あたしは店を出て車に向かう。
ひとまずここから離れるため車を動かし適当にその辺りを周るように指示をする。
流石に家に帰る気はない。
飲み足りないし、さっきの彼女については調べておいた方が良いだろう。
早速マカリスターさんから借りを返してもらうとしましょう。
マカリスターさんにコムコールをするとすぐに出た。
「どうした、ダニー嬢ちゃん。」
何か忙しそうにしているようだ。
「ちょっと厄介事に巻き込まれましてお知恵お借りできませんか?」
少し迷う素振りのマカリスターさん。
「今日の昼の事件の後始末で手が離せなくてな。急ぎならビリーを行かせるが。」
ビリーはマカリスターさんの息子でハッカーだ。
シアトルアンダーグラウンドの絡みで良く知っている。
彼は生粋のハッカーであるランナーだ。
ハッキングもできるジャーナリストのあたしとは人生観が違う。
それだけに同じ話を聞いても違う結論を出してくる。
これが思いのほか話していて楽しい。
たまに酷く腹が立つことは否定しないが。
「ありがとうございます。では、ビリーに相談に乗ってもらえると助かります。」
近くにビリーがいるのかコールの外のやり取り。
「じゃあ、バジルスフォールティーバーで待ちあわせてくれ。あそこなら内輪の話もしやすい。支払いは俺が持つからついでに楽しんできてくれ。」
借りはマカリスターさんに返して欲しかったが仕方ない。
この話は下手したら命に関わる。
「わかりました。では、バーに向かいますね。先に着いたら飲んでますので。」
「ああ、良い夜を。」
コムコールを切りバーを目指す。
バジルスフォールティーバーはタコマのビジネス街の西の端にある。
今いるシューティングスターからはすぐだ。気候のいい時期ならぶらりと歩くのも楽しいが今日の気温だと歩く気はしない。
特に治安が悪いとなると、なおさらだ。
アメリカーに移動を任せる。
その間にさっき出会ったヴォーパルバニーについてマトリックスの情報を当たる。
曰く、ゼータークルップのCEOロフヴィルが趣味で造ったコーポレートアサシンである。
曰く、金持ちのお嬢様か殺人衝動に駆られサイバーサイコになってしまった。
曰く、ミツハマの新型サイボーグのフィールドテストである。
曰く、シティグースの戯れ歌を真面目に受けたストリートサムライが歌の通り行動している。
曰く、ウェットワーク専門のシャドウランナーである。
情報は全て噂話レベルでヴォーパルバニーの存在を示唆するものの真実に見合う情報は見当たらない。
少なくともヴォーパルバニーはフリーランスないし、フリーランスに近い立場の暗殺者のようだ。
虎の子のサイバーウェアを破壊したハッカーとして覚えられた以上狙われる可能性がある。
自衛のためにも彼女の動きについて調べたほうが良いだろう。
ビリーが何か知っていると良いのだけど。
バジルスフォールティーバーに着いたのだが、実はあたしはこの店に入ったことがない。
タコマの老舗のバーでバーテンダーの腕も良く変な客も少ないバーらしい。
にも関わらず、あたしが来たことが無いのは、ランナーなどの影の住人達の好む店だと聞いているからだ。
仕事柄ランナーに護衛等を頼むこともあるが、あたしは影の世界で生きている訳ではないし、生きていけるとも考えていない。
ただ、外から見れば影の世界に半端な興味を持ったジャーナリストが取材に来たように見えてしまう。往々にして過ぎた好奇心は身を滅ぼす。あたしも他人の勘違いで死地に踏み込むのはまっぴらなので、来店を避けてきた訳だ。
今回はワナビーではなくプロのランナーであるビリーのお誘いなので喜んでやってきた訳だ。
店の外観は黒を基調としており、扉は漆塗りの木製であり、窓には竹のような格子がはまっている。オーナーの趣味なのか扉は手動だ。
最近オーナーが変わり、外観なども合わせてリフォームしたようだ。
老舗らしからぬ真新しい外観をしている。
中に入ると左手にカウンターがあり、中央にテーブル席、右手にはボックス席が並んでいる。奥には個室もあるのか奥への扉がある。
内装は黒を基調としており、漆を塗った木材をベースに所々に螺鈿装飾を施しシックに仕上げている。これが合成素材ではない本物なら内装だけで馬鹿みたいな費用が掛かっているはずだ。
本格的な料亭ならともかく普通のバーで、ここまでする意味がわからない。もちろん、あたしの審美眼などしれたものだ。イミテーションなのかもしれないが。
店内にはホワイトノイズジェネレーターが仕掛けられているのか独特のノイズと造られた静寂が広がっている。
バーカウンターには東洋系の顔立ちをした男性がグラスを磨いている。まだ、早い時間の為か客は少ない。
それにも関わらず店内の客は物理的に重そうな人物ばかりだ。あたしは気にせずカウンターに腰掛ける。
バーテンダーはあたしの方に歩み寄り声をかけてくる。
「いらっしゃい。オーダーどうされますか。」
流石にあからさまに探ってはこない。
特にPANのプロフィールを隠しているわけではないから、身元はわかっているはずだ。
「マティーニ貰えるかしら。」
バーテンダーが小さく頷く。
「合成品でよろしいですか?」
その質問に驚いてARのメニューを確認する。この店は天然物のマティーニも置いているのか。
そして、値段も相応のものだ。
あたしは少し微笑んで応える。
「合成品でお願いするわ。彼氏が来てから天然物お願いするかもしれないけど。」
これで待ちあわせだとわかるだろう。
余計な腹の探り合いしながら呑むとアルコールの味がわからなくなる。
せっかくのカクテルだ、楽しまないと。
心地よいステアの音を聞きながらビリーを待つ。さほどお腹は空いていないがドライフルーツとピーナッツを頼む。
マティーニを一口口に含む。あたしには本物としか思えない独特の風味が広がる。少し甘みを足して飲みやすくしているようだ。
マティーニは早いお嬢さんと思われるのだろうか。
「これで合成なんですね。美味しいです。」
バーテンダーさんがくすりと笑う。
「合成品の方が味がバラつきませんからね。レシピが決まれば天然物にも負けませんよ。飲み比べされますか?」
どうやら、一応酒飲みとしては認めて貰えたようだ。確かに味がどうなるのかは気になるけど。
「ふふ、これで満足してしまいましたので、大丈夫です。」
ぼーっとカウンター並ぶ酒瓶を眺めながらチビリチビリとマティーニを傾ける。
バーテンダーは特段話しかけてもこず、変な客も絡んで来ない。至福の時間だ。
「バーテンダーされて長いのですか?」
つい、尋ねてしまった。
何となく今なら答えてくれそうな気がした。
「いえ。本業にしたのは最近ですね。それまでは真似事してましたが。様になってますか?」
いたずらっぽく尋ね返される。
「ええ。自然体に見えますね。長年バーテンダーをされてるのかと思いました。」
バーテンダーは楽しそうに上品に笑う。
「前も待つ時間の長い仕事をしていましたからね、似ている性かもしれませんね。」
一体何をしていたのだろうか。
「何かを極めれば他にも通じると言いますからね。」
そんなのんびりした時間を過ごしながら、2杯目に頼むものを選んでいるとガラリと新たな人物が店に入ってきた。
意思の強そうな口元にミラーシェードを掛けたオークで、その顔はマカリスターさんを若くしたようだ。
あたしの待ち人ビリーが来た。
ビリーは迷わずあたしの方に向かい声をかけてくる。
「悪いな、待たせて。」
あたしが言葉を返す前にバーテンダーが言葉を返す。
「こんなか弱いお嬢さん1人で待たせるなんて、どんな奴が彼氏かと思ったがお前か、ビリー。」
予想通りビリーはここの常連のようだ。
「俺がタコマで知ってる最も安全な店だから、ここで待ちあわせしたんですよ、カイリンさん。」
バーテンダー、カイリンさんも満更でもないのか苦笑している。
「相変わらず調子の良いやつだな。支払いはお前に付け替えておくぞ。」
肩をすくめるビリー。
「今日は親父のお使いなんでね、断れやしない。」
二人のやり取りに苦笑するあたし。
「悪いわね、忙しいところ。」
少し慌てて否定するビリー。
「何いってんだよ、ダニーが呼んでくれたらいつでも来るぜ? ましてや、今日は親父に良いように使われてたから助かった。」
彼はいつも調子の良い事ばかり言う。カイリンさんにもそうなのだろう。
「なら良かったけど。」
彼はカイリンさんにラスティネイルの合成品を頼んで話を振ってくる。
あたしは見慣れない日本酒ベースのカクテルである春の雪を頼む。和風テイストの店だ。きっと拘りがあるのだろう。
「で、相談て? 内密の話なら個室かブース借りるけど。」
あたしは横に首を振りヴォーパルバニーの話をひとまず話し始める。
「ヴォーパルバニーねぇ。最近噂はよく耳にするけど。しかし、何でまた介入したんだ。ダニーのスタイルじゃないだろ?」
必然的にミーシャとの話もすることになる。
影で生きてきている彼からしたら、こんな干渉は笑い話にしかならないだろう。
「難しい話だよなー。俺もたまに仕事してて疑問に思うことあるもんなぁ。」
どうやら、あたしだけが悩んでいるわけではないらしい。
「でも、仕事は仕事でしょ?」
困ったように笑うビリー。
「だな。依頼は完遂するのがランナーさ。ただ、言われたことを言われたままにやるだけならシャチクやってるさ。賢い悪魔のように相手のオーダーに応えた上で相手の鼻を明かし世界をより良くして行くってのがランナーだって俺は親父から習ってるからなぁ。」
どうやら迷いながら生きているのは、あたしだけではないようだ。当然の事であっても気が軽くなる。
「あたしはトリックて苦手なのよね。」
屈託なくビリーが笑う。
「突撃レポーター、ダニーちゃんは健在な訳だ。」
「あたしはもっとスマートにやりたいのだけどね。」
顔を見合わせ二人で笑う。
「で、ヴォーパルバニーについてだけど、多分心配しなくても良いと思うぞ。」
あたしは最大の懸念事項をあっさり否定され、あたしは唖然とした顔をする。
「ヴォーパルバニーは生粋の暗殺者だ。そう言う連中は普通対象以外は狙わない。」
ビリーがちらりとカイリンさんに視線を向ける。
応えるようにカイリンさんが口を開く。
「同感だな。そして、往々にして暗殺者が任務に失敗した時に細かい説明はしないものだ。お嬢さんが狙われる可能性は低いだろうな。」
カイリンさんも元ランナーなのだろうか。
少なくともビリーが信用して意見を求めたのだ、信頼はできるはずだ。
「と、なると、あたしの直近の問題は解決な訳かしらね。」
「絶対じゃないがな。念の為1週間程度護衛つけるか、アンダーグラウンドに身を隠した方が良いとは思うけどな。」
少し迷う。死んでしまっては何もできなくなる。とは言え、ヴォーパルバニーに本気で狙われたら助かる方法はあるのだろうか。
無駄に犠牲を増やすのも本意ではない。
「とりあえず、活動は減らさないけどアンダーグラウンドには寄らせて貰うわ。」
ビリーが安心した顔をする。心配してくれているようだ。
「じゃあ、次の話よ。シンジケートをどうするかね。」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするビリー。
「どうするかって、どうするんだよ?」
カイリンさんも微笑ましいものを見るような顔をしている。
「わかってるわよ。ただ、そう言う世界だからって見て見ぬ振りをするなら、ジャーナリストなんかやってないわ。世界を変えるためにあたしはここにいるのよ。」
悩み顔のビリー。
「とりあえず、タコマの状況説明するから、そこからどうするか考えていこうぜ。どこまで理解している?」
「タコマでは東洋系の住人が多いからヤクザや三合会の影響力が強いと言うくらいしかしらないわ。」
天を仰ぐビリー。
「2050年代のイメージだな。まあ、間違っちゃいない。」
ビリーの話によるとヤクザとマフィアの抗争が長年続いてきたが、最近はそこにテンポで力を付けたコムンゴリングと言う朝鮮系の犯罪組織が暴れているらしい。
これに加えて戦争じみた手段を取るロシアンマフィア、ヴォリーフザコーネの介入もあり治安は悪くなっているらしい。
ウイリアムの前の区長であるフランチェスカ・シッブル女史はこの治安問題にも心を砕いており、マフィアに肩入れすることにより勢力間のバランスを取り治安の安定化を狙っていたらしい。しかし、彼女が退任し現職のウイリアムは治安問題に介入する意志はない。結果、中途半端に勢力を付けたマフィアと、その市場を狙う他の犯罪組織と言う構図が出来上がる。
また、表向きの看板の強さを痛感したヤクザは警備会社ナイトランナー警備保障を設立し、犯罪組織から市民を守ると主張して契約の拡大を進めているらしい。ナイトランナー警備保障はシアワセとも契約しており、同じ金額を犯罪組織に払うならと契約を切り替えるユーザーも増えている。ただ、これも実質的にはヤクザのマネーロンダリングである以上、根の深い問題だ。
また、ヴォリーフザコーネにはイーボが、三合会には五行が、ヤクザはミツハマやシアワセがととメガコーポも絡んでいる。
面白いことに、この抗争でナイトエラントが賄賂などで見逃している訳ではないらしい。もちろん、賄賂を取っている者は零ではないだろうが、大規模ではない。
純粋に手が回っていないらしい。
この辺りにこそ突破口があるのではないだろうか。
「厄介な状況なのは良くわかったわ。とりあえず、犯罪組織の殲滅とかを目指すつもりはないから、やりようはあるわよね。」
ビリーが少し呆れた顔をしている。
この程度で引き下がるなら、あたしはジャーナリストにはなっていない。
「ナイトランナー警備保障の内部データでも抜くか?」
「表に出せない情報を使うのは危険だわ。万が一出ても良いように対策はしてるだろうし。」
怪訝な顔をするビリー。
影の世界にいるから出来ることもあれば、表にいるからこそ出来ることもある。
「現状の周知と共にないに圧力を掛けて対策をするように動くわ。あたしは政治寄りのジャーナリストなのだから。」
肩をすくめるビリー。
「うまくいくかね?」
あたしは少し楽しくなってきた。酔ってきたのかもしれない。
「わからないわ。でも、動くしかない以上動くわよ。」
「世界を良くするために?」
「そうよ。」
「なら、できる事があったら言ってくれ。格安で手伝ってやるよ。」
あたしはいたずらっぽく微笑む。
「じゃあ、とりあえず色々な事を教えてちょうだい。まだ、夜は長いんだから。」
「俺の協力する意志を今日の酒代だけで飛ばさないでくれよ。」
そんな話をカイリンさんがにこやかな顔で聞いている。
夢物語かもしれないが、動かなければ世界は変わらない。
それから、あたしはインタビューを集め、資料を整理していった。
ミーシャを含め匿名ながらも様々なインタビューの協力を受けることができた。
誰もが現状を良しとはしていないが、日々の生活を犠牲にしてまで変える余力がないのだ。
最も意外だったのはナイトエラントだ。
彼らはタコマの問題を把握すらしていなかった。
数年前のCEO交代による社内体制の変更が想像以上に組織運営を圧迫しているらしく、軌道に乗り始めたばかりのシアトルのナイトエラントでは管理体制に機能不全を引き起こしてたようだ。
この件に関してはアンダーグラウンド関係で伝手のあったシアトルの地区判事であるダナ·オークスや軍曹経由で相談を行った。
結果的にナイトエラントの機能不全のニュースと合わせてシアトル支社長であるエレン・ワードのインタビューまで行なうことになった。
ワード女史は噂通り出世欲旺盛な人物だ。必ず状況改善が進むことだろう。
とは言え、犯罪組織の問題は本当に根が深い。マネーロンダリングや違法品の販売など治安悪化の大きな要因だが、犯罪に手を染めなければ生きていけない貧困層の問題とも密接に関わってくる。
いつでも、しわ寄せを受けるのは力なき弱者だ。
今日はリサーチのお礼がてらビリーにランチを奢っている。
ビリーには犯罪組織の現場で荒事に駆り出されたり、麻薬の密売に手を出してるような人物からのインタビューに協力してもらった。
あたしは他愛ない話をしながら、これで第六世界が少しでも暮らしやすくなればと望みながら、報道を続けていく。
自分の信念に従って。
ゼーダークルップ
ドイツのメガコーポ。社長はグレートドラゴン
詳細は下記参照。
http://shadowrun.html.xdomain.jp/SR5/AAA.html#sk
ウェットワーク
いわゆる暗殺のこと。
血に濡れる仕事だからと思われる。エロい話ではない。
バジルスフォールティースバー
ランナーご用達のバー。
オーナーは元ランナーのカイリン。
外観に関しては創作。
『Seattle Sprawl Digital Box』および『Seattle 2072』より。
ワナビー
もどき。ランナーに憧れる素人やランナー気取りのチンピラをさす。
物理的に重そうな人物
いわゆる重度のサイバー化をしている人物。
カイリン/Kai-lin Panubras
(Shadows of Asia,P86)
スモーキークラブの元メンバーであるスナイパー。
現在はシアトルのタコマにあるフォールティーズバーのオーナーをしている。
ネイティブアメリカンのハイダ族の母親とミツハマの日本人との間にミツハマのツィムシアンアーコロジーで生まれた。
幼少時代に父親から日本文化を学び、日本の合気道の創始者植芝盛平の思想に強い影響を受けている。
カイリンは植芝の影響として行動規範を持っています。これは勇気、知性、愛、友情を大切にするというもので、アデプトの戦士の道に通じるものです。
スモーキークラブは暗殺専門のランナーチーム。
ナイトエラントのCEO交代
スー国の出身のナイトエラントのCEOであったソアーリング・オウルが突然ナイトエラントを退社します。
この後任として着任するのがローンスターの創設者であるクレイトン・ウイルソンが就任します。
企業文化が異なる中ウイルソンはローンスター流のかじ取りを行っていくため、ナイトエラントが苛烈な組織に変わっていきます。
当然この過程で様々な現場レベルの混乱があるだろうという推測から書いています。
そんな混乱はオフィシャルでは明記されていません。