するには、その少女を救う意外の方法がないとマリが分かれば、アウトサイダーは悪気も無く答えた。

 ただ少女を助ければ良いと言う条件に、詳細を聞いていないジークフリートは簡単だと鼻で笑う。

 

「カワイコちゃんを、アカ共から助けろだって? 簡単じゃねぇか。俺たちみんなで殴り込んで映画のヒーローのように悪の組織のアジトに乗り込んでヒロインを救出よ」

 

「待て、そんなに簡単なら、パワー型の能力を持った奴で十分だ。救出条件はなんだ?」

 

 正面から全員で殴り込んで救出すると豪語するジークフリートに対し、ジグムントはアウトサイダーに条件を問う。

 

「お前の言う通り、事は穏便に遂行して貰いたい。出来れば、死者は最低限に」

 

「潜入か。シュタージの権限を持った将校に化ける必要があるな」

 

 条件を問われたアウトサイダーは、死傷者は出来るだけ少なく穏便に少女を救う事が条件であると答えた。

 たしかにジークフリートが言った計画は、大雑把でこちらの存在を知らしめる羽目になる。やや難しい条件に対し、マリは救出対象の少女の名をアウトサイダーに問う。どうやら彼の条件を呑むようだ。

 

「で、その娘の名は?」

 

「リィズ・ホーフェンシュタイン。作家ホーフェンシュタインの一人娘だ。シュタージの亡命未遂専門の収容所に捕らわれている。既に両親は拷問の末に死亡した。義兄はリンチで治療中だ」

 

「そう。それじゃあ、準備してから助けに行くわ」

 

 名前と居場所が分かれば、マリは準備してから助けに行くと答えた。

 他にもやらせようとしている事があるのではないかと睨むジグムントは、アウトサイダーに他にはないかと問う。

 

「で、他に何をやらせるつもりだ?」

 

「お前の考えの通り、やらなくても良い事もある。中東と北アフリカでBETA教団と言うカルト教団だ。驚いたことに、戦術機でない異界の機動兵器を多数有している。その類の兵器は異界を渡る武器商人から購入した模様で、軍事顧問も幾人か居る。最近では信者の身体に機械を埋め込み、訓練無しで操縦が出来るようにしている」

 

「なんとも恐ろしい奴らだ。機械はおそらく阿頼耶識の類、おそらくBETAの侵攻に合わせて欧州戦線の後方を襲い、混乱させてから陥落させるつもりだろう。機動兵器は旧式のMS、あるいはそれよりも安価なATかAS。前者なら一個師団、後者なら二個師団が編成できる数。おそらく自国の安全を守りたいアメリカが潰すだろうが」

 

 アウトサイダーの教団の戦力と保有兵器を予想すれば、ジグムントはアメリカ軍が討伐に動くと告げる。

 この世界の先進国の中で未だに健在の戦力を有するアメリカ軍が来ると分かれば、ジークフリートは自分達が出向かなくて済むと口を挟んで来る。

 

「ヤンキー共が代わりに潰してくれるなら、俺たちがわざわざ出向かなくて済むじゃねぇか。どうせ、MSと言っても一年戦争時のザクとかジムだろ? ヤンキー共のトムキャットなら制圧に時間は掛からねぇぜ」

 

 ジグムントの予想を聞いて、BETA教団の戦力を侮るジークフリートは、アメリカ軍に任せれば良いと言ったが、もしもの時があるのでジークリンデは自分らがやるべきと告げる。

 

「でも、もしもの第二世代級のMSがあったらF-14でもきついと思うわ。念のために、私たちが出なくちゃならない事態になるかも」

 

「あぁ? 連中がハイテクなメカを持てるわけが…」

 

 ジークリンデのもしもに対し、たかだかそこらの教団がハイテク機器の兵器が扱えないと考えているジークフリートは否定したが、ジグムントは最悪な結果を予想してもしもの時に対応できるようにする。

 

「忘れたか? 阿頼耶識の類があれば、第二世代級でも第三世代級、あるいはエイハブリアクター付きを操縦が可能だ。そんなのが一個師団、一個連隊もあれば戦線は潰せる。十分に対応できる戦力を持つ我々が当たらねばならん」

 

「それ、私も出なきゃダメ?」

 

「これはリィズを救ってからでも良い。同時進行でも構わない。手段はお前たちに委ねる」

 

 マリはBETA教団掃討に加わらなければならないのかと問えば、アウトサイダーはリィズを救ってからでも構わないと答えた。

 どうやらまだ訓練段階のようで、攻撃に打って出るのは大分さきの様子だ。逆にリィズの方は時間が無いので、先にそちらから片付けた方が良さそうだ。

 

「じゃあ、先にリィズちゃん助けて、それからみんなでカルト教団でも潰しましょうか」

 

「簡単に言うわね。私たちはリィズ救出には向かわないわよ」

 

「無論、俺もジークフリートも。人選は…こちらでする。どうも貴方では不安が残る」

 

「はいはい。それじゃあ、どうやって潜入するか…」

 

 先にリィズ救出を優先すれば、ジークリンデは救出作戦には加わらないと答えた。ジグムントも同様であり、人選はするから実行はマリに任せると告げる。

 強力な三人の超人兵士が参加しないと分かれば、マリはいつの間にか持っていたシュタージ関連の書物を片手に艦橋を出た。

 

 

 

 ドイツ民主共和国、東ベルリン、リヒテンベルク、国家保安省前…。

 国家の敵、あるいは社会主義の敵と断定された政治犯やスパイが収監されている収容所まで数km、何所からか用意したのか、シュタージの大尉の階級章を付けた制服を着たマリが、同じく部下の少尉の階級章を付けたカミーユ・デニスと共に当時のシュタージが使っていた連絡車に乗っていた。

 スカイラーもまたカミーユと同じ階級章を付けており、運転手を担当している。

 

「でっ、連れて行くの? それとも弁護しちゃって再教育施設まで送っちゃう?」

 

「さぁ、見てから判断する。連れて行くに値するかどうか…」

 

「行き当たりばったりじゃない」

 

「前にドイツ人の施設に潜入した時は、相手の将校を買収して作戦を立てた。結局、銃撃戦をする羽目になったが」

 

 スカイラーがマリに救出計画を問えば、彼女は見てから判断すると答える。これにスカイラーは行き当たりばったりと表し、政治主義は違うが、同じドイツの施設に潜入したことがあるカミーユは、その時は計画に行って来たと話す。

 収容所が見えたところで、スカイラーはミカルが手に入れた情報をマリに伝える。

 

「あぁ、そう言えばベアトリクスって女が率いるロボット兵器専門の大隊長が、新しい人員を求めてるそうよ。そこなら、訓練は厳しいけれど四六時中は殴られることは無いわね」

 

「うん、考えとく」

 

「書類はある。貴方は彼女の要望を聞き入れて、補充員を探しに来た人事課の大尉って所ね」

 

 もたらされた情報は再教育案であった。

 ベアトリクス・ブレーメなる女の少佐が、自分が隊長を務める戦術機大隊の拡張のため、新しい補充員を求めているそうだ。

 大隊の保有戦力は現在のところ三個中隊であり、後もう一中隊、約一ダース分の戦術機を欲している。一ダースは十二であり、つまり十二人の衛士が必要になる。

 戦術機の確保はソ連の輸入で済んでおり、人員は人民地上軍から持って来れば良いはずだが、軍上層部はシュタージの武装組織に回す衛士を一人も出さないようだ。仕方なく孤児院や収容所から使えるのを人選するしかない。

 マリはそれを依頼された人事課の大尉と言う事である。

 カミーユがそう言えば、彼女は偽造された身分証明書とマリが時間を止めて盗んだベアトリクスの命令書を渡した。それを自分のバックに入れれば、身分証明書を読み、検問所に問われた時に正確に答えられるようにする。

 

「検問所よ。ここからは英語は禁止ね。ドイツ語で行きましょ」

 

 検問所が見えれば、自分たちの標準語となっている英語を止めてドイツ語で会話を始める。

 警備兵が止まるように手で合図を出せば、スカイラーはブレーキを踏んでゆっくりとゲートの前に止まる。窓を開けて警備兵に向けて挨拶する。

 

「グーテン・アーベント」

 

「こんばんは、フロイライン方。ここに何の用ですか?」

 

 キノコ型ヘルメットを被り、MPi‐k突撃銃を持った警備兵が何をしに来たのかをにやけ面で問う。

 何をしに来たのかを問えば、ドイツ語が堪能であるカミーユが代わりに答える。

 

「人員よ。フェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊の戦術機大隊に入れる追加の衛士をね」

 

「衛兵連隊の戦術機大隊? あぁ、聞いてますよ。でも、新設されたばかりの武装警察の方ですよ。衛兵連隊も募集してますが、向こうは政治的に信用できる奴ですからね。まぁ、どっちもですが。命令書をお見せできます?」

 

 国民が見られる国家保安省(シュタージ)保有の衛兵連隊では無く、新設された武装警察の大隊のようだ。少し怪しんだ警備兵に対し、マリは言われた通りに身分証明書と命令書を渡す。

 

「ふむ、本物のようですね。失礼しました、大尉殿。お時間を取らせてすみません。お通りください」

 

 身分証明書と命令書を見て、スパイではないと分かれば、それらを返却してマリ達を通した。

 ゲートが開けば、そのまま収容所へと向かう。

 向こうに着く頃には連絡が行き渡っていたのか、警備兵がフェンスのゲートを開けて駐車場までの道を開く。駐車場に車を止めれば、車外に出て出迎えの将校に向けて敬礼を交わす。

 

「検問所でのご無礼をお許しください、大尉殿。一週間前に亡命未遂事件が発生したので。現在、誰が協力者なのかを、一家揃って亡命を図ろうとした逮捕者に尋問している所です」

 

 将校の階級は中尉であり、検問をしていた訳を聞いても居ないのにしてくる。

 

「養子の長男は過剰な尋問の所為で重傷。現在治療中。作家とその妻は自白剤の過剰投与で死亡…生きている娘に対してこれからアクスマン中佐が尋問する所です」

 

「作家と妻は自白剤の過剰投与? 本当は?」

 

「言い難い上に外は寒い。どうぞ中へ。暖かい部屋へご案内します」

 

「きっと野蛮なことね。あの顔を見てみなさいよ」

 

「…コミュニストめ」

 

 更に将校は続け、やや不味い事でも隠している表情を浮かべながら、亡命を図ろうとした作家の娘をこれから尋問すると告げる。

 表情から外では漏らせないことをして死なせたとスカイラーは見破れば、カミーユは母国語で怒りの言葉を小声で漏らす。詳しい事は中でと言う事なのか、将校はマリ達を温かい部屋の中へ案内した。

 

「ここでお待ちください。温かい物はココアしかありませんが…」

 

 案内されたのは待合室であり、用意されたテーブルへ上着をハンガーに掛けてから腰かければ、将校はココアを持ってくると言ってその場を立ち去った。監視の警備兵も居ないので、スカイラーとカミーユは周囲を見渡して温かい物は他にあると見抜く。

 

「これは、フランスのワインの臭い。酒盛りでもしてたのかしら?」

 

「やはりコミュニストは卑劣だ。我慢ならない。はやく済ませよう」

 

「まだココア飲んでない」

 

「はいはい、まずは飲んでからね」

 

 ワイン、それもフランスの匂いがしたので、カミーユは自国を占領したドイツと戦後国内でテロを繰り返した共産主義に自国のワインが使われたことで怒りを覚え、早く済ませようとマリに言うが、彼女はココアを飲んでないと言って動かない。

 それにスカイラーが呆れる中、ココアが入った三つのカップをトレーに載せた将校が入って来た。

 

「どうぞ、これで身体を温めてください」

 

「ありがとう。でっ、ホントは何が理由で死んだの?」

 

 テーブルに置かれたココアを、マリが手に取って一口飲んでから将校に問えば、彼は周りを気にしながら答えた。

 

「実は…貴方がたの前では申し訳難いのですが、作家の夫は過剰な尋問、いや、拷問の末に死亡。自白剤まで投与されましたが、関係の無い事を喋ってばかりで協力者の情報無し。母親は見せしめに…輪姦され、薬物まで投与されて死亡。養子の息子はリンチで重傷、後は簡単な尋問をしていた容疑者の娘を、アクスマン中佐が尋問なさるようで。自分の見解では、協力者はおらず、入念に計画された単独の亡命、あるいは行き当たりばったりかと」

 

「アウトサイダーの言った通り…」

 

 事の顛末はアウトサイダーの言った通りだった。マリが小声でつぶやく中、さらに将校は椅子に腰を下ろして自分の見解を続ける。

 

「協力者が居ないと言うのは、その当の協力者、国境警備隊の警備兵があの一家を自分の昇進の為に売ったと思うのですよ。あいつ等、少しでも屋内に入ろうと、亡命しようとする奴に近付いて協力する振りをして裏切りますからね。まぁ、新設されたばかりの武装警察が、点数稼ぎのために…おっと、これ以上は国家反逆罪だ。ご想像はお任せに」

 

 次に一週間前の作家一家亡命未遂事件は協力者などおらず、国境警備兵か新設された武装警察の点数稼ぎの可能性があると言ったが、盗聴器が仕掛けられていると知っているのか、先の事は創造上に任せると言った。

 これから数時間後にその作家の娘、リィズ・ホーエンシュタインを尋問するので、将校はもしかすれば協力者が居り、同性のマリに尋問させたら喋るかもしれないと思って尋問をやってみてはどうかと提案する。

 

「おっ、そうだ。大尉殿。アクスマン中佐が来る前に例の娘の尋問をしてみては? 我々男では警戒して話さないので、同性なら心を許して話すかもしれません。なにせ、他は短気な奴らばかりで、直ぐに殴ったり蹴ったり。薬物の投与もする奴も居る始末。飴と鞭を使い分けられる奴が居ません。貴女なら喋るかも」

 

 なんとも都合のいいことに、こちらが何か話術と魔法を使わなくとも向こうが勝手にリィズに会わせてくれるように手配した。

 だが、目前の若い将校は中尉だ。余り権限を持ってなさそうなので、会えるとすれば、彼の上官との交渉次第だろう。廊下に出て数分後、将校は笑みを浮かべながらマリに近付いてくる。つまり交渉は成功したようだ。

 

「許可が下りましたよ。さぁ、こちらへ」

 

 満面の笑みを見せながら交渉が成立したことを報告すれば、将校はマリ達をリィズが居る尋問室へと案内した。件の人物が居る尋問室前に来れば、マリは自分一人にしてくれと頼む。

 

「私一人にしてくれない? 相手が怯えちゃうかも」

 

「我々は恐れられてこそ、人民に法を守らせるのが出来るのですが…まぁ、女同士なら喋るでしょうから、我々男共は外で待っております」

 

 相手がそれを了承すれば、マリはドアを開けて尋問室へと入った。

 部屋の中は中央に机、それに向かい同士になるように椅子が置かれている。隅に記録者用の机と椅子。互いの死角を補う形で設置された監視カメラ。尋問対象が座る椅子の背には、大きな鏡が設置されている。おそらくマジックミラーだ。

 自分をじろじろと見られたくないマリは、素早く唱えた魔法でそれらに小細工を仕掛け、外から何も見えない状態にした後、椅子に腰を下ろして目前の怯える金髪碧眼の美少女、リィズに優しく声を掛けた。

 

「こんばんは、フロイライン。いや、リィズ・ホーエンシュタイン」

 

「…!」

 

 新しい尋問官が来たと思ってリィズは警戒する。最初は優しくして希望を抱かせ、いざ逆らえば暴力的になると思っているようだ。下を俯いて目を合わせないようにするリィズに対し、マリは鞄を机の上に置いて書類を取り出す。

 

「それで、亡命の協力者は誰なの?」

 

「そ、それは…私には知りません! 父さんが国境警備兵を買収したって何度も話しましたが、誰も信じてくれません! それと、父さんと母さん、お義兄ちゃんは無事なんですか!? 教えてください!!」

 

 自分の前に書類を置いた後、亡命の協力者を興味本位で聞けば、同じことを何度も話したと答え、父と母、義兄はどうなったのかを問う。これにマリはその父と母が死に、義兄が重傷を負ったことを隠すことなく話す。

 

「貴方のお父さんとお母さんは死んだわ。こちらの不手際でね。義理のお兄さん? 生きてるわ。重傷だけど」

 

「えっ…!? 父さんと母さんが…う、嘘よ! そんなの嘘…」

 

「証拠写真があるけど、見てみる? それでも嘘だと言い張るなら言うと良いわ。精神病棟送りになるけど」

 

 最愛の父と母の死を知らされたリィズは、泣きじゃくりながら嘘だと言うが、マリは遠慮なしに冷酷非道なシュタージの将校を演じ、事実であると突き付けて精神的に畳みかける。

 血の繋がらない兄しか残らなかったことにリィズが絶望する中、マリは救いの手を差し伸べる。最初の一手が鞭で、次の一手が飴だ。ベアトリクスの戦術機大隊人員補充の命令書がその飴である。

 

「そんな貴方に贖いの機会を上げる。それは国家に全てを捧げる事。これが貴方に取って最後のチャンスよ」

 

 リィズの前に出した命令書を見せながら、マリはこれが最後のチャンスの鍵であると告げる。

 もうここには居たくない。そう思ったリィズがそれを取ろうとすれば、マリはそれを下げた。条件を突き付けるつもりだ。

 

「どうして…?」

 

「おっと、そんなチャンスを簡単に渡すと思う? 何事にも条件があるわ…それは…」

 

 マリはリィズを指差しながら条件を告げる。

 

「貴方の処女、私に差し出す事」

 

「へっ…? 私の…初めてを…貴方に…?」

 

「そうよ。全て私に差し出しなさい。そうすれば、ここから壊れずに出られる」

 

「そ、そんなこと…出来るわけが…」

 

 マリが出した条件とは、リィズの処女であった。

 当然、救ってやるから身体の全てを差し出せなどと言われて了承する女性が居るはずが無い。顔を赤らめながら拒否するリィズであるが、マリはまだ人だった頃の自分の体験談を用いて条件を受け入れた方が良いと告げる。

 

「最初は痛いわよ? しかもここに居たら無理やり…その後は壊れてどうにかなっちゃうかもね。どうする?」

 

 被っていた帽子を机の上に置き、腰まで届く長い金色の髪を弄りながら妖艶な笑みを浮かべ、マリは足を組んで条件を呑むかどうかをリィズに問う。

 こんな所で、しかも薄暗い部屋、ましてや好きでもない上に目前の同性相手に初体験をするのか?

 条件を呑むことを躊躇するリィズに対し、マリは更に畳みかける。

 

「まぁ、同性なんかに処女を捧げるなんて別に出来ないわよね? 別にいいわよ、シュタージの戦術機部隊に行かなくても。ただし、トラウマ級の物になるけど。しない、するの? どっちか決めなさい」

 

 どっちにするかを問うマリに対し、リィズは戸惑う。

 はたして指示に従った方が良いのだろうか? もしかしたらこれは罠で、背後に男達が待っており、自分が犯されるのを目の前の女が嘲笑いながら見るかもしれない。

 そう思って言葉を詰まらせるリィズに対し、マリは妖艶な笑みを浮かべて安心感を覚えさせた。

 

「あっ…」

 

 そのマリの笑顔に安心感を覚えたリィズは、先の思い込みは被害妄想であると分かり、目前の美しい女神のような女に処女を捧げても良いと思った。自分と同じ青い瞳からは、悪魔のような考えは全く感じられない。むしろ彼女に支配されたいとさえ思う。

 魔法の類は一切使っていない。人間だった頃に数十年も掛けて習得したメンタリズムのおかげだ。この巧みな術でマリは幾百もの女性の処女を奪って来た。

 リィズの表情を見て完全に自分の虜になり、条件を呑んだと判断したマリは、上着を脱ぎながら机に上がり、自分を待ち受ける美少女の身体を自分の方へ引き寄せ、それからその唇を自分の唇に合わせて彼女のファーストキスを奪った。

 初めての相手が同性であるマリであったことで、リィズはやや後悔したが、ここの男共に輪姦されるより遥かにマシであり、尚且つ優しくしてくれる絶世の美女に捧げる方が何倍もマシだ。自分の衣服を脱がし、綺麗な手で触れて来るマリに、リィズはその淫らな彼女の欲望を受け入れた。

 

 

 

「気持ち良かった?」

 

「うん。痛かったけど、気持ち良かった。でも、お姉さんの方が私よりいっぱいイってる気がする」

 

「えっ? そうなの? まぁ、触れられた処女の反応見ると…凄く感じちゃってこっちまで気持ち良くなって…」

 

 行為を終えた後、マリはリィズに初体験の感想を問う。

 これにリィズは恥ずかしながらマリの方がかなり気持ちよさそうに見えたと答えれば、彼女は首を傾げつつ、体液と汗を鞄の中に入れていたタオルで拭き取る。リィズにも予め用意していたタオルを渡せば、脱ぎ散らかしていた制服を着始める。

 アウトサイダーの一つ目のお題はこれで達成された。後は自然に彼女をベアトリクスが寄越した迎えに引き渡すだけだ。部屋を出る前に、マリはリィズに先の事は何も告げず、西側に亡命しようとした家族を見限って国家に忠誠を誓った愛国心溢れる少女になることを告げる。

 

「良い? 貴方は私の出した条件に同意し、亡命を図ろうとして捕まった哀れな一家を見限ってこの祖国ドイツ民主共和国に忠誠と全てを捧げることを誓った。無理なら振りをすれば良い。そうすれば、長く生き延びられる。分かった?」

 

「はい、お姉さんの言う通りにします。でも、いつか迎えに…」

 

「それはどうなるか分からないわ。それまで、国家に忠誠を誓う従順な犬の振りをして生き残る事ね。じゃあ、開けるわよ」

 

 リィズに愛国者が無理ならその振りをすれば良いと答え、彼女が衣服を着終えたところでドアを開けようとした。

 だが、少し気になる事があった。アウトサイダーが何故この少女を助けることにしたのかだ。かつての男は救えず、今度は救ってみたいだと言っていたが、何らかの目的があるはずだ。

 それが気になったマリは、リィズに何か悪魔教かカルト的な宗教をやっていないのかを問う。

 

「そうだ。リィズちゃん、変な宗教とかやってない? 悪魔教とかカルト的な。それか変な風習とか」

 

「そ、そんなのやってるわけがないですか。この国は社会主義国ですよ。宗教なんてやってたら捕まりますよ!」

 

「それもそうね。じゃあ、連れて行くから。演技して」

 

 アウトサイダーに関する宗教か風習をしていないかどうかをリィズに問うが、彼女は社会主義国であるドイツ民主共和国はやってないと断言した。

 これに納得したマリは、尋問室を出ると答え、出る前に演技をするように告げた。マリがドアを開けた瞬間にリィズは家族を見限り、国家に忠実な愛国者となった少女を演じる。

 大事な家族を拷問で殺したシュタージ、即ち東ドイツに忠誠を誓うなどリィズは到底できなかったが、マリにその振りをすれば良いとだけ言われて安心感を覚え、尚且ついつの日か崩壊した時の達成感と解放感を覚える為に従っている振りをする。

 リィズは学校では演劇部に属し、かなり高い語学力を持っている。特に演技力に関しては、場に紛れ込む影のような存在である諜報員に匹敵すると自負している。

 いざ、尋問室を出て周りに居るシュタージの看守や局員らに向けて家族を見限った愛国者を演じれば、あっさりと信じ込んだ。

 

「(これで大丈夫…)」

 

 マリが周りの局員らにリィズが国家に忠誠を誓ったことを伝えているのを見ながら、当の彼女は目の前の絶世の美女に感謝した。

 

「おや、ベルンハルト大尉…? いや、やけに小さい…はて…?」

 

 もうすぐ絶望から抜け出せると思ったリィズであったが、聞き覚えのある男の声でその絶望感に叩き戻された。

 マリの事を自分が知る者と勘違いしている赤毛の男に、リィズは怯えているのだ。この男こそ、自分等を捕まえた張本人であり、父と母を拷問で殺し、義兄をリンチして重傷を負わせた男だ。

 

「良く見れば、違うな。まぁ、あれほどの整った顔立ちだ。似ているのが何人かいてもおかしくない。それで、尋問対象がなぜ解放されている件だが、私は何も聞いていないぞ?」

 

「失礼しました、アクスマン中佐殿。小官が所長の許可をもらい、女性の大尉殿が尋問なさって対象から真意を聴き出しました。それと、対象のリィズ・ホーエンシュタインは我が社会主義国に忠誠を誓いました!」

 

 男の名はアクスマンと呼ばれ、中佐階級だ。そんな男に中尉は自分の考えで人事課であるマリに尋問を任せ、見事にリィズを国家の忠実な犬に仕上げたと敬礼しながら自慢げに話す。

 この勝手な判断を思い付いた中尉とそれを許した所長に、ややアクスマンは苛立っており、本当に忠誠を誓ったかどうかを、尋問を行ったマリに問い詰める。

 

「にわかに信じられんな。大尉、君は人事課なのに尋問を担当したのか? 君の担当はデクスワークで尋問じゃない。尋問官である私を差し置いて現場の判断で尋問をするなど、それを良く承諾した物だ。更には所長までが許可している。本当に国家に忠誠を誓ったか疑わしいな。大尉? 証拠は何所にあるのかね?」

 

「そ、それは…」

 

「記憶映像は? 記憶音声は? あれば聴かせて貰いたい。今すぐに!」

 

 アクスマンの物言いに、中尉と許可した所長は何も言い返せなかった。確かに人事課の女大尉に尋問を任せるなど、言語道断だ。その女が情に流されて嘘を言っているかもしれない。おまけに会話は録音されていなかった。カメラも作動していない。重大なるミスの連発だ。

 リィズがまた尋問室へと戻されると思って恐怖する中、マリは本当であると返す。嘘で塗り固められた訴えであるが。

 

「中佐殿、私は確かにこの娘が亡命を思い付いた父を恨む言葉を聴きました。自分は亡命する気が無かったのに、無理やり連れて来られ、だから私は被害者なのだと。義兄も反対したのに亡命に賛同した母も同罪であると仰っていました。だから義兄とリィズ・ホーエンシュタインは無罪で被害者なのです。その本人が家族を見限って国家に忠誠を誓うと言いました。これで不十分だとでも?」

 

 マリもまたリィズに匹敵するほどの名女優だ。リィズが演技で言っている国家への忠誠が、まるで本物であるかのように思えて来る。その迫真の訴えを受けたアクスマンは、ありとあらゆる可能性を考えた。

 西側が演技と語学力があるだけのリィズを助ける理由は全くないし、助けるために諜報員の身を危険に晒す理由が全くない。仮に彼女が西側の事を何か知っていたかもしても、聞き出した後、用済みとして始末するはずである。

 自分と対立するモスクワ派も同じ理由で、リィズを助ける理由が全く思い付かない。知っていたのなら、西側の件と同じく聞き出した後に始末するはずだ。

 上司にノルマを迫られ、外見と演技力、語学力が優れただけの小娘などを殴ったり犯したりするのに時間を割いている暇はないのか、アクスマンはリィズの解放を容認した。

 

「確かに、彼女は政治的スキャンダルも情報に関しても何の値打ちも無い。よし、通って良い。ホーエンシュタイン、しっかりと国家に忠誠を尽くすんだぞ」

 

「は、はい!」

 

 アクスマンの容認が取れれば、マリ等は一目散にリィズを連れてその場を去った。逃げるように去って行ったマリ達を見たアクスマンの副官は、怪しんで尋問しないのかを問う。

 

「あいつ等、逃げるように去って行きましたよ。十分じゃないですか?」

 

「いや、嫌味な上司からあれをやれや、これをやれとしつこく言われている。取り敢えず、ストレス発散は出来なくなった。生真面目に仕事をするか。行くぞ」

 

 問いに構っている時間は無いと答えたアクスマンは、本命である別件を達成するべく、件の人物への尋問へ向かった。

 逃げるようにその場を立ち去ったマリ達は、煙草を吹かせて待っていたベアトリクスの使いにリィズを託した。使いは女性士官で、衛士であることを示すバッチを制服に付けており、新兵となる少女を受け取れば、敬礼して彼女を連れて行く。

 

「‟新鮮な肉‟を受理しました。次もよろしくお願いします」

 

 その一言だけを伝え終えれば、士官はリィズを連れて自分の乗用車へと戻った。

 

「さて、御代一つは完了ね。後は、カルト教団の討伐ね」

 

「そんな宗教団体、ジグムントらにやらせればいいのではないか? 連中なら、二個師団位どうとでもなろう」

 

 周囲に自分等以外が居ないことを確認すれば、スカイラーは次の課題はBETA教団の討伐であると呟く。

 このBETA教団の討伐は、ジグムントらにやらせればいいと告げる。だが、マリはBETA教団討伐もやる気であったようだ。

 

「ちょっとストレス溜まったから、そっちもやろうかしら?」

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