あたしが店を出るとビリーが着いてきた。
そう言えば彼のバイクはあたしの家のガレージだ。
「とりあえず家に帰るわ。」
何とも言えない顔のビリー。
「乗り掛かった船だ。俺も手を貸そう。影の世界の伝手は少ないだろう?」
少し意外だ。金にならない厄介な話に首を突っ込んでくるとは思わなかった。
「ありがたいけど、大した報酬出せないわよ。必要経費ぐらいは面倒見れると思うけど。」
「ランナーが金の為だけに動いてると思うなよ。俺は誰かが食い物にされるのは大嫌いなんだ。」
「なら喜んで手を貸してもらうわね。」
「あと、こんな事件でお前に死なれたら後悔してもしきれないからな。」
ボソリとビリーがつぶやく。
「そんなにヤバイってこと。」
あたしは、この事件自体は部族同士の対立か何かだと考えているのだけど。
「確かなことは言えないが、事件の見えている部分がアンバランスに感じるんだ。」
「アンバランスねぇ。とりあえず、情報を集めてから判断しない?」
「もちろん。俺は影の情報を洗う。ダニーは表に出てる情報を洗ってくれ。」
「そして、一番利益の得てる人間を絞り込む訳ね。」
「それしかないだろうな。」
そんな話だけして、ビリーはハーレーで爆音を立てながら帰っていった。
さて、啖呵を切って引き受けた訳だが、正直サーリッシュシーについてあまり詳しくは知らない。
私怨よりは国家政治経済その辺りの思惑が動いているはずだ。少し俯瞰的に状況を洗い直そう。
サーリッシュシーはデンバー条約により成立したネイティブアメリカン国家ではあるが比較的穏健な国として存在している。
メタヒューマンが発生した当初も最初に受け入れを表明したのはこの国なのだ。
この善意に対して最悪に近い形で裏切ってティルタンジェルが成立した訳だが、それでもこの国はエルフを迫害するわけではなく、穏やかな関係を維持している。
この穏やかさは白人にも適用されておりネイティブアメリカンの価値観を受け入れることができるのであれば、白人でも比較的簡単に受け入れている。
この背景にはこの国が78部族による合議制国家として運営されており過激な方向に舵を切りにくい良く言えば穏健な、悪く言えば決断力に欠ける国家となっている。
これは元々のサーリッシュ部族が同じサーリッシュ語を話す部族の緩かな連合体として存在していた歴史的な背景によるものた。
今でも国家としての法律と部族法が並列し、部族の領域においては部族法が優越すると言えば、各部族の影響力がどれだけ強いかわかるだろうか。
鷹の爪部族はカウリッツ族の支族に当たる部族らしい。
カウリッツ族は名の通りカウリッツ郡を本拠地にしており、ティルタンジェルと国境を接する地域だ。国としてはエルフに対して穏健であってもカウリッツ族としてはエルフに対して思うところもあるのではないだろうか。
時計を見るとすでに22時を過ぎている。
人に電話をできる時間ではない。
あたしはカウリッツ族とエルフの確認をするためにマザーオブメタヒューマンのメンバーであるアンジェラに問い合わせのメールを送った。
早ければ翌日には連絡が来るだろう。
続いて、あたしはメガコーポの動向を調べることにする。
襲撃してから半年だ。何かしら表に出てきている情報があってもおかしくはないだろう。
「五行公司、北米支社移転を発表
本日五行公司は現在シアトルにある北米支社をサーリッシュシー議会国家のバンクーバーに移転すると発表。
これまでメガコーポ進出に消極的であったサーリッシュシー議会国家であるが、ツイムシアンの環境復旧への五行公司の長年の貢献が認められた結果となる。
この経済効果は……」
シアトルへの営業が大きいビッグニュースだが今は関係なさそうだ。
景気が悪くならなければ良いのだけど。
景気の悪化は弱者の環境に直結してしまう。
「ミツハマコンピューターテクノロジー(MCT)、サーリッシュシーに援助
MCTがサーリッシュシー議会国家のカウリッツ族への資金援助を行うと発表を行った。
カウリッツ族は2074年12月に部族の近代化を望むファーストネーションの流れを組む組織による襲撃が行われ、この村落は壊滅したまま復興の手が入っていません。
MCTは同社の社員でありカウリッツ族の出身者であるミゲル・ブラックホーン氏の郷土愛に心を動かされ今回の援助を決断したようです。
現在でもツイムシアンの環境破壊の原因がMCTにあると考えるとサーリッシュシー議会国家では反発の動きもありますが、カウリッツ族はこれは部族法の適応範囲内であるとして資金援助を受け入れる意向を表明しています。」
ミツハマが裏で糸を引いているのだろうか。
限定的に資金援助することで影響力を増加しても、そんな大きな利益がでるとは思えないのだが。
それとも、このミゲルという人物がやり手なのだろうか。
あたしはネオアナーキストブラッククロスのメンバーであるアーリー・ブラックウィングに連絡を取ることにした。
彼女ならメガコーポの内情にも詳しいだろう。
彼女に問い合わせのメールを打った時点で時計は23時を回っている。
リサーチは一息入れて軽く1杯飲んでから眠ることにしよう。
部屋に常備してるビール、ブロークンオートパイロットでも良いのだが、少し気分ではない。
近所にある馴染みのバーシルバームーンにでも行くことにしよう。
馴染みのバーテンダーのニコニコとした顔を思い浮かべ、あたしは家を出た。
サーリッシュシー議会国庫(SSC)/SALISH-SHIDHE COUNCIL
『SixthWorldAlmanac』を参考に記載しています。
サーリッシュ族については以下のwiki参照しています。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Coast_Salish
カウリッツ族
立地で適当に選びました。
第六世界の設定は見つけることができていませんので、オフィシャルだとティルタンジェルの領域かもしれません。
このため、この部族に関する設定は小説オリジナルです。
アンジェラ
真紅の女王と赤錆の騎士に登場したマザーオブメタヒューマンのメンバー。
五行公司、北米支社移転を発表
『Seattle Sprawl Digital Box』より。
正確な時期は不明ですが、これぐらいにアナウンスぐらい出てるよねということで。
ファーストエイション
ネイティブアメリカンギャング。
ツイムシアン/TSIMSHIAN PROTECTORATE
『SixthWorldAlmanac』より。
ツイムシアンはデンバー条約によりNANとして成立。
しかし、スー国からの干渉に耐えかねて2035 年にNANから脱退。
そこにすり寄ってきたミツハマに食い物にされ資源を根こそぎ奪われた上汚染と思想偏見だけ残された状態でクラッシュ2.0の影響を受けたミツハマが撤退。
国内は混乱し内乱に突入し、最終的に勝利したソルベリン部族がサーリッシュシーに保護を要請し、現在はサーリッシュシーに保護を受けている状態です。
このツイムシアンの環境復興はNAN全体の課題となっており、五行とシアワセが積極的に復興支援をしています。
アーリー・ブラックウィング
真紅の女王と赤錆の騎士に登場したクリスチャンロッカー。
ブロークンオートパイロット
シアトルの地ビール。
第六世界ではマイクロマシンを用いた醸造所が増えており地ビールが一番安くなっている様子。
デンバーの地ビールにはダンケルザーンズファミリア-なんてものもある。
『Parabotany』より。