あたしは肉の枷から解き放たれ電子の海に飛び込む。
事件の解決だけを目指すなら必要のない行動だ。
ただ、あたしは真実を知り伝えるためにここにいるのだ。
対象のホストはシアトルのグリッドであるエメラルドシティグリッドにあり簡単に見つかった。
その外見は一切手を入れていないデフォルト設定の無骨なホストだ。予算の乏しい企業ではよくある。
正直ギャングのホストに過ぎないと軽い気持ちでここまで来たが、ホストを精査してその気持ちは吹き飛んだ。下手な企業よりも強力なホストがそこに鎮座していた。
あたしはハックアンドスラッシュからスニーキングミッションに心のスイッチを切り替えた。
レジスターしたクラックスプライトを呼び出して打ち合わせをしながら脆弱性を探る。
紙一重の隙間に刃をねじ込むようにしてマークをつけることに成功したあたし達はホスト内部への侵入を果たした。
「本当にどっかの秘密実験めいてきたわね。」
そんなことをぼやきながらあたし達は探索を進める。
「きゅきゅ?」
スプライトが相づちを打ってくれるのに少し和む。
あたし達はパトロールICに見つからないように探索を進める。
「なかなかに厄介ね。
ARゲームの管理システムを操作するにはマークが足りないし、ナノマシンのデータはないし。」
横ではクラックスプライトが槌を素振りしてるのが愛らしい。
試しに管理データのプロテクト解除を試みるが弾かれる。
あたしの腕では全てを手に入れることはできないようだ。
まず確実に手に入るデータを優先するために再びスプライトの支援を受け全力でプロテクトに挑む。
が、あたしの気合いも虚しくプロテクトを打ち破れない。
もう一度だ。あたしはスプライトと今一度アクセスを試みる。
すると今までの堅牢さが嘘のようにアクセスができた。
データのコピーをしてからARゲームの現状を確認する。
幸先良くジャンキー達は襲撃ミッションを受けて移動中らしい。
対象はクラッシュ495だ。
クラッシュ495はオークのオーナーが経営するレストランでレドモンドのメタヒューマンコミュニティーの中核だ。
これまでヒューマニスやマフィア達の襲撃により何度も店舗を焼かれながらも再建を果たしてきた。
しかし、店が壊滅した場合景気が底冷えしている今のシアトルでうまく資金が集まるかは保証もない。
あたしは確認できた襲撃者の顔と位置情報をトロキチとエルに送信する。
ここに残り情報をアップデートをすべきか迷ったが焦げた脳みその脳裏をよぎり慌ててジャックアウトをする。
目を開くと視界が揺れている。
どうやらトロキチに担いで運ばれているようだ。
「え?」
トロキチが呑気に声を返す。
「いや、行くなら担いだ方が早いからさ」
背後でエルが笑っている。
「とりあえず、起きたから下ろしてよ。」
気を取り直して手早く打ち合わせをする。
「現地に向かいましょう。クラッシュ495のオーナーは知り合いだから襲撃について連絡して共同戦線を張るわ。
あなた達に絶対して欲しいのが、このハンターナナイトを詰めたガスグレネードを叩き込むことよ。」
するとトロキチが胸を張る。
「任せな、ベースボールは得意だ。殺人投手と呼ばれたのが懐かしいぜ。」
不安になるり、あたしはエルに視線を向けると力強く頷かれた。本当に大丈夫なのかしら。
「まあ、そんな感じで任せたわ。
あたしのアメリカーはあんた達の後追わせるから移動はお願いね。
あたしは移動中に連絡を各所にいれるから。」
そして,各自の車両に散る。
向こうはエルが運転するらしい。
あたしは意識を切り替えクラッシュ495にコムコールを入れる。
クラッシュ495のオーナーとの打ち合わせは拍子抜けするほどスムーズに行った。
襲撃に慣れたオーナーは助力に感謝し共闘をあっさり承諾した。
そして,あたしがオーナーに代わりに警察へ襲撃事件について通報することも了承してくれた。
打ち合わせが終わり次第続いて軍曹に連絡する。
「軍曹大変よ。レドモンドのクラッシュ495が襲撃を受けそうなの。」
レドモンドはバーレーンだ。普通はナイトエラントは動かない。仮に動いても後始末だけで助けてはくれない。
しかし、今回は違う。
彼女は法を執行する警察にはあまりにも似つかわしくない悪い笑みを浮かべ快諾を返す。
「何だって、市民の危機とあらば駆けつけねばなりませんね。
直ちに現場に向かいます。
あんた達総員出撃するよ。」
正直これ以降は事後処理の部類だろう。
ジャンキーにガスグレネードを叩き込んだトロキチは殺人投手の異名通り直撃弾でジャンキーを沈黙させ、謎のナノマシンを無力化。
そのまま襲撃部隊を殲滅しナイトエラントへの引き渡しを実行。
“偶然にも”マトリックスを警戒していたナイトエラントのコンバットデッカーが不審な通信を傍受しアジトを制圧する。
制圧時にはジャンキーは確保できたものの、ホストを管理していたスパイダーはすでに逃走しておりホストも消滅していたようだ。
これで表向きはこの事件は終わった。
あたしが手に入れたデータには事件の真相に繋がる情報はほとんどなかった。
唯一分かったのが、このARゲームを洗脳ツールに変えた人物のプログラミングの腕前が神がかっていること。
そして、それがパックスと呼ばれる人物であることだ。
そうクラッシュ2.0を引き起こし指名手配を受けながらようとして行方の掴めない悪のカリスマ、天才テクノマンサーであるパックスだ。
あたしは彼女の意図を知るために、この事件の真相を追い続けていくことになる。
これはその備忘録だ。
ハンターナナイト
他のナノマシンを排除することに特化したナノマシン。
パックス/PAX
この人も色々なところに絡んでくるので出典が難しい。
今回は『Lockdown』を参考に記載。