シアトルアイショット   作:CanI_01

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2075年7月6日 UCAS シアトル ダウンタウン

ダニーがベルビューを目指してドライブをしている同じ頃、エルはダウンタウンのストリートを歩いていた。

背後に護衛のトロ吉を従えた美女と野獣スタイルだ。

 

向かう先はトップ・ポット・ドーナッツのシアトル警察署前店。

覚醒以前から北米ナンバーワンと言われているチェーンのドーナツ店だ。

二人はオーダーを通すと閑散とした昼下りのドーナツ店の奥の席に腰掛ける。

待ち合わせ相手はまだ来ていない。

 

「あいつ、あんまり好きじゃないんだよな。」

 

ボソリと呟くトロ吉。

 

「そうかい? あたしはわかりやすいから好きだけどね。とりあえず金があるうちは裏切らないしね。」

 

そんな話をしながらドーナツを齧っていると店内に入ってくるのはスーツに身を包んだ巨漢のトロールだ。

威圧的な牡牛のような角に、犯罪者めいた三白眼、そして上に飛び出す八重歯。

全く堅気には見えない男だ。

そんなトロールが陽気に笑いながらドーナツをオーダーしエルを指差す。

するとエルのARに支払い承諾を求めるアイコンがポップアップする。

トロールはエルに支払いを押し付けてきたらしい。

肩をすくめて承認するエル。

何が楽しいのかトロールは店員とガハガハと笑っている。

そして、大量のドーナツとソイカフを持ってエル達の席へと近づいてくる。

気が弱ければ逃げ出すこと一択だろう。

だが、残念なことに待ち人はこのトロールだ。

 

「相変わらずだね、トッシュ。」

 

悪びれもせずトッシュはにこやかに、人を食い殺しそうに、微笑む。

 

「老後の蓄えが不安でね。いつも悪いな。で、何かこのロートルに手伝えることがあるのかな?」

 

エルも馴れたもの。落ち着いて銀砂で描いたような極上の笑みを浮かべる。

 

「連絡した通りレンタコップの肩書貰えないかしら?」

 

トッシュの口に魔法のようにドーナツが消えていく。

 

「申請はしているが何でだ? 俺もナイトエラントに被害を出すとまずい。」

 

「アンゲリーカ・バルトって女性知ってる? 誘拐事件の被害者として捜索願いが出てるのだけど。」

 

「そいつは俺の仕事じゃないな。」

 

「知ってる。あたしの仕事で探してるのよ。どうもダウンタウンで誘拐されたみたいで聞き込みのために警官の肩書が欲しいのよね。」

 

トッシュは大きく頭を振る。

 

「嫌になるぐらいまともな話だな。いつも通りレンタコップの報酬をこっちに回すなら構わないが。」

 

「いいわ、すぐに出るかしら?」

 

「捜査協力なら俺の権限でいけるんでな。」

 

エルから視線を外すトッシュ。

AR上で事務手続をしているのだろう。

 

「よし、登録された。これでナイトエラントにお前さんについての照会が来たら捜査員だと回答が出る。いい仕事期待してるぜ。」

 

「あたしの仕事とあんたの報酬は関係ないでしょ?」

 

呆れ声のエル。

 

「おいおい、俺も社会正義を愛してるから警官になったんだ。被害者は少ない方が望ましいさ。」

 

鼻で笑うトロ吉。

 

「それは悪かったわね。じゃあ、あたし達行くわね。」

 

トッシュはドーナツをコーヒーで流し込みながら手をふる。

 

そして、2人が店を出てしばらくしてから、トッシュのコムリンクが呼び出し音を鳴らす。

 

「あいよ。」

 

コールを掛けてきたのは申請処理を行うオペレーターだ。

 

「トッシュ、さっきの申請却下されたわよ。」

 

小首を傾げるトッシュ。

 

「俺の承認権限範囲内のはずだが、なんでだ?」

 

「権限的には問題ないのだけど事件の問題ね。この事件は覚醒対応局預かりになってて、一般捜査員の関与が禁じられてるわね。」

 

しばし、熟考するトッシュ。

 

「オーケー、オーケー。なら仕方ない。申請取り消しといてくれ。手間かけて悪かったな。」

 

そして、オペレーターとの通信を切る。

 

「ふむ。覚醒対応局が動いてるならアレス側からの介入かね。面倒な。」

 

トッシュは自分が抱える別の案件名義でエルのレンタコップ申請を通す。

 

「まあ、がんばんな。」

 

店を出たエルの元にダニーからアンゲリーカのトレースマップが届く。

 

高度情報化社会に置いて情報を知っているかよりも、誰が知っているかの方が価値があるケースがある。

なぜなら、必要な情報が必要な時に手に入るからだ。

ダウンタウンにおいて人の移動を追うのであれば監視カメラを追いかけるのが手ばやい。

各店舗は無数のカメラを持っているし、何ならストリートカメラだってある。

公開情報を洗うのならハッカーに任せるべきだろう。

顔認識とデータ検索の合わせ技で人類に不可能な速度で足跡のマッピングが出来上がる。

つまり、先程のデータはダウンタウンからベルビューに向かう道すがらデータ検索を仕掛けたダニーがまとめた資料という訳だ。

 

「ついてる。アンゲリーカはレンタカーを借りたのね。」

 

ダニーの資料には画像から特定したレンタカー会社の連絡先も含まれている。

アンゲリーカが借りたのはホンダスピリット。街乗り用に小さな車を借りたようだ。

早速コールをするエル。

 

「ナイトエラントより委託を受けて捜査をしているものですが、少しお時間よろしいですか?」

 

鈴を転がすような声で愛想を振りまくエル。

レンタカー屋の店員も愛想よく対応をしてくれる。

 

「その車の件なら連絡も取れないからナイトエラントに報告してるはずなんだけど。」

 

可愛く首を傾げるエル。

 

「あら? 内部の情報共有不備かもしれませんね。ちなみに現在地は把握されていますか?」

 

「まあ、組織なんて、そんなものさ。場所はわかるよ。シアトル美術館の駐車場だね。」

 

ダニーが調べた足跡とも一致する。

 

「ありがとうございます。参考になりました。」

 

コールを切るとトロ吉が車を回してきている。

 

「ありがと。じゃあシアトル美術館に向かうかね。」

 

シアトル美術館はダウンタウンに覚醒以前からある美術館だ。スペースニードルにほど近いダウンタウンの繁華街の真ん中にあるビルの中にある。ビルの壁面にはハンマーを打ち下ろす男を象ったハマリングマンが目印だ。

 

駐車場で該当ナンバーのスピリットを探すと確かに停車している。

サクサクとシアトル美術館のスタッフと話をつけ監視カメラの映像を確認する。

該当時間帯を見るとギャングがアンゲリーカを車に連れ込んでいる。

ギロリと睨みを聞かせるトロ吉。

 

「熱中症で倒れた人を友人が連れて行ったと思ったんですよ。全部に声掛けなんてできませんよ。」

 

ギャングは揃いの袖なしのグレイの革ジャンを身に着け腕には白の髑髏の入墨をいれている。

 

「ディッサセンブラーだな。」

 

「ええ、最悪の部類ね。」

 

ディッサセンブラーはオーガンレッガーのフロントギャングだ。

すでにアンゲリーカすでに解体されている可能性すら出てきている。

 

更に急ぐ理由が増えてることとなってしまった。

 




トップ・ポット・ドーナッツ/Top Pot Doughnuts
実在のドーナツ屋さん。
第六世界に存在するかは不明。

"トッシュ"セオドア・アサック/THEODORE‘TOSH’ ATHACK
シナリオ集『スプロール・ワイルド』より。
ブラックヘイブンとシアトルの地区判事ダナ・オークスが激しくやりあってる頃、彼女の護衛についていた人物だったりします。

レンタコップ
いわゆる臨時雇いの非正規雇用の警官のこと。

覚醒対応局/Awakened Control Center
ナイトエラントの特殊部隊。
『Corporate Download』より。

シアトル美術館/Seattle Art Museum Pavilion
『Seattle 2072』より。
実際に存在する美術館。茶室もあったりする。

ディッサセンブラー/Disassemblers
『Seattle 2072』より。
何故か六版だと、この人たちいないのだけど滅んだのかしら?
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