ダウンタウンからマーサ島を経由してベルビューを繋ぐ高速道路I90。
ワシントン湖の湖上を走るハイウェイからはシアトルの宝石と称されるベルビューの美しい街並みが眼下に広がる。
その美しい風景とは裏腹にハイウェイは大渋滞を起こしており低速道路と化している。I90の日常的な風景である。
イライラする者もいれば、これ幸いと風景を楽しむ者、そもそもオートパイロット任せで渋滞に気がついていない者。十人十色な個性の発露の場にも見える。
そんな渋滞に巻き込まれた中の1台に鮮やかな蒼のフォードアメリカーがある。
ドライバーは若い女性でARで作業をしているのだろうが意識の配分として風景2作業8といったところか。
怜悧な青い瞳は硬質な冷たさを帯びているが丸みのあるメガネにより柔和で知的な印象を他者に与えている。
頭の上にまとめた鮮やかな金髪とキャミソールベースのキャロットスカートのワンピースと半袖のブラウスからは活動的な印象を人に与える。
彼女はジャーナリストのダニー・ウエストだ。
ダニーはエルの依頼でベルビュー美術館を目指している。
計画的な犯行であればあるほど痕跡が残る。その痕跡に最初に気がつくのは近くで活動していた者であろう。
美術館のスタッフへの聞き込みであれば取材名目のジャーナリストが怪しまれにくい。
ドイツ博物館のキュレーター、アンゲリーカ・バルト。
ドイツ連邦共和国、デュッセルドルフ出身の孤児でシーに保護され成長。
子供の頃から美術品に興味があり、奨学金を取ることで学位を取り、ドイツ博物館のキュレーターとして就職。
メタタイプはヒューマン、女性。
ダニーは、その経歴をぼんやりと眺めながらアンゲリーカがメタヒューマンだったなら、このポストは手に入らなかったのだろうなと考えていた。
そんな偏見を頭から振り払い彼女が担当している今回の展示について確認をする。
『民間信仰とネオペイガニズム』という展示名で様々な美術品からキリスト教以外の信仰の歴史とキリスト教の影響の両面からアプローチする美術展らしい。
魔女の系譜を持つキュレーターなど、それ自体が話題性がありそうな話だが、表立って話題には登ってはいないようだ。
純粋にアンゲリーカの能力が評価されたのだろうか。
ダニーがそんな益体もない思考に囚われている間に車は渋滞を抜けベルビュー市街へと入る。ベルビュー市街を北に抜け、ベルビュー老舗のショッピングセンター、ベルビュースクエアを超えた北側に建つのがベルビュー美術館だ。
ベルビュー美術館は2001年に当時のアメリカ最高の建築家と呼ばれたスティーブン・ホールによって建てられた3階建ての前衛的なデザインの美術館だ。
この美術館はベルビュー市民に愛されながらも、何度も閉鎖の危機に曝され、企業や市民の寄付により存続してきた歴史がある。
現在もマイクロデックを中心としたベルビューの様々な企業が多額の寄付をしている。
ダニーは裏手の駐車場にアメリカーを停車させる。
そして、ちらりとARで現在時刻を確認する。約束の時間の1時間前だ。
一瞬の逡巡のあとダニーは美術館の受付に向かう。どうやら、館内を見てからインタビューをすることにしたらしい。
ダニーは特段アートに興味があるわけではない。だがARタグによる説明を参考にしながら、まるで悪夢の中の生物のような造形物や幾何学的な不思議な風景、宝冠にルビーを嵌めた菩薩像など、時には首を傾げ、時にはじっくりと眺めていく。
友人が横にいて、話しながら見た方が楽しそうなどと考えている節もある。
そして、美術館を堪能してから、ゆったりと事務室に向かう。
部屋の入り口に存在するARの呼び出しボタンを押してしばし待つ。
奥から出てきたのは年配の上品そうなドイツ系エルフ女性だ。
「こんにちは。ダニー・ウエストと申します。特設展の取材でキュレーターのアマンダ・クラインバーガー様にお約束いただいています。」
エルフ女性はひとつ頷き穏やかな笑みを浮かべる。
「いらっしゃい、ウエストさん。お待ちしていました。あたしがキュレーターのクラインバーガーです。どうぞ、こちらに。」
アマンダはダニーを応接間に案内する。
「お忙しい中、お時間ありがとうございます。ベルビュー美術館の展示を支え続けてきた名物キュレーターのクラインバーガーさんにインタビューさせていただけるとは光栄です。」
アマンダがむずかゆそうにクスクスと笑う。
「大げさですよ、ウエストさん。幸い年を取りにくいから、色々な展示に口を挟ませんでいる年寄りですよ。名物といえばウエストさんの方が。シアトルを代表する人権派レポーターではないですか。」
苦笑するダニー。
「隣りの芝生はいつも青いという話かもしれませんね。」
「ふふふ。それで特設展についての取材ということですが、芸術的な話が聞きたい訳ではないのよね?」
ダニーは身を乗り出し口を開く。
「そうですね。キリスト教と異教という切口の展示と聞いておりますが、必然的に弾圧された思想とキリスト教の中でいかに、その宗教が取り込まれてきたか、そして、ネオペイガニズムとしていかに復興されたのかと言った展示形式になるのかと考えておりますが、認識としては間違っていませんでしょうか。」
アマンダは柔和な笑みを浮かべながら頷く。
「あたしは、この弾圧と同化のプロセスが現在のベルビューのメタヒューマンバイアスと大変似ていると考えておりまして歴史的な同化の話と現在のベルビューの状況を絡めたインタビューとさせていただきたいと考えています。」
「ウエストさんからの取材申込みの時点で想像しておりました。方向性については、そちらで結構です。ですが、当館も様々な方の寄付で運営されておりますので、内容の確認は放映前にさせていただけますか。」
「もちろんです。ベルビューの本質的な問題は無意識の同化差別にあると考えています。この意識を変えるには穏やかな気づきこそ必要ではないでしょうか。このため反発を招くような報道は望んでいません。」
ダニーの本題はアンゲリーカについてのインタビューだ。ある程度の妥協は可能だろう。
反面ベルビューのメタ差別問題に切り込みたいと考えているのも事実である。
ゲーテッドコミュニティとして完成しているベルビューのメタ差別は治安維持の名目として行われている。
簡易アーコロジーとして存在するゲーテッドコミュニティは維持管理するスタッフが必要になる。この労働力を支えてきたのがオークを中心としたメタヒューマン達だった。
しかし、覚醒麻薬テンポの販売を大体的に行ったギャング団レイクアシッドがオーク主体のゴーギャングであったことからテンポ撲滅の動きからメタ差別を助長することとなった。
結果的に住民の意識としてはメタ差別はしていない危険なギャング対策をしているとなることになる。
これは無意識の差別となり、最近のオーク人口の減少とも無関係ではない。
その後インタビューに進む。
アマンダは長年キュレーターを務めていることもあり、話もうまくスムーズなインタビューを行えた。
そして、ダニーにとってのついでのインタビューながら、有意義なインタビューとなり、互いにファーストネームで呼び合う程度には意気投合している。
キュレーターもジャーナリストも男性社会であり、そんな中で頭角を現した者同士通じるものがあったのだろう。
そして、メインインタビューも終わり、ついでのようにダニーはアンゲリーカの話題を出す。
「そう言えば今回ドイツ博物館から派遣されたキュレーターの方は魔女コミュニティ出身と聞きましたが、今回の展示にも魔女コミュニティが関係してるのですか?」
これまで柔和な笑みを崩さなかったアメリアが僅かに眉をひそめる。
「そちらは表に出ていない情報なのですが、どちらから?」
肩をすくめるダニー。
「それは申し上げられませんが、フェミニズム系のコミュニティともチャンネルはございますので。」
じっとダニーを見つめるアメリア。
「まあ、構わないでしょう。確かにドイツ博物館から来たキュレーターは魔女コミュニティ出身で、今回の企画も彼女が立てたものです。ただ、企画の売り込みをしてきた訳ではないのです。」
「どういうことですか?」
「アトランティス財団がうちの大口の支援者なのだけど財団が彼女を指定して企画依頼をしてきたのよ。彼女は財団とは繋がりはないのだけど、過去の展示を評価しての抜擢らしいわ。」
ダニーがぽかんとした顔をする。
普段ジャーナリストとして自らを律している彼女の素の表情が出るのは珍しい。
「シンデレラストーリーじゃないですか。もっと広報塔として活用しても良いのでは?」
アメリアは首をふる。
「本人と財団の希望で大々的には扱わないことになってるの。」
「そうですか。アトランティス財団らしくありませんね。」
「そうですね。今回は企画展ということで普段とは違う窓口でしたので、財団側でも何かの思惑があるのかもしれませんね。」
「もし、よろしけれ財団の窓口の方のお名前を伺ってもよろしいですか? インタビューをしたり、アメリアから聞いたと話したりはしませんので。」
「構わないわ。財団の窓口はエルドリッチ、マイケル・エルドリッチよ。」
その後アンゲリーカについての話を聞くも目新しい情報はなく、特別なトラブルの話もなく、アンゲリーカはボストンの姉妹のもとを訪ねてからドイツに帰ると伝えていたようだ。
ベルビュースクエア/Bellevue Square
ベルビュー美術館/Bellevue Art Museum
両方とも現実に存在する美術館やショッピングモール。
本文の解説は現実とサプリの両方を見ながら創作しています。
『Seattle 2072』より。
アマンダ・クラインバーガー/Amanda Klineburger
メタタイプ含めて名前以外は全て創作。そもそも2075年に現職にある資料もない状態。
『Seattle Sourcebook』より。
マイケル・エルドリッチ
オリジナルキャラ。