店を出るとすでに16時を回っており、夕闇の気配が強くなっていた。
今日は晴れていたから日中は暖かかったが、この時間になると本当に冷えてくる。
春の到来が待ち遠しい。
あたしは首をすくめ、小走りに車に向かい飛び乗る。
さて、どうしたものだろうか。
このまま家に帰るつもりはない。
マカリスターさんを誘うのは却下だ。絶対に酷い愚痴を言うことになる。
幸いミーシャと一緒に結構な量を食べたからお腹は空いていない。
夜は軽くても構わないだろう。
バーでぼーっとしながらグラスを傾けるのも良いかもしれない。
今回の齟齬の原因は知識と言うよりも価値観に起因する部分が大きい気がする。
自分を見つめ直すのにのんびり飲むのも良いだろう。
あたしは近場にある目を付けていたバーを目指すようアメリカーのオートドライブに指示をする。
向かうのはバー、シューティングスター。
氷に拘ったバーで、バーテンダーのトロールが精密に削り出したロックアイスを使用して作るカクテルは絶品らしい。
また、空いた時間にアイスを削る手捌きは芸術的でトロールバーテンダーは芸術系のアデプトではないのかとも言われているらしい。
そんなシューティングスターは小さなこじんまりとした店だ。
店に入ると左手に手前から奥に向かってバーカウンターがある。
バーカウンターは5人も座るといっぱいになる程度の規模だ。
右手にはテーブル席が二席。
これがシューティングスターの全てだ。
店内はシックな木目調に統一し、壁には額装された様々なアルコールのラベルがディスプレイされている。
また、そのラベルの中に真紅のドラゴンが流星の様に舞い降りる様が描かれた絵が飾られている。何かのアルコールのラベルだろうか。
そんな中、耳障りにならない程度の音量でジャズが流れている。
早い時間にも関わらずテーブル席はスーツの5人組の男性が少し緊張した面持ちで酒を飲んでいる。
反省会か何かだろうか。
「いらっしゃい」
バーテンダーから声がかかる。
ピシリとスーツを着こなしたトロールだ。彼が例のバーテンダーダロウ。
あたしは楽に空いたカウンター席に向かう。
噂のピッキング捌きも見ることができるかもしれない。
「こんばんは。良い店ね。マティーニ貰えるかしら。」
あたしはショートカクテルが好きだ。
バーテンダーの腕が詰まったアルコールと、バー以外では見かけない特別感のあるグラスが好きなのかもしれない。
環境の悪化による天然素材の減少で一番影響を受けたのはバーテンダーではないだろうか。
本物のアルコールは失われ、合成アルコールにフレーバーの酌み交わせ。
伝統的なカクテルを伝統に反して伝統的な味に仕上げる。無数のトライアンドエラーがあったらしい。
だから、あたしは最初にマティーニを頼む。
見極めるなんて偉そうな気持ちではなく、その努力に敬意を払って。
様々なアルコールとフレーバーを加えステアする。
優雅な動きを見ながら金属の当たるその音を聞くのが好きだ。
そして、目の前に現れるマティーニ。
口に含むと柑橘の爽やかな香りとベルモットの独特の癖のある味が広がる。
バーテンダーはチラチラと男性に目を向けている。
「まだ早いのに混んでるのね。」
バーテンダーは苦笑する。
「あの人達はお客さんではありませんよ。」
仕事で着てるのか。ならあの緊張した雰囲気も良くわかる。
「取引先みたいなものかしら。」
「まあ、そんな感じですかね。」
どこか諦めたような雰囲気でバーテンダーが口にしたとき奇妙な歌が聞こえてきた。
「ボーパルバニーに気をつけろ
聖杯探索の騎士様たちもコイツ一匹に壊滅だ」
最初は店内に流れる音楽か変わったのかと思った。
だが、店内のジャズは変わらず静かに軽快に流れ続けている。
「跳んで跳ねて転がって
剣を振っても銃を撃っても当たりゃしない
斬られて刈られて刎ね落とされて
哀れ頭と胴が泣き別れ」
どこかではない。
店の外。
それも扉の前からだ。
あたしが、そう気づいたタイミングで黒服達が立ち上がる。
「ドラゴンには手を出すな
ボーパルバニーに気をつけろ
ソイツに会ったらサヨウナラ」
その歌声の抑揚は完璧でストリートで歌っても十分人を呼べる腕前を感じさせる。
ただ、その声は人を不安にさせる。
まるで錆びついた蝶番の軋むような音を耳にすると眉をしかめてしまう。そんな不愉快さがある。
そして、入り口の扉が静かに開く。
その声に当てられていたのだろう。
扉が軋まないことに違和感すら感じる。
入ってきたのは違和感の塊のような存在だった。
その体型を表現する言葉としては優雅だろうか。
均整の取れた体型、トレーニングしてよく鍛えられていると思しき引き締まった肉体。
その背丈は男女どちらでもありそうだ。
女性的な柔らかさを感じるが、男性的なしなやかさにも見える。
胸の大きさはアーマージャッケットとそれを補強する追加装甲により視認できず余計に性別を不詳にしている。
手足を覆うのはメタリックな装甲材であり、トリッドに出てくる戦闘ロボットか、ナイトエラントの緊急対策チームのようだ。
そして、顔全体を覆う無骨な防弾ヘルメットによりその顔を伺うことはできない。
テロリストと言うのが最初の印象だ。
強盗にしては装備が良すぎる。
もしかして、空気汚染対策をしたセレブだろうか。
PANのプロフィールを見ると名前はヴォーパルバニー、可愛らしいウサギのペルソナ、かわいいフォントで草刈り仕事募集中と書いてある。
女性なのだろうか。
あたしが、そんな益体もないことを考えていると黒服たちはアレスプレデターVを抜き放ち、銃弾を撃ち放つ。
無数の銃弾が彼女に殺到し血風が舞う。
少なくともあたしはそう幻視した。
だが、実際には何故か彼女は黒服の後ろに立ち素手の腕を振り下ろしている。
その腕の線に沿って男は分断されている。
彼女は噂に聞くニンジャなのだろうか。
そんなことを考えながらも、あたしはバーカウンターの後ろに飛び込みVRモードに移行する。
この鈍重な肉体に縛られていたら何もできない内に全てに決着がついてしまう。
正直プロの撃ち合いに首を突っ込むのはあたしのスタイルではない。
ただ、今日のミーシャとの会話が頭によぎった。
あたしは犯罪組織に迎合した彼女を非難した。
動ける時に動かないで綺麗事を話す。あたしはそんな連中が許せないからこそ、ここにいるのだ。
黒服が仮に犯罪組織だとしても辻斬りを見逃す理由にはならない。
これがあたしの自己満足だとしても、だ。
肉の軛から開放された時あたしの速度は彼女に匹敵する。
彼女のコムリンクであるウサギのペルソナに複数のサイバーウェアがスレイブ化されている。
叩くべきは圧倒的な速度だ。
あたしの存在に、気づかれる前に一気に蹴りをつける必要がある。
あたしはレジストしているクラックスプライトに彼女の強化反射神経を破壊するように命じる。
あたしの存在にはまだ気づかれていないはずだ。
続いて彼女は飛び上がると、天井にぶら下がる照明を掴み反動を利用して別の黒服の背後に飛び降りる。
再び腕が振るわれる。
今回は理解した。
彼女の指にはモノフィラメントウイップが仕込まれているのだ。
とは言え、一撃で殺戮するとは驚異的な腕前だ。
今回も黒服は地面に倒れる。
仲間の仇とばかりに黒服が彼女に銃弾を浴びせるが、彼女はまるで銃弾と舞を踊るようにことごとく避けていく。
あたしはトリッドの世界に迷い込んだのだろうか。
あたしは共振力を一本の槍のように纏め上げ撃ち込む。同時にクラックスプライトが強化反射神経にサージ電流を発生させ叩き込む。
良いコムリンクを使っている。まだ、彼女のコムリンクはブリッキングしない。
恐らく彼女のコムリンクはマトリックス攻撃に対して警告を放っていることだろう。
対策をされる前にブリッキングさせなけれら、あたしは間違いなくナマスにされるだろう。
出し惜しみ無く全力での攻撃を再度流し込む。
すると目に見えて彼女の動きが鈍くなる。
強化反射神経を破壊したようだ。
その瞬間確かに彼女はあたしの方を見た。
黒服はそのスキを逃さず銃を向ける。だが、突然彼女のアーマージャッケットが閃光を放つ。
それに、視界を焼かれたのか銃弾は壁に穴を穿つ。
「やはりドラゴンの加護ある場所はツキがないね。」
それは相変わらず錆びた蝶番のような声。
「今宵の草刈りは諦めよう。でも、確かに覚えたよ。」
彼女はそう言うと天井近くにある明り取り用の高さ30cm程度の窓をぶち破り店から飛び出す。
黒服は慌てて後を追うがしばらくすると戻ってきた。
成果はなかったようだ。
「お嬢さん、すまなかったね。」
我に返ったバーテンダーから謝罪を受ける。
彼からはあたしが恐怖に竦んでいたように見えたのだろう。
酷く申し訳無さそうにしている。
「お代は構わないので行ってください。ここにいたら警察の尋問を受けることになる。貴重な時間を浪費することはない。」
少し迷ったが、あたしはお言葉に甘えて姿をくらます事にした。
「ありがとうございます。マティーニ美味しかったので、また寄らせて貰いますね。」
あたしは彼女が覚えたのがなんなのか、少し気にかかっていた。
シューティングスター
オリジナル。他意はありません。
カクテルにまつわる話
創作です。
ヴォーパルバニーさん
こちらは以前シャドウラン翻訳者の朱鷺田さんが個人的に実施していた、サプリメント発売記念キャラクターコンテストに令和ライカさんが投稿されましたボーパルバニーを使用させていただいております。
使用許可いただきましてありがとうございます。
とりあえず、この話での登場はこれだけです。
データ
http://suzakugames.cocolog-nifty.com/4th_/2021/04/post-18fbfb.html