シアトルアイショット   作:CanI_01

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2075年6月12日 UCAS シアトル フォートルイス ジョイントタスクフォース雑品倉庫

そこは動物園から少し離れた場所にあるジョイントタスクフォースの倉庫だ。

このフォートルイスに陸軍基地ができたのは古く南北戦争にまで遡る。

そして時代に合わせて解散や再結成などを繰り返した結果施設としては存在しているが使用されていない、管理されていない施設が無数に生まれることになる。

当然、そのような施設に目を付けるのは犯罪組織や小銭欲しさに不正を行う軍人だ。

かくして倉庫はヤクザの経営する非合法な娼館になり果てた訳である。

外観は年季の入った赤煉瓦の建物でちょっとした野球場程度の大きさはある。

元は軍需倉庫であるため天井は高く普通の家屋なら3階建て程度の高さはあるだろうか。

 

その周辺15m程度の範囲は舗装された道路が通っている。元は軍用車両がすれ違えるように設計をされたのだろう。

その周りには鬱蒼とした森が鎮座している。

 

その建物に近づく奇妙な人影が1つ。

一見すると、テロリストか銀行強盗か。

可愛らしいフリルのついたアーマージャケットを身に纏い、足には黒いマット素材の脚絆とゼーダークルップ製のランニングシューズ。顔に目を向ければ無骨な防弾マスクに完全に覆われている。

アーマージャケットの袖口から覗く手には無骨なゲッコーテープグローブをはめている。

マリアだ。この姿であればボーパルバニーとストリートネームで呼ぶ方が通りが良いだろうか。

黄金竜子飼いの殺戮ウサギとしてストリートで噂されるランナーだ。

 

倉庫の周りには監視カメラが仕掛けられているがスタンドアローンのシステムだ。ボーパルバニーの仲間のデッカーにかかれば制圧するのは児戯に等しい。故に彼女は気にもとめない。

ボーパルバニーは森林からトップスピードで建物に向かい地面を蹴り上げる。

その身はまるで体重がないかのように倉庫の一階の軒先の上に着地する。

そして、スルスルと壁面を登り屋上に出る。

しばらく屋上を歩きお目当ての排気口の上部で足を止める。

 

ベルトにマイクロワイヤーをとりつけ適当な構造物にワイヤーを巻きつけると屋上から眼下に身を吊り下げ排気口の入口を指に仕込んだモノフィラメントウイップでこじ開ける。

 

するりと排気口より倉庫内に入ると年季の入った梁と、その下に新しく作られたと覚しき屋上がある。

どうやら、綾小路は倉庫をリフォームするのではなく内部にユニット型の建物を建てたのだろう。

建物自体は簡易的な野戦陣地構築用のユニットだ。これも軍の横流し品だろう。

元々消耗品として設計されているものだ。大して頑丈な代物ではない。

とは言え、簡単に壊れては陣地としては使えない。彼女はその細身からは信じられないような膂力でサバイバルナイフを屋根に突き立て、まるで紙を剥がすように屋根をこじ開けていく。そして十分な隙間かできるとスルリと音もなく室内へと滑り込む。

室内は綺麗に整えられたビジネスホテルといった風情だ。いくつかあるスタンドアローンのセキュリティカメラはすでに無効化されている。

ボーパルバニーはまるで音も立てず滑るように歩を進める。

ターゲットはこのフロアの奥にいる。

警備のために確保されている鬼道会の忍者は3人。中忍1人と下忍が2人であると聞いている。

 

廊下に響く音は部屋からの男女の嬌声のみ。

その中を歩くボーパルバニーは無音。

さぬがら、悪夢の産物のようだ。

 

もう、綾小路の部屋は目の前だ。

にも、関わらず鬼道衆は姿を現さない。

綾小路の護衛として配置されているのだろう。

その事実に気づきボーパルバニーはうっすはと微笑む。

 

そして、これまでの隠密行動を無にするかのように息を吸い唄う。

マリアの柔らかく人を安心させるような声が声紋変調器を通ると、まるで錆びた蝶番のような不愉快な不吉な声へと変える。

その声に合わせ、彼女はその身を加速する。

 

「ボーパルバニーに気をつけろ聖杯探索の騎士様たちもコイツ一匹に壊滅だ」

 

室内の嬌声には変化はない。

皆自分のお楽しみに夢中なのだろう。

 

「跳んで跳ねて転がって剣を振っても銃を撃っても当たりゃしない斬られて刈られて刎ね落とされて哀れ頭と胴が泣き別れ」

 

綾小路の部屋の雰囲気が変わる。

不審な歌声に気がついたのだろうか。

 

「ドラゴンには手を出すな

ボーパルバニーに気をつけろ

ソイツに会ったらサヨウナラ」

 

歌いだしに合わせて走り始めたその肉体は加速し扉に到達するときにはトップスピードに達する。

その勢いのまま彼女は綾小路の部屋の扉を叩き開ける。

この扉だけはコムリンクにスレイブ化されている。コムリンク含めて制圧済みであり、扉のロックは解除済みだ。

データは今回収中だろう。

 

室内は4m四方のこじんまりとした執務室だ。

扉の正面には合成マホガニーの机が置かれ、その奥には日本人のヒューマンである綾小路が座っている。

ボーパルバニーと綾小路の間にはSCKモデル100を構え、ブラックジャンプスーツにゴーグルのトロール男性が2人。その胸元には墨蹟鮮やかに書かれた鬼の文字。

鬼道衆の忍者で間違いないだろう。

扉の右横に書類が積まれ、湯気を上げるソイカフェのカップが置かれた無人の机が置かれている。

ボーパルバニーは室内を一瞥すると一切速度を落とさず綾小路に対して疾駆する。

2人の忍者は決して気を緩めていた訳ではない。しかし、ボーパルバニーの動きはあまりにも早く忍者達が腰に下げた刀を抜き放つ暇すら与えない。

そして2人の前に到達したボーパルバニーはまるで本物のウサギのように宙を駆け、空中でその身を回転させ綾小路の背後へと降り立つ。

 

完全に虚を突かれた忍者達はウサギの姿を完全に見失い対応することすらできない。

 

いや、1人だけ、その動きを追えた者がいる。

入り口脇の机の横に忽然と1人のヒューマンが姿を現す。

なんという卓越した隠形術であろうか。

恐らくボーパルバニーの歌声を耳にした時点でその身を隠したのだろう。

 

そのヒューマンはその肉感的な体と暴威のような筋肉をタイトなパンツスーツに押し込んだ美女だ。

いや、そのような破壊的な筋肉がヒューマンに身につけられようはずはない。ヒューマン風の外見に整形したオークであろうか。

 

彼女はその豊満な胸元から手裏剣を取り出す。

手裏剣の真ん中には鬼の文字が!

彼女こそ鬼道衆の中忍のクノイチなのだ。

 

クノイチは暴威なる筋肉と魔力によりその手裏剣を投擲する。

その手裏剣はスナイパーライフルに匹敵する加速と精密さでボーパルバニーを襲いかかる。

 

ボーパルバニーが彼女に気がついたのは幸運によるものに過ぎない。

宙を舞う中で偶然その姿が目に入ったのだ。

しかし、幸運は続かない。その手裏剣は気づいたからと言って避けることのできるような代物ではなかった。

ボーパルバニーはかろうじてバックステップを掛けることで衝撃を逃し、半身をひねることで装甲の分厚い場所を当てる。

それだけの対応をしてとなお、その運動量は破壊的であり、ボーパルバニーの肉を切り裂き、その動きを鈍らせる。

 

その隙きを逃すまじとサイバー化された2人の下忍は手に持ったサブマシンガンを咆哮させる。

しかし彼らは鍛錬が足りない。

バーストファイアによりばら撒かれる弾薬をボーパルバニーはあえて装甲の分厚い部分に当てることで弾く。弾丸の雨をかいくぐり無人の野を行くかのように。

 

この暴力はボーパルバニーを押し留めるには力が足りない。

彼女は先程下がった距離を踏み込む。同時に指先に隠されたモノフィラメントウイップが横薙ぎに綾小路に襲いかかる。

綾小路は命を繋ぐためだけに全力でその白閃を避けようとするが、酒と女で濁ったその肉体は必死の思いに応えず両断される。

 

モノフィラメントウイップに絡まる血煙は周囲が赤く煙らせる。

 

護衛対象の死亡は互いにそれ以上の戦闘行為の意味を喪失させる。

されど、彼らは鬼道衆。

メタヒューマンを隔離する為の火山島たる黄泉島での生存を目的として創設された攻性の流派。

故に任務失敗の原因を始末せずに引くことは許されず、万が一見逃せば良くて切腹である。

 

彼女達に撤退の選択肢はない。戦って生き延びるか、戦わずして死ぬかである。

 

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」

 

掛け声一閃、クノイチの手裏剣がボーパルバニーに放たれる。

決死の一撃として放たれた手裏剣は渾身の勢いでボーパルバニーに襲いかかる。

しかし、再度幸運を味方にしたのはボーパルバニーだ。

絨毯の長い毛足により、ほんのわずかにクノイチの踏み込みがずれる。

達人同士のやり取りにおいて、このわずかな差が生死を分ける。

ボーパルバニーは相対した手裏剣を交わすために身を翻し前へと踏み込む。

轟音を轟かせながら襲いかかった手裏剣はボーパルバニーの袖だけを切り裂き背後の壁を吹き飛ばす。

 

そのままボーパルバニーはクノイチへの距離を詰めモノフィラメントウイップを一閃。

その一撃はクノイチを斬り裂くものの命を刈り取るには到らない。

更に一閃。

クノイチが動く前にさらなる白閃が彼女を切り裂く。

この連撃に耐えうる力は流石に無く、クノイチは物言わぬ躯となり倒れ伏す。

 

下忍達はサブマシンガンを捨てると忍者刀を抜き斬りかかる。

自身の連携に掛けた判断なのだろうが、相手が悪かった。

刀の間合いはボーパルバニーの間合いだ。

数秒後には下忍達も倒れ伏していた。

 

ボーパルバニーは自らの切り捨てた死体には一瞥もせず綾小路の死体へと近づく。

無造作に彼のコムリンクを拾い上げると無造作にタグイレーサーをかけ掃除をする。

 

そして、振り返りもせず出口に向かい駆ける。

館内には銃声を聞いて慌てて飛び出しボーパルバニーに襲いかかるもの、怯えの気配を漂わせ室内に籠もるもの、我関せず嬌声を響かせ続けるもの、混沌とした領域となっている。

彼女は邪魔するものは切り捨て、他は無関心に出口に向かう。

その過程で最近知り合いになったお人好しのジャーナリストの顔が浮かぶ。

彼女は普段のマリアとして振る舞う時のように柔らかく微笑み自らのデッカー、いや執事に通信を開く。

 

「パーカー。この建物に放送設備はあるかしら?」

 

「元々の設備としてのスピーカーは備え付けの物がございます。」

 

マリアが頷く。

 

「では、綾小路が死に、今囚われている者は自由だと呼びかけをお願いします。」

 

虚をつかれたような一瞬の間を挟みパーカーは言葉を返す。

 

「承りました。」

 

その言葉を聞くとマリアは通信を切り背後を一瞥することもなく走り抜ける。

 




臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前
九字切が公式の掛け声というわけではありません。
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