あたし達は車を乗換えて州道202号を北に走る。
グロウシティ近傍ではポストホロコーストのSFシムに出てきそうな荒廃した都市であるのが、レドモンドセンターに近づくに連れて少し新しく普通の都市へと変化していく。
レドモンドセンターはレドモンド地区で唯一治安の維持されている地区でベルビューに住む富裕層が落とす金で維持されている‘観光地’だ。
気楽に安全なバーレーンを体験する為に金持ちがここを訪問するのだ。
もちろん、この外縁にあるパインレイクエールハウスのように治安を維持し、安全な範囲を広げるために努力している人はいるし、観光客によって治安が維持され生活できている者がいるのだ。悪しざまに言うべきではないだろう。
それでもグロウシティの現状を見て何も出来なかった身としては忸怩たる思いがある。
特に自分自身が恵まれた生活をしているというのも、この気持ちを後押ししているのだろう。
ちなみに今いるのはあたしとアーリーの2人だ。
アクセルホーンはレドモンドセンターでは目立ち過ぎると自ら同行を断った。
「何で世界は不完全なのか?って顔してるわね。」
突然アーリーがそんな話をし始める。
「そうね。神様がいるならもっと平和な世界にして欲しかったわね。」
とはいっても、あたしは特別信心深い質でもない。
「与えられた完全な世界なんて、すぐに飽きてぶち壊してしまうのが人ではないかしらね。」
詭弁とも言える。
だが、確かに人の欲望が際限ないのも事実だ。
「確かにね。満足すべきなのかもしれないわね。」
「違うわ。主はあたし達に歌と前に進む意思を与えたのさ。」
「歌?」
「そう歌。前に進む意思は一人で発揮しても世界は変わらない。だから歌うのさ。」
確かにさっき彼女の歌には背中を押された。
「そして共に歌えば仲間だとわかると?」
アーリーは楽しそうに笑う。
「そういこった。」
先程まで自分で運転していたアーリーが運転をグリッドリンクに任せている。
そう言えば跡切れ跡切れの通信も改善している。
通信環境が悪いと無意識に気持ちが沈む。さっきまでの沈んだ気持ちは通信環境の影響もあったのかもしれない。
車は州道を抜け北上していく。
その先には少し古びたマンション群が見えてくる。
そこが今回の目的地であるファンハウスだ。
ファンハウスと呼ばれている6棟からなるマンション群はサーリッシュシーに住んでいたドラゴンであるウルビアが2057年にレドモンドに移り住み買い上げた廃ビル群だ。
彼女はその廃ビル郡に私財を投じてリノベーションし、住居兼アミューズメント施設として運用しているのだ。
「ウルビアについて、どのぐらい知ってる?」
あたしの物思いをアーリーが断ち切る。
「メタヒューマンフレンドリーな女性のドラゴンでレドモンドの裏社会に絶大な影響力がある。」
頷きを返すアーリー。
「マザーオブメタヒューマンズにも資金援助をしているはずよ。」
アーリーが人の悪い笑みを浮かべる。
「そして、ダニー·ウエストの大ファン。クリムゾンクイーンってハンドル覚えがない?」
ある。ものすごくある。
「マジで?」
「ええ。あたし達みたいな人間は普通お堅い人権系の放送なんて見ないわよ。」
宣伝までしてくれてるらしい。
「それは気が楽ね。」
そんな事を話してる間に車はファンハウスの敷地内へと入っていく。
ファンハウスと呼ばれるビル群は三角形の形に建物が配置されている。
中心に建つのが16階建ての中央棟。ここの最上階にウルビアは住んでおり、低層はアミューズメント施設となっている。
この中央棟の北、南西、南東に同じデザインの建物があり三角形を構成している。
元の設計者が風水的な配置を気にしたとか、しないとか。
この三角形の頂点にある棟は低所得社用の住居として貸し出されている。
これらの4棟の居住棟には地下3階層の駐車場を持っている。
中央棟と南西棟の間には高校と呼ばれている教育コミュニティ施設がある。
中央棟と南東棟の間には倉庫と呼ばれているメンテナンス施設が置かれている。
居住棟の1階は店舗になっておりバーレーンとは思えない程活気に満ちている。
元はある程度完結して生活できる高所得者層向けのビルディングだったことを思わせるビル群だ。
「ま、北棟の駐車場は水没してて使えないけどね。」
レドモンドセンターの傍らにはサマミッシュ川が流れている。
その向こうはベルビューだ。
平均収入が倍近く異なる地区の公共事業費が同じになる事などあり得ない。
結果的にレドモンドでは頻繁に水害に見舞われベルビューは稀にしか襲われないと言う結果に繋がるのだ。
レドモンドとベルビューの間に横たわるフェロクリートの壁を見た時と同じように苦い気分になる。
車はそのまま中央棟の地下駐車場に入っていく。
手慣れた運転だ。
「よく来るの?」
意外そうな顔のアーリー。
「あたしはここで定期的に歌歌ってるののよ。神への愛の歌をね。」
クリスチャンロックと言う奴だろう。
確かに弱者にこそ神の愛は与えられるべきだろう。
「さっき聞かせて貰ったけどクールなのに熱い感じだったわね。」
「神の愛で前に進む意思を奮い立たせる歌だからね。」
あたし達は駐車場から1階へ。
そこはアミューズメント施設のエントランスと言った感じで大画面のトリッドが映し出され多くの人が時間つぶしにトリッドを眺めている。
明らかに違う組織のギャングメンバーがいるにも関わらず暴力事件が起きていないのはウルビアの影響力だろうか。
奥には個室が並んでいる。個別ミーティングルームだろう。
エントランス中央奥にホテルのフロントのような場所がありお仕着せを着たトロールが優雅に佇んでいる。
アーリーは迷わずにフロントに向かう。
「はーい。ダニー連れてきたわよ。」
話を通しているのは当然として、いつ話を通したのだろうか?
今回のグロウシティ訪問は誰の意思で用意されたのだろうか。
フロントマンは頷く。
すると奥から同じくお仕着せを着たエルフの女性が出てくる。
「じゃあ、ダニー。あたしはここまでさ。女王陛下への拝謁頑張りなよ。」
あたしはアーリーと拳を打ち合わせエルフと共に奥のエレベーターへと足を進めた。
ファンハウス
The_Clutch_of_Dragonsより。
ウルビア
同じくThe_Clutch_of_Dragonsより。
ダニーとの関係は小説のオリジナル。
サマミッシュ川の氾濫
現実のハザードマップだとベルビュー含めて均等にハザードエリアになっている。
このあたりの洪水の設定は小説オリジナル。
フェロクリートの壁
Runner Havensより。
フェロクリートの壁で天国と地獄が区分けされており、天国であるベルビューでは装甲ドローンやローンスターが警備し、地獄であるレドモンドでは餓えた瞳が壁の上の鉄条網を見上げているとある。
クリスチャンロック
悪魔のものと言われるロックを通して神への信仰を歌う音楽のジャンル。
日本ではほとんど知られていない調べてみると意外と有名な曲があって面白い。
アーリーの主張に関してはオリジナル。