シアトルアイショット   作:CanI_01

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ウサギの巣穴にて

ダウンタウン中央にあるホテルニッコウ。

日系の高級ホテルで日系ビジネスマンが定宿としていることで有名なホテルだ。最高級ホテルではないが、高級ホテルであることには間違いがない。

そんなホテルの上層にあるワンフロアぶち抜きで借り上げる事のできるコンドミニアムがある。いわゆる上流階級御用達のコンドミニアムで家臣団を引き連れて旅をするような人達が使うような部屋だ。

もちろん、そんな部屋が常に埋まるなどそうそうないことなのだが、ここしばらくは滞在し続けている人物がいる。

予約名簿にはマリア·ロマノフと記載されている。彼女はロマノフ王朝の末裔たるブルーブラッドであり、現在はゼーダークルップでの貴族外交を行っていることになっている人物だ。

黄金を溶かし込んだような金髪に、澄み渡る空の様な蒼い瞳、その肌は新雪のように白い。

その身には世界のセレブが羨望の目を向けるファッションブランド、アーマンテの最新モデルのドレスを安物の夜着のように無造作に着こなしている。

今彼女はマトリックスミーティングが可能なダイニングの椅子にゆったりと腰掛けメイドに髪を梳かせている。

ホテルニッコウの窓から眼下に見えるシアトルの夜景は感嘆に値する代物だが、彼女はただ捧げられて当然の宝石を眺めるように穏やかな笑みを浮かべながらも無感動に見下ろしている。

 

そこに穏やかな笑みを浮かべ、夜にも関わらずスーツをピシリと着込んだ年配の男性が入室し彼女に声をかける。

 

「先程ブラックハウス様より返信があり、モーニングミーティングの後にお打ち合わせをお願いしたいとのことでした。」

 

今時計の針は20時を指している。

 

「エッセンで10時頃となると、まだ5時間ほどありますね。少し体を動かします。アデーレ、悪いのだけど組手に付き合って貰えるかしら?」

 

背後で髪を梳かしていた女性は手を止め応える。

 

「喜んでお相手させていただきます。では、お召し替えされますか?」

 

女主人たるマリアは優雅に頷くと立ち上がる。

 

「そうね。実戦に合わせた形が望ましいでしょう。」

 

彼女達はコンドミニアムのクローゼットに向かい衣服を変える。

それはコンドミニアムを借りるような深窓の令嬢とお付きのメイドが着込むにはあまりにも奇妙な服装だった。

アーマージャケットに体の随所にPPPアーマー、そして無骨な防弾マスク。

ダニーが今日出会ったヴォーパルバニーそのものの姿が2つ、高級ホテルのコンドミニアムに現れた。

彼女達は壁を駆け上がり、蹴り飛び、互いの背後を奪うためにトレーニングルーム狭しと猿のように飛び回る。そして、背後に降り立つと無造作に指先に隠されたモノフィラメントウイップを振り下ろす。それすらも互いの身体には当たらない。

さながら、奇妙な舞踏のような組み手。

そんな組み手を行うこと数時間。

この奇妙な舞踏は日付の変わるまで続く。

定期的な休養を入れながらとはいえ激しい動きにより全身からは汗が滴り落ち、先程綺麗に梳いたマリアの髪も顔に張り付いている。

日々命懸けの武人が行うような過酷なトレーニングをこなすと、彼女達は汗を流しにバスルームに消える。

ミーティングまでに身だしなみを整えなければならないのだ。

 

シアトル時間で午前一時、エッセン時間の午前10時にマトリックスミーティング開始の合図が入る。

マリアはトレーニング前に腰掛けていた椅子に優雅に座り、アーマンテのドレスに身を包んでいる。

その姿から先程のトレーニングで壁や天井を無関係に床として飛び回っていた姿を想像することは困難だ。

それまで誰も座っていなかった正面の豪奢な椅子に突然男性の姿が現れる。エッセンの彼の姿をリアルタイムでAR上に投影しているのだろう。ブラックハウスの視界にも同様の姿は投影されているはずだ。

その姿は30代の男性で、ゲルマン系の特徴である彫りの深い顔立ち、一目で身体を鍛えていることがわかる分厚い体躯、短く刈り込んだ金髪、全てを見抜くような鋭い灰色の瞳の持ち主だ。

 

「おはようございます。ヘル ブラックハウス。」

 

優雅に挨拶するマリア。

 

「おはようございます。フラウ ロマノフ。深夜に申し訳ありませんね。」

 

小さく左右に首をマリア。

 

「そもそもは私の失敗ですのでお気になさらないでください。」

 

鷹揚に頷くブラックハウス。

 

「そう言っていただけると助かります。さて、本題に入りましょう。

今回の失敗に関しては特に問題視していません。この案件自体があなたのフィールドテストの意味合いが強いものでしたのでお気になさらないでください。」

 

マリアの浮かべている穏やかな笑みが僅かに深くなる。。

 

「ありがとうございます。サイバーウェアの修理を進めていただけますか? 費用はいつもの通りでお願いいたします。」

 

深く頷くブラックハウス。

 

「すでに修理部材の手配は進めています。パーツが揃い次第うちの関係クリニックで修理を受けてください。」

 

「わかりました。身体が鈍らないようにトレーニングを行っておきます。

そう言えば今回のハッカーについて何かわかりましたか?」

 

「頂いた視界の画像からシューティングスターに同席していた女性が犯人かと思われます。それなりに名前の売れたジャーナリストのテクノマンサーです。名前はダニー·ウエスト。今回の事件で利益関係にはありませんので、義侠心からの介入でしょうね。」

 

その言葉を受けマリアは華が綻ぶように艷やかに微笑む。

 

「では、対処は必要ありませんね。」

 

「特段の問題はありませんね。

確認事項は以上でよろしいですか?」

 

「以上です。お時間ありがとうございます。」

 

そして、ミーティングは終了する。

映像が消えマリアが立ち上がる。

その際に彼女はぽそりと呟いた。

 

「面白い人もいるのね。お友達になれないかしら?」

 

 




ホテルニッコウ
ホテル内のレストランは和食が充実している。
『seattle2072』より

マリア·ロマノフ
オリジナルキャラ。
ゼーダークルップの腹心の中にロマノフ家の人間がいるので、そこからの発想です。

エッセン
ゼーダークルッププライムの本社ビルの所在。

ブラックハウス
ハンス・ブラックハウスのこと。
ゼーダークルップで最も名の売れたジョンソン。
SIN上のデータでは70台のはずだがその姿を現すときの外見はだいたい20-30代で、様々なメタタイプで現れる。
変装の達人であるとも、無数のブラックハウスがいるとも、騙りがいるとも、ドラゴンが変身しているとも、ロフビルのカバーネームであるともうわさが多々ある。
ちなみにシャドウランリターンズでも登場する。
『Street_Legends』より。
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